雨と傘
思いつきですぐに書き終わった短編です。
タバコに火をつけて煙を吸い込む。同時に雨の匂いも吸い込んだようで、なんだかそれが懐かしい。そして周囲にこだます雨音が玉ねぎを炒める音に聞こえて、これもまた懐かしい。雨の日のタバコはマズイというのが私の自論だが、今日ははその懐かしさのおかげで悪くない味がする。
私は今、雨の中、傘を片手にタバコを咥えてバス停へと向かっている。どんなに雨が降っていようと、臆病な私は父の気も知らず一人で行くことにした。小さくてこの雨の前では役に立たない屋根のついた小さなバス停にたどり着いた私はバスを待つ。
激しく降る雨に五メートル先が見えない。虚空を見つめながら浮かんでくるものがある。
私の好きなハンバーグを作ってくれる姉。私は姉が調理をしている間に玉ねぎを炒める。
一手間かけることが大事なのよ。
優しく微笑んでくれた姉。年の離れた私のたった一人の姉。色の異なる制服を着た私と姉はクレープを食べながら男の話をして、家に帰ると父親が盗み聞きをする。三人で鍋をつついて、途中で寝てしまう父に毛布をかけて私の話を延々と聞いてくれる姉。
急に重力が重くなって、私の足元に水たまりができて、咥えていたタバコが重力に吸い込まれて地面に落ちる。職場での人間関係とか、退屈な休日とか、短かい足とか、二重じゃないまぶたとか、そんなくだらないことが吹き飛んで、重くて、重くて、私は傘を投げ捨てて雨に打たれながら、姉の嫌いだったタバコの箱を捨てた。