表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/21

10.二人は、更なる襲撃をかいくぐる

「ありえない……二人揃って、会った時のことまで忘れてるなんて……」


 クエリが頭を抱えて青ざめると、パースは推論を展開した。


「竜詞ってやつの力なんじゃないかな。

 黙ってここを出ようとすると強制的に関係することを全部忘れさせられる仕掛けとか。

 あとは出られないようにする仕掛けとか、それが間違って両方動いたり……

 それなら、僕たちが閉じ込められた上に記憶を失くしてた説明がつくじゃない?」

「認めたくない……」

「思い出したんだし、いいじゃないか。

 それより、アムリタ、だったよね。

 その霊薬を探そうよ?」

「うん……」


 現在地は、地下4階。

 クエリが壊した扉を察知してやってきたらしい、錆びた甲冑を撃退した時のままだ。

 パースは部屋の入り口周辺に散らばった鎧の部品を見て、つぶやく。


「この甲冑、本当に中身が無いんだね。

 これが動いてたのも竜詞の力なの?」

「分からない……あたし竜詞は落第生だったから……」

「え、そうだったの……?

 ……ごめん」


 彼女の望まない箇所に触れてしまったらしく、パースは謝った。


「と、とりあえず。鎧の部品を部屋にしまおう。

 手足だけシーツで包んで結んでおけば、復元するにしても時間がかかると思うし」

「うん……」


 一度気が沈むと復帰に苦労する性格なのか、クエリは肩を落として部屋を出る。

 二人はパースの提案通り、廊下に散らばった甲冑を集め、胴と頭だけ除けた。

 残る手足はシーツに包んで固結び、寝台を持ち上げてその下に放り込む。

 万一自分で復元する力があっても、かなり難しくなるだろう。


「ありがとう。他にもああいうのが来ないとも限らないし、下に急ごう。ほら」

「分かってるってば……」


 多少手足を動かしたことで、彼女も気が晴れてきたかも知れない。


(クエリが怒るようなことを言えば、その怒りで気落ちが紛れるかな……?)


