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 少年は一瞬、相手が何を言っているのかが理解できなかった。

 そもそも、目の前にいるのが自分自身だった事で思考が完全に停止していた。

 その脳裏に様々な考えが浮かび上がる。


 (――何だよこれ? 何かの冗談なのか?)


 そう考えた少年の心を見透かすように目の前の自分が言った。


「我はお前だ。

 そして、お前は我でもある。

 さぁ――――知るが良い、自分が何者なのかをな」


 そう、言いながら指を”パチン”と鳴らす。

 すると、少年の周りを突然を半透明の巨大な額縁が無数に顕現すると、それぞれが別々の映像を写し出した。

 それを見た少年はこれが、ルークスの言う【動く絵】であると気付く。

 だが、ルークスの時とは違い、動く絵はまるで少年を取り囲むようにしてクルクルと回転し始めると、そのまま少年にぶつかっていく。

 動く絵がぶつかるとそのまま身体に同化、少年の脳裏には動く絵の中の出来事が瞬時に刻まれていく――この繰り返しが無数に行われた。

 ”バチン”まるで落雷の様な光を見たかと思った瞬間に、少年は力無くその場に倒れる。

 強制的に情報が流し込まれていく度にその全身は”ビクッ”と激しく脈動――段々と意識が薄れていくのが分かった。

 魔王の声が聞こえる。


 ――これが最後だ、受け取るがいい。


 そう言いつつ、魔王は赤い光を放った。

 少年は死ぬかもしれないと思いながらも、何故か笑みを浮かべている自分に気付き――呆れる内に意識を失った。




 ◆◆◆




「――はっ」


 目を覚ました少年は見慣れない場所にいた。

 その場所は、今さっきまでいた【悪鬼の森】ではなく、どこか別の場所で、自分の目の前を無数の騎士や、兵士が”ガチャガチャ”と鎧を揺らしながらせわしなく行き来していた。


 少年が立ち上がると、それまで周囲を行き来していた騎士や兵士は一斉にその場で片膝を地面に付くと、こうべを下げる。

 それはまるで、自分が【王様】か何かで、その前に全ての人々が跪いているかのように。

 その光景を見て、少年が困惑していると、誰かが言った。


「我等が主…………偉大な魔導師にして、最強の戦士よ。

 いかがなされましたか?」


 気が付くと、少年のすぐ側に赤いローブに身を包まれた人物が立っていて、言葉を掛けていた。

 その顔は、フードを深々と被っている為かよく見え無いものの、背は低く、声だけで判断する分には老人のような印象を受ける。


「僕は何のためにここにいるのだ?」


 状況の変化に困惑の極致に達していた少年は、赤いローブの老人に話しかけた。

 するとその声が聞こえたらしく、それまでは静かに膝を付いていた騎士や兵士達からザワザワと声が聞こえてきた。


 ――おいおい……本気か?

 ――今さらビビったのじゃ無いか。

 ――こんな事で、いくさに勝てるのかねぇ。

 ――おい、こっち見てる――ヤバッ。


 こうした声が耳を澄ました訳でも無いのに、一斉に、少年には聞こえた。

 彼等の様子を見ると、黙って待機している様に見える。

 だがその【声】は止むこと無く、むしろ五月蝿いと思える程に聞こえてきた。

 少年の困惑はさらに深まっていく――すると【声】が聞こえた。

 間違いなくそれは【魔王】の声だった。


 ――落ち着くがいい。

 それは我の過去の話だ。


 そう、さらりと言ってのけた。


(え? でもあんた魔王なんだろ……何で――)

 ――別段、おかしな事でもなかろう。

(だって、まるでこの人達の王様みたいじゃないか)

 下らぬな――我とて最初から魔王だった訳では無かっただけの事。

 そもそも、【魔王】がいなければ【勇者】は無用の存在だ。

 あの【神器ルークス】とて、存在意義を持たぬ事になる。

 さあ、力を抜くがよい――さすれば自然と言葉も出よう。

 お前は目の前の者共の【支配者おう】なのだ、堂々とせよ。



(どうしろっていうんだ…………)


