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01.少年は、竜人の少女と出会う

 気づくと、彼の目の前には一人の少女が立っていた。

 彼から10歩ほど離れて、旅装束に身を包み、重そうな荷物を背負って佇んでいる。

 左右の耳の上には、白く透き通った角。

 それが、美しい海原のような色の髪をかき分けながら、後ろに向かって突き出ていた。

 腰のあたりからは、左右に竜の翼らしきもの。

 そして後ろには、青い鱗に覆われた尻尾。

 気になるそれらの点を除けば、印象は単純だった。


(きれいな子……竜人(りゅうじん)ってやつなのか)


 だが、彼女は今は剣呑な様子で、彼を睨んでいる。

 なぜ自分がそんな状況にいるのかも分からないまま、彼は尋ねた。


「君は……誰?」

「自分の名前を名乗らないまま、相手に名前を訊くの?」


 その言葉は、ひどく刺々しい。

 だが、どこかで聞いた覚えがあったような気もする。

 ひとまず正しいようには思えたので、彼は謝りつつ、名乗った。


「あ、ごめん。

 マハルの村の、パース・フェクティフ」


 一方で、彼女の年頃は彼と変わらぬ、14かそこらだろう。

 だが、彼の村の年の近い娘たちに似て、その物腰は大人びているように見えた。

 視線を動かさず、首だけを僅かにかしげて、彼女も名乗る。


「……クエリ・ルダーヴ。

 見ての通り、竜人よ」


 彼らがいるのは、壁、床、天井が全て石造りの、さほど広くはない通路だった。

 作られてから長いのか、そこかしこが(こぼ)たれたり、苔むしたりしている。

 気温は決して高くなく、ひんやりとした湿気も感じられた。

 日光などが入ってくるような窓はなく、時刻もわからない。

 ただ、ところどころで壁に設けられた石がぼんやりと光っている。

 そんな場所で、パースは竜人の少女と、二人で睨み合っているといった具合だった。

 彼女が名乗ってから十秒も待ったか、少女がそれ以上何かを話す気配はない。

 彼は、さすがにいたたまれなくなって発言した。


「……クエリ、でいいのかな。僕は普通に名前で呼んでいい」

「パース、ね。いいわ」


 彼女の返答から、幾分の刺々しさが抜ける。

 それにやや安堵して、パースは続けた。


「その、君……どうしてここに?」


 彼女はその問いに、眉をしかめる。

 荷物の背負い帯を握って、クエリは口を開いた。


「……もしかして、あなたも覚えてないの?」

「え……?」

「訊こうと思ってたのよ。

 あなたが誰で、何でこんなところにあたしと二人でいるのかって」

「……僕も同じことを訊こうとしてた……」


 愕然(がくぜん)とする。

 なぜここに、自分はいるのか?

