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11.二人は、しばし休息する

「階段でっ……下にっ……!」

「クエリ、何か、息が……大丈夫!?」

「いいから、急いで!」


 彼は斧を引きずるように力なく先を行く少女を案じつつ、なお走った。

 背負う荷物はひどく重い。


(でもクエリはこんなのを背負ってたんだ、少しくらい僕だって……!)


 階段室の扉を開けて飛び込み、すり減った石の階段を駆け下りる。

 階段は地下6階で途切れていたが、既に別の階段が下へと続いているのは確認済みだ。

 幸い、甲冑は階段を素早く駆け下りるということが出来ないらしい。

 カシャンカシャンと、早足と同じテンポで降りてくる敵から、二人は距離を稼いだ。

 そして地下6階。

 回廊の両端だったこれまでの階段と異なり、次の階段は階層の中心近くにあった。

 扉を開けて、そこに逃げ込む。

 階段の扉には閂や鍵などはない。

 甲冑たちもそのまま彼らを追ってくる――ことはできなかった。


「とりゃあ!!!」


 一体目の甲冑が扉を開けて階段室に入ってきた瞬間、クエリが全力で扉を閉めたのだ。

 金属板で出来た甲冑が、石の扉とその戸枠に挟まれ、ひしゃげて壊れる。

 耳を覆う金属音が終わってみれば、扉は潰れた甲冑が挟まって開かなくなっていた。

 どん、どん、と後続の甲冑たちが扉を叩く。

 扉は廊下側に開くようになっているので、体当たりで開けるなどということは難しい。

 竜人の少女は斧を石畳にごとりと落とし、両膝に手をついて喘いでいた。


「はぁ……はぁ……!」


 パースは彼女を気遣いつつ、礼を言う。


「クエリ、ありがとう……! すごいよ!」

「ど……どうってことな……ぇほっ……!」

「少し休もう、甲冑は……もういないみたいだし」

「ぅ……うん……」


 現在地は、地下7階。

 何らかの業務区画だったらしい地下1~3階、居住区だったらしい地下4~6階。

 地下5階にあった食堂で襲撃を受けて、彼らはここまで降りてきている。


「……灯れ」


 クエリが竜詞を使うと、かなり高い天井に設けられた照明石が点灯する。

 かなり広いらしく、全体の1/4程度しか照らし出されなかった。

 ただ、それでも他の部分はほんのりと、薄暗いながらも照らされていた。

 この階層はどうなっているのかといえば、パースは形容に困っていた。

 強いて例えるならば、そう。


「美術館……?」


 太い柱が規則正しく並んだ、天井の高い広大な空間。

 その合間には、様々な形状の台が並ぶ。

 角柱状のもの、ただ板を敷いただけのようなもの、檻のようなもの。

 そこには箱や壺のような容器、形容しがたい置物、美しい装飾品などが置かれていた。

 はたまた、何かの装置らしき複雑な機械、時には巨大な荷車や動物の骨。

 楽器や武器、張り型に着せた帽子や衣服などもあった。

 果ては軽い素材なのか、天井から鎖で吊るされている大きな凧らしきものまで。

 土台の形は様々だが、全て、ここを訪れる者がそれらを観賞するための配置に思える。

 通路こそやや狭かったが、パースは図解の本に載っていた、美術館を思い出していた。


「……特に危険なものはないみたいだね」

「じゃあ……パース、ちょっと……休む……」

「え」


 どこまでも疲れたようなクエリは、室内に危険がないと見るや、ふらふらと歩きだす。

 彼女は斧を握ったまま“展示物”のない広い台に腰を下ろし、仰向けに倒れた。


「悪いけど、荷物……見てて…………何かあった……ら……」


 そのまま目を閉じて、胸郭をゆっくりと上下させ始める。

 眠るつもりなのだ


「…………どうしよ」


 パースは迷った。

 彼女の疲れが多少なりとも癒えるまで、見張り番でもするのが良いのだろう。

 だが、彼はこの空間に陳列された数々の物品にも興味があった。

 まずは荷物をクエリの側に降ろし、紐を解いてみた。


(……重さ的に、背負袋の中には多分毛布くらい……ありそうだな)


 荷物の詰め方が乱れて彼女は怒るかも知れないが、その時はその時だ。


(あった)


 奥には背負った際の感触から予想した通り、薄手の毛布が畳まれて入っていた。

 恐らく竜詞の力で暖は取れるので、荷物の重さを減らすための工夫なのだろう。

 仰向けになった彼女の体の周囲に積もっていたほこりを、軽く手で除ける。

 そしてクエリに、そっと毛布をかけた。

 だらしなく通路に伸びた尻尾も優しく丸めて、毛布に収まるように絞まっておく。


(女の尻尾を気安く触るなとか怒られませんように……)


 そうした懸念はひとまず忘れて、彼は近くの観察を始めた。

 出来るだけ、休息を取るクエリを視界の端にとどめながら。

 そこでふと、彼は何も置かれていない台が集まっている一角があることに気づいた。


(…………何で?)


