幻のメンバー
(何か下が騒がしいな……。)
「執務室」の椅子に座りながら、シロエはそう思った。今日もずいぶんと書類の整理をやったが、こんな事ばかりしていると、また直継に「息が詰まるぞ」と言われてしまいそうだ。
そんな事を考えていると、ふと部屋の中に風を感じた。
「主君」
「やっぱりアカツキか」
シロエは、自分のすぐそばに控える小柄な黒髪の美少女に声をかけた。このアカツキは、忍者をモチーフに自分のキャラクターを演じている。そのキャラクター設定の通り、サブ職による使用スキルも相まって、まさに音も無く行動する事が出来るのだ。
「それで、どうしたんだい?」
「主君に客人だ」
アカツキの口数は決して多くは無い。その中で要点だけをかいつまんで話す。時代劇がかった口ぶりは、その上でも都合が良いのかも知れない。
「僕に……?誰?」
「解らない。主君が直接会うのが早いと思う」
それだけ言うと、アカツキは再び姿を消した。
「解らないって……」
シロエはそうつぶやいたが、アカツキが呼びに来た以上、下まで降りて行って自分で会うしかないだろう。
(やれやれ。また面倒の予感しかしないよ……)
シロエはそう思うと、椅子から立ち上がって少し伸びをしてから、2~3回程屈伸をして客人が居るという下を目指した。
シロエが階段を降りてギルドホールへ来ると、すでに五十鈴とルディも戻って来ており、勢揃いしたギルドメンバーの他にローブで全身を覆った人物がソファーに座って居た。
「あなたがお客様ですか。僕に何の用で……」
すか?とシロエが言い終わる前に、そのローブの人物はシロエに駆け寄ると、いきなり抱き着いた。
「え……」
当のシロエはもちろん、その場の全員が一瞬固まった。そして、シロエに抱き着いた人物がくるまっていたローブが、ばさりと床に落ちてその人物の全身が露になった。その姿に全員が息を呑んだ。
その人物は、シロエとほぼ同じ身長をしていた。肩まである輝く様な銀髪を頭の後ろで束ねてアップにして、白い肌をしていた。そして、豊かな胸部を包み込む白いタンクトップの様なアンダーウエアに白いベスト、白いホットパンツに膝下までの白いブーツと、何から何まで白づくしだった。そして何より、美しかった。
「シロエ君!会えて良かった~!」
その人物は、シロエに抱き着いたままで、そう言った。
「シロ、その美人おぱんつさんは一体誰……がふっ」
「そうだ、主君。説明しろ!」
直継に膝蹴りで突っ込みを入れつつ、アカツキが続く。
「シロエさん!」
「シロエち」
「シロエ兄ィ」
「むふふ、シロエさ~ん?」
シロエに対する集中砲火が始まった。
「全員から突っ込み祭りだな。で、シロ。どうなんだよ?」
直継が鼻を押さえながらいつもの調子で言った。しかし、シロエの口から出た言葉は……。
「いや、それが……。僕も知らない……。あなたは誰ですか?」
それを聞いた全員が、
「え~~~~~~~~っ!?」
と、驚きのあまり叫んだ。
「だけどシロ、お前どう考えたって、初対面じゃないだろ」
直継が言った。シロエは知らないと言ったが、確かにどう考えても相手の方がそうは見えない。
「主君、嘘は良く無い。正直に言え」
アカツキが、シロエをジト目で睨みながら言った。
「そうですよシロエさん!本当の事を言って下さい!」
ミノリもシロエに詰め寄る。
「これはシロエさん、何か嵐の予感ですよ~!うわあ~、嫉妬に狂った女の戦い、勃発ですね~!」
いつもの事だが、てとらは楽しそうだ。
「シロエちも、中々どうして隅に置けませんにゃ」
「にゃん太班長まで!だから、僕には全く全然さっぱり心当たりが無いんですってば」
シロエはそう言いながら、必死になって女性を引き剥がそうとする。
「と、とにかく離れて下さい」
しどろもどろになって、シロエはそう言った。正面から抱き着かれている自分の体に、何やら暖かくて柔らかい感触が伝わって来るし、甘くて良い香りもする。このままでは、色んな意味でまずい。