 それについて、一切の記憶がなかった。

 自分でここに来たのか、誰かに連れてこられたのかも分からない。

 目の前の竜人の少女も、彼と同様にそうした記憶がないと言っている。


「えーと……つまり……」


 あまり考えたくないが、二人は細長い石造りの通路の、行き止まりらしき所にいた。

 窓もなく、見えるものといえばお互いの姿と、細く伸びた通路。

 そしてその向こうに設置されているらしい、一枚の扉だけだ。

 パースは、クエリに尋ねた。


「嫌な予感がするんだけどさ……

 もしかして君、この場所に来たこと、ないの?」

「え、あなたも……?」


 二人は顔を見合わせながら、絶句した。

 人間の子供と竜人の子供が、見知らぬ場所で、二人揃って記憶喪失。

 こうなった理由も、ここがどこなのかも、一切わからない。

 状況を把握すると、二人は同時に、悲鳴を上げた。


『嘘でしょ……!?』


 石造りの薄暗い廊下に、その声だけが反響していった。











 ひとまず、二人は口喧嘩寸前にまでなりつつ、言語を操る種族として平和を模索した。

 結果として、両者ともに、出口を探して歩くことで同意したのだった。

 石造りの通路は窓などは一切なく、どうやらその通路は地下にある構造のようだ。


「地上にあるなら、窓の一つくらいあるはずでしょ?」


 その論理には一部願望なども混じっていただろうが、実際にはそう的外れでもない。

 天井には、ネズミ一匹がようやくはいるかどうか、という幅の通気口もある。

 そこから空気が出入りしているのは、既に二人とも確認していたからだ。


「地上なら、こんな通気口は要らないはずだしね」


 必ずしもそうとは限らないが、暫定的に、ここは地下だという合意が得られた。


「それに、こんなにジメジメしてて地上ですって言うのは……ないわ」


 そして今、パースとクエリは決して広くはない通路を連れだって歩いている。

 探すべきは、上方へと繋がる階段などだ。

 そのついでに、互いの身の上から現状を思い出す手がかりがないかと、語り合った。

 三歩ほど先行して歩くクエリに、パースは自分の説明を続ける。


「マハルは……特に変わった村じゃないよ。街道の、普通の村だと思う」


 彼が気づいていないだけで、もしかしたら奇異があるのかもしれないが。

 とはいえ、それは考えるだけ無駄というものだろう。

 まっすぐ伸びた通路を歩きながら、クエリが、彼に尋ねた。


「誰か、珍しい客が来たとか?」


 思い起こすが、やはり奇妙な引っ掛かりなどはない。

 嘘をつく意味もないので、やはり正直に話す。


「そんな人はいないと思うけど……宿屋を使う人が一日に一組いるかいないかだよ。

 無茶な距離でもないし、大体の人は通りすぎて次の村まで行っちゃうから」

「何か事件とか」

「君とこんな所に閉じ込められる羽目になりそうなことは何もないはずだけどな……

 最後に覚えてるのは、水汲みに行ったこと。

 ちゃんと汲んだのかな……覚えてないから不安だ」

「まぁ、記憶が無いから困ってるんだもんね……」


 溜息をつくと、クエリは荷物を担いだまま、ぱたぱたと通路を進んでいった。


(……竜人をこんな近くで見るのって、初めてだけど)


 無礼は承知だが、人間と異なる彼女の腰回りに目が行ってしまう。

 畳んだ翼はスカートのように腰を覆っており、足の動きを邪魔することはないらしい。

 尻尾は柔軟で、パースに向かって鎌首をもたげたヘビのような姿勢で、たまに揺れた。

 そこまで観察して、彼は懸念を強めて視線を外す。


(やっぱりあんまりじろじろ見てると怒られるかな……)


 視線を外して、天井を見た。

 どういった仕掛けなのか、天井付近の石は彼らの通過に合わせて点灯しているようだ。

 暫くの間、二人の足音だけが曲がりくねる通路に反響していった。

 そこで、パースは気づく。

 彼女はそれに気づいていないか、気づいていて、黙っているということに。


「………………君は?」

「え」


 沈黙の末、尋ねると、クエリは意外そうに声を漏らした。


「僕は覚えてる自分のことはあらかた話したよ」

「えーと……」


 彼女の指先には、竜人らしく鉤爪が生えていた。

 子供だからか、まだ丸みが残っている。

 その鉤爪で頬を掻きつつ、クエリは口ごもった。

 さすがに不審を覚え、パースは彼女を非難した。

 無許可で腰回りを凝視していたことを差し引いても、だ。


「ずるいな、自分だけ話さないで済まそうとしてたの。

 竜人は強くて誠実だって聞いてたけど――」

「わ、分かったわよ……えーと、じゃあ生まれのことから――?」


 以下、長文につき要約。

 クエリの語る所によれば、彼女はアズ・ダハクと呼ばれる氏族の生まれらしい。

 万物創生の際、神々のかき混ぜた海から生まれた13人の竜人の一人の名前、云々。

 中でも、彼女の氏族は重要な使命を負っているという。

 彼女の話は存外に長く、随所で脇道にそれた。

 まじめに話す彼女に失礼ではあるが、パースにとっては少し、胡散臭く感じられる。


(自分の生まれに誇りを持つっていうのは、悪いことじゃないと思うけど……)


 決して不快ではないものの、この長話ぶりは母親を思わせる。

 パースは、聞き手に徹した。


「――だから、そういう自然の理から外れた竜はうちの戦士が追いかけて仕留めるの。

 普通は人間の村だの里だのに、竜なんてそうそう来ないでしょ?」

「僕は……っていうか。普通に暮らしてる人間は竜を見ることなんてほとんど無いけど。

 それは気が触れて人間の土地に逃げた竜を、君たちが狩ってるからってこと?」


 そこは少し気になって、尋ねた。

 彼女は得意気に尻尾を揺らして、答えた。


「そういうこと。あんまり触れ回らないでね、大人たちからもそう言われてるから」

「別に言ってもいいような気がするけど……分かった。言わないよ」


 クエリが目つきも鋭く睨むので、彼はそう言って戦士の気性をなだめた。

 程なくして、二人は扉を前にして、立ち止まった。

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