 よく見れば、他にもぽつぽつと、何も置かれていない台がある。

 それぞれ見てみると、積もったほこりの厚みが異なる箇所があった。

 元はこれらの台に、何かが置かれていたのは間違いない。


(僕らの前にも誰かが入り込んで、ここにあるものを持ち出していた……?)


 あるいはそれは、泥棒や盗賊と言ったたぐいか。

 竜人の力で人間の目には入り口が隠蔽されていたが、それとて完全ではあるまい。

 台座にはカードが置かれており、それを読めば何があったのかは分かるようだった。


琥珀(エレクトロン)……?

 ここに置いてあったってことかな……)


 読み方や意味は本当は違うのかも知れないが、少なくともそのように読み取れる。

 ほこりの層が薄くなっている方形の跡は、宝石を傷つけないための土台か。

 この台に乗っていた琥珀を、誰かが持ち去ったのだ。


紅玉(カルブンクルース)……翠玉(スマラグド)……虹霓石(オパルス)……

 宝石……なのかな……?)


 名前は全て宝石を表すものだったが、肝心の実物が無いのでは実際は分からない。

 いや、そもそも、なぜこんな所にこうしたものがある――あったのか。


(……また分からなくなっちゃったな。ここって霊薬を作るための設備だったんじゃ……

 何でこんな美術館みたいなものが、こんな深い場所に作ってあるんだろう)


 ここに住んで働く竜人たちが観賞するためという理由は、考えにくかった。

 不特定多数に見せて料金を取るためならば、もっと浅い場所に作るだろう。

 また、こうしてその気になれば簡単に持ち去れるようになってるのも不自然だった。


鑽石(ギェマント)……藍宝石(ザッフィラ)……“金塊”……“金のブレスレット”

 ……まぁ、大体は値打ち物……ってことだよな)


 周囲を見た所、他に持ち去られているのはほとんどが、言ってみれば金目の品らしい。

 ここが放棄される際に、竜人たちの一部が持ち出したものか。

 頭を掻きつつ、彼はいったん考察を打ち切った。


(これ以上考えても無駄かな……クエリが起きたら、また二人で霊薬を探そう)


 考えてみれば、アムリタなる霊薬が固形なのか、液状なのかも定かでないのだ。

 神話では液体のはずだが、固体のものがないという保証もない。

 ここは薬剤を保管するような場所には見えないが、探してみる価値はあるだろう。

 クエリのそばに戻ると、彼女はまだ寝息を立てていた。 

 額には汗をかいていたが、彼女を起こさず、誤解されずに拭き取る自信はない。


(…………僕もそろそろ眠くなってきたな)


 太陽が見えないので、どれほどの時間が立っているのかは分からなかった。

 だが、およそ日が沈んでいてもおかしくないように感じられる。


(……父さんも母さんも怒ってるかな。

 戻ったらなんて言おう。そもそも霊薬が手に入る保証だってないんだけど)


 今更ながらに、そんなことを意識した。

 彼にもう少し分別があれば、両親は怒るのではなく、心配していると考えたはずだ。

 だが、今やパースは拒む竜人の少女を説き伏せて同行している身だった。

 少々考えなしに行動してしまったかと感じるのは、後悔か。

 だが同時に、この不可解な竜人の遺跡に対しての興味も湧いてきてしまっていた。

 複雑に絡まった感情を弄びつつ、彼は近くにゆっくり腰掛けて、クエリの回復を待つ。

 天井の高い静かな空間で、落ち着いてきた彼女の寝息が、やけにはっきりと聞こえた。

 すると。


「いて」


 クエリの尻尾が跳ねて、彼の足を打ったのだ。

 寝相が悪いのか。

 彼は尻尾の射程外に逃げて腰を下ろし、眠ってしまわないよう気を張った。

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