3-b 突撃隣の魔王城、ウォッチメンとワーム様
守人と文藍はヴァプラと会話した後、格納庫にアルコーンの整備を担当するヴァプラたち整備班、街を守る警備隊ドラゴン分隊と挨拶を済ませた。
グレムリンたちは機械をいじったり金属加工はできるが知能は低く、他の人間や魔族そして獅子頭の魔族ヴァプラが指揮を執っている。アルコーンの駆動についてはまたの機会ということであまり長居はしなかった。ドラゴン分隊は先ほどのジョージ・ワシントンとの戦闘で負傷した者も多く、戦闘後の処理で忙しいので隊長の女性と軽く済ませたのだった。
ドラゴン分隊の控え室を出て少し歩いたところで、不意に文藍は立ち止まる。
「文藍?」
文藍の背にぶつかりそうになった守人は、文藍の後ろから声を掛ける。
「申し訳ありません。通話が入りました」
文藍は守人を振り返ると目を閉じてた。少し上を見るように顔を天井に向け、微動だにしない。
「ん、わかった」
守人が返事してすぐ、文藍は目を開け、顔を守人に向ける。
「困りました。次は昼食を兼ねた懇親会を兼ねた祝勝会だったのです」
「祝勝会?」
守人は文藍に聞き返した。
「はい。初陣で初勝利ですから」
文藍は少し困った顔になり、口元に人差し指を当てる。
「ただ準備が完了していないようなのです。困りました」
「ああ、今何時か分からないけど、結構遅くなったよな」
「はい。実は私が帰宅するのが昼前だったのは準備を手伝っていたからなのですが……よもやまだ終わっていないとは」
文藍は姿勢を正し、どうしますか、と言った。
「祝勝会は魔王城のどこかでやるんだろ?」
「はい。魔王様謁見の間で行います。魔王様はあそこから離れられませんから」
魔王は謁見の間にある魔法陣から魔力を供給し、結界を維持している。離れるわけにはいかない。アルコーンを維持・整備していたのは魔王の采配によるものであり、アルコーンの勝利を祝う会に欠席というのは、ない、というのが主催の総意だった。
なお、主催というのはルキフグスである。
「じゃあどうするんだ?」
「仕方ありません。予定になかった場所も案内いたします。後日紹介する予定ではありましたから」
守人の問いに、文藍は答えて「こちらへ」と守人の手を引いて歩きだした。
文藍に手を引かれてやってきたのは城の上の方と思われる場所だった。エレベーターと階段を経由して、人気の無く薄暗い、LED電球が5m間隔で天井に付いているような通路を歩く。
守人の記憶では、最後にエレベーターで降りた階はゲートを通過するための受付や、待機所、ゲートを通ってやってきた物品や人の待機所があったはずだ。小学校や中学校の時に習った覚えがある。魔王城に何があるか、ゲートの重要性など、イビルキョートに住まう者には必須事項だ。その記憶と細さや湾曲具合から、同じ階の隙間や外側などゲートを利用する者からは見えない場所、なのだろう。そう守人は推測した。
「なあ、文藍?」
「はい、守人様」
守人が名前を呼び、文藍が答える。
「どこに向かっているんだ?」
「はい、すぐに分かります。あそこですから」
文藍は言うが、指で指し示すことはしない。文藍に手を引かれ、やや後ろを歩く守人には文藍の視線がどこを向いているのかは分からない。
だが守人は文藍が指し示すものを察した。通路前方側面の壁に扉がある。
「こちらです」
守人は案内された扉の前に立った。幅も高さもある大きな扉だ。木製で、丈夫が丸くアーチを描いており、中央に目を抽象化した模様が大きく一つだけ、両開きのドアめいっぱいを使って描かれている。
「ここから先は私は参りません。祝勝会の準備を手伝いに行きますので」
