魔王様さっさと出発する
ヴァリスは浮かれた気分で荷物を包んでいた。
「冒険が始まるのじゃー」
とは言っても彼女が持っているものは非常に少なく、収納魔法もあるので数分で終わってしまう。
店長のカルネルは心配していたが問題ないと言い切っていた。
ヴァリスが目指すのは隣国のオーサム王国だ。そこには迷宮があり、宝物があり、迷宮のボスがいる。最深部までたどり着くとたいていの願いは叶うと言われている名物迷宮だ。
「それじゃあ行くのじゃ!」
こうしてお世話になった場所をあっさりと出て行ってしまった。
「気をつけてねー! たまには手紙を頂戴ねー!」
元気に手を振って、小さくなっていく背中を見送られながら出発したのだった。
たまに忘れ去られるときがあるが、ヴァリスは強力な力を持った魔族である。その気になれば目標の場所まで飛ぶこともできるし、正確な座標があれば転移することだって可能だ。
それをしないのは彼女がこの世界が好きで食べながら、もとい楽しみながら移動したいと考えているからだ。
そして彼女は特に優しいわけではない。相手に合わせてまるで鏡のようにしているだけだ。
好意には好意を。悪意には悪意を、そして・・・
「人間は壊れやすいのう」
殺意には殺意を。
「ひ、いぃぃ!」
その盗賊団は毒の針と呼ばれていた。その名の通り毒を使うことに長け、集団戦と森を使ったゲリラ戦が得意な30からなる凄腕だった。
彼らは用意周到だ。最初は好意的に近づき、相手を見定める。いらないなら通すし、ほしいのなら奪う。
頭領であるルーガスは危機を察知する直感が最大で鳴っているのを無視してしまった。
あんな小娘、持ち帰ってしまえばいい。いいところのお嬢様なら身代金になるし違うのなら別の楽しみ方がある。そう欲望を優先させてしまった。
彼らがもし好意的に接して道案内するだけなら何も起こらなかった。連れ去るだけのつもりなら叩かれるだけで終わった。
しかし、ルーガスは連れ去ろうとした瞬間に彼女の力をほんの少しだけ感じてしまった。彼女を殺すべきだと、そうしなければ殺されると思ってしまった。
「4番!」
危険な相手、確実に相手を殺す。その番号を伝えて全力で攻撃した。めったに使わない、皮膚に触れるだけでも死ぬ可能性のある毒を使い、口の奥に仕込んだ解毒剤を飲み込みながら毒煙を使い、切り札である魔法使いに攻撃させた。
「人間は凄いのう」
それだけの攻撃を受けながらただそれだけつぶやいた。無傷で、毒が聞いていないことがわかる、感心したようなあきれたような表情の少女が立っていた。
ヴァリスはまず結界、異空間を作り出しそこへ盗賊団を閉じ込めた。一人も逃がすつもりはなく、全員殺すということ。そして魔力を出すと植物が変化してしまうのでわざわざ大げさに異空間へ招待したのだ。
「ばば、ばけもの!」
「あの瞬間までわしは好意しか感じ取れんかった。まあ、奥底に欲望が隠れていたのは感じ取れたんじゃが・・・・・・それなのに一瞬で殺意に変わったのう」
魔力を開放したヴァリスの銀髪はほんのりと輝き、その碧眼にも光が灯る。その純粋な力の奔流によって半分の人間が死んだ。残りは気絶、少数の人間が恐怖によって体を震わせていた。
「命だけは…」
「そういえば人間は食べたことがなかったのう…肉じゃし、うまいのかも知れん」
この日、それなりに有名だった盗賊団は壊滅した。そして結局ヴァリスは人を食べることはしなかった。
もしも最高にうまかったらどうしようと考えたためだ。ヴァリスは自分の食欲を抑える自信がない。そんな状態でカルネルやボンヘーを食べてしまうのはいやだった。なので味を知らなければいいという結論に達したのだ。
「徒歩だと遠いのーう!」
数分後には記憶の片隅から消え、またのんきな状態に戻る。過ぎ去ったことよりもこれからの楽しい出来事に心を躍らせるのだった。