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理由は町人Aだから

「あのさ、身体がものっ凄く重くなったんだけど」

――へ?


 少年が言葉に対してルークスは何とも間の抜けた声でそう応えた。


――嘘だろ。何で身体が重くなるんだ? 私をからかうのはよせ、お前なかなか芸達者な奴だなぁ。


 ルークスは信じられないと言わんばかりの声を出した。


「……でも実際、身体が重いんだよ。まるで重しをつけたみたいにさ」


 少年はそう言うと実際に歩いてみせた。

 一歩一歩が緩慢な印象だ。だが、重量が重くなった感じでも無い。現に足跡を見ても沈み込む感じでは無い。

 ルークスが少年の手からモゾモゾと飛び出しフワフワと宙に浮いた。


「る、ルークス? 何してるんだよ?」

――見てわからんか? お前を【観察】しているのだ。ほら、さっさと歩け。日が暮れるぞ。


 確かに日が暮れるとマズイので、少年は重い身体を何とか動かしながら一歩、また一歩と歩いてみる。その様子をルークスは何も言うこともなくフワフワと浮きながら、後ろからついてくる。


「あ〜〜っ! もう嫌だっ。メンドイッッ」


 十歩ほど歩いて少年が音を挙げるとゆっくりとダルそうにその場にへたり込む。

 その一連の緩慢な動作を見たルークスは、突然後ろから目の前に移動した。その素早い動きに、


「うわっ、何だよっ」


 少年が驚きの声をあげた。


――ふむ、確かに動きに難があるようだ。だが、目の動きは正常か。仕方ない、お前を【スキャン】してやろう。特別サービスだ、感謝するんだな。


 ルークスはそう言うと赤い光を放つ。その赤い光はか細い何本かの線を少年の全身に隈無く当てていく。そして、


――うむ、分かった。


 ルークスの答えに少年は「ホントか」と言うと両手を前につけ、身体を前のめりにしようとゆっくりと動かした。

 本人は至って真面目にやっているつもりだが、傍目から見ればふざけてるのか、たまに町に訪れる大道芸人がやるパントマイムとかいう芸をしているようにも見えるだろう。


――お前、【パロメーター】が低すぎる。

「は?」

――は? じゃない。お前低すぎるんだよ。

「――じゃなくて、その【パロメーター】って何だよ?」

――え、お前パロメーターも知らんのか? マジか。……なぁ、バカなの、バカなのか?

「バカバカうるさいよ。聞いたことないぞ、そんな言葉は。……どこかよその国の言葉なのか?」


 少年の困惑した表情を見てルークスの笑いが止まった。


――そうか。そう言えばお前は【魔力】も知らないのだったな?

「そうだよ、アンタの言葉の中には僕が分からないのがいくつかあるんだからさ。キチンと説明しろよな」

――ふむ、仕方ない。だがイチイチお前に言うのも手間だ。サービスしてやるから手を出せ。


 ルークスの偉そうな口調にも大分慣れてきた少年は黙って両手をゆっくりと差し出した。(本人としては本気を出してる)


 すると、ルークスは少年の両手に乗るとまたさっきのような白い光を放ち、包み込んだ。少年の身体にピリピリとした痛みが走り抜けていき……




◆◆◆




「う、うぅ」


 少年が目を覚ますとそこはただ真っ白な世界だった。

 真っ白と言っても雪が降っているわけでは無い。単に無色な空間とでもいうべき世界が見渡す限り続いていた。


「ここは……何だ?」


 少年は辺りを見渡したが誰もいない。気がつくと両手に乗せていたルークスもいなくなっていた。


「じ、冗談だろ? こんなトコに一人でいたりしたら……」


(気が狂っちまうよ)


 少年はかろうじて最後の言葉を心の中に押し留める。


(こういうときは冷静になれって何かの書物で読んだよな。深呼吸、深呼吸だ…………)


 少年は目を閉じて胡座(あぐら)をかくとスーッと言いながら息を吸ってみる。


(今更ながら、息は出来るみたいだ)