文藍は扉の前から一歩下がり、守人に深くお辞儀をした。
「えっ?」
守人は文藍の上ずった声を上げる。
「準備が出来たら、また迎えに来ますのでご歓談をお楽しみください」
文藍は顔を上げ、そう言うと会釈をして丁寧な仕草で振り返り、今来た道を歩き出した。
置いて行かれる形になった守人は文藍の背と目の模様が付いた扉を何度かキョロキョロと見比べ、文藍の背が通路の曲がりで見なくなりため息を一度だけ、深く吐く。
「躊躇してても、仕方が無い」
守人は扉の目の模様の下にある取っ手に手を掛けると、引いた。木製の扉は驚くほど軽く、簡単に動いた。
少しだけ開けて、出来た隙間から守人は顔を近づけ、向こう側を伺う。同じく薄暗い、階段が上に向けて伸びていた。
守人は緊張していた力が一気に抜けるのを感じ、目を閉じてゆっくりとため息を吐く。
守人はため息に続いて深呼吸を一階だけして、ドアを大きく開けた。
「天使が出るか、蛇が出るか」
守人はイビルキョートにおける先に何があるか予測が付かないときの慣用句を言う。この二十年、イビルキョートではいろんな慣用句が魔族に合わせて作られたが、あまり普及はせず、失われ、元の慣用句を普通に使うようになっていた。守人が使うのは、同居人への配慮から始まった、癖のようなものだ。
守人は意を決して階段に脚を掛ける。
一段一段がやや大きく、守人には登りにくい。一段一歩で、普通の階段よりも時間を掛けて守人は登り切った。
階段の上にはまた扉があった。
下にあった扉と同じデザインだが、押して開けるようになっている。
守人は扉の取っ手に手を掛け、軽く押したが開かない。下の扉より、重く出来ているのだ。顔を顰めた守人が力を強くすると、扉が動く。
同時に風が吹き込むと、冷たい風が守人の顔に吹き付けた。強い風は最初の一瞬で、扉も簡単に開ききる。扉は風の影響で開けにくくなっていたのだ。
空が見える。イビルキョートの空は、やや緑がかっている。結界のためだ。結界を通して、雲の少ない、やや緑色の青い空が、遠くまで続いていた。
扉の外はバルコニーのような場所だ。屋上テラス、と読んだ方が分かりやすいか。魔王城の規模からすれば狭いが、それでも人が何人も寝転がってもまだ余裕がありそうなほどには広い。守人の腰より少し高いぐらいの壁、手すりがテラスを囲んでいる。
扉の正面、手すりのところに、魔族が一人、扉と守人に背を向けて立っていた。男だ。魔族の目が、動いて視線を守人に向ける。一つではない。魔族の裸になった上半身に無数に存在する目全てが守人を見ていた。
「お、おぉ」
守人は視線に少し声を漏らす。驚愕こそしないものの、沢山の視線に晒されるのは慣れていないからだ。
「は、初めまして」
守人は魔族の男に声を掛けながら、近づく。魔族の男は、大きかった。守人を楽に見下ろせるほどだ。具体的には、3mだろうかと、守人は魔族を見上げた。
「ああ、初めまして」
守人が男の隣に立ち、男の顔を伺うと、男は顔を遠くに向けたまま挨拶を返す。顔と顔にある目こそ空の向こうへ向けているが、腕や体にある目は守人を見ていた。
「アルゴスの百目 将監だ」
「楯家、守人です」
将監の自己紹介に、守人は返事する。
「握手は済まないが、手のひらにも目があるんだ。勘弁してくれ」
「あ、はい。構わないです」
手を出そうとしていた守人は慌てて手を引っ込める。
「楯家、守人か。話には聞いている。アルコーンに乗る予定いや、もう搭乗者か」
「えっ!?」
守人は驚いた。自分がアルコーンを知ったのは今朝だ。つまり、自分は最初からアルコーンの搭乗者になることが決まっていたのか?
