食べたいくらいかわいい
夕暮れ時である。俺は高校から帰る途中だった。
この学校帰りが世界で一番楽しい楽しい時間だ。いや、世界で二番目か?
とにもかくにもこの時間帯は足が自然と浮ついてしまう。なぜなら――かわいい妹が家で待っているからだ。
☆
ここで俺の妹を紹介しよう。七海ミコノという名前だ。名前からしてかわいいだろう?
もちろん兄の贔屓目というのも入ってると思うが、端的に言うと美少女だ。
まつ毛が長く大きい瞳に、サラサラと流れる色素の薄い髪。
色白で、笑うとほほが桜色に染まる。
声は柔らかく、笑い声を聞くだけで脳がとろける気分になる。
動物が好きでもちろん人にも優しい。ただし虫は苦手だという。
食べられるのなら食べたいくらい可愛らしい妹なのだ。
「おかえりお兄ちゃん」
ああ、この声を聞くために俺はこの家に帰ってきたのだ――。
今すぐ抱きしめてやりたかったのだが以前あまりにも抱きつきすぎて嫌がられたので自重している。
妹が嫌がることはしないのが俺のポリシーだ。
「今度、旅行するでしょ? そのときの服ってどれがいいかな」
今すぐどれを着てもミコノは可愛いよ、と言いたかったが昔それを言い過ぎて「お兄ちゃんには服が全部同じに見えるんだね」とふてくされさせてしまったので極力真面目にファッションの話はすることにしている。
「うーん、やっぱり歩き回るから動きやすいズボンがいいんじゃないかな。あとかかとが高い靴はやめとけよ、あの玄関にある黒いのとか」
ミコノはくすくすと笑い「今はズボンじゃなくてパンツって言うんだよ」と言っていたが、その笑いを含んだ声は妖精のささやき声のようにも思えた。
見た目は可憐な美少女なので性格もおしとやかに見えるのだが、実はけっこうおしゃべりだ。
傍目にはどうでもいいことをよくしゃべる。昨日見たアニメだとか、さっきまでやってたゲームでトロフィーが取れただとか。実際はミコノも服くらい自分で選べるだろう。
これが普通の女だったらうんざりするがミコノの場合は別だ。どんな無駄話でも無駄にはならない。
「楽しみだね、北海道。新幹線に乗ってこうよ」
「新幹線、函館までしか開通してないんだけど」
「歩いて小樽まで行こう!」
「車で何時間もかかるところ歩いていくのか? いいけど」
「え? そんなにかかるの? やっぱり飛行機で行こう!」
「どっちだよ!」
兄妹でケラケラと笑いながら旅行の計画を立てた。ガラス工芸館だとか、シャコを食べたいだとか、札幌のバーで探偵ごっこもしたいけれど未成年だから入れないだとか、いったい何日滞在する気なのかわからないくらい計画にもならない計画を立てた。
もちろん、旅行の目的である単身赴任中の父親の家を訪ねることも計画に織り込み済みだ。
☆
旅行の当日である。
俺とミコノはキャリーケースを引きずりながら電車を乗り継ぎ空港まで辿り着いた。
公営の電車や地下鉄とは違うモノレールの座席配置にテンションを上げていたら降車駅を間違えてしまい二人で慌てるなどしていた。モノレール、難敵だ。なんで空港ビルの駅が二つもあるんだ。
「頼りないなあお兄ちゃんは」などとおかしそうにミコノは言った。
空港内にはこんなに必要なのか? と思ってしまうくらいお土産の売店が並んでいた。
「お父さんにお土産買って行こうよ」
「バナナのお菓子?」
「いつもバナナのお菓子ばっかりだよね」
「そうだなあ……じゃあゴマ団子かな」
「お兄ちゃん、チョイスがいっつも渋いよ」
そうは言いつつも二人でお土産用とミコノが自分で食べる用の計二箱を買い、お土産選びは終了した。
そして飛行機への搭乗時刻が近づいてきたのでゲートへ向かった。簡単な荷物検査を終え、金属探知機をくぐると視界がぐにゃりと揺れる感覚がした。
ミコノもお菓子だらけの手荷物を空港のスタッフに見せて金属探知機をくぐると急に深刻な顔をして立ち止った。
そんな顔もかわいいな、などと呑気なことを一瞬思ったが、すぐにそうも言ってられなくなった。
目の先のラウンジがぐるぐるとかき回されるように歪んだのだ。これは明らかに異常事態だ。
救急車を呼ばなきゃと思いスマートフォンを手に持ったときにはもう遅かった。
眼前には先ほどまでなかった木々が広がっていたのだ。
結末は決まってるのでささっと書きたいと思います