 立ち尽くす少年の脳裏にこの場にいる全ての人々の声が聞こえてきた。


 ――ハア、死にたくないよ。

 ――何でこの国に攻めてくるんだろう。

 ――バカ、そんなの前の王が死んだからに決まってる。

 ――聞いた話じゃ、国境くにざかいを治めていた領主が敵国むこうに寝返ったそうだし、もうこの国も終わりかなあ。

 ――適当に戦ってさっさと逃げよう。


 聞こえてきた声からは、殆どの人々がこちらにはこれから起きるらしい【戦さ】での勝ち目が無いと思っているのが伝わってきた。

 だが、一方で、そうは考えない者達の声も聞こえてきた。


 ――私はこの戦さで名を上げるぞ。

 ――新たな王はまだ若い……だがこの地を戦場に選ぶとは、なかなかの御仁。

 ――いくら大軍で来ようが、ここの地形なら関係無い。

 ――この戦さ、勝てるぞ。


 不思議な事にそうした者達の声の方が大きく聞こえて来た。

 少年にはまだ全ての状況は理解出来てはいない。

 それでも、この場にいる人々を死なせたくない――だから勝たなければならないと思い、口を開いた。


「我が国の勇気ある諸君らに言おう。

 この戦さ、我等が勝ちであると――愚かなる敵国の軍は我等を侮り、油断しておろう。

 いかに大軍であろうと、我等は勝つ。

 彼の国とは違い、我等は必死。

 彼の国の者共は勝てる戦さと思い、気が緩んでおろう。

 だが、我等は負ければ死が待つのみ、勝つしか無い。

 諸君の中には、どうしたら生き延びられるか算段を立てようとしている者もいるやも知れぬ。

 また、野心に燃える者もいよう。

 だから、我はこう答える――勝つことだけを考えよ!