「すまない」
守人の驚愕を他所に、将監は遠くを見たまま謝罪の言葉を言った。
「仕事中でね。頭を下げることもできないのが口惜しいよ」
将監の言葉に、守人は少し考え、尋ねる。
「すまないって、何故です?」
「本来の予定では、私を始めとするアルゴス分隊が敵の襲来をいち早く見つけ、君に乗ってくれるよう冥様が説得する予定だった。それが、緊急時代の土壇場で君をアルコーンに乗せてしまった。本当に申し訳なく思う」
守人は後ずさった。守人の体が勝手に後ずさらせたのだ。
「見てくれ」
将監は手すりの向こう側を指差す。
守人は将監の手につられて手すりの向こう側、外を見た。
そこにイビルキョートの街並みは無い。
「おぉ……」
守人は感嘆の声を上げる。
森だ。緑の生い茂る、森があった。
魔王城を挟んでイビルキョート市街と反対側にある魔都の森だ。元々あった森が、魔王が顕現したときの座標のズレで結界内に入り守られた森で、二十年前の災害から守られた森で、現在は魔界から来た精霊や森に住む魔族などが暮らしている。
森の向こう側に赤茶けた大地がある。土が剥き出しだが、ところどころ日の光を反射する何かが大地のあちらこちらに沢山あった。大地と森との境は結界で区切られている。
核だ。世界中で核ミサイルや核爆弾が発射された。理由は守人には分からない。世界中に降り注ぎ、一部の地域は、守られた。東京を始めとする地球上ののどこかにまだ残っている都市はミサイルディフェンスによって。田舎や途上国、人があまり住んでいないところには単純に落ちなかった。そしてイビルキョートは魔王によって守られた。
溶けてガラス質になった大地は生物を許さない。大気は放射性物質を含み、海は汚れた。
イビルキョートは、世界で唯一、災害前の自然環境を持った都市なのだ。
「こちら側に監視所があるのは、こちら側から奴らが侵攻すると考えていたからだ。こちらなら、街はない。よもや同胞である人を巻き込むとは、私たちは考えなかったのだ」
私はここで奴らが来ないかを見張っていた、と将監は続けた。
「だがここだけでは不足だったんだ。アルゴス分隊は二つに分けられ、こちら側と街側を見張ることになる。次回からは、きっと街を壊さないよう早期に発見出来るさ」
将監の体にある無数の目のうちいくつかが閉じられる。目が無数にある彼で無ければ双眸を閉じ感慨深げに頷いたのかと、守人は彼の言葉に思った。
「百目さんは」
「将監でいい」
名を呼ぶ守人を将監は制する。
「自分で付けた名字だが、揶揄されているようでむず痒い。やはり名は、もっと悩むべきなのだな」
イビルキョートに住む魔族は大抵、日本に帰化する事が多い。その歳に自分に日本に合わせた名字と名前を付ける者が大半だ。だが、大抵、自分の容姿や種族にちなんだ命名をし、後悔をする者が後を絶たない。
彼もそんな後悔をする者の一人なのだ。
「妹や親戚にも忠告したのだが、やはり似たような名付けをして後悔していた。おっと、遮って悪かった。なんだい?」
守人は一度俯いて、何かむず痒いものを感じて頭を掻いた。
少しだけ迷って、将監の顔を見て守人は「将監さんは」と続ける。
「俺がアルコーンに乗ることを知っていたんですか?」
問われた将監はゆっくりと体を動かし、初めて顔の、人と同じ位置に付いた二つの目で守人を見た。
体のそこら中に付いた黒い瞳の目玉とは違い、透き通るような青い瞳の目だ。
「そうか、君は言われてなかったのか。いや、そうだな。すまない」
将監は顔の青い眼を守人から逸らした。
「彼女たちがそうすることを選んだのなら、私からは言えない。ただ、これだけは信じてくれ。彼女たちは何も君を陥れたり謀ろうとはしていないんだ」
将監は言うのを止め、全身の眼を守人に向ける。体をゆっくりと揺らした。迷っているのだ。
そして将監は腰を低くし、顔を守人と同じ高さにする。顔の青い目で守人の目を見て、口を開いた。
「彼女たちは君のことを思って、黙っていたんだ。君のために、イビルキョートのために、そして世界や自分たちのためにどうすればいいのか、話し合って悩んで選択した結果なんだ。君は彼女たちの選択に巻き込まれてしまった。だが逃げてはいけないよ」
将監の声は低く、落ち着き、優しい。
将監の全身の目に見つめられながらも、守人は頷いた。
「まだどうするかは決めていない。けど、ちゃんと考えて答えを出すよ」
