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16.少女は、大きく傷を負う

「ここに来る途中で、宝物が陳列された階があっただろう。

 何でもあった。

 本来人間や、竜人の命令だって聞くはずのない竜を、地上まで呼ぶ道具だってね」


 彼女にとっては聞き捨てならない内容だろう、クエリが呻く。


「もしかして、あの矢毒竜も……!」

「あの程度の、人間が軍隊を出せば狩れる竜でも……

 霊薬さえあれば心臓一つで、竜に近づく材料になるんだよ。

 それをさっさと殺して、売り払ってしまうとは」


 サッファークの表情を見るに、彼はどうやら怒っているらしかった。

 事実だとすれば、パースはその企みのせいで一度死んだことになるのだが。

 ただ、彼には目の前の静かに怒る医者に何かを問いただす勇気はない。

 そんなつもりはないのだろうが、クエリが代わりに問う。


「竜人になったっていうのが事実だとして……

 あなた、人間から竜になりたくてこんなことを……!?」


 その声音は、やはり怒っていた。

 彼女が誇らしげに語っていた氏族の使命とやらを考えれば、まだ理解できる。


「魔術に過ぎたれば竜に堕す――魔術を学びすぎた人間はいずれ竜化する。

 魔術師という連中がいた、古代文明のことわざだよ。

 少しばかり変形されて伝わっていたようだが、間違いじゃなかったわけだ」


 パースは特に竜に詳しいわけではない。

 だが、違う生物になりたいという感情はやはり、理解を拒んでいた。

 クエリのように意思疎通の出来る見た目の近い種族ならまだしも、竜。

 翼と尻尾に目が行って気づかなかったが、サッファークは背中に剣を背負っていた。


「せっかく呼び寄せても、また竜の心臓をダメにされたらたまらないからね。

 君たちを殺して、ついでに心臓ももらっておこう……!」


 それを鞘から抜いて手から下げつつ、彼はこちらに向かって歩き始める。

 クエリはそれを見て背中の荷を降ろし、短弓に矢を番えた。


「…………!」


 サッファークに立ち止まる意思がないと見たか、彼女は矢を放つ。 

 だがそれは、


 パンッ


 ――と軽い音を立て、サッファークに届く前に虚空に弾き飛ばされた。


「……!?」

「驚くことはないだろう。君も持っている竜詞の力だ……

 竜人の戦士なら、矢弾に強い竜詞を込めて撃てばこの程度の障壁は貫けるはずだ」

「……ッ!」


 そういえば、彼女はあまり竜詞というものが得意ではないと言っていた。

 どういった原理に根ざす力なのかは分からないが、彼女は歯噛みしてパースに言う。


「荷物を持って、逃げ回って!

 このままじゃ守りきれない!!」

「っ……分かった!」


 パースはクエリの荷物と斧を持って走り出した。


(上の階に戻った方がいいかな……?)


 彼女を見捨てたような形になって嫌だったが、矢毒竜の時のようなことは避けたい。

 クエリも敵に隙を作って撤退してくれることを祈って、彼は上階への階段へ戻る。

 が。


「うわ!?」


 そこで、階段の脇にいた巨大な石像が動いた。

 一体が、彼の頭上をまたいでプリメレファスの死んだ昇降路の側へ。

 そしてもう一体は階段への入口の前にしゃがみこんで、動かなくなってしまう。

 像の横幅は入り口より広いので、パースの入れる隙間は既に無い。


「あ、くそ……!」

「パース!?」


 クエリが戦いつつも、こちらを気遣う声が聞こえる。

 上ずる声を自覚しつつ、彼は叫んだ。


「こ、こっちは何とかするから大丈夫!」


 彼女はサッファークの周囲を飛び回り、どうにか矢を撃ち込もうとしているらしい。

 竜人の少女を案じつつ、パースは彼女の荷物から大きい方の斧を借りた。

 入り口とそこを塞ぐ魔神像との間に刃を突っ込んで、テコの原理でどけようと試みる。


「んぐぁぁぁぁ……!!」


 開かない。


「つぉぉぉぉ……っ!!!」


 ただの人間、その上子供で、力にも自信はない。


「……くっ、うぅぅぅ……」


 そんな彼の力では、魔神像は毛筋ほども動かない。


(……ダメだ、もっと長くて硬い棒か、他の方法を……!)


 クエリは矢を惜しんでいるのか、周囲に落ちている石や瓦礫などを投げつけていた。

 すべてサッファークの竜詞の力で弾かれているが、彼女はなおも囮になり続けている。

 パースは、他に何か有効な手立てがないかどうか探し始めた。











 父の友人だったという目の前の男に、彼女は追い詰められかけていた。

 矢は弾かれ、(つぶて)はなおのこと意味をなさない。

 その上クエリの身体の疲労は、未だ完全には癒えていなかった。


(でも……それにしたって……!?)