 生き延びたくば勝て。

 功名は立てたくば勝て、と。

 策はある…………後は諸君の力添えさえあらばこの戦さ――」


 不思議な事に言葉を発している内に、自分がまるで本当の王になったかのようだった。

 気分は高揚し、言葉にも熱が込もっていくのが分かる。

 気が付くと、さっきまで絶望に満ちていた空気が変わっていた。

 彼等は待っていたのだ、自分達がその身を託せる【主】が現れるのを――。

 少年、今や王をこの場にいる全ての人々が顔を上げ、次に何を言うのかを固唾を飲んで待っていた。

 彼等、全員が聞きたいのはあとたった一言だけ。

 少年もその一言が何かはもう分かっていた。

 だから、周囲を見回してから真正面を見据え言い放った。


「――我等が勝ちは必定である!!」


 その声はこの場にいた数千人の人々を奮い起たせた。

 もう、聞こえてくる声から、後ろ向きな言葉は何も無かった。

 少年は椅子にへたり込む。


 ただ話をしただけなのに、全身汗だくで、筋肉が強張っている。

 もし今、戦さが始まり、敵がこの場に来たら、なす術なく殺されるだろう。

 赤いローブの老人がグラスに水を注いで目の前に差し出す。

 グラスを手に取り、水を一気に流し込む。

 よく冷えた水が体内を巡っていくと、疲れが出たのか眠気に襲われていき――意識が遠くなっていった。



 ◆◆◆




 ――御苦労だったな。


 魔王の声が聞こえてきた。

 その声にはさっきまでとは異なり、少年を労る様な不思議な優しさが感じられた。

 魔王が呟く、


 ――よい演説だった、さぁ起きろ。


 と。

 少年は思わず閉じていた瞼を開く。

 すると、目の前の風景がまた変わっていた。

 さっき迄いたのは、独特の湿気と、地面に水気が多く、柔らかかった事から恐らく沼地にでもいたのだと思っていた。

 だが今度はひんやりとした床の感覚だったので思わず起き上がった。


 少年が目を開いて真っ先に見たのは、闇。

 殆ど何も見えない暗闇の中、手を伸ばして前を探ってみると、布の感触があり、近付いてそれを確認する。

 少しずつ目が慣れてきたらしく、うっすらと周りが見えるようになった。

 布は何枚も重ねてあって意外に重く、一番最後の布に手をかけると、微かに光が漏れてきたので、恐らくは部屋の仕切りなのかもしれない。

 ”バサッ”仕切りの布をめくりあげると光が部屋に入り、うっすらと照らす。

 どうやら寝室だったらしく、部屋の真ん中には特大サイズのベッドが置いてあり、部屋の奥には鎧兜が飾り付けられていた。

 部屋を出ると長い通路が伸びていて、燭台に備え付けられた蝋燭の火の光が点々と規則正しく一定の間隔で壁に固定されているようでその微かな灯りがうっすらと通路を浮かび上がらせていた。


 少年はとりあえず通路を進む事にした。

 ここが何処かは分からないものの、魔王の魔力を近くに感じた。

 魔王がどういうつもりでさっきの戦場に自分を送ったのかを聞きたかったし、その姿は自分と瓜二つの姿。

 そもそも、魔王からは不思議な懐かしさを感じていた。


「それにしても――」


 少年はこの通路にも驚きを隠せなかった。

 この通路は歩く必要が無かった。

 床が勝手に前に進んでいく。

 更に通過した燭台の蝋燭も勝手に火が消えていく。

 それに階段にしても、床と同じような構造なのか、勝手に上に上がっていく――どういう原理かは分からないが、これも【魔法】の一種なのだろうとか思っているうちに目の前には年季の入った古びた扉があった。

 すぐに魔王の声が聞こえてくる。


 ――ようやく来たか…………さぁ、部屋に入るとよい。


 そう言うや否や”カチャ”という音がして、扉が勝手に開かれる。

 少年は恐る恐る、部屋に足を踏み入れると思わず「凄い」と溜め息混じりに呟いた。

 目の前には、部屋中にビッシリとそびえる無数の本棚。

 その本棚にはこれもまた無数の本が隙間無く入っており、よくよく見ると手前から五十音順に並んでいた。


「どうした? 早く奥まで来ぬか?」


 魔王の声が聞こえてきた。

 不思議な事に、その声には気遣いの様な響きがあって、少年は素直に従っていた。

 書庫らしきその部屋は、広いというより奥が深いと言う表現がまさに相応しく、薄暗い。

 足元にも本棚に入りきらなかった本が積まれていて歩きにくい。

 途中で少年の背丈位に積まれた本の塔が倒れそうになったり、足を上げたら分厚い事典に足の指先をぶつけたりと、一本道で、たった十メートルも無い部屋の奥に辿り着くのにかなりの時間がかかった。

