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15.敵が、姿を現す

 地下11階の捜索は一切せずに通り過ぎて、パースとクエリは地下12階に辿り着いた。

 階段はここで終わっており、プリメレファスの証言通り、ここが最下層らしい。

 クエリの竜詞の力で照明石が点灯すると、そこには巨大な地底湖が広がっていた。


「うわ……!?」


 背後を振り返ると、巨大な石像が二体、入り口の両脇を固めていた。

 設置目的は分からないが、地下10階にやってきた巨人の像とは違うようで、動かない。


「……動かないね」

「……うん」


 クエリの言葉で視線を前方に戻すと、改めて地底湖を見る。

 透明度の高い湖水の奥底には、鮮やかで奇妙な赤い花のようなものが咲き乱れていた。

 想像だにしなかった、まさに奇観だった。

 神秘的、とまで言うには、いささかカビの臭いが強かったが。


「ここに……霊薬が……?」


 それまでと違って、上方に大きく空間が広がっている。

 地下10階も巨大な生物や植物を収容するためか、天井が高く作られていた。

 だがこちらはそれ以上に上下に広く、更に天井は天然の岩盤だった。


(施設は地底湖のほとりに建ってるような位置取り……

 元々この地底湖に通じる洞窟か何かがあって、そこを広げて施設にしたのか)


 ただ、彼らが降りてきた階段の出口から地底湖までは、少し距離があった。

 そこから湖面に向かって、なだらかな坂や階段が扇状に配置されている。


「プリメレファスの話だと、ここで竜人たちが霊薬を作る実験をしてて……

 彼や他の住人たちも、ここで生まれたって」

「みんなここで、産湯に浸かったってこと?」

「……案外間違いじゃないかもしれないね」


 神話の再現を行ったということならば、あの地底湖を撹拌したということだろうか?


(確かに、そんなことをするために作ったような機械が設置されてるけど)


 地底湖には、奇妙な装置――と呼べそうなものが設置されていた。

 湖面から赤サビにまみれた金属柱が二本、天井の岩盤まで伸びている。

 更にその柱は途中で巨大な歯車を貫通しており、歯車にはベルトが巻き付いていた。

 更にベルトは地底湖の周囲、切り立った岩盤の中から伸びていて――という具合だ。

 金属柱の湖面より深い部分には、プロペラのようなものが付いていた。

 いや、プロペラではなく、スクリューか。


「あの天井から生えて地底湖に刺さったスクリューを回転させて、湖水をかき混ぜる。

 そんなことをしてたんじゃないかな」

「神々の真似をして、湖をかき混ぜると珍しい景品が飛び出します、って?

 お祭りのくじ引きじゃないんだからさぁ……

 彼が嘘をついたって言うわけじゃないけど、いまいち信じられないっていうか」


 20分ほども休んで、クエリはすっかり調子を取り戻しているようだった。

 彼女は明らかに、パースよりもプリメレファスの証言を疑っていたが。


(まあ、プリメレファスには悪いけど、僕だって半信半疑だしな……)


 ここまで見てきた倉庫の美術品や、牢獄で死んだ奇妙な生物たち。

 それらが皆、ここで行われた実験の過程で生まれたものだという。

 にわかには信じがたいことだった。

 世界創生の過程を再現することで、千毒と万病とを癒す霊薬を生み出す。

 言葉にしてみれば、いかがわしい響きにも程があるというものだ。


(……そのプリメレファスは……)


 彼が巨人像と共に落下した縦穴の入り口も、同じ階にあった。

 階段から出て、地底湖を左手に望みながら直進した先。

 そこには上から降ったものか、大量の砂や塵芥が積もっていた。

 パースが上階から欠片を落とした程度では、音がしなかったのも頷ける。

 そしてばらばらになった巨人像の残骸と、やはり原型を留めていない彼の亡骸。

 クエリが、目を伏せながら呟く。


「……(とむら)ってあげたいけど……」


 ここには、埋葬するような土がない。

 また、火葬にしようにも、地下で彼の遺体を焼けそうな多量の可燃物はなかった。

 仮にあったとしても、今度はパースたちの吸う空気が無くなってしまいかねない。

 水葬に向いた地底湖はあるが、霊薬に関係しているとなれば迂闊なことは出来ない。

 そもそもあの巨体では、どう(はふ)るにしても時間がかかるのは確かだ。


「彼には申し訳ないけど、今は霊薬を探そう」

「んじゃ、あたしはえーと……飛ばなきゃ入れなさそうなところから先に――」

「その必要はないよ」

「――え?」


 彼女の台詞を遮ったのは、パースではなかった。

 彼でもクエリでも、ましてやプリメレファスでもない、別の声。

 声のする方を振り向いた二人の目に映ったのは、見覚えのある顔だった。


「やっと来てくれたね。

 ようこそ、万物創生の実験所へ」


 マハルの村で、クエリにこの地下施設のことを教えた、人間の医者だった。

 彼は帽子と、羽織っていた外套を脱ぎ捨てながら続ける。


「あまりゆっくりしているものだから、つい催促をかけてしまった。

 甲冑歩兵と動く魔神像の道案内は、いかがだったかな?」

「…………!?」


 その言葉の内容を飲み込むのに、少し手間取った。

 マハルにいた時には気づかなかったが、その側頭部からは竜人の角が。

 そして腰からは翼と、尻尾とが生えていた。

 偶然村に来ていたというあの医者は、竜人だったのだ。

 パースも驚いたが、クエリはもっと衝撃を受けたようだった。


「嘘でしょ……!?」

「自己紹介もしておこうかな。

 私はサッファーク・ペイヴァ――後天的に、竜人になった人間だ」


 クエリの驚いた表情を見て楽しんでいるのか。

 彼はそう名乗り、悠々と言葉を結んだ。


「後天的に竜人に……? 何言ってるの、あなた……!?」


 クエリの言葉に、サッファークと名乗った医者――あるいは竜人――は笑って答えた。


「君は知っているはずだろう?

 竜人は、自分の心臓を媒介に、生命力を他者へと分け与える能力がある。

 竜の毒矢が直撃して潰された彼の心臓は、それによって再生して、今も動いている」


 パースの容態を診たのは彼であろうから、その言葉は正しい。

 だが、クエリはそれに、やはり疑わしげだった。


「それと何の関係があるの。

 竜人になった人間なんて、聞いたことないわ」


 サッファークはそれを肯定しつつ、尻尾を揺らして続ける。

 見たところ、彼の角や尻尾はクエリのそれに近かった。


「そう……竜人から心臓を分け与えられただけでは、人間は竜人になることは出来ない。

 だが、心臓が竜人のものであるという、取っ掛かりは出来る。

 そこを足がかりに、竜の因子を摂取したとしたら?

 現に私は、そうやってこの姿になった」

「いんし……?」

「私も、かつてロウル・ルダーヴ……君のお父さんとは懇意にしていてね。

 一度死んだ私に、彼が心臓を分けて、蘇らせてくれたんだよ」

「父さんが……!?」


 背後にかばわれる形のパースに、彼女の表情は見えなかった。

 だが、声だけでも十二分に、その驚きは理解できる。


「竜人の心臓の半分と、竜の心臓に、アムリタ……

 これだけ揃えて、ようやく私は竜人になれた。

 だが真正の竜になるためには、まだ竜の心臓が足りない」

「…………!?」


 竜人の心臓ではなく、竜の心臓、と、彼は確かに言った。

 パースはその表情に、狂気を見た気がした。

 彼の長口舌は、まだ続くようだった。

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