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17.少年は、勇気を振り絞る

 クエリが敵をひきつけてくれている間に、何らかの打開策を。

 パースがサッファークの死角を伝ってたどり着いたのは、奇妙な部屋だった。

 岩盤をくり抜いて内装をしつらえたといったところだろう。

 狭いと言うほどではないが、ボタンや取っ手、切り替え装置がそこかしこにある。

 部屋の中には金属管までが複数通っており、何かの工房のようにも思えた。

 窓からは、地底湖とその湖岸の様子が一望できる。

 サッファークと戦うクエリの様子が、そこからも見えた。

 彼がここにいることは、まだ気づかれていないはずだ。

 急がなくては。


(何か……クエリの助けになりそうなものは……!)


 そして、多数の機械時計のようにも見えるものが無数に並ぶ机のそばに、椅子。

 更にその上には、冊子があった。

 装丁がなく、紙を束ねて金具で閉じただけのもの。

 表紙には、パースにも読める簡素な字が書かれている。


(“手順書”……!?)


 急いでめくってみると、どうやら机に埋め込まれた無数の時計の読み方などのようだ。

 正確には、時計ではなく計器というものか。

 冊子の途中には、この地底湖をたたえた最下層の地図もあった。


(これってつまり……プリメレファスの言ってた創生再現装置の、使い方……!!)


 そうなると、ここはその操作をするための部屋、ということか。

 そういえば、サッファークが彼らの前に現れたのも、この部屋のある方向からだった。


(…………やるしかない……!)


 机の下には好都合なことに、小ぶりだが錆びた斧まで置いてある。

 何に使うものだったのかは知らないが、これならば、と、部屋を飛び出す。

 しかし、彼はそこで、見たくないものを見てしまった。

 クエリ・ルダーヴが、男の凶刃に倒れる光景を。

 青ざめて、思わず叫ぶ。


「――クエリっ!?」


 距離はかなり離れており、彼女とサッファークは地底湖の近くまで近づいていた。

 パースは無我夢中で、声を上げる。


「やめろ、それ以上はっ……!!」


 そこまで言って、彼はぎくりと硬直してしまった。

 サッファークが、こちらを見ている。

 今にも、剣を掲げて走って来そうだ。

 後天的とは言え竜人なのだから、クエリと同じように腰の翼で飛べるのだろう。

 もしも、飛んで斬りかかってこられたら。

 だが、その足元に倒れ伏しているクエリの姿を見て、彼は改めて勇気を奮い起こした。


「彼女から、離れろ!

 離れないと……この、機械を壊すっ……!」


 斧を構えて、そう吠える。

 ひょっとしたらとてつもなく頑丈で、斧を打ち込んだ程度では壊れないかもしれない。

 その非力さは、さきほどいやでも痛感していることだった。

 だが、それでも今は虚勢を張るしかない。

 机に並んだ計器だけでも壊しておけば、何らかの支障はあるだろうか。

 自分を鼓舞するように、パースは呼吸を落ち着かせようと努めた。


「………………」


 サッファークは、こちらを見たまま沈黙していた。

 そのまま、クエリの心臓をえぐり出すつもりなのかもしれない。

 身の毛もよだつ想像だが、もしそうなるなら、ここの装置は何としても壊してやろう。

 そう新たに決心した時、サッファークが言葉を発した。


「君たちも、霊薬が欲しいのではなかったかな。

 それを作る装置を破壊すると、霊薬は手に入らなくなってしまうのではないか」

「彼女を殺されてまで、欲しいとは思わない……!」


 今度は、即座に声が出せた。

 己のことながら快挙だ。

 一瞬だけそう感じたが、サッファークは言葉を続ける。


「では……交渉だ。

 私は少し、譲歩しよう」


 その言葉を聞いて、気がわずかに緩む。

 そこに続く台詞を聞くまでは。


「私は君の心臓だけで我慢するとしよう。

 そうすれば、彼女はここから逃がして構わない」

「え」


 思わず、固まる。

 サッファークは、彼に言い聞かせるように繰り返した。


「君の心臓だけでいいと言ったんだ。

 今の君も、1/4とはいえ竜人の心臓になっている。

 霊薬を媒介にそれを取り込めば、多少は足しになるだろう」

「え……」


 全身がこわばる。

 本来なら、心臓を差し出すふりをしながら出し抜いてみせるのが、理想というものだ。

 だが、実際にそうした局面に望んでしまえば、自分はこんなものということか。


「どうした?

