魔剣と孤独
「魔剣・無敵の刃」
シロエ達も都市伝説だと思っていた、文字通り伝説の武器である。何せ、そういう物が存在する事自体は噂になっていたものの、今まで誰も見た事が無いし、ゲーム雑誌などにも載った事が無いからである。
ネットで見られるものは、そのほとんどが他のゲームの似た様なアイテムだったり、ネタとして捏造されたものだったりする。
しかし、アンジェロから見せられたそれは、シロエ達の様なベテランプレイヤーでも初めて見る、まさしく正真正銘の本物だった。
「これが、本物なのか……」
シロエがつぶやいた。
「凄え、マジであったんだな……伝説祭りだぜ」
直継が驚嘆の声を漏らす。
ちなみに、「魔剣・無敵の刃」のテキストには、こうあった。
【魔剣・無敵の刃】 「分類・バスタードソード」「装備可能職・守護戦士」「装備可能レベル・1」
神が作りし伝説の剣。その破壊力は並ぶものが無いとされ、あまりの強さに魔剣と呼ばれる。
また、持つ者に、特別な力と強力な技をもたらすと言われている。
ただし、代償として剣の持ち主は、誰ともつながりを持つ事が許されない。
次ページ>能力詳細
①所持する者の能力(HP・MP・攻撃力・防御力・その他全ての能力値)を、常に10%増大させる。
②30分間に1度、装備する者のHP・MP以外の能力値を、1分間だけ3倍に出来る「頼みの力」を発動する事が出来る。
③1時間に1度、固有技「無限大の一撃(=敵に与えるダメージが10倍になる)」を使用出来る。
④装備する者は、あらゆる状態にあっても自動的にHPとMPが徐々に回復する。
⑤所持する者は、「即死を含めた、あらゆる状態異常」にかからない。
⑥この剣は、所持する者が自ら望んで破棄しない限り、永遠にその手元から離れる事が無い。
次ページ>使用上の制約
①装備する者が、パーティー及びレイドなど2人以上の人数で構成される集団に加入した場合、HPとMPを含めた全ての能力が「1/100」になる。また、魔法を含めた全ての付与効果とスキルが発動しなくなる(メンバーから外れたら元に戻る)。
②いかなるケースにおいても、決して制覇者として所持者の名が残る事は無い。
※なお、バスタードソードと言うのは、片手でも両手でも扱える長めの剣の事である。
「な、何だよ、この能力。ほとんどチート祭りじゃねえか!」
直継が驚いて言った。
「おそらくだけど、この『神が作りし』とあるのは、神=運営というシャレだろうね」
シロエが冷静に分析する。
「だからって、この性能はアリかよ?」
直継が不満げに言った。
「しかしですにゃ、直継ち。最後のページが問題ですにゃ」
にゃん太の指摘通り、テキストの最後には、この武器の性能が全て台無しになる事が書かれてあった。
「つまり班長。これって、完全にソロプレイ専用って事だよな?」
「にゃ。そうなりますにゃ」
直継の言葉に、にゃん太が頷いた。
「テキストの『誰ともつながりを持つ事が許されない』ってのはそういう意味だね。運営も、うまい事バランス取ってるなあ。ほとんど詐欺だ」
シロエが感心して言った。
「腹ぐろ眼鏡に感心されるとは、運営も悪祭りだぜ」
直継がおどけて言った。
「あと、『所持する者が自ら破棄しない限り、永遠にその手元から離れる事が無い』ってあるけど、たぶんこれは、死んでも落さないって意味もあると思う」
「へえ、じゃあ例えPKにやられても、取られる事が無い訳だ?」
基本的に、PKされても装備している物は落さない。ただし、例え装備品でも装備せずに持っている予備の武器などは落としてしまう事がある。直継はそれを言っているのである。
もっとも、例えその時は装備していなくたって装備はその場で変更出来るし、こんな武器を持ってる者を相手にしたら、PKの方がタダでは済まないはずだ。
「それだけじゃないよ。たぶんだけど、他人には持ち運ぶ事さえ出来ないだろうね」
シロエは、テキストを慎重に分析している。
「そこが良く解らねえんだよな。取り引き出来ねえって事とは何か違うのか?」