 すると部屋の奥で椅子に座り、一部始終を見ていた魔王が言った。


「クハハハハッ! 楽しませて貰った」


 そう言いつつ、心底愉快そうに笑い出す。

 少年は一瞬、ムッとした表情を浮かべたものの、釣られて笑い出した。

 薄暗い、書庫で笑い声が響いた。



「それで、我に聞きたい事があるようだな?」


 しばらくして、魔王が話を切り出す――その表情は笑顔のままだったが、目は少年を真っ直ぐに見据えていた。

 少年はその鋭い眼差しから思わず自分の目を反らしたが、一つ深呼吸をすると、魔王の目を見据え――


「あなたは本当に魔王なのか?」


 そう問い掛けた。

 彼が見たのは無数の記憶の断片らしき場面と、さっきの戦場。

 記憶の断片の中。


 その一つでは、弾かれた剣が宙に飛ばされ、恐らくは魔王と思われる自分そっくりの子供が地面にへたり込む。

 その目の前に剣術を教える厳しくも優しさを讃えた目を向ける壮年の男性。

 男性は泣き声をあげる魔王らしき子供をやれやれとばかりに肩をすくめると、ぎこちない様子でなだめていた。


 また別の一つ。

 そこでは、何年か後らしく子供だった魔王は少年になっており、目の前には、たくさんの人々が集っていた。

 数十段はあるであろう、階段を上がっていくその先には祭壇が設けてあり棺があった。

 その棺に安置されているのはあの壮年の男性。

 魔王はその壇上にて司祭から【狼の紋章】が施されたマントを受け取るとそのまま纏った。

 そして、同じく渡された黒い刀身を持つ大剣グレートソードを鞘から抜き放つとそのまま空に掲げる。

 それを見た人々は歓声を上げ、新たな支配者を受け入れた。



 そして、立派な青年となった魔王は度重なる戦さに勝ち続け、わずか数年間で国土はみるみる拡大し、大陸の覇権を握るまでに強大に成長させた。

 交易を推し進め、自国のみならず、よその大陸の国々とも交流をすることで自国の国民の生活は豊かになり、若くしてこう呼ばれた。

【覇王】と。


 この場を沈黙が包み込んだ。

 少年には目の前にいる人物が魔王と呼ばれる様な人物そんざいとは思えなかった。

 一連の記憶の断片から浮かび上がったのはとある国を強大にか豊かにしたその国の若き王の姿。

 少なくとも、歴史上の人物として評価するならば、彼はこう呼ばれるだろう――【英雄】と。

 そんな人物が、昔話で聞くような【魔王】とは到底考えられない。

 彼が【悪】で魔王だと言うのなら、歴史上にはたくさんの魔王がいた事になるだろうし、今も世界中魔王だらけだろう。


「……………………」


 なおも沈黙が二人の間を包み込み、時が止まったかのように思えた。

 目を閉じて指を顎先に添える魔王と、その返答を静かに見守る少年。

 やがて。目を開いた魔王が答えた。


「そうだ――我は間違いなく【魔王】。

 世界に不幸と悪意を撒き散らし、大勢の民草を虐げた男だ……」

「……そんなはずないじゃないか!! 

