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ボーイ・ミーツ・ドラゴンガール  作者: kadochika


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18/21

18.地底湖が、渦巻き始める

 大量の湖水が霧となり、離れていたパースの視界さえ覆い尽くす。


「うわ……」


 恐らくは、目くらまし。

 これで壁伝いに走っていけば、上階への入口にたどり着けるかもしれない。

 だが、クエリの意図が分からない状況で、迂闊に動くことは避けたかった。

 するとそこに、小さく彼を呼ぶ声。


「パース、こっち……!」


 竜人の姿に戻ったクエリだった。

 竜化を解除して、彼のいるこの機械の部屋まで飛んだのだろう。

 弓を手放して肩にかける彼女からは、ほのかに血の臭いがした。背中の傷からだろう。

 彼女は苦笑して、パースの背後に回って彼を抱きしめる。


「え、あ……!?」

「飛ぶから、暴れないでね」

「……はい」


 クエリに後ろから抱えられたまま、竜人の翼の力は二人の体重を持ち上げた。

 そして、飛ぶ。


(……村からここに来る時も、こうやって連れてきてもらったんだっけな)


 真下では、竜化したままのサッファークが強烈な炎を吐いているらしい音が聞こえた。

 思わず首をすくめるが、それが飛ぶ二人を焼くことはなかった。

 クエリは事前に、しっかりと周囲の位置関係を覚えて飛んでいるらしい。


(魔神像が見えてきた……)


 最下層の出口に居座って、彼らを逃げられないようにしていた像だった。

 サッファークの命令か一時的にどいてはいたが、もう再命令を受けて戻っているか。

 ただ、それが見えたということは、湯気の海が薄まり始めたことも意味している。

 その時。


「あ……」

「…………!?」


 クエリの翼――いや翼のみならず、全身が脱力する。

 彼はつまづきそうになったものの、なんとか彼女の体重を背負いつつ着地した。

 幸い、既に高度はさほどでもなかったようだ。


「痛……く、クエリ……!

 失血で貧血になったのか……!」


 彼女をゆっくりと降ろしつつ、パースは衝撃で痛んだ膝を抱えた。

 それで意識が戻ったらしいクエリが、呟く。


「ん……何……この音?」


 意識してみれば、ごう、ぎぎ、と、何かぎこちなく壊れそうな低音が聞こえてくる。

 音も気になるが、パースは今は、恐ろしい竜人の男から逃げることを優先したかった。

 霧が薄まって視界が明瞭になってくると、やはり魔神像は出口を塞いでいた。


「あ、くそ……やっぱり元の位置に戻ってる……!」

「どいて、竜化して……ぅ……っ!」


 よろめき、倒れそうになるクエリを支える。

 何とか、一時的にでも隠れる場所を探して、パースは再び彼女を背負った。


(どこか……湖の方なら……?)


 パースは明瞭になりゆく視界から逃げるように、早足を心がける。

 だが、周囲を見回してもサッファークの姿は近くにはなかった。


(まさか上!?)


 そう思って首を捻って見上げるが、やはりいない。

 今のうちに、と、パースは地底湖に近づいていった。

 そちらの方がまだ、階段などの隠れられる物陰があったはずだ。

 しかし、近づくに連れて地底湖からの水音が強まるのが聞こえて、疑問が湧く。


(あれ……あの湖は波一つ立ってなかったはず……)


 彼はそれを聞いて、半ば確信した。


(もしかして、霊薬を作る機械を作動させてるのか、あいつが!?)


 太古の神々による万物創生の一端を再現する、地底湖の撹拌(かくはん)装置。

 霊薬やその付属物が生成される過程で猛毒が生まれるのは、彼も先程知ったばかりだ。

 まさか、その毒で、居場所の知れない彼らを殺そうというのか。


(どうする……毒って、どうすれば……!?)


 パースは、背負った少女を救いたい一心で、必死に考える。

 夜間に毒に晒されたらしい上層階の竜人たちは、苦しむようにして死んでいた。

 ただ、竜化した状態で死んでいたものは一人もいなかった――ような気がする。

 あるいは、死ねば竜化が解けるのか。


(いや……竜化して耐えようとしたのに出来なかったってことなら、

 竜になって苦しんだ形跡があるはず……

 大きな体で暴れて、その後力尽きたっていう遺体は、一つもなかった……!)


