少女よ、大志を抱け
昔々あるところに邪悪な魔王がいました。魔王は人間を滅ぼそうと戦争を仕掛けてきました。人々は圧倒的な力の前になすすべなく滅ぼされそうになりましたが、一人の勇者が立ち上がりました。
彼は武闘家、弓使い、聖女と共に魔王と対決し、打ち倒すことができました。
こうして世界に平和が戻りました。
めでたしめでたし。
この話には続きがある。
残された魔王の一人娘は勇者に封印され、どこかで復活を待っているという…
「うにゅ~!」
魔王がいたとされる跡地の地下深く、巨大なクリスタルがある。透き通っていて反対側すら見えるほどだ。その中に青い髪に青い目をした少女がバシバシとクリスタルを叩いている。
彼女こそ魔王の一人娘、ヴァリス。
クリスタルに封印されてから千年。彼女は封印から逃れようと無駄なあがきを続けている。普通の神経であればなんの娯楽もない空間で意識があり続けるのは狂気を発症させるだろう。だが、彼女はもともと寿命が長い魔族の王の娘である。退屈だとは感じでいるが、それだけだ。
巨大とは言え、クリスタルで行動できる範囲は10メートル四方程度。封印された恨みはあるものの、とにかくここから出たくてしょうがないのだ。
「にゅぅぅぅぅぅぅぅ!」
懲りもせずにひたすら手のひらで薄いと思える場所を叩き続ける。やがて手のひらが内出血を起こし、青くなったところで休憩に入る。そして自分の手に治癒の魔法をかけて治すとまた叩き始める。
千年も繰り返せば学習する。彼女は内側から封印を解くのを諦めた。代わりに親譲りの莫大な魔力を使い、封印のほんの少しの隙間から魔力を外に出し、人形を作った。これで外の魔族や人間を誘い出して封印を解いてもらおうとしたのだ。
最初の百年は炎の攻撃魔法を叩きつけていた。次の百年は氷、次は闇、次は氷、雷、土。そしてす出て叩き、やっとこの方法にたどり着いたのだ。
魔法人形を作るのに百年、人形と視界や感覚を共有させるのに百年。魔法の基礎しか知らない彼女は試行錯誤し、やっとのことで城の様子を確認することができた。
「やったのじゃ!」
歩きだしたのは自分とソックリな魔法人形。朽ち果てた城を歩き回るが何も感じない。流石に千年以上も同じ場所にいたのだからすっかり昔のことを忘れているのだ。
擬似的にとは言え外に出られたのでご機嫌だ。
これから彼女の始まりがやっと始まるのだ。
ヴァリスは人形と感覚を共有し、擬似的に外に出ることができた。城はどこもかしこもボロボロで年月の長さを感じた。
「おぉ~」
それでも彼女は感動できた。同じ石壁しか見ていないのだから、たとえ朽ち果てそうな階段でも、朽ち果てた装飾品でも心を揺さぶるものがあった。
階段を上り、上り、見張り台までの道を歩く。ちょうど夕方らしく、紅い日差しを見た瞬間震えてしまう。
「…夕日とはこな美しいものじゃったか」
そして見張り台の扉を開けた。
そこは広い世界。紅く染まった空に、夕日を受けて同じように染まった森。雲は薄く伸び、なにかの生き物のように見えた。
あまりの感動に魔法人形が四散してしまう。クリスタルの中で彼女は涙を流していた。震えながら、ボロボロと泣く。
「うぁ~~~~!」
自分でも理解できない感情の爆発。ただ美しいと思い、ただただ涙を流す。体力が尽きるまで泣き続け、そのまま寝入ってしまうまで泣き続けたのだった。
次の日、彼女は決意する。
必ずここを抜け出し、美しい世界を旅するのだと。