 僕が見たあなたの記憶の断片を繋げた限りじゃ、あなたは魔王どころか、国を救った英雄で、国民みんなの為に尽くしていた――そんな人がそんな悪名を背負うはずが……」

「……背負うはずが無い――と言いたいのだろう。

 確かに我は自国の民草の為に尽力し、国土を拡大させその生活を豊かにした……」

「……ならやっぱり」

「それはあくまで自国での話。

 我が国が栄える一方で寂れ、衰えていく国もある。

 それらの国々からすれば我が国、そして我はまさに悪魔に等しき存在となる。

 それらの国々と幾度となく戦火を交えさらに彼我の国力に差が着き――ある国は属国と成り果て、またある国は滅び去った。

 これらの国々の人々から見れば、我はまさに――悪の権化………まさしく【魔王】と見えた事だろう」


 魔王の話を聞いて、少年は言葉を失くし――押し黙った。

 だが、魔王は話を続ける。


「覚えておくといい。

 この世の中は全てに於いて【表裏一体】なのだということを。

 強き光は深き闇を産み、光がまばゆく輝く為には深き闇が必要となる…………この世の真理だ」


 そう言うと魔王がまた指を”パチン”と鳴らす。

 書庫に収められた本が棚から勝手に飛び出すとばらけていく。

 一枚の紙が無数に散らばり――少年の視界を奪うと、そのまま包み込んでいく。

 少年は無数の紙の海に溺れ――意識が遠くなるのを感じた。



 それはほんの一瞬の事だった。

 僅かな時間の中で、少年の脳裏にはまた無数の記憶の断片が浮かんでは消え、また浮かんでは消え――を繰り返した。




「………………うぅぅっっ」


 少年が目を覚ますと天井を見ていた。

 どうやら気絶していたのか、倒れている上に手足を動かすと”バサバサ”と乾いた音を立てて紙が宙に舞った。

 目に入ったそれらの紙は全て真っ白で何も書いていなかった。


「…………気が付いたか」


 魔王の声が聞こえた。

 少年が”ズキズキ”と痛む頭を手で押さえつつゆっくりと上半身を起こすと、魔王が本を片手に椅子に腰掛けていた。


「僕は気絶していた……のか?」

「ああ」


 返事を返した魔王が目を向けると、持っていた本を少年に投げて寄越す。

 少年がその本を受け取ると魔王は「読め」と言った。

 その言葉に従い、ページをめくってみる。

 目次には見たことの無い言語が使われていて、何が書いてあるのかが分からない、そう感じた瞬間だった――


 少年は思わず「え?」と困惑に満ちた声を上げる。

 見たことの無いはずのその言葉がまるで昔から知っていたかのように【読める】自分に気が付いた。

 驚いたその表情を見た魔王が自身は表情を変える事なく言った。


「どうやら、我の知識は問題なく受け入れた様だな」

「魔王の知識……なのか?」


 その問いかけに魔王が手を上げて肯定し、「本を読め」と言った。

 少年は改めて目次に目を通す。



 その本はどうやらある国の歴史を記した史書の様だった。


 最初の章は国の成り立ちについてで、遊牧民族に居住地を追われたその民族がそれまで誰も人が住まなかった、貧しい土地への移動を余儀なくされる所から、苦労しながらも集落を成立させ、再度略奪を仕掛けてきた遊牧民族を地形を利用し撃退、改めて元の土地も取り戻した後に建国までがつづられていた。


 二番目の章は建国したその国と周辺諸国との関係についてが主な項目で、友好関係の国や敵対する国について別個に詳細に綴られていた。


 三番目の章はある王の話が国を発展させる話。

 長い間、国力が弱く諸国から圧力をかけられていたその国の新たな王。

 その王が貧しく痩せた土地を周辺諸国のみならず、よその大陸からも人材を集める事で肥沃な土地に変える事で、弱国からの脱却を果たし、諸国と対等の立場になるまでを詳細に綴っていた。