 ならば、万に一つ、クエリは竜化すれば毒に耐えられるのではないか。

 今は気絶しているが、パースが心臓を返せば、あるいは。


(でも、どうやって返せば良いんだ……!?

 確かクエリが心臓を分けてくれた時は……こう……!?)


 思ったよりもか細い彼女の身体をかき抱き、心臓の位置を合わせ、祈る。


(神さまっていう人がいるなら……お頼みします……!

 僕は彼女に借りた生命を、返したい!)


 それが奇跡だったか、必然だったかは分からない。

 だが、生命の危機にあったクエリの身体は、貪欲に水分を吸う多孔質のように。

 あるいは情け容赦ない債権者のように、パースに貸し与えた生命を回収していった。

 緊張と興奮で破裂しそうだった自分の心拍が、弱まってゆく。

 それを感じることで、彼の意識は薄まっていった。


(…………これで……)


 そう、これでよかった。

 クエリを抱きしめたまま力尽きた彼の身体は、再び物体に戻った。

 地底湖のほとりの古びてすり減った石畳に、少女を庇うようにして仰向けに倒れる。

 その傍らで、万物の創生を真似た卑小な奇跡が、最後の行程を迎えようとしていた。











 意識を取り戻したクエリが見たものは、血の気の失せ果てた少年の顔だった。


「パース……!?」


 少年の身体からは、既に体温が失われていた。

 彼の体を抱き起こそうとすると、そこで彼女は、また別のことに気づく。


「…………!!」


 湖面からそびえ立つ、真っ赤な光を放つ巨体。

 竜となったサッファークではない。

 それより遥かに恐ろしい、燃え立つ身体。

 黄金の髪、火のような眼窩、鋭い牙。

 圧倒的な巨人だった。

 クエリはその光に照らされて、白い巨象――プリメレファスの言葉を思い出した。


“神々と悪鬼は霊薬を欲し、そのために協力して海をかき混ぜた。

 その途中、海からは無数の瑞獣、新神、奇貨――そして、毒が生まれた。

 世界最初の毒が化身(インカネイト)となって現れ、世界を蝕もうとした。”


 そしてそれは、ゆっくりと湖岸――クエリたちのいる側に向かって歩き出す。

 巨大な体躯が一歩、また一歩と湖面から姿を現していった。


“神々の一人が化身を殺し、残った毒をもう一人の神が飲み干した。

 それで世界は救われたが、霊薬を作ろうとすれば、毒が生まれるのだ。”


 そう。

 それこそは、“世界最初の毒”の小規模な再現。

 プリメレファスの言っていた、毒の化身――ポイズン・インカネイトなのだろう。

 毒はそのまま生まれるのではなく、実体を持った化身として世にやってくるのだ。


(あの体を巡る血が、流す涙が……吐く息の全てが……猛毒……?)


 あるいはこの世に生まれたばかりで、まだ毒を撒く気になっていないだけなのか。

 竜人たちが死んだ原因がこれにあるのだとしたら、彼女たちの死も近いことになるが。


(せめて、パースをもう一度生き返らせたいけど……!)


 出入り口は、全て魔神像が塞いでいる。

 冷たくなったパースの体を背負い上げ、どこまで逃げ回れるかと考えると――

 退路と昇降路の出入り口を塞いでいた魔神像が、動き出した。

 それどころか、毒の化身に向かって歩いている。

 まさか、戦おうとでもいうのか。


(あれにはサッファークが命令を出してたはず……!)


 既にクエリが作った霧の海は消え失せている。

 そのため、機械室を出て昇降路の方へ逃げていくサッファークの姿がよく見えた。

 時間稼ぎをするために、魔神像に命じて毒の化身に挑みかからせたのだ。

 彼女たちのためではなかろうが、それでもクエリはチャンスと捉えた。

 今なら、魔神像の妨害はない。

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