「あ、ごめん。ついうっかり」
女性は初めて口を開いてそう言うと、シロエをその熱烈な抱擁から開放した。容姿だけでなく、声もまたハスキーがかっていてどことなく色っぽかった。
「それで、あなたは一体誰なんですか?どうして僕の事を知っているんですか?」
シロエは、ずれた眼鏡を直しつつ体裁を取り繕いながら、女性に対してそう言った。
「実は私、いやあたしは……」
女性はそう言うと、約束通り匿名を解除した。
「名前は『アンジェロ』種族はヒューマンの女性。ギルドは未所属。レベル90で守護戦士ですか。サブ職は……、芸能人!?」
シロエは珍しいサブ職に少し驚いたが、やっぱり知らない人だった。
「わお、サブ職が芸能人って。ボクと微妙に違うね。ボクはアイドルだも~ん」
てとらはそう言うと、少しはしゃいだ。
「いや、今はそこじゃねえだろ」
速攻で直継が突っ込む。
「アンジェロか。ん~ん、まさに美しいあなたにぴったりのお名前ですねぇ」
ルディが、いつも通りの大げさな身振りと言い回しをした。
「ルディ兄、それどういう意味?」
トウヤがルディに聞いた。
「天使、と言う意味さ」
ルディが答えた。
「ちなみにイタリア語だね。中学では習わないから知らなくても当然だよ」
すかさずシロエがフォローした。世界的規模のMMORPGであるエルダー・テイルのNPC、大地人のルディは世界中の言語に対応する事が出来る。
「実はわたしも知ってたけど」
五十鈴が、ぼそっと言った。音楽関係に詳しい彼女は、多少の外国語が解る。
「それで、アンジェロさん。改めてお聞きしますが、あなたは誰なんですか?」
シロエがそう訊ねた。すると彼女は、意外な名前を口にした。
「あたしは『黒狼』だよ。覚えているかな。シロエ君や直継君、そしてにゃん太班長と同じ茶会のメンバーで、格闘家をやってた。あ~、キャラが違うんで口調も変えたから、ごめん」
彼女ーーアンジェローーは、そう言うと頭をかいた。
「何ですって!?」
「何だって!?」
シロエと直継が同時に声を上げた。
「なるほど、そういう事ですかにゃ」
にゃん太が頷いた。
黒狼というのは、若いヒューマンのキャラクターで男性の格闘家だった。『放蕩者の茶会』通称「茶会」と呼ばれる集団は、かなり特殊な集まりであった事を、ヤマトサーバーでは大抵の者が知っている。
その存在は正式なギルドでは無く、どちらかと言うと仲良しグループに近いものであり、小数精鋭主義の凄腕冒険者の集団だった。しかし、茶会のメンバーは27人のはずで、アンジェロの話とは食い違う。
「あたしはまあ、茶会では補欠だったからね」
フルレイドのメンバーは24人構成であり、他にも予備メンバーは居たが、アンジェロの元のキャラである彼ーー黒狼ーーは、その中に入る事が無かったのである。戦う事が無かった彼は、その代わりにサブ職である武器鍛冶職人として、茶会のメンバーに攻撃用装備を供給する事で、バックアップ要員として貢献していた。
しかし、彼の実力が劣っていたかというと決してそうでは無く、むしろ格闘家としてはヤマトサーバーでも有数の実力者だった。同じ格闘家でも、勢い任せでアドリブ系のカナミと違い、非常に洗練された合理的で無駄の無い動きをするのだ。
それもそのはず、彼は現実世界では本物の格闘家(本職では無いが)だったのだ。しかも、祖父は元軍人で父親は自衛官、その家系は武士という、とんでもない家の生まれでもあった。
そのせいか、普段から礼儀正しくて温厚な性格をしており、気配りが出来た。それでいてユーモアを好むので、茶会のムードメーカー的な役割もしていた。
また、黙って何かを画策していて、いきなり人をうれしい事で驚かせるので、「サプライズの天才」だとシロエ達は言っていた。