 四番目の章。これがこの本で一番大事な章らしく、本全体のほぼ四割を割いて説明していた。

 志半ばで病死した王の遺志を継ぎ新たな王になったのは、その長男である王子。

 彼は父王の大望たいもうを叶えようと立ち上がるが、即位間もなくして代替わりした国の隙をついての対立国からの侵略。

 その戦さは若き王自らも剣を振るい奮戦の末に勝利を納める。

 若き王とその軍勢はその余勢のままに逆に対立国へと攻め入り、その国土の大半を掌握する事に成功する。

 それを機に若き王を脅威と見た諸国との間で大陸中を巻き込む動乱が勃発する。

 動乱はおよそ五年もの間続いたが、若き王とその下で一つに団結した人民は粘り強く闘い、諸国連合との大会戦での勝利者となることで遂に大陸の覇者となる。

 若き王は富国強兵を推し進め、国民の生活は豊かになり動乱の終結と共に平穏の時代を迎える事になった。




「これは魔王、あなたの国の歴史なんだろう?」


 少年が史書を閉じて問いかけた――その目は真っ直ぐに相手を見据えている。

 魔王はその問いかけに「そうだ」と簡潔に答え、その上で問い返した。


「――お前はそのれきしを見て何を感じた?」


 魔王の目はさっきまでとは違い鋭く見開かれ、殺気すら感じさせる物だった。

 少年はその圧力に気圧され、思わず後ろへ後ずさる。

 魔王が再び問い直した。


「もう一度言おう――何を感じた?」


 少年は全身に嫌な汗を感じながらも、唾を飲み込む。

 頭を左右に振って、その頬を両手で”パンパン”と叩く。

「スーーーーッッ」と深呼吸をしてようやく気分を落ち着かせると魔王に向き直り――答えた。


「あなたの国の人々の歓喜だ。

 長い間、虐げられた民を一つに団結し、戦さに勝利して生活を豊かにした――充分じゃないか? あなたは間違いなく大陸の【覇者】であり、この国の【英雄】だよ!!!」


 最後は半ば叫びながらそう言い切ると少年は思わずその場で膝をつきへたり込んだ。

 尋常では無い魔王の目による凝視にまるで魂をそのものを削られた様な心境と疲労感だった。

 それを見た魔王は椅子からゆっくりと立ち上がると――突然黒い大剣を顕現し、その刃先を少年へと突き出した。


「へっ……な、何を?」


 まさかの展開に、少年は自分でも驚く程に間の抜けた声でそう言った。

 そして、立ち上がろうと試みるものの、身体がその思いに全く反応しない事に気が付いた……まるで自分の身体が岩の塊にでもなったかの如く重く感じる。

 魔王が口元を歪めて笑顔を浮かべる。


「そろそろ姿を見せればよいのでは無いか? 我が宿敵」

「随分と楽しそうにしているじゃないか、魔王」


 少年が辛うじて動く首を後ろに向ける。

 そこに立っていたのは騎士の姿をしたルークス。

 ルークスは、思わず表情を緩ませる少年にゆっくりと近寄ると手でその頭を”ポンポン”と叩くと、


「やれやれ――本当に手間のかかる契約者だな、お前は」


 そう言いながら微かに表情を緩める。


「ルークス、あの人は本当に……」

「……魔王だ」


 ルークスは少年の問いかけを予期していたかのように答えた。

 魔王はただ笑顔を浮かべている。

 傲岸不敵、泰然自若、例え方は様々だろうが何も知らない第三者がこの場にいれば間違いなく悠然と立っている魔王が悪い奴で、ルークスを正義の騎士だと思うだろう。


 だが、少年は魔王との時間でその構図に疑問を抱いていた。

 魔王の言葉が脳裏に焼き付いたかのように再生される。


(この世は全てに於いて【表裏一体】)


 この言葉が幾度も幾度も繰り返され――何より、その気になればもっと荒っぽい方法も取れたはずなのにわざわざ自国の史書を知識を与えて読ませる等という手間のかかる事をしたのも気になっていた。

 少年の思惑などお構い無しに魔王は


「わざわざ我の空間ばしょにまで入り込むとはな。

 丁度よい機会だ…………。

 剣を抜け――決着を着けようでは無いか」


 そう言うと大剣を上段に構える。

 ルークスも剣を鞘からゆっくりと抜く、そして腰の辺りで剣先を後ろに回して構える。


「いいだろう……こちらも丁度毎回【契約者】に戦わせるのにも飽き飽きしていた所だ。

 たまには我々の間で決着を付けるのも悪くない」


 そう言うや否やルークスは一気に仕掛けた。

 その踏み込みはさっきまでとは全く違う次元の速度。

 まさに【電光石火】だった。

 魔王もまた呼応するかの様に踏み込むと一気に大剣を降り下ろした。


 ”ガキイィィィィン”


 耳に響くように甲高く、そして鈍い音を立て二つの剣がぶつかり合う。

 魔王の身体が宙を舞っていた。

 ルークスがその場で剣を振り抜いている。

 次の瞬間には、魔王の身体から何かが吹き出す。

 普通ならば【血】が吹き出すところだろうが、魔王の身体からはもやの様な物が出ていた。


「ほう――衰えてはおらぬか」

「当然だ! お前のような卑劣漢とは違う」


 ニヤリと笑う魔王と鋭い眼差しのルークスはなおも激突を続けていく。

 互いの剣が激しくぶつかり、ルークスはフェイントを織り混ぜながらの拳や蹴りを魔王に喰らわせていく。

 魔王は単純な剣や体術ではルークスに遅れをとるものの、隙をついては【炎】を発現させて反撃する。


「や……やめ………………」


 少年は目の前で傷付いていくルークスと魔王を止めようと声を出そうとした。

 だが、声が出ない。

 声だけでは無く、身体もズッシリと重い。

 明らかに、ルークスにしろ魔王にしろ、少年には危害を加えない様に闘っている。


(理由はハッキリしている、僕が契約者で器だからだ。

 なら僕なら二人を止める事が出来るはずだ――)




