祝福?
「――町人A? 何だそりゃ」
少年は困惑の極致と言った表情を浮かべた。彼はそんな言葉を聞いたことがないから当然の反応だと言える。
「町人Aは町人Aだ。分からんのか?」
その事を知っているルークスはさも当然かのような表情で少年を見ていた。
「だって聞いたことないよそんなの」
「は? ……お前、【ジョブ】を知らんのか?」
少年が頷いたのを見てルークスは苦虫を潰したような表情を浮かべたが、そんなことは彼には関係無かった。
”知らないことは知る必要がある” 基本的には手間の掛かる事が好きではない少年だったが、疑問を抱いた事についてはそれを理解しなければ気が済まない。
これが彼が曲がりながりにも十数年間周囲から多少浮いた存在ながらも何とかやってこれた理由、彼なりの処世術だった。だから、問い掛ける。
「ジョブって何だよ?」
少年のその目には真剣な光が宿っていた。強い【好奇心】がそこからは感じ取れた。
ルークスは「やれやれ」と呟きながらも、その目を見たら応える気になっていた。
「ジョブというのは、その、何だ……例えば【勇者】とか【戦士】とか【魔法使い】とかのだな……」
しかし、ルークスの回答はイマイチ的を得ていないというか、要領を得ないモノだった。彼は、膨大な記録を刻んできてはいたものの、説明は今一つ下手だった。
少年も今の受け答えでその事を大体理解したらしく、苦笑いしながら、
「え〜〜と、【肩書き】ってこと?」
と聞いてみた。
「う〜〜む。そうだな、それで大体合ってるか」
ルークスはウンウンとばかりに二回顔を縦に振った。
「でさ、僕の肩書きが【町人A】だってこと?」
「あぁ、お前を【サーチ】したから間違いない」
「【サーチ】、それは何なんだよ」?
少年はまた聞き慣れない言葉が出てきたので訊ねた。何が書くものでもあれば一つ一つメモしたい位だった。
「……お前、質問攻めだな。さっきからさ。サーチっていうのは、まぁ……魔法の一種だ。多分」
ルークスがいかにも嫌そうな表情を浮かべた。それを見た少年は、
(ルークスって生きていた頃、あんまり物事考えずに突っ走るタイプだったんだろうな)
と心の中で思った。すると、
「お前、誰がバカで猪みたいな奴だって!!」
ルークスが物凄い剣幕でいきなり怒り出したので、少年は驚いた。
「ある程度なら心の中も読めるんだからな、悪口とかは考えるなよ」
ルークスが鼻息も荒くそう言うと、
「とにかく、ジョブ、いや肩書きが【町人A】の奴が私を保有するなど前代未聞なのだぞ。……物ッッ凄く烏滸がましい、畏れ多い事であることをまずは、理解するがいい。小僧」
さっきのお返しなのか、妙に難しい言葉で偉そうに言葉を返してきた。
「いやいや、別に保有したかった訳じゃないからね、寧ろ強要したのは……」
少年はジトリとした視線を元凶に向けた。
ルークスは、その視線を半ば遮るように、
「……とにかく、お前は【勇者】にならなくてはならん、さもなくば遠くない内に死ぬかもしれん」
「勇者になるったって……てか死ぬかもしれんだって?」
少年はルークスがさらりと【死ぬ】というキーワードを口にしたのが引っ掛かった。
「そりゃあ、本来は私を保有する為に色々な条件があるからな。ある程度のパロメーターを持っている事とかな」
「例えばどんなパロメーターなんだよ」
「戦士なら力だな。魔法使いなら魔力とかだな。お前のは全部が低すぎるから話にならん、
恐らくはパロメーターが低い上にジョブが町人Aなどと、基本条件が整わないのに私を装備したから【ペナルティ】として、パロメーターを強制的に下げられたに違いない」
「じゃ、お前を外す……」