 そう考えると少し落ち着いて来た……


「……って落ち着けるか! こんなトコでさぁっ。何処だよここはさ?」


 少年が喚いていると、前方から誰かが近付いて来るのが見えた。


「え? 人がいる」


 少年は人が仲間がいる事に安堵し、近付く人物に駆け寄った。


「――やれやれだ、お前には我慢とか忍耐強さがまず必要かもな」


 その人物は開口一番にピシャリとそう言った。

 サラリとした金髪が肩までかかっていて背丈は180位、体重は80キロ位だろうか。二十歳越えくらいのかなりの偉丈夫(いじょうふ)だ。

 服装はいわゆる騎士の装いをしており、チェーンメイルとその上にトゥニカを羽織っていた。カシャカシャと足の拍車が音を立て、腰には一本のロングソードを帯びていた。


「あ、あなたは?」


 少年は突然現れた騎士の姿に安堵しながらも、どこか不信感は拭えずに質問した。


「私が分からないのか? ……無礼者め!」


 騎士はそう言うと腰に手をかけ、ロングソードをいつでも抜き放てるように構えた。


「うひいっ、ご、ごめんなさい。すいませんでしたぁぁぁっ」


 少年は瞬時に真っ白な地面にひれ伏し、土下座した。騎士はその情けない姿を無言でしばらく見つめていたがやがて、


「……プッ、プフウッ! ハハハハハハっ。冗談だよ、冗談」


 突然大爆笑を始めた。その騎士の笑い声に驚いた少年は顔をあげ、その爆笑をポカンとした表情で見た。


「お、お前。そんなマヌケ面をするなよ。ハハハハハハっ」


 騎士は笑いが止まらないのか腹を抱えだした。


「ち、ちょっ。確かに情けない姿見せたけど、初対面の人にそこまで笑われる覚えはないです」


 ムッとした表情で睨む少年を見た騎士はようやく笑い声を止めた。


「あ〜〜悪い、悪い。お前があまりにもマヌケ面をしていたからつい、な」


 そう言うとコホンと咳払いをし、にやけた笑顔を引き締めた。

 それから二人の間に気まずい沈黙が訪れた。


「……ん? お前まだ気付かんのか?」

「え? 何がですか?」

「私が誰かだよ?」

「え? 騎士の知り合いなんかいませんよ……てか誰?」

「お、お前なぁっ。気付けよ、声でさ!! この威厳と気品を兼ね備えた声でさッッ」


 騎士の怒鳴り声が真っ白な世界に轟き、


「ん……あ、ルークス」

「遅いわッッ! とっとと気付けよ」

「だって、さっきは石とかガラス玉だったし」

「が、ガラス玉だと? あれは貴重な宝玉なんだぞ? そもそも私は…………」


 ルークスは口を泡でも吹きそうな勢いで一気にまくし立てた。


「ルークス、ここは何なんだ?」

「話を聞けや、コラ! まぁ、いいか。ここは私の中だ、簡単に言えばな」

「ルークスの中?」

「何と形容すべきか、私の司る異空間とでもいうべきか。とにかく、ここは危険な場所では無い。安心しろ」


 少年は、異空間とかの聞きなれない言葉に首をかしげながらも、危険な場所では無いという言葉に安堵の表情を浮かべた。


「でさルークス、その姿は何なんだ?」

「――ん? あぁ、私の元々の姿だ」

「へぇ、そうなんだ………………て、エェェェッッッ!!」


 少年の絶叫が轟いた。


「あ、アンタ、人間だったのかっ」

「何をそんなに驚く?」

「だって、ガラス玉じゃなくて宝玉が元々人間って言われたら……」

「……勘違いするな。人間が宝玉になりはしない、まぁ、多分な。私は死後に【神】により【魂】を宝玉に込められたのだ、【世界】を守る手助けの為にな」


 ルークスは特に表情を変えずに話した。


「ここでは時間の経過が外とは違う。だから長話も大丈夫だ」

「長話かぁ……」


 少年は「ハァ」と小さくため息混じりに下を向いた。


「お前、面倒くさいのが嫌いだろ?」

「え? 何で分かるの」


 驚く少年を見てルークスはやれやれといわんばかりに肩を竦めた。


「何となくそんな感じがしたからここに来た。まぁ、座れ」


 ルークスがそう言うとと目の前に突然椅子が出た。その足はまるで最初からそこにあったように地面とピッタリと一体化している。

 少年は驚きながらも、椅子に座る。


「口で言うのも手間だからな、まずは【観ろ】」


 ルークスが左手をゆっくりと振り上げると、その動きに対応したかのように無数の風景が浮かび上がった。


「え、これは【絵】なのか?」


 少年は食い入るようにその絵の【風景】を見た。すると、その風景が動き出した。


「えぇっ、な、何だよこれ?」

「イチイチ大袈裟な奴だな、お前は」


 ルークスは続いて右手もゆっくりと振り上げた。続けて無数の【風景】が映し出された。そのどれもが違う光景で、ひとつ残らず動いていた。


「これは、私の中にある歴代の【主】となった【契約者】の記憶の残滓(ざんし)だ」


 ルークスが振り上げた手の指先をパチンと鳴らすと、それぞれが一人の人物に視点を変えた。

 彼らは、様々だった。