「ククク、我も久方ぶりにたぎるわ。

 貴様はどうだっっ――」


 魔王はそう言いながら大剣に炎を纏わせるとそのまま一気に振り上げる。

 ルークスはその一撃を素早く後退して躱す。

 そこに大剣から炎が襲いかかる――瞬時にルークスの全身が炎に包まれていく。


「はああぁぁっっっっ」


 その炎からルークスが飛び出し、魔王に素早く斬撃を入れ、そのまま通り過ぎていく。


「「くはああっっっっっ」」


 そう言いながら、二人共に膝をつくと、互いを睨みつける。

 ルークスは全身が重度の火傷。

 魔王は全身に斬撃の後。

 互いに血が出ることこそ無いものの、靄の様な物が飛散していく。


「私はお前の様にマゾヒストでは無いからな」


 ルークスがさっきの魔王の言葉に返した。

 魔王は「ククク」と笑いながら大剣を支えに立ち上がる。

 それに対して、ルークスもまたゆっくりと立ち上がる。


「ククク、楽しき時間であったが……」

「……そろそろ決着を付けるべきだな魔王!」

「よかろう」

「行くぞ」


 ルークスは剣を両手で握り締めると息を吐きながら脱力するようにダラリと構えた。

 魔王は大剣を床に突き刺すと、右手には炎を――左手には氷を発現させ、炎をその身に纏い――氷を大剣に纏わせ黒い刀身を銀色に変化させ、改めて床から大剣を両手で引き抜いた。


「「行くぞ!!」」


 互いがそれぞれに考えうる最大級の攻撃を相手に見舞おうと飛び出す。

 もはや、純粋な生物では無い二人にも限界はある。

 それは【魔力】を失う事だ。

 魔力を失ってしまえば、活動不可になる。

 だが、それは死を意味しない。

 二人はあくまで宝玉や魔石を依代よりしろにかつそれに込められた魔力で活動しているに過ぎないからだ。


 ルークスも魔王もいつしか忘れかけていた。

 久方ぶりの本気でのぶつかり合いに夢中になっていた。

 だから、忘れていた――と言うより甘く見た。

 それぞれが身体の自由を奪い、動けなくした少年――互いに契約者としようとしていた少年がどんな性格であったかを。

 二人の攻撃の間合いのど真ん中に【彼】は飛び出した。

 今から行われる最後の攻撃の【爆心地】に。

 自分達は別にして、少年がこの攻撃に巻き込まれれば、間違いなく死ぬ。

 だから、止めなくては――そう思ってはいたがそれぞれの攻撃は既に放たれていた。



 激しい光が包み込み――やがて爆ぜた。



「くぅぅ」


 呻き声をあげたのは少年だった。

 その右手はルークスの剣を、左手は魔王の大剣がすんでの所で止められていた。

 気が付いたら身体が勝手に動いていた。


 ――今だ。


 誰かの声が脳裏に響いた様な感じがした瞬間、突然それまでビクともしなかった身体の自由が戻り、まるで吸い寄せられる様に――激突寸前の二人の中心地に立っていた。

 二人がそれぞれに放とうとする攻撃が何故か少年にはハッキリと見える、さっき迄は殆ど見えていなかったと言うのに。

 そして何故か自然と両手を左右に差し出すように挙げた。

 ルークスと魔王も少年に気付いたのか驚きの表情をそれぞれに浮かべた。

 だが、それぞれに攻撃を止める様子は無い――止められない様だ。


(――どうして僕はこんなに冷静でいられるのだろうか?)


 そんなことさえ考えている自分が無性に可笑しかった。

 別に自分を差し出して仲裁しようとか考えた訳じゃないのに、二人にはそう見えるのかも知れない。


 だから、信じられなかった――自分の両手が二人の剣を薄皮一枚の所で【止めた】事に。

 そしてハッキリと見た――自分の掌に二人の【魔力】が【吸われる】のを。

 爆ぜた瞬間にその爆発的な力をそのまま掌が【飲み込んだ】。

 まるで、水でも飲む様にいとも容易く。

 その光景にルークスはおろか、魔王までもが驚愕の表情を浮かべた。

 防御魔法の中には術者の指定した属性の魔法を【無力化】する魔法が存在する――所謂、【結界魔法】だ。

 それは例えば【炎】を防ぎ、【氷】にも凍り付かず、【雷】を遮断する事が出来る。


 だが、同時に放たれた二つの属性の異なる攻撃を止め、しかも込められた魔力を【飲み込む】魔法等と云うものは今だかつて聞いた事が無い。

 思わず双方が叫んだ。


「「その【力】は何なんだ?」」


 今や目の前の少年こそが未知なる存在だった。
















































 

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