12.二人は地下に、牢獄を見る
幸いなことに、クエリが回復するまで、特に問題などは起こらなかった。
それからは二人で交代で荷物を持ちつつ、しばらく展示物を検分した。
だが、その中には霊薬と思われる品は存在しなかった。
パースはクエリが眠っている間に試みた考察を語って聞かせたが、
「あたしが頼んだ荷物を放ったらかして、そんなことしてたわけ……?」
と、逆に睨まれてしまった。
毛布については、彼女が起きた直後に礼を言ってもらえたが。
問題は次の、地下8階だった。
ここはそれまでと打って変わり、牢獄になっていた。
まさしく、地下牢。
廊下の構造自体は地下1~6階までと変わらないが、全ての区画に格子状の檻があった。
そして、その中で息絶えたらしい、多数の白骨死体。
クエリが、不快感を隠さずに言う。
「何よこれ……」
「ますますここがどういう施設なのか分からなくなってきたね……」
前を見ても後ろを見ても、長い廊下の左右に牢獄が並んでいた。
パースは、こうした誰かを閉じ込めるための檻という物を見るのは初めてだ。
だがまさか、獄死したらしい遺体を内包したそれを見ることになろうとは。
霊薬などはありそうにないが、それでも二人は照明を点けつつ、牢の中を検めた。
(でも、多分これ……上の階で個室で死んでた竜人たちの遺体と同じ原因で……?)
ただし、遺体の中には竜人は全くいなかった。
より正確に言えば、竜人でも人間でもない、判別し難い形状のものが多い。
それも、朽ち果てていて分からないのではなく、形態の違いによってだ。
(腕が六本ある……こっちは一つの頭に顔が三つもある……)
中には、水が張られていたと思しいプールのような変わった造りの牢もあった。
そこには、腰から下が魚の骨のようになった、人魚のごとき遺体が横たわっている。
錠はひどく錆びており、たとえ鍵を探し出せたとしても、開けるとは思えなかった。
恐ろしさ、おぞましさもあったが、パースにとっては、何より疑問が先立った。
「本当に、何なんだろう。上の階の美術館みたいな作りと比べれば、見世物小屋か……
動物園みたいなもの? なのかもしれないけど」
「ふざけてるわ。どこの氏族か知らないけど、こんな悪趣味なものを作って」
クエリは憤りを隠さない。
氏族が異なるとはいえ同じ種族の所業だとしたら、彼女の怒りはもっともなことだ。
しかし、明らかに牢ではない区画に踏み込むと、竜人たちの遺体もあった。
寝泊まりできる部屋があり、そこから一人が這い出そうとする形。
他には二人が、寝床で悶え苦しむような格好で死亡していた。
それ以外は仕事机や書類の収まった戸棚など、狭い以外は上層の階と似た雰囲気だ。
「ここで、この階の牢の出入りとかを管理してたのかな……」
「……看守の側って、言っていいのか分からないけど、竜人も死んでるってことは」
「少なくとも、居合わせた人が全員死ぬような何かがあったんだろうね……
初めて遺体を見た地下2階から、この地下8階まで」
「……階を下りるに連れて、死体の数、増えてたと思う?」
「階あたりの数だけ記録してるけど、だいたい増えてるね……」
パースはメモを広げ、クエリにも見せた。
メモには階層ごとに、遺体の数や霊薬の手がかりになりそうなことを記録している。
地下1階や、粗雑な美術館のようになっていた地下7階にこそ遺体はなかったが、
他の階については下りるごとに数が増え、すでに300を超えていた。
一方で、霊薬の手がかりは無し。
(結局、今のところは死体の数を数えてるだけなんだよなぁ……
これだけの数の死者を抱えた、地下迷宮?