直継がシロエに聞いた。取り引き不能アイテムというのは他にも存在しており、それに限って言えば魔剣だけが特別な存在では無い。
「今までの経験だと、物質的に触る事が出来ないという物は無かった。当然だけど、使えないーー装備出来ないーー職業の装備でも、手に持ったり動かす事は出来るからね。」
それはそうだろう。じゃないと、そもそも売買に出したり交換する事が出来無い。ただし、取り引き不能の設定がされているアイテムを、交換出来るか試してみようなんていう物好きは、これまで居なかった。
「あたしは、このキャラで現実世界になったエルダー・テイルは初めてだから、今まで試した事が無かったけど。良かったらやってみる?」
そう言うと、アンジェロは一度剣を収めて鞘を持ち、柄の方を直継に差し出した。
「え?持ってみてもいいんですか?」
直継がそう言うと、アンジェロは頷いた。それを見て直継は、嬉しそうに魔剣の柄を握った。
「それじゃ失礼して、と……。伝説の剣、か。なんかこう、わくわくするぜ~。興奮祭りだ」
そう言うと、直継は鞘から剣を引き抜こうとした。が……、
「んむうぅ~……、うぐぐぐぐ~」
どうやっても、鞘から剣を抜く事が出来無い。それどころか、
「駄目だ。これ、どうやっても動かねえ。」
剣から手を離した直継が、残念そうな顔で言った。
「たぶんだけど、持ち主以外は動かす事が出来無いんだと思う」
「何だよ、そりゃ。がっかり祭りだぜ」
ふと、トウヤが言った。
「そんじゃ、もし落っことしたらどうすんだろ?」
その疑問は当然だ。もしうっかり落としたり置き忘れる様な事があれば、誰も代わりに拾う事が出来ない。
「それは、そうなってみないと解らないけど。たぶん、所有者の意思で自由に手元に戻せるんじゃないかな」
ただし、意図的であったりそういうスキルを使われたりしない限り、冒険者が装備を落すなんて事は滅多に無いのだが。
「そして、所有者が明確に『捨てる』という意思を持って自ら手放さない限り、消滅する事は無いだろうね。まあ、この場合はメニューからコマンドで破棄する事になるけど」
それはそうだろう。冗談でも、捨てるなんてうっかり考えられやしないからだ。
「あと、最後のページだけど、所有する者では無くて『装備する者』というのがミソだね。つまり、身に着けていなければ、パーティーやレイドメンバーに加入してもこのペナルティは受けない事になる。けれど、それでは魔剣本来の価値は無いよ」
シロエがみんなに言った。確かにその通りだった。この魔剣の能力は、戦闘において最大限に発揮される。それが無ければーー後述する理由で多少の恩恵はあるもののーー、特にアンジェロを戦闘メンバーに加える意味が無い。
「同じ様に、良く見ると『所有する者』と『装備する者』という具合に、わざわざ説明が分けて書いてある。つまり、ただ持っているーー所持品に入っているーーだけで効果がある場合と、直接装備しないと効果が無い場合があるという事だと思う」
例えば、「新妻のエプロン」は直接体に装備-ー身に付ける--しないと効果が出ないが、持っているだけで特定の能力ーー腕力や器用さなどーーが上るアイテムも存在する(ただし、価値が高い物が優先される為、効果は重複しない)。そういったアイテムは特に生産する時に都合が良い為、割と高値で取り引きされる。
また、地味な事ながら、どんなに難しいダンジョンやレイドゾーンをクリアーしても、決して名前が残る事は無いというのが、冒険者としてはある意味で虚しいものだった。
「しかし、こんな凄い武器、一体どこで手に入れたのだ?」
魔剣から目を離さないままで、アカツキが言った。
過去にアキバの街で起きた「殺人鬼事件」の事で、彼女は以前に比べると、より強い武器に興味を持つ様になっていた。
「それは気になるな」
直継も同意する。
「う~ん、教えてもいいけど、みんな信じてくれる?」
アンジェロがそう言うと、皆の顔を見回した。
「俺は信じる、信じるって。だって、伝説が本当だったんだぜ」
