魔王様働く
「ボンヘー、あれはなんじゃ!?」
若い兵士の名前はボンヘーというらしい。彼に案内されながら次々質問をする。それに苦笑しながらもしっかりと答える。
「アレは換金屋だよ。魔物の角とか牙を売るところだよ。この周辺の魔物は結構強いから高く売れるよ」
「ほー!」
小走りにまっすぐ換金屋に向かう。ボンヘーは慌てて後を追いかける。
「ちょっと、待って!」
換金所は鉄格子の向こうに人が座っていて手元に物を滑り込ませる空間があった。これはその販売価格にケチをつけようとするやからがいるために安全対策としてこうなっているのだ。
「ちょっと話を聞いてもよいか?」
若い女性は一瞬周りを見渡し、それから視線の下にいるヴァリスを視界に捕らえた。すぐさまどこかの令嬢が興味本位で来たのだと判断し、営業スマイルを装備する。
「いらっしゃいませ、換金所へようこそ。何のお話でしょうか?」
「うむ、父上の形見の宝石があるのじゃが、そういった物も受付してくれるのかの?」
形見という言葉に一瞬営業スマイルが崩れそうになる。そして酔ってきたボンヘーを見て保護者だと判断した。
「えぇっと、少しお話を伺ってもいいですか?」
「あ、はい。実は―――」
話を聞き終わり、それでも営業スマイルは崩さない。しかし、目には大粒の涙を浮かべている。少しだけ震える声でヴァリスと向き合うために換金所から出てくる。そして中腰になって視線を合わせた。
「そうね、ここでも受付はしてるけど、もししっかりした物なら宝石屋さんの場所を教えてあげる」
「そうか、これじゃ」
ヴァリスは用意していた宝石をポケットから取り出す。それは様々な種類の宝石を散りばめられた豪華なネックレスだった。中心に大きなダイヤモンドがあり、それを囲むかのようにルビーやサファイアが見事な光沢を放っている。
その瞬間、この場にいた二人は硬直した。無造作にポケットから出てくるのだから小さな指輪や原石かと思っていたのだ。実際はヴァリスにとって一番価値の低いものだった。金の宝冠や杖、食器。そして魔法が込められているアクセサリーが大半で、逆にこのサイズの何の効果もない宝石類が少なかったのだ。
「こここここ、これは」
「父上が残してくれたものじゃ。どれくらいの価値があるんじゃ?」
ヴァリスにとって宝石とは目に痛いキラキラ光る石だ。人間はこういったものが大好きだと聞いたことがある。なので少しの間生活できるくらいの価値が有ると判断していた。
すぐさま宝石商人が呼ばれ、とんでもない価値があると判断されたのだが、問題があった。
「15歳にならないと預金口座が作れないんだ」
「手で持てないのか?」
「量が多すぎるよ。それにしても君のお父さんは凄いね。アレだけの価値があるものを君に残してくれたんだから」
金貨150枚といわれてもピンと来ないヴァリスは首をかしげる。そして結論を得る。それは収納魔法は一般的ではなく、使うと目立ってしまうということ、そして自分が思っていたよりも価値があるということだった。
これで当面の生活どころか、暫くは遊んで暮らせるほどのお金を手に入れたヴァリスだった。
「でも、これなら仕事を紹介しなくてもいいかもね」
「使えばなくなるのじゃ、出来れば働いてみたい気がするぞい」
「本当にしっかりしてるね!」
宝石は売らずに手元に残す事になり、15歳になったら売るか、もしくは形見なのだから残しておく方針になった。
最初の約束通り、紹介された職場はチューリップという酒場だった。比較的小さく、大通りからもずれた場所にあるため、来る客は皆身内状態というお店だった。
「あら、いらっしゃいボンヘー君、その子は?」
出てきたのは栗色の髪をした女性だった。おっとりとした雰囲気で、食器を洗っていたのか手を拭きながら出迎える。
「お邪魔します、カルネルさん。実は身寄りのない子供なんですが、職場を紹介したくて来ました。年齢の割にはしっかりしているので料理を運んだりするお手伝いとして雇っていただけないかと」
「あら、ちょうどよかった。かわいい看板娘が欲しかったの! 宿はもう取ったの?」
「いえ、これからです」
「なら住み込みで働かない? 結婚してやめちゃった子の部屋が空いているの。人手も足りなくて大変だったから本当に丁度いいわ!」
「よろしく頼む。わしはヴァリス・ロード・フェッツ・カーネイジという」
「私はカルネル・ターキー。店長さんって呼んでね」
さっそく住まいを確認。従業員用の通路があり、進んでいくと普通の住居のようになっていた。1階がリビング、2階が5つの部屋がある。一番奥がヴァリスの部屋に割り当てられた。
正直広くはない。ベッドに小さめの本棚に衣服などの収納スペース。それだけだ。それでも今までのことを考えれば贅沢だろう。
「うひょーい!」
ベッドへダイブして手足をばたつかせる。
「気に入った?」
「ふわふわしておる! ありがとうなのじゃ、シュナイダーはここじゃぞ」
微笑ましい光景にカルネルはほっこりしている。
「さて、次は仕事よ!」
「了解じゃ!」
ウエイトレスの制服はない。単純に店の名前が刺繍されたエプロンをつけるだけだ。身に着けている衣装が豪華な物だったので、誰も着ていなかった子供用の服のお下がりを貰い、準備は完了だ。
食器を下げる、テーブルを拭く、注文を取る。この基本を教えてもらい、さっそく働くことになった。
「よく来たのう!」
バシーンと突っ込みを貰い、目を白黒させている。振り向けば笑顔だが恐ろしい雰囲気を持っているカルネルがいた。
「お客さんが来たらいらっしゃいませ、よ」
「う、うむ」
突っ込み。
「分かったら、はい」
「は、はい!」
こうして色々と問題のある言葉遣いを修正されつつ働く。幸いここに来る客は冗談が通じる。変な言葉遣いの子供ががんばって働いている程度の認識しかないのだ。
ヴァリスはアホだが察しが悪いわけでも記憶能力に欠陥があるわけでもない。言われた事はちゃんとこなす、むしろ要領はいいほうだろう。
「店長店長、ここは天国か!?」
ヴァリスは小躍りしながらカルネルに近寄ってくる。その手にあるのは肉の串焼きだ。
「どうしたのそれ?」
「お客からチップを渡されたのじゃが、食べられんからいらぬといったんじゃ。そしたらなんとご馳走を貰ったのじゃ!」
「まあ、ヴァリスちゃんがいいならそれでいいけど」
「おぉ、芳しい、香ばしい。いただきます……うひょー!」
ピョンピョンと飛び跳ねておいしさを表現しているようだ。
「そこまで喜ぶと私も嬉しいけど、お客さんの注文も取ってきてね?」
「はい、店長!」
あまりにもおいしそうに食べるヴァリスに客達が次々と餌付けするように食べ物を与えている。中にはわざわざヴァリスに食べさせるために注文をする姿すらあった。
「今までどんな食事をしてきたんだか」
この夜、ヴァリスが今まで食べてきた物を聞いてカルネルが涙を流したのは言うまでもない。この初日でヴァリスは客とカルネルの心を掴んだのだ。本人の知る由もないのだが。