「いい返事だ」
将監は笑顔になって、ゆっくりと立ち上がり、森の向こうを見る。
守人も一緒になって、遠くのキラキラと光を反射する焼けた大地や空と大地の境目を眺めた。
「そうだ。いいものを見せて上げよう」
何度目かの風が守人の頬を撫でたとき、将監が言う。
「いいもの?」
守人は鸚鵡返しに聞いた。
「実はね」
将監は自分のズボンの右ポケットに右手を入れて中を探る。大きいズボンの大きいポケットにはいくつか品物が入っているらしく、守人から見える左のポケットは凸凹していた。
「とても不謹慎なのは承知なんだが、あいつが街から来たとき、私はホッとした
んだ」
「えっ!?」
思わず声を出した守人に、将監はばつの悪そうに唇を歪める。
「被害に遭われた方々には悪いと思う。けれど、私は思わずそうなったんだよ」
将監の声は変わらず、優しい声音だった。
「これを」
将監は守人に双眼鏡を差し出す。コンパクトだが重い存在感がある双眼鏡だ。
守人は差し出された双眼鏡を受け取った。
将監はしゃがんで、腕を伸ばして森の向こうを指指す。
「あそこをみてごらん」
守人は将監が指で示す先を見た。
赤茶けた大地と森の境目だ。
「結界の境目?」
「もっとよく見るんだ」
守人の問いに、将監は答える。
よく見ると、森を構成している背の高い木々とは葉の茂り方が違う木が見えた。やや小さく、繁り方もまばらで、葉の繁りの隙間から幹が見えてしまいそうな――
「まさか!」
守人は慌てて双眼鏡を覗き込み、疑惑の木を観察する。
やや緑がかった透明な壁の向こう側に、それはあった。森を構成する木々より明らかに幼く、低い木々が森の木々の向こう側にあったのだ。
「あれは」
「ワームによる土壌再生計画、そのテストモデルにして、その成功例さ」
魔王は地球に来て結界を貼り、結界の中に引きこもって街を作っだけなのか?
答えは否だ。魔王と魔王に使える魔族達にも現在の地球環境は良くない環境だ。人が生きるには適さず、文化は育みにくく、進化も滞る。魔族とってもやっかいなのだ。
故に、地球環境を再生すべくいくつかの計画を建てた。ワームによる土壌再生計画もその一つ。書いて名の通り、ワームというミミズに近い見た目をした知能を持たないドラゴンの一種を用いた、土壌改善方式だ。
ドラゴンの一種ではあるが、その性質は見た目通りミミズに近い。土を食い、土に含まれる栄養を取り、糞として排出し、よりよい土壌にする。ただ、このワームは多量のエネルギーを含む放射性物質を好み、よく取り込む。また消化により焼けてガラス質になった土も改善される。この計画が成功すれば、間違いなく地球環境は土壌に関してのみ核の影響を脱するのだ。
「テストモデルだからね。幼生体を使ったんだ。だから、森に遮れないほどに育つまで、十年掛かった。一年前、私がここからあの若木を見たときの喜びは説明出来ないほどさ。嬉しかった。瑞々しく、なんと力強く!」
将監の声には力が籠もっていた。
「あれは希望なんだ。未来への、そして私たち魔族と人間達の将来を象徴する、希望だ」
将監の言葉に、守人は反応を返さない。
見入っていた。結界越しだが、初めて、イビルキョート外に命の煌めきを見たのだ。
「アレが」
「見えてるのは低木ではあるが、上の方だ。魔都の森に隠れて見えないが、あの根元にはおそらく、もっと若い木や草が茂っているだろう。想像するだけでこの目に見る日が楽しみになる」
将監の声を聞きながら、守人は双眼鏡越しの狭い視界の隅に、別の緑を見つけた。あれが、その若い木なのか。
その時だ。若い低木の向こう、赤茶けた大地が盛り上がった。守人はその盛り上がりを双眼鏡によって拡大された視界の中央に納める。
盛り上がったと思ったら平らになり、すぐにまた盛り上がる。今度は先ほどよりも大きく。引っ込み、盛り上がり、だんだんと盛り上がったところから土や石が転げ落ちていく。
「なんだ?」
「これはまた珍しい」
守人が疑問を口にするが、将監は落ち着いていた。
「将監さん、知っているの?」
「まあ、見ていろ」
双眼鏡を下ろし聞く守人に、将監は見続けるよう促す。言われたとおりに守人は双眼鏡をのぞき込んだ。
盛り上がった箇所は既にヒビが入り始めており、直後何かが飛び出した。大地から、何かが飛び出したのだ。双眼鏡の狭い視界を全て覆うような大きな何かがだ。