 この剣は、竜の因子を持つものにだけ激痛を与えて気絶させる効力がある。

 死なせては心臓が駄目になる恐れもあったから、彼女の傷は浅く負わせるにとどめた。

 安心して逝くがいい。

 魔神像もどかせよう。そら」


 動揺する彼をよそに、サッファークはこちらに歩き始め、手振りを示す。

 すると、それは階段への入り口を塞いでいた魔神像への指示だったらしい。

 巨大な魔神像がのそりと横に移動して、出口が顔を覗かせた。


「これで、交渉が成立したと見ていいね」

「あ…………」

「では、心置きなく、君の心臓を頂くとしよう」

「あ…………!?」

「心臓以外を傷つけてはならないという契約は、していないな?」


 サッファークは笑いながら、更にこちらへと歩き続けた。

 クエリの背を斬った、忌まわしい剣を右手に下げて、彼を殺しにやってくる。

 威嚇するように、腰の竜翼を広げながら。

 クエリが分けてくれた心臓を、奪いにやってくる。

 呼吸がすさみ、動機が早まる。

 死ぬ。心臓をえぐり出されて殺される。

 自分が発狂寸前らしいことを頭のどこかが理解したらしいと感じた、その時。


「ざっ――」


 血まみれで倒れていた竜人の少女が――


「――けん――」


 唸り声とともに体を起こし――


「――――なぁぁぁぁぁッ!!!!」


 咆哮をあげてサッファークへと飛びかかった。


「――!!」


 怒りの反撃、しかしその一撃はことのほか小さかった。

 小さく、ただし、正確。

 的確な蹴りが、彼女を迎撃しようと構えたサッファークの右の拳に当たる。


「ッ!」


 取り落とされた剣を、クエリは何と自分の尻尾で奪い取った。


「とりゃ!」


 そして間髪入れず、それを地底湖へと放り投げて捨てる。

 翼で空気を打って静かに石畳へと着地したクエリは、再び唸り声を上げた。


「痛ったいでしょこのバカッ!!

 絶ッッ対許さない!!!」


 彼女はそのまま両手を床に突き、翼と尻尾を振り上げて変身する。

 再び、竜へと。

 ただし同時に、サッファークも竜化していた。

 クエリは海の青色の鱗の竜、サッファークは白い鱗の竜。

 敵は目方にして、およそクエリの倍はある。

 ここに来てから、パースは初めて見るものだらけだった。

 だが、


(まさか竜同士の対峙を見ることになるなんて……!!)


 地底湖のあるこの最下層は、平面にしても垂直方向にしてもかなりの広さがあった。

 しかし、二人の竜人が竜化すると、暴れまわるにはやや手狭かも知れない。

 青い竜――竜化したクエリは、すぐには飛びかからず、威嚇するように言葉を発した。

 喉の構造が変化したせいか、やや声の高さが違う。


『竜の姿になれるなら、わざわざ竜の心臓を手に入れる必要なんてないでしょうが!』


 それに応答して、白い竜――サッファーク。


『一時的に似た姿になれるだけだ、真の竜には程遠い。

 所詮は竜人も、竜と人間との合いの子……

 私が目指しているのは、下等な竜など問題にならぬ高等な竜だ。

 真なる(ことば)を行使する、真なる竜――』

『知るか、バカァッ――!!』


 クエリが罵声と同時に、猛烈な勢いで炎を吐き出す。

 ただし、サッファークにではなく、地底湖に向かって。


「!!」


 鋼鉄をも溶かしそうな青白い炎の熱で、湖面から湯気の塊が爆発的に広がった。

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