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2-b いかづちをつかさどるもの

 ここはどこだ。


 あの空はどこに。

 あの荒野は、あの森、あの山、あの海原はどこに。


 飛んで、駆けて、泳いだ、あの世界はどこにある。


 ここは、どこだ。

 狭くて、暗い、ここはどこだ。


 私は……俺?


 僕?

 我?

 いや、あたし?


 ……自分は、誰。


 いや、私は何、だった?


 やめろ。


 俺をどうした。


 あたしは何だ。


 我?




 あ、あぁ。


 攻撃されている。


 やられたら、やり返さなきゃな。



 雷に手を出した報いを、受けろ。



 ***************************



「まずは迎え撃つ!」


 守人/アルコーンが矛を両手で持ち構える。


 振りかぶられたワシントンの右腕は勢いよく打ち出された。

 守人は矛を上に振り、音速鉄拳を逸らす。


 鉄拳が空に舞い、ほんの少しだけ遅れて音速突破の独特な二重破裂音が到達した。


「切れない!?」


『雷により魔力障壁の出力が上昇しています。

 気合い入れて下さい』


 宙に舞い上がった鉄拳をワシントンは引き戻す。


「気合いだって!?」


 何を言っているんだ、という気持ちを込めて守人は叫んだ。


『魔力や魔法は精神状態に依存します』


『アルコーンも一緒よ』


 が、文藍が短く説明し、冥が補足した。


 魔力は心で操る。

 魔法は精神で行使する。

 魔力で満ち、魔法で動き、思考で操るアルコーンもやはり精神状態に依存するのだ。


 守る気持ち。

 そして戦う意思。

 それらがアルコーンを強くする。


『あなたの心が折れない限り、私達は負けない』


 不意に、守人は後から抱きしめられたように感じた。

 思わず後を振り向き、直ぐに顔を前に戻す。


 見えたのは壊れた街だけだった。

 アルコーンになった自分が、誰かに抱きしめられるはずがない。


「母さん?」


 だが、守人には不思議ではなかった。

 今自分は、母と同化している。

 母に抱きしめられているのは当然のことだ。

 不思議なことではない。


『……なあに?』


「なんでもない」


 冥の返事に守人はそっけなく返す。

 今は、戦う時だと、守人はワシントンを見据えた。


 ワシントンから視線をずらすと、スケルトン二体が半分組み上がっている。

 完成は時間の問題だ。


『GoAAAAAhhhhhhhhg!!!!』


『敵パイロットの生命活動レベル低下。

 感電による消耗と推測』


 文藍が報告した。ワシントンは再び腕を振り上げ、こちらにぶつけようと力を溜めている。

 溜める力は雷となり腕から迸る頻度と強さを徐々に上げていた。

 何が敵のパイロットにそうまでさせるのか。

 自分と同じか、それとも他にあるのか。守人は聞きたくなった。


『敵機魔力構造解析完了』


 続けて文藍が言う。


『魔導エンジン機関部の位置が判明しました。

 表示します』


 ワシントンに被さる様にオレンジ色の網のような模様が表示された。

 ワシントンの胸部あたりと右腕の先が密度も色も濃い。


『敵機胸部中央奥。

 ここが魔導エンジン中枢、悪魔の牢です』


「随分奥の方だな」


『抉ればいいのよ抉れば』


 単純だな、守人は呵々と乾いた笑いを出し、敵を待つ。

 状況は逼迫しているとは言え、迂闊に動くのも危険だ。


「速くやってくれよ」


『敵が単純な攻撃するのを期待するのは危険です』


 期待から言葉を漏らした守人に文藍は忠告する。


『凝った攻撃は出来ないでしょうけどね』


 敵を観察して冥が言った。


「敵武装はミサイルと伸びるパンチ。

 足は動かず立っているだけ。

 左腕は伸ばさない」


 守人は冥に続けて推測を口にする。


 左腕をスケルトンに刺されて以降、ワシントンは左腕で伸びるパンチを撃とうとしていない。


『同意します』


 文藍の同意に守人は拍子抜けする。

 が、それに続く言葉に頷いた。


『ですが油断は禁物です。大事に至らないとも限りません』


「ああ、分かった」


 文藍と話している内に、守人は自分/アルコーンを急速に把握していく。


 アルコーンとの同化が進み、より深く同一となっているためだ。

 自分に出来ることが分かるようになるのだ。

 出来ることには、魔力の扱い方も含まれる。


「大丈夫。

 行けるよ」


 守人と同一となるのはアルコーンだけではない。

 憑依する冥もだ。


『私のサポートはいる?』


 より深く守人と繋がった冥は守人のやりたい事を察し、聞いた。


「欲しい」


 返答は短く、簡潔に。


『じゃあ、呼吸を合わせて』


 言葉に出した以上に伝わり合う関係だ。

 余分な修飾はいらなかった。


 ワシントンの右腕からは電撃が放たれ、周囲に散らばる粉微塵の瓦礫を更に細かくまき散らす。

 触れれば大量の電流が流れ込むことを予見させる光景だ。


 溜める電撃が最大値に達したのか、一筋の雷が大地を穿った。

 大気を引き裂く大音声は離れたアルコーンの装甲を震えさせる。

 落雷痕は瓦礫を無くし、道路や家の破片も吹き飛ばし、その下にある地下街を守るための金属質な上部装甲板を露出させていた。


 守人は恐ろしさを感じない。

 恐怖が麻痺しているのではなく、守られていることを確信しているからだ。


 守人は息を吸い、ゆっくりと吐く。

 アルコーンは呼吸を出来ない。

 だから気分