守人は双眼鏡を下ろし、その箇所を見る。細長い何かが地面から伸びていた。勢いは止まらず、どんどん長くなっていく。
「あれは……」
「倍率を下げるんだ。上のダイヤルを左に回せばいい」
呆然とする守人に将監は言った。
細長い何かは地面から出るのをやめ、止まる。
守人は言われたとおりに双眼鏡の倍率を下げ、再び覗き込んだ。
「あっ!」
守人は見た。細長い体はキラキラと光を反射するガラス質の鱗に覆われている。体の上には、細いが豊かな銀色の毛を襟巻きのように巻いたトカゲに似た顔が乗っていた。長く突き出した口吻の先には骨が剥き出しになったような尖った角があり、土に汚れて尚鋭く白い。口吻の先の物とは別に頭の後ろへと伸びる二本の角は透き通っており陽光を照り返していた。
再び双眼鏡を下ろした守人は生の目でもう一度、それを見た。
「竜?」
赤茶けた大地よりなお深く暗い色の体をした細長い生物を見て、守人はそう呟いた。
魔王城からは遠く、木の枝のようだが、双眼鏡がないと森の向こうの若木が見えにくい距離でもはっきりと見えるほどに、その存在は自らが大きいのだと主張していた。
「竜、というよりドラゴンの一種だな。あれがワームだよ」
将監は言う。守人は将監の声を聞きながら、ワームに見入った。
「太さは、2mくらい、長さは……地面から頭の上までで大体20mくらいかな。あの下にはもっと長い体が埋まっているようだ」
目測で大きさを測った将監が守人に伝える。守人が将監を見上げると両腕を大きく広げ、手のひらをワームがいる方に向けていた。
「ああ、これかい?
こうすると、距離感がよく分かるようになるのさ。しかし、滅多に顔を出さないワームがこうやって顔を出すなんてな」
将監は笑いながら答え、ワームを見続ける。
守人も将監に倣い、ワームの姿を目に焼き付けようと双眼鏡を覗き込む。
ワームはこちらを見ていた。守人は何故か、双眼鏡越しに目が合ったような気がした。
しばらく守人はワームと目を合わせ続けた。
風が魔都の森の木々を揺らす。葉や木々が擦れ合い、波にも見た音が辺りに満ちていった。
葉擦れの音が止むと、ワームは逃げるように守人が覗く双眼鏡の視界から消える。守人は双眼鏡から顔を離し、生の目でワームがいる辺りを見た。
ワームは長い体を曲げ、ゆっくりと赤く焼け、ガラス質になった大地に頭を落としていく。数秒後、重力と体の力を使って大地に自身の口先にある角をぶつけるように刺した。抉るように頭を動かしながら頭を地面に潜らせ、続いて長い体も大地に入り込んだ。長い体は出てきた箇所から入っていく箇所まで半円を描き、無数の鱗が陽光を次々と反射して、消えていく。
ワームが再び大地に消えていくまで、守人と将監は無言だった。
ワームが消えてからも二人は何も喋らない。
二人の無言を破ったのは将監だ。
将監は再び風が木々を揺らすのを合図に、口を開いた。
「なあ守人くん」
守人は将監を見上げる。
「はい」
「これは、私個人の願いなんだが」
将監はそこで一端言葉を切り、空を見上げ、それから顔に付いた青い双眸で守人を見つめ言葉を続けた。
「是非、戦って欲しい」
守人は将監の青い眼を見て、答えない。
「もちろん君にはよく考えて欲しいし、私の言葉で安易に決めないで欲しい。だが、私としては、戦って欲しいんだ。人と、我ら魔界に住んでいた者の未来のために」
将監はそれだけ言うと、視線を守人から外し、森の向こうを見た。全身の目のいくつかは守人を見つめている。
守人はワームがいた方に顔を向け、ワームが消えていった穴、と思われる箇所に目を向けた。
「将監さん」
「守人」
守人の声を、将監は遮る。
「まだ決めないでくれ。私の願いとはいえ、勢いで決めて欲しくない。ゆっくりと、考えてくれないか?」
将監の体にあるいくつかの目がまぶたを閉じた。
守人は胸に手を当て、うつむき、少し考えてから顔を上げる。
「分かりました」
そう言って、守人はまた森の向こう、結界の向こう側を眺めた。
文藍が守人を迎えに来たのは、それから10分後だ。
「将監さんはいかないのか?」
「これが仕事だからね」
そして二人は別れ、守人は文藍に手を引かれ魔王城に入っていった。
次のはもう出来てます。
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