さらに、彼はその家柄のせいか、戦術・戦略的にも優れた思考をしていて、茶会の名参謀シロエの補佐的な役割もしていた。現場で直接指揮をするシロエと違い、実際に戦闘に参加しない彼には、離れたところから客観的に状況を見る目があったからだ。なお、状況は集団チャットでも確認出来るし、目隠し将棋みたいな感じで、実際に見ていなくても理解は可能である。
黒狼が戦闘に参加しないのは、結果的にその方が役に立ったからである。
つまり、27人のメンバーの影に隠れて、もう1人のメンバーが茶会には存在しており、そちらがアンジェロのメインキャラクターなのだと言う。
けれど、確かにそれなら話の辻褄は合う。シロエの事も良く知っているのは当然だ。
「しかし、あなたとはしばらく会っていませんでしたけど、一体これはどういう事なんですか?」
幾分か冷静さを取り戻したシロエが、アンジェロに訊ねた。
「それが、あたしにも解らないんだよ。昨日は確かに黒狼として自分--黒狼--の部屋で寝たんだ。それで、目が覚めたらこうなっていて、部屋もこのキャラが最後にログアウトした、このキャラの方に移動してた」
ソファに座り直して、にゃん太が入れてくれた紅茶を飲みながらアンジェロが言った。長い足を揃えて斜めにしている姿が、いかにも女性らしい。しかも、紅茶を飲む姿から座り方まで、いちいち様になっていて、しかも美しいのだ。
「ん~、にゃん太班長の紅茶はおいしい」
「にゃ。しかし、ころちーーああ、今はアンジェロさんでしたにゃーーは確か猫舌だと思いましたが、熱い紅茶は大丈夫なのですかにゃ」
名前は黒狼なのだが、「こくろうだから、ころ」と言い出したのは、例によってカナミである。他プレイヤーからは、「くろ」とか「ウルフ」とか「おおかみさん」などと呼ばれていた。
「猫舌なのは現実だけど、ゲームじゃ関係無いでしょ」
そう言うと、アンジェロは少し笑った。しかし、そういう冗談が自然と出るのも、にゃん太の人柄だ。
「しかし、意外性祭りだな。それで、そのどえらい美人さんはどういうキャラなんです?」
直継がそう訊ねた。
「このキャラね、実は倉庫用の別アカウントなんだ」
「2アカ、と言う訳ですか」
シロエが言った。
「そう。たぶんヤマトサーバーで複アカなんて、あたしくらいしか居ないだろうけどね。」
正確に言うなら、カナミと冒険しているコッペリアの様に、ユーザーの中には複数のアカウントで別キャラクターを持つ者が居ない訳では無い。さらに言うと、コッペリアのケースは日本国内だと規約違反である。
しかし、海外はともかく日本国内のヤマトサーバーで、純粋に別々のキャラクターを使い分けて居るのは、アンジェロくらいであった。
さて、エルダー・テイルというのは、MMORPGの中でも極めて奥が深いゲーム性をしていて、極度の廃人ゲーマーでもやり尽くして手詰まりになる、という事が(おそらくは)無い。
まず、ゲーム内でもキャラクターに生活サイクルがある為、食事をしなければ飢え死ぬので、食べる為に最低限の経済活動をしなければならない。サブ職が料理人などの食糧生産スキルを持たないキャラクターは、自然と食糧を外部に求めるのでその為の金貨が必要になる。また、宿泊施設の利用にも金がかかるし、自室を持つ者はその管理費用もかかる。そして、ギルドに所属して居ればギルドの維持費も払わねばならないし、ゲームにキャラクターが存在するだけでお金が要るのが、エルダー・テイルなのだ。
さらに、銀行の貯金を含めて全財産をカンスト(=カウンターストップ)した者が、これまで存在しない事も特徴だった。
生活する上で最低限の金貨を稼ぐ事は、実はそんなに難しい事では無いけれど、貯めるとなるとかなり難しい事も、エルダー・テイルの特徴なのだ。小銭は稼ぎやすいけど、大金は稼ぎづらい。この絶妙なゲームバランスも、飽きの来ない理由の1つだった。
そのせいで、シロエ達「円卓会議」は大変な苦労をして居るのだけれど、それはまた別の話である。