 確かに、パースに心臓を分けてしまったことは影響しているはずだ。

 だが、それだけではない何かの異常が起きている。

 そうでなくては、ここまで疲労が激しいというのは考えられないことだ。

 サッファークが、その胸中を見透かしたように告げる。


「心臓を半分に分けた程度で、まさかここまで自分が弱体化するとは思わなかった――」

「――!?」

「なんて、考えてないかい?」


 狼狽して、思わず()()()が止まってしまう。

 そんなクエリに向かって、彼は面白そうに剣を降ろし、立ち止まって話を続けた。


「ロウルの話を聞くに、君たちは割と気軽に心臓の分割をやるらしい。

 まあ、家族や友人、恩人相手ならわからない話でもないし――

 むしろ、いざという時にそういう使い方をするために強い心臓がある……

 といえるかもしれないね」

「何を……?」


 話の意図を読めずに訝ると、忌々しいことに教師のように、説明までするようだった。


「心臓の分割と言っても、分割したあとは心臓の量が戻らないそうじゃないか。

 つまり、心臓の分割譲渡はせいぜい一生に一度、それ以上は本人の生命も危ない。

 実際、そう何度も繰り返せるわけじゃないんだろう?」

「当たり前でしょ!」

「でも君は、自分が心臓をすでに二回も分割してるっていう自覚が無いんだろう?」

「いい加減言いたいこと――ぇ……!?」

「ははは……」


 ついには、サッファークは笑う。

 それは彼女を(あざけ)る、哄笑か。


「やっぱりね。

 ロウルは君に、嘘をついた――少なくとも事実を全部は教えなかったわけだ」


 笑い声だけでなく、父の名前を出され、弱った身体が沸騰しかけるのが分かる。

 落ち着かなくてはと頭では理解したつもりでも、舌を押し留めることが出来ない。


「父を愚弄する気!?」

「いやいや。でもよく考えてみたらどうだい。

 君のお父さんは、一度この遺跡の調査に来た際、心臓を分けてしまっているんだよ。

 そして、以前君が死んだ時も、心臓を分割譲渡して生き返らせた」

「それは、霊薬で――」

「ロウルは霊薬を手に入れていない。

 彼は半分になった心臓の更に半分を、君に与えたんだ .

 私は一人で何度もここに来ているが、そうした形跡は一つもなかったからね」

「でたらめよ!

 それじゃ、あたしがパースに分けた心臓は父さんの1/8ってことになる!

 そんな量で、二人とも生きてられるわけ無いでしょ!」

「そう、その意見は正しい。

 まず、ロウルは私に心臓の半分を与えた。

 その後娘が死亡し心臓を分け与えて応急処置とし、ここを訪れた。

 霊薬アムリタが手に入れば、二人とも心臓の量を回復できるという希望にすがって。

 しかし、霊薬は見つからなかった。

 にも関わらず、ロウルの娘は後に、人間の少年に心臓を分割できる量を保持していた。

 半減したロウルと心臓を分け合った状態では、そんな真似は自殺行為のはずなのに。

 矛盾を解消するには、仮定の間違いを修正すればいい」


 相手が何を言っているのか、理解したくなかった。

 サッファークが正確な事実を証言しているという保証など、どこにもないはずなのに。


「つまり、ロウルは君に残った心臓の全てを与えて、ここで死んだんだ」

「……あたしを動揺させようとしてそんな嘘を……!」

「ではそこに転がっている竜人の白骨は、誰の遺体かな」

「っ――――」


 思わず、敵の指し示す先を見てしまう。

 明白で致命的な隙になると、分かっているはずなのに。

 そこは、彼女たちがここに来た当初は死角にあって見えなかった場所だった。

 竜人の、恐らくは成年の男と見える服装の遺体が倒れている。

 角は、彼女と同じ氏族を示す剣状角(けんじょうかく)


「…………!!」


 服装は防寒重視のそれで、クエリが一度死んだという冬の季節と一致する。

 既にほとんどが白骨化しており、右側頭部の角が中ほどで折れていた。

 それは記憶の中の彼女の父、ロウル・ルダーヴと、全く同じ身体的特徴を持っていた。


(父さ――)


 しかし、そこに近づいて遺体を検める前に、彼女の背に熱と激痛が走る。

 にも関わらず全身が弛緩(しかん)し、クエリは自分の体重で、横面から石畳に叩きつけられた。

 かろうじて残った意識が、衣服に染みて広がる温かい液体の存在を知らせてくる。

 幼い竜人の戦士は、想像したくないものの存在を意識した。


(あれ、これ……)


 死ぬ。


「クエリっ!?」


 そう思った時に聞こえた、人間の少年の声。

 それはもしかしたら、幻聴だったかもしれない。

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