魔王様、とりあえず冒険者になる
刺激的な職業は何かと問われれば冒険家だろう。
その日その日の暮らしのための銭を稼ぎ、自分の命を差し出すように危険地帯に身を躍らせて大金を得る。
実際は何の職にもつけない者が最終的にたどり着く職業ともいえる。
やることは多岐にわたる。道の掃除、ペット探し、不倫の調査、荷物運び。つまりは町の何でも屋さんだ。最初から魔物と戦うために冒険かになるものは意外と少ない。
「登録をしたいのじゃが?」
受付嬢はヴァリスのような少女が来ても営業用スマイルを崩さない。
「はい、この用紙に記入をお願いします。もし字が書けないなら代筆します」
以外にも達筆な字で必要項目を記入していく。名前、得意な戦い方、最近倒した魔物。
「できたのじゃ」
「それじゃあ試験をするから裏の広場に来てください」
冒険者になるために必要なのは身一つだ。後は運動能力のテストを行う。どんな結果でも冒険者にはなれる。簡単な仕事なら子供でもできるのだ。
「ほー」
連れて行かれたのは広場というよりは訓練場のようだった。素振りをしている者、走りこんでいる者、障害物が設置してあるコースで競っている者。
ここは冒険者になるための訓練所もかねている。屋内にあるのに非常に広い空間だった。どうやら空間を広くする魔法が掛けてあるようだった。収納魔法と同じ原理だろう。
「じゃあ、合図をしたらあの障害物のコースを一周してきてください」
「うむ、まかせるのじゃ」
「よーい、どん!」
ここで爆走は、しない。ヴァリスも人々に溶け込むために学習をしている。どの程度なら怪しまれないのかは把握している。
しかしここで手加減をしすぎると、次は何かクエストを受けるときに制限を受けるときがある。ここでするのは大人し過ぎず、そこそこ度肝を抜くようななんとも難しい力加減だ。
「ほれぇ!」
選んだ力加減はボンヘーだ。彼は兵士としては中々優秀なのだ。彼程度の力なら冒険者を目指し、才能に溢れているといっても通用するだろうとしての判断だった。
「あら!」
まるで羽が生えているように、飛ぶように走る。高い壁は柱を踏み台にして越える。蜘蛛の巣の様なロープはゆれも含めて見極める。岩場を踏み台にする場所はそれこそ数回足をつけるだけで終わらせてしまう。
「ほれゴールじゃ!」
「これは文句なしで合格ですね!」
ヴァリスはEランクの冒険者として登録され、うきうきした気分で帰路に着く。
「ヴァリスちゃーん」
意外にも待っていたのはボンヘーだった。買い物帰りらしく、両手のかごと背中のリュックからいいにおいがした。
「ボンヘー、わしの帰りを待っていたか。よし、家臣にしてやってもよいぞ!」
「はいはいまた今度ね。お疲れ様」
かごから瑞々しい果実をひとつ渡されたのでかぶりつく。あっという間になくなり、視線でお替りを要求するとすぐ出てきた。
「それにしてもボンヘーは友人や恋人はいないのかの?」
「ハハハ・・・モテナインダヨー」
涙が見えたのでこれ以上追求するのをやめた。
「ボンヘーは最初から兵士だったのかの?」
「ん? いや、最初は冒険者だったよ。でもBランクまで上がってから才能の差を感じてね、兵士として安定した職に就いたんだよ」
「迷宮とやらには?」
「そこで才能の差ってやつを感じたんだよ」
「ほー」
ボンヘーの話はとても為になった。外で魔物を狩るのと迷宮を進むための必要な力は別だった。罠で死に掛けた話などだ。
冒険者として必要なものを聞いたりして日が暮れていった。