 ある剣士は見たことがない位に華美で美しい金色の鎧に身を包み、その剣捌きはまるで踊りをみているようだった。

 ある戦士は上半身は裸で至るところに刺青(いれずみ)が入っていて、それが誇りらしい、彼の闘う姿はまさに獣の如く。

 ある魔法使いは、自らが女である事を隠す為に仮面を付け、誰よりも雄々しく闘った。

 彼らは、一様に強く、そして【敵】と闘い、最後には死んでいった。


「……ルークスは、この人達と旅をしたんだ」

「あぁ」

「ルークスは皆の死を見たんだ」

「あぁ」

「僕も、死ぬのか?」

「あぁ、当たり前だ」

「……僕は、死ぬために契約するのか?」

「ある意味そうだ。生きとし生ける者は、全ていずれ死ぬ。これは世界の摂理だからな。だが……」


 ルークスは一枚の動く絵を少年の目の前に動かした。そこに映るのは、真っ暗な闇だった。ただただ真っ暗な空間。


「これは?」

「見ていれば分かる」


 ルークスは苦々しそうに唇を噛んだ。ただならぬ雰囲気に少年はこれ以上訊ねるのはやめて、動く絵を凝視した。

 真っ暗な闇には、初めは何も無かった。だが、少しずつだが、闇の中で蠢くモノが見える。最初は小さな虫程度だったモノは徐々に肥大化していき……。【人間】の姿をとった。


「これ……人間なの?」

「違う、これは人間の姿をした【ナニカ】だ」


 動く絵の中で【人間の姿をとったナニカ】は、やがてある街に足を踏み入れた。

 その街は平和と繁栄を享受していたが、【ナニカ】は少しずつ住人の中に入り込んでいった。

 街はやがて、住人同士で(いさか)いが絶えなくなり、小さなキッカケで住人達は殺し合いを始めて街は滅んだ。

 生き残ったのは【ナニカ】と数人の子供だけ。その子供達は隣の街に引き取られたが、数年後には隣の街も滅んだ。生き残ったのは成長した子供達。それを【ナニカ】が迎えに来た。


「ルークス、何だよこれ? 何なんだよ」


 少年はそこで起きた出来事に全身が震えた。

 【動く絵】は常に動いている訳ではなく、時折止まった。だが、その瞬間に少年はそこで何が起きたかを瞬時に理解されられ、絵はまた動いた。その繰り返しが少年を恐怖に陥れた。それはこの絵には【明確な意図】があることを察したからだ。


「【ナニカ】とはその時代により姿を変えて現れる。あるときは無垢な子供として、あるときは老人として。【ナニカ】は人の心を弄び、苦しめる。それこそが奴の(にえ)だからだ」

「そんなのと、闘ってきたのか。この人達は……」


 少年はゴクリと唾を飲んだ。

 【契約者】もまたそれぞれの思惑で闘っていた。

 名誉や復讐に慕情、果ては野望と様々な理由だった。

 その全てを見終わると動く絵はひとつ残らずかき消えた。残されたのは椅子に座ったまま放心状態の少年と、仁王立ちして様子を観察しているルークスだけだ。

 放心していた少年は「フーッ」と一つ呼吸をすると真顔になり、ルークスをジッと見た。


「――ルークス。決めたよ、僕は……」


 その少年の表情や目にはハッキリとした意志が感じられた。

 ルークスは期待に満ちた目で彼を見ながら、


「うむ、ならば……」


 そう言いながら表情を緩めた時だった。


「ぜったいに契約なんかしないからなっ」

「な、何だとぉッッ」


 少年の言葉があまりに衝撃的だったのか、ルークスはその場で膝から崩れ落ちた。


「ば、馬鹿な。あの凄惨な歴史を見れば契約者になると……」

「……なるかよ! あんなの見たら余計に嫌になるわッッ」


 少年の「なるわッッ」という絶叫がまるで山びこのように何度も反響した。


「ば、馬鹿な。以前の契約者なんかこれを見せられたら【義憤】に駆られたというのに。お前には人の情が無いのか?」


 ルークスは取り乱した様子で少年を睨んだ。


「それは誰の事だよ?」

「あ、それはこいつ」


 ルークスが指差すとまた動く絵が現れ、映ったのはいかにも生真面目そうな青年騎士だった。


「……こんな堅物そうなのと一緒にするな! それにだ、――大体、さっきから僕の身体が重くなった理由に全く関係ないじゃないか」


 少年の正論が、ルークスを容赦なく打ちのめした。


「クッ、お前なかなかやるな」


 ルークスは無念そうな表情を浮かべて悔しがった。


「とにかく、何で僕の身体が【重くなった】のか分からないのか?」


 少年にとっては、世界云々という実感の無い話よりも、日常生活に支障がでかねない身体の【重さ】を何とかする方が重要度は高かった。


「分からないなら分からないって……」

「……そんなの簡単だ」

「言ってく…………え? 分かってんのかよ!」


 あまりにアッサリと答えた事に少年は思わずコケそうになった。

 そんな少年の様子には構わずルークスは説明を続けた。


「理由はお前が【町人A】だからだ」

「………は?」


 何の事かよく分からない答えが帰ってきた。


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