トウヤが興奮気味に言った。
「私も信じます」
ミノリも同意する。
「フフンッ、この僕がレディの言葉を信じないはずが無いだろう」
「全く、良く言うわよ」
ルディの言葉に、五十鈴が笑いながらあきれる様な口ぶりで言った。
「実物を見てしまった以上、信じるしか無いでしょう」
「まあ、そういう事だな」
シロエと直継も同じ意見だった。
「我輩も信じますにゃ」
「もちろん私も」
にゃん太とセララも続く。
「なんか、すっごいワクワクするよ!」
てとらの目がキラキラしている。
「それじゃ言うけど。あんまり面白く無いかも知れないよ」
そう前置きすると、アンジェロは話し始めた。しかし、短い話ながら、その内容は聞いていた全員を驚かせると同時に、がっかりさせるものだった。
「これは、トライアル時代の事なんだけど、実を言うとね……」
「ふむふむ」
「最初にもらった」
「……は!?」
たった一言ながら、それを聞いた全員が唖然とした。
そして、一瞬の間を置いて、
「ちょ、何だよそれ!!」
「もらったって何だよ!おかしい、それ絶対おかしい!」
思わずタメ口になった直継と「てとら」が、同時に抗議した。
「いや、もらったというのは嘘じゃないんだけど、少し表現が違うかも知れない」
「どういう事ですか?」
冷静さを装いながらシロエが訊ねる。
「え~と、ゲームを始めた時の事って覚えているよね?」
「ええ。キャラメイクをしてからの事ですよね」
「うん。ゲームを始めた直後はチュートリアルがあって、職業に合わせた初期装備と、少しのお金をもらうよね」
チュートリアルと言うのは、ゲームを始めるにあたって必要な基本的な情報と、操作のやり方を教えてもらう事である。
同時に、スタートしたばかりのプレイヤーが簡単に路頭に迷わぬ様に、プレイに慣れるまでの間に必要な、最低限の装備一式と若干の食糧、それに小額の金貨をもらえるのである。
「その時の初期装備の中に、こいつがあった」
アンジェロの説明は、たったそれだけだった。
「それはつまり、新規キャンペーンプレゼント、みたいなものだと思います」
シロエが言った。
「全PC(=プレイヤーキャラクター)を対象にした、いわゆるランダムルーレットみたいなもので、たまたまアンジェロさんが当たりを引いたんでしょう。一種の『隠されたイベント』だと思います。アンジェロさんは守護戦士だから魔剣になりましたが、たぶん違う職業だったらそれに合わせた違う武器になったはずです」
シロエがそれを言い終わるかどうかと言うタイミングで、
「ズリ~、それ思いっ切りズリ~よ、アンジェロの(一応)姉ちゃん!」
と、トウヤが抗議した。
「オレもそう思う!そんな事で納得出来るか~!何その理不尽で棚ボタ祭りな理由!」
直継も続いた。しかし、彼の場合は同じ守護戦士として、その心中が解らなくもない。
「どういう事だい?『ちゅーとりある』って一体何の事だい?」
ゲーム用語が解らないルディが訊ねた。
「ん~と、わたし達は最初に、声ーー正確には画面に表示される文字ーーだけの神様(=運営)から、冒険者としての手ほどきを受けたりするんだけど、その時にもらったって事、かな」
五十鈴がそう言うと、ルディは顔色を変えた。
「ああ、何て事だ!そうすると、ミス・アンジェロは神からその剣を授かったって事じゃないか!!」
ルディはそう言って、アンジェロの前にひれ伏した。
「おお!レディ!あなたは名前通り神の使いだったのか!これまでの無礼を許し給え!」
「いや、待て待てって。落ち着けよ」
直継が慌てて言った。
「あたしは、そんなに大層な存在じゃないから。勘違いしないで」
アンジェロも、ルディをなだめにかかる。どうも大地人のルディは、運営=神の公式に対して、特別な何かがあるのかも知れない。
数人でルディを抑えながら、皆はアンジェロの話の続きを聞いた。
「まあ、そういう訳で、あたしはずっと今までこれ1本でやって来たって事なんだ」
そう言うと、彼女はフレンド0のままの経緯を話し始めた……。