「……あ、ちなみに私は【一度装備】したら、外せないからな。死ぬまで」
少年はルークスが被せるように浴びせた言葉を聞いて心が折れそうになるのを感じながら膝をつくと、
「なぁ、それじゃ祝福じゃなくて【呪い】だろ」
そう言い返すのが精一杯だった。
「【呪い】とは失礼な奴だな。私は【神器】なんだぞ? それでは【呪いのアイテム】みたいじゃ……む」
ルークスが何かに気付いたのか、視線を少年から外した。
すると白い空間がグニャリと歪んだ。何とも言えない不快感が少年を襲った。
「ルークス、何なんだよコレ?」
「ふむ、恐らくは元の世界で何か起きるようだ……戻るぞ」
少年が「え?」と言うなり、ルークスは両手を勢いよく振り上げて降ろした。
すると白い空間がグニャグニャと歪んでいき、渦を描いていく。全てがグニャグニャになり、少年自身もその渦の中に巻き込まれていき……やがて世界が真っ暗になり、気が遠くなった。
◆◆◆
「う……ハッ」
少年が目を覚ますとそこは元の森だった。
「夢だったのか? だよねぇ。あんな変なガラス玉が神器とか名乗ったりする訳ないし、帰ろうかな……」
少年は起き上がろうとした、でも身体が重いことに気付いた。まるで【重り】を付けられたように。
「え? まさか……」
――さて、現実を理解したか小僧?
そう上から声が掛けられた。すぐに上を見上げるとそこには空中にフワフワと浮いているガラス玉。つまりルークス。
「……やっぱ、夢じゃ無かったのか」
少年はガッカリした様子でぼやいた。ルークスは少年のそんな様子など気にする様子も無く、言葉を続けた。
――さて【敵】が来るぞ、備えろ。
「敵? てか昼間の森の中で? それに何も見えないよ……」
少年は気付いた。確かに見渡す限りは誰も何もいない。だが、地面が動いている。初めは微かにだが、徐々に地面が盛り上がるように動くと、現れたのは骸骨だった。
「……何だ、骸骨か」
少年は驚いたのを損したとばかりに呟いた。
――おい、敵だぞ。何でそんなに余裕なんだ?
ルークスがフワフワと少年の手元に降りると心配そうに語りかけた。
「ルークス、さっきのアレやってよ」
「アレ? アレって何だよ?」
「またまたぁ、さっきの骸骨達を追い払った光だよ。出し惜しみするなよっ」
少年の脳裏には、二度の骸骨達との遭遇でルークスが光を放ち、自身を救った光景が浮かんでいた。今度もルークスが追い払うと思い、余裕だったのだ。
だから、次の言葉に少年は驚愕した。
――あ〜〜スマン。ムリだからな。
「…………は?」
――ソイツは追い払えないからな。自力で何とかしろよ。
「だって、さっき……」
――あれは【幻覚】だったのだ。だから介入できたが、今、目の前にいるのは本物だ。だからどうにもならん。
「エェェェェッッッ」
少年はこれ以上ない位の声で叫んだ。
目の前の骸骨は骨同士がくっついていき、徐々に元の姿になろうとしている。
「る、ルークス、アンタ何とかしてよ」
――さっきも言った筈だ。私にはそんな力は無いとな。
「だって、ルークスを装備したら、【祝福】があるんだろ」
――祝福されただろ? ま、お前の場合はペナルティを喰らったがな。
「…………」
「…………」
少年とルークスの間にしばし奇妙な沈黙と間が空いた。
「――意味ないじゃんッッ、マイナスしかないじゃんかよッッ」
――そんなん知るか、ほら来るぞ。何とかしろ。
ルークスがせっつくような声を出したので、視線を骸骨に向けると、骨同士が完全に組み上がったらしく、少年に向けてユラリと手を伸ばしてきた。
その動きは遅く、本来なら余裕で避けられる動きだが、少年の身体はペナルティで重く、思うように動かない。
