初めての買い物とクレープの出会い
1週間ほど働き、給金が少し溜まった。そして休日ということなのでヴァリスは町に繰り出していた。目的はシュナイダーへのお土産である。下着や私服はお下がりを貰ったし、他に欲しい物がなかったのでシュナイダーのために使いたかったのだ。
もちろんシュナイダーはただの鉱石である。ただ、人の顔に見えるということと、皿が頭に載っているように見えるため河童にしか見えない。そんな人の頭ほどもある鉱石を脇に抱えている姿は目立っていた。
「行くぞ、シュナイダー!」
目的地は武器屋だ。ギルドの近くに大きい武器屋があるのでそこへ向かう。都市の中心にあるので迷う心配はない。看板の示す通りに進めばいいのだから。
迷子イベントを回避し、武器屋に入るとカウンターへまっすぐ行く。
「いらっしゃいませ」
受付嬢に持たされた紙を渡す。
「これが欲しいのじゃ」
汚れをふき取るための布と、狭い場所の汚れを取るブラシに艶出し油。メモとヴァリスを見てお買い物を頼まれたと認識した受付はしゃがみ込み、目当ての物を取り出す。
「銀貨2枚と銅貨5枚です」
「うむ!」
小銅貨10枚で銅貨1枚、銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で小金貨1枚、小金貨10枚で金貨1枚だ。ゆっくりと数え間違いのないように硬貨を数えて手渡す。
「確かに、ではこちらをどうぞ」
「ありがとうなのじゃ」
貰った袋を大事そうに抱きかかえて店を出る。寄り道をしなかったのでまだ昼にもなっていない。公園に向かい、ベンチに座ってのんびりする。
そこへなにやらいい匂いが漂ってきた。小鼻をひくつかせ、匂いの発信源を探す。
「甘い匂いじゃぁ」
ヴァリスが見つけたのはクレープ屋だった。フラフラと近寄り、店員の前まで歩いていく。
「おや? いらっしゃい」
「こ、この美味そうなものは何じゃ?」
「初めてかい? これはクレープといってとっても甘くておいしい物だよ銅貨1枚」
財布はまだ余裕がある。ヴァリスの判断は早かった。
「一つ欲しいのじゃ!」
小麦粉、卵、牛乳、バター、砂糖が混ざった液体を丸い鉄板の上に落とす。その瞬間から甘く香ばしい香りが包み込む。ヘラで生地を薄く延ばしすぐに持ち上げる。あっという間に生地の出来上がりだ。
そしてクリーム、ラズベリー、ストロベリー、キウイを巻き込んでチョコソースでトッピング。
「はい、どうぞ」
「おぉお!」
震える手で銅貨を渡し、クレープを受け取る。鼻を近づけて大きく匂いを嗅ぐ。それだけで危ない薬を使ったかのように目がトロンとする。大きく口を開けて、一口齧る。
「うっひょー! 何じゃこれは? 何じゃこれは? 大事じゃから3度目を言うぞ、何じゃこれは? 香りだけでも幸せな気持ちになれるというのに、口に含んだ途端に何倍にも香りが強くなりおる! あぁ、そして甘いだけじゃないぞい、フルーツの酸味が生地、クリーム、チョコソースの甘さを更に引き立てておる! 至福の味と表現するのが相応しいのじゃ!」
ペラペラと自分の中にある表現をいっぱいに使って美味しさを表現し、あっという間に食べてしまう。最後にもう一度うひょーと叫んだ。道行く人達は何の騒ぎだとヴァリスとクレープ屋に視線を送る。
「そ、そう? ありがとう」
かなりドン引きの店員さんであった。そしてこの騒ぎ(ヴァリスの賛辞)を聞いて人が集まってくる。
「ママー私も食べたい」「そんなに美味いのか」「一つ食べていこうかな」「腹減って来た」
行列が出来上がり、店員も目を白黒させる。慌てて注文を取り始めた。
「クレープとやらは美味かったぞい、ありがとうなのじゃ」
手を振ってその場から離れる。何個でも食べられるが、際限なく食べてしまうと財布の中身が無くなってしまう為我慢してその場を後にするのであった。