そんなものが自分の村の、そんなに離れてない場所にあったなんて)
また、同じ階には他にも、広々とした運動場のような区画もあった。
面積にして、フロアの1/3ほどを占めているか。
2階建てならば、大きな館の一つも入りきってしまいそうだ。
「クエリ、ここって……何の場所か分かる?」
「何であたしに聞くのよ……」
「広い場所って運動するのに向いてそうだから、何か感じないかなって」
「…………」
彼女は怪訝そうな顔をしつつも、考えてくれたらしかった。
姿勢を下げて、床の様子を見るらしき動きをした後、クエリは答える。
「石畳の古さが一定してない。
細かい凸凹ができてるし、確かに運動をする場所……ではあったと思う」
「……寝床で死んでた竜人たちが朝の体操をするには広すぎるもんね」
クエリが、広い運動場らしき場所の中心に進み出ながら言う。
「そもそも運動したいなら、上の階にあった物はここに押し込んだら良いじゃない。
箱詰めでもして。絶対あっちの方が広いし、玉遊びだって出来そうよ?」
「そうだよね……でもなぜか、ここに作る必要があった」
「……ここに収監されてた奇妙な生き物たちを遊ばせる場所だったとか?」
「うーん……」
パースはやはり、考えるのをやめた。
ここで一度引き返すべきであるような気もしたが、
「もう本当に分からなくなってきたよ……アムリタと何の関係があるんだろう、ここ」
「この調子で行くと次の回も全然使いみちの違う感じかもね……」
二人は疑念を深めつつ、地下8階を後にした。
地下9階は、更にひどい有様だった。
あまりのことに、クエリは声に怒りと疲れを滲ませて提案してきた。
「パース……ここはもう見ないで、次の階に行こう」
そこは地下8階よりも、更に牢獄らしい空間だった。
警備担当者がいたと思しい幾つかの簡素な小部屋以外、全てが牢獄になっている。
地下8階の住人たちより更に恐ろしい、悪魔や怪物のように思える遺体の数々。
(……竜人でも人間でもないっていうか……
博物誌にも載ってないような怪物……?)
彼らは壁から両手足を鎖で拘束された状態で、屍となっている。
明確に違うのはそこで、地下8階の遺体の手足には枷がなかった。
しかしこの地下9階はまるで、危険な罪人を収監しているかのごとく厳重だ。
やはりここも、例外なく“何か”に襲われたのだろう。
クエリの不興を買う覚悟で、彼女に伝える。
「僕は一応、霊薬の手がかりがないか探してみるよ。武器を一つ借りていいかな?」
「分かったわよ……まぁ、無いって証拠はないしね」
クエリから頑丈そうな小さな手斧を借り受けると、パースは進み始めた。
彼女も、眉をしかめつつではあるが、周囲を確認しながら着いてきてくれる。
通路の左右に配置された牢獄は古びており、近づくとほのかに悪臭を放っていた。
(こんなに大勢の怪人だか妖怪だかを、連れてきて閉じ込めていた……?)
不可解だった。
人間や竜人の数倍を超える巨体の者もいる。
ただ、それでも概ね人間に近い形態の者が集められているようだ。
どこをどう見ても動物というものはなく、全てどこかしら、人間に近い箇所があった。
頭蓋骨が昆虫のようであったり、逆にただの人間ではないかと思えるものもあったが。
無論例外なく、全て息絶えていた。
這い出ようとしたりう、格子にすがりつくような姿勢の遺体も多い。
やはり今までの階と同様に、一斉に何かの脅威に飲まれたのだろう。
後ろを歩くクエリが、恐る恐るといった様子で口を開く。
「……もしかしてここ、霊薬とは関係ないのかも」
パースも、もはやここまで来ては、同意せざるを得なかった。
「…………そう思うよね。次の階を見てここと同じようなら、引き返そう。
ここを出る方法を探さないと」
「またあの甲冑のいるとこを通らないといけないのね……」
落胆気味に呟くクエリと共に、彼は更に階段を降りた。
この不気味な施設への興味は強かったが、霊薬を見つける見込みが薄い状況だ。
加えて彼女にこれ以上の不快さを我慢させてまで探索を続ける理由はない。
次で終わりにして、諦める。
そのつもりで二人は、地下10階に降りた。