「くっそッッ」
それでも何とか身体を反らし、長衣の袖を破られるだけで済んだ。
骸骨は続けてもう片方の手を伸ばす。今度はさっきとは違って指先を閉じて拳を作っている。
「ウワアアッ」
少年は叫びながら全力で走る(傍目からはヨタヨタと歩いてるように見える)と体当たりを骸骨に喰らわせた。骸骨はそれを受けて後ろに転がった。
「やった。やっぱ弱いぞ、アイツ」
だが、幻覚の骸骨はバラバラになったが、目の前の骸骨は後ろに転がっただけですぐに立ち上がった。
「え? バラバラにならない」
――当たり前だ。骸骨は宿った魔力で骨が繋がっているのだからな。魔力を断ち切らねば勝てん。
「断ち切るったって……どうすりゃ」
そうこうしてる内に骸骨が再度向かってきた。両手を伸ばし、捕まえようとしているらしい。
怯えた少年は思わず、後ろへと後ずさりをして何かに躓いて尻餅をついた。
「イテテ……何だよこの……」
少年の目がそれに向けられた。
骸骨がカタカタカタと歯を鳴らしながら今にも掴み掛かろうとしていた。
「くっそ! 一か八かだっ」
少年はそれを手にして思いきり叩き付けた。
骸骨の手は、少年の喉元の手前で止まっていた。
「ハァハァ」
少年は骸骨の頭蓋骨に叩き付けた【石】をゆっくりと地面に置いた。
石は拳大くらいの大きさで、意外に重かった。それを両手で骸骨の頭蓋骨に叩き付けたのだ。
パラパラパラと音を立て、頭蓋骨が砕けていくと骸骨は全身の骨がバラバラになっていき、その場に崩れ落ちた。
「勝ったのか?」
――だな、よくやった。
ルークスはそう言うと不意に少年の手から離れて骸骨の元に近付く。すると、骸骨が光り出してその光がルークスを包み込む。
――さぁ、私を手にしろ。
ルークスの言葉に従い恐る恐る手を伸ばして手に取ると光が少年を包み込んだ。
「な、何だよコレ?」
――【祝福】だ、受け取れ。
少年を包み込んだ光はあっという間に消えた。
「な、何だったんだよ今のは……」
――試しに身体を動かしてみろ、すぐに分かる。
少年は言う通りに身体を動かしてみた。
すると、
「る、ルークス! 身体が軽くなってるッッ」
少年は信じられないと言った表情でその場で足踏みを繰り返す。
実際にはペナルティを喰らう前よりはまだまだ動きはおぼつかず、ゆっくりとしたものだったが、それでも歩きやすくなった事実による高揚感がそんな事を忘れさせていた。
――【祝福】の感想はどうだ?
ルークスが訊ねてきた。
「スッゲェよ、何なんだよコレは?」
少年はまだ興奮しているのか、足踏みを止めなかった。
――聞きたいのか?
「もっちろん!」
――ふふん、いいだろう。……【祝福】とは、【魔力】を主に受け渡す私の能力だ。倒した相手が強ければ強いほど魔力の吸収量は大きくなり、その魔力を主が受け取る事で基本的な能力、つまりはパロメーターが上がっていくのだ。
「……つまり、倒せば倒す程に強くなるのか?」
――そうだ。
「じゃあさ、弱い魔物とかをたくさん倒せば、そんだけで……」
――お前、セコい奴だな。まぁ、それなりには強くなるぞ、それでもな。
「よっしゃ、ルークス。僕は決めたよ」
少年の目にはハッキリとした決意の様なものが宿っていた。
――なら、【勇者】になるのだな。
ルークスも期待に満ちた声で返した。
「ペナルティで減った分を取り戻す事にするよ」
少年は決意に満ちた声でルークスに宣言した。
――エェェェェッッッ? そんだけかよッッ!
呆れ返ったルークスの声が少年の耳にやたらと響いていた。
ふと空を見上げると、太陽はゆっくりと落ちつつあった。