 少しだけ考えて、パースはそれを否定した。

 大人と同じ大きさの甲冑を、一蹴りで廊下の端まで吹き飛ばす竜人を怒らせる。

 そもそも、クエリ・ルダーヴは彼の生命のために行動してくれているのだ。

 感情を抜きにした下衆な損得勘定に基いても、いいことなど一つもありそうにない。

 二人は取り戻した記憶と共に、次の階へと向かった。












 結論から記せば、地下4階から地下6階までは全て、大きな宿屋のようになっていた。

 部屋はほぼ寝室として使われており、一人か二人分の寝台、机などが置かれている。

 要は、最初に甲冑に襲われた部屋と大差ない状態だった。

 ただし、5つに4つ程というかなり高い割合で、竜人の遺体があるという点を除いて。

 また地下5階には、厨房とそこを囲む広い食堂までが設置されていた。

 地下1階からここまでの構成を見れば、パースには大まかながら、見当がつく。

 彼は、唯一そこそこの広さがあり、かつ遺体のなかった厨房で、推測を口にした。


「多分、竜人たちが――クエリのいるアズ・ダハクとは違う氏族みたいだけど――

 集団で生活して、仕事をしてたところなんだと思う。

 仕事の内容までは分からないけど……こんな地下で寝泊まりまでしてたってことは、

 あんまり部外者には見られたくないものを作ってて……

 それが多分、霊薬……アムリタなんじゃないかな」

「……問題は、それが何でこんな白骨死体だらけになってるかってことよね」


 何も並んでいない木の食卓に肘をついたクエリは、そう口を尖らせた。

 恐ろしいことに、白骨化した遺体の数は、増え続けていた。

 パースは今、厨房の受け渡し口からクエリと意見を交わしている。


「個室は5つに4つくらいの頻度で遺体があったね。

 全部メモしてきたけど……

 地下4階から地下6階まで、全身が揃ってた遺体は併せて242人、人間も8人いた。

 改めて見るとすごい数……これだけ大勢の竜人と人間が、自室で死んでたってことか」

「幽霊の一つとも出くわしてないのが奇跡みたいね……」


 さしもの竜人の少女も、少し疲れた様子で呻くように言う。

 ちなみに、ここまで全ての部屋には照明席が設置されていた。

 全てクエリに点灯してもらっていたため、幸いパースは亡霊などは目撃していない。

 彼は明るい光りに照らされた広い食堂の厨房で、推測を続けた。


「あと、食堂室(ここ)に一つも遺体がないのは、夜だったからじゃないかと思ってる。

 泊まりこみで霊薬を作るための仕事に従事してた竜人たち……

 ここで寝泊まりするくらいだから、彼らは地上にはあまり出なかった可能性が高い。

 それでも昼と夜とを決めて、夜には個室に戻って、食堂も閉める。

 大きな部屋には時計もあったしね」


 もっとも、全ての時計はネジが切れた時間で止まっていた。

 竜人たちを襲った出来事について、時間帯を完全に特定するのは難しいだろう。


「でも、ある日の夜に、みんなが寝静まった頃に、何かが起きた……」


 これまでの数時間で見てきた大量の白骨を思い出して身震いをしつつ、言葉を終える。。

 クエリは食卓においた荷物の紐を緩めて、中から携行食を取り出した。


「……とりあえず、少し何か食べて、進もう。

 またあの甲冑が襲ってこないとも限らないし」


 二人は先と同様の歩く全身甲冑に、最初を含めて計3体、遭遇していた。

 いずれもかなり錆びており、2体はクエリが斧で細切れにしてしまったが。

 パースはその時のすさまじい音を思い出しつつ、彼女の取り出した食料を見た。


「木の実?」

「木の実と種。シワだらけで一番大きいのがイチジクで、薄切りの黒いのがリュウカ。

 黄色くて小さい方がキイチゴで大きい方がホオズキ。あとはクルミとシイ」

「へー……竜人も人間と同じ種類を食べたりするんだ」

「呼び方が同じだけで違うのもあるって聞くけどね」


 厨房の棚に入っていた皿は、ここで何があったか分からない限り使う気になれない。

 水道は水が枯れており、クエリがポンプを何度押しても水が出なかった。

 二人はクエリの携帯していた小皿に木の実や種子を開けると、食べ始める。


「えーと、じゃあ……いただきます」


 パースは、目玉ほどの大きさのあるイチジクの乾果を一つ取って、囓ってみた。

 多量の種子のつぶと粘り気のある甘酸っぱさが、舌に広がる。

 探索の疲れが、急激に癒されるような錯覚さえ感じてしまう味だった。


「おいしい……」

「か、感動するほどかなぁ……それなりだと思うけど」


 味を口の中で入念に噛み潰そうとした時、クエリがびくりと肩を震わせた。


「……どうしたの?」

「さっきの甲冑が来る。

 パース、悪いけど荷物と弓矢、持ってもらえる?」

「わ、分かった……!」


 彼女は木の実を袋に戻し、斧を構えて席を立つ。

 じきにパースの耳にも、クエリがその竜人の聴覚で聞いたらしい異音が聞こえた。

 中身の無い甲冑が複数、ガシャガシャと石畳を踏んで足早に歩いてくる音。

 パースは慌てて荷物を背負い、弓と矢の入った矢筒を抱えた。

 そして彼女の背後に移動すると、食堂に面した複数の扉が一斉に開く。


「――!」


 入り口は三つ、その全てに、先ほどクエリが倒したような甲冑がいた。

 それぞれの後ろにも、同様のそれらしき影。

 全てが既に剣を抜いているが、竜人の少女はそれよりも更に速い。

 クエリは彼女の右手に近い扉に、食卓の椅子を放り投げ、すぐに左手に駈け出した。

 その一瞬で、右の扉の甲冑は頭部に椅子を浴びて転倒し、後続を巻き込む。

 無数の金属を石造りの廊下にぶちまける、豪快な爆音。

 それとほぼ同時、クエリは左の扉に向かって跳躍し、気合と共に斧を振り下ろす。


「はッ!!」


 そこから入り込もうとしていた甲冑は、肩から股間までを両断された。

 後ろにいた二体目も、返す斧の背でしたたかに叩かれ、廊下を吹き飛んでいく。

 三体、四体、まだ続く。


「あぁもう、邪魔!!」


 響く罵声、吹き飛ぶ甲冑。

 どうやら甲冑は、あまり速く動くことは出来ないようだった。

 だがクエリが左の扉からの甲冑を蹴散らしている間にも、他の扉から甲冑が来る。

 右の扉からは転倒した一群が体制を立て直して入ってくる。

 奥の扉まではやや距離があったが、それでも甲冑たちが早歩きで近づいてきていた。

 パースは重い荷物を背負いながら、甲冑の隊伍をなぎ倒すクエリの後を追う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