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02.竜詞の力が、道を開く

 先ほど二人がいた行き止まりは、そこから脇道のない直線の通路で繋がれている。

 行き止まりから来て、扉に突き当たるという状況。

 パースはそれに対して、疑問を口にした。


「……この地下道って、入り口はどこにあったんだと思う?」

「実際に地下なのかどうかは分からないけど……向こうは行き止まりだったでしょ」

「てことは、僕たちはこの扉からここに入ってきて、行き止まりに当たったってこと?」

「……そう考えていいんじゃない?」


 記憶がないのだから、そこは推理するしかないのだが。

 扉は石で出来ており、削りだされたらしい大きな取っ手のついた両開きの作りだった。

 パースは立ち止まっているクエリの脇を通り、それを掴んで扉を引いてみた。


「ふんっ!」


 動かない。


「ふんっっ!!」


 押してみるが、同様。

 取っ手を手放して、思わずぼやく。


「……蝶番(ちょうつがい)が錆びてるのかな?」

「貸して」


 クエリが後ろから、彼を押しのけるように取っ手を奪った。

 そして彼女が力を込めると――


 ぎぎぎ、ごぎぎぎ……


 ――耳に優しくない音と共に、ゆっくりと扉が開く。


(すごい力……やっぱりこの子、竜人なんだ……)


 竜人の娘は、恐ろしい重量のぶ厚い石の扉を開き、左右にこじ開けていった。

 開く途中で隙間から見えてはいたが、そこには下へと降りる階段が設置されている。


「……また一直線だね。

 ていうか、もしかして僕たちはここから出てきたわけじゃないのかな。

 こんな重い扉、開けたあとでわざわざ閉めないと思うし」

「自動で閉まる仕組みでもあるんじゃないの?」


 クエリは扉の蝶番を観察してそう言うと、何かに気づいたようだった。


「あぁこれ、もしかして……

 閉ざせ!」


 彼女が命令形の言葉を発すると、なんと扉が、ばたりと閉じた。

 同時に、光が遮られて周囲が暗闇になる。


「うわ、ちょっと、暗いよ……!?」

「ちょ、落ち着いて、開け!」


 今度は、クエリが力づくで開けたはずの扉が、やはり自分から開いた。

 彼らが先ほどいた通路の明かりが、再び差し込む。


「……何これ」

竜詞(りゅうし)の力よ。 見るのは初めて……だよね、普通は」

「竜詞……」


 初めて見るものだった。

 そもそも、パースは竜人を本以外で見るのも初めてなのだから、当然ではあったが。


「真なる竜と竜人だけが使える奇跡……のはずなんだけど。

 これに反応して開け閉じする扉があるってことは、竜人の建物なのかな?」

「君に分からないなら、僕じゃもっと分からないよ」


 パースはそう表明して、下方へと伸びる階段の先を見る。

 廊下の照明の灯で入口付近は照らされているが、その先は暗闇だ。

 大荷物のクエリはともかく、パースはほとんど手ぶらのような状態だった。

 当然、明かりになるものなど持ってはいない。

 まさか、この状態で進まなくてはならないのか。

 だが、クエリの方は、特に気にすることもないかのように、階段へと歩み出る。


「んー、どれどれ……(とも)れ」


 彼女が命じると、天井に設置されていたらしい光源が光る。

 陽の光ほどではないが、比較的明るい光量が、下への階段を遠くまで照らし出した。


「点くみたいね、良かった」

「これも竜詞ってやつの力……?」

「そういうこと。まあ、本当はこういう道具を動かすだけじゃなくて、

 大人なら色々すごいことができるんだけどね」

「……火を吐いたり、竜になったり?」

「出来るけど」

「見たい」

「こんな狭いとこでやったら危ないでしょ!?」


 どうやら、そういう類のものらしい。

 クエリは先行して階段を下りながら、さらに説明してくれた。


「照明石が埋め込まれてるってことは、やっぱり竜人の建物みたいね」


 彼女に分からず、パースに分かることなど、あまり多いとは思えない。

 不安を感じて、尋ねる。


「みたい、って、分からないの?」

「来たことない場所だし断言までは……こんな古びた建物、普通なら入らないし」


 先行するクエリの後を、パースは恐る恐る、ついていく。

 階段もかなり古びており、すり減ったり、縁が欠けたりしていた。

 転ばないように慎重に歩く彼の視線の先を、大きなネズミがちたちたと逃げてゆく。


「…………っ!」


 それを見て喉から小さく悲鳴が漏れたのを、クエリに聞かれはしなかったか?

 パースの心情は露見しなかったらしく、彼女はネズミを見て笑った。


「あんなのがいるってことは、もしかしたら残飯を出す誰か住んでたりするのかもね」

「竜人が?」

「あたしの住んでた里じゃないのは確かだと思うけど……

 もしかしたら、の話」

「ふーん……」


 語り続けるうちに、階段が終わる。

 数えてはいなかったが、100段や200段では効かない数があったはずだ。

 そこにもやはり同じ、石造りの扉があった。


「開け」


 クエリが竜詞を唱えると、やはり扉が自分から開く。

 扉の向こうに、彼女は足取りも軽く踏み出した。


(………………)


 先程から彼女の背中を見ていて、パースはその荷物が相当な量だと感じていた。

 恐らくは食料や寝袋などが入っているのだろうが、それに加えて武器もあった。

 大きな斧と、比較的短い弓、そして矢束。


(何に使うんだこんなに……)


 竜人は人間よりも強い筋力を持つというが、パースは手ぶらだった。

 幼いとはいえ、人間とはいえ、彼もそろそろ自覚のある男である。

 それが、竜人とはいえ女であるクエリに、大荷物を持ったまま先を歩かせている。

 そうした状況は良くないのではないかという思いが、パースに発言させた。


「クエリ、少しくらい持つよ、その荷物」

「解くの面倒だから、悪いけど後にして」

「…………はい」


 意外に強い口調で提案を却下され、うなだれる。

 次の区画も暗闇だったが、


「灯れ」


 やはり彼女の一声で、一斉に照明が点灯した。


(便利だな、竜詞の力って……)


 そして、照らしだされた通路は、今度は扉が複数、設けられているようだった。

 二人が立てるもの以外の音は、一切聞こえなかった。


「誰か居るのかな」

「そんな気配は感じないけど……断言はできないかも」

「まずは上に登れる階段とかを探そう。梯子とかでもいいけど」

「そーね……どこから行く?」


 右と左、そして中央の三方向に向かって、まっすぐに広い通路が伸びている。

 中央のそれは、奥で更に左右に別れていた。

 高さも幅も倍近くあったが、どれも階段を降りる前の通路と同じような作りだ。

 こうした時、パースにはどの道を行くのか特にこだわりはなかった。


「どこでもいいけど、左かな?」

「じゃあそれで」


 クエリの後をついて、彼も左に向かう。

 通路はやはり窓もなく、かび臭く、湿気が残っている。

 壁に設置された多数の扉。


「どれか一つくらいは、階段になってるんじゃないかな」

「まあ、一個一個見てこ」


 そうした打ち合わせとも呼べなさそうな合意を経て、探索が始まった。

 まずは、左の通路の左側の壁の、一部屋目。

 扉の上には部屋の名前の書かれた板が突き出ていたが、字は読めなかった。

 塗料で何か書かれていたらしいが、剥がれ落ちたか揮発したらしい跡がある。

 鍵はかかっていない。

 パースが取っ手に手を掛けただけで、金枠で補強された木の扉は容易に開いた。


「あれ、呪文なしで開く……?」

竜詞(りゅうし)だっての。多分さっきのは非常口だったんじゃないかな。

 照明はともかく、普通はあんな竜詞の必要な扉なんて作らないもの」

「それもそうか……」


 中を見回すが、当然ながら暗く、何も見えない。

 彼は床の作りを見ていたらしい竜人の少女に、助けを求めた。


「う、クエリ、ごめん……灯りはやっぱり竜詞が必要みたいだ。

 点けてくれる?」

「んもー……灯れ」


 彼女がぼやきながら呪文を唱えると、広々とした部屋の天井の照明石が光り始めた。

 すると部屋の中の物陰から急に何かが動き出し、高速で彼に向かって来る。


「!?」


 パースは掴まれた肩を猛烈な速度で後ろに引っ張られ、悲鳴を上げる余裕さえなく。

 そして、硬く大きな破壊音が彼の耳を打った。


「…………!?」


 彼を後ろに引っ張ったのは、クエリだった。

 そして代わりに部屋の入口に立った彼女は、右手で大きな斧を、振り下ろしている。

 斧の刃は大きなネズミらしき生物の頭部と、その真下の金属の戸枠をかち割っていた。

 全てが一瞬のことで、彼の脳は理解を拒んだ。


「な、何それ…………!?」

「え、よく知らないけど……ネズミの仲間じゃない?」


 竜人の少女は、事も無げに斧を死体から引き抜き、事もなげに言う。

 それは確かに、ネズミに見えた

 だが先ほど階段で見かけたものとは、比べ物にならない大きさをしていた。

 鼻先から尻尾の付け根まで1メートル以上、体重は100倍ほどもあるだろう。


(……よく知らないけど、で出来ちゃうんだ……)


 尻餅をついたパースは、何も言えないままそれを見ていた。

 その間に、彼女は斧の刃の端で大ネズミの死体を引っ掛ける。

 彼女は大ネズミの死体を扉の脇に移動させると、すたすたと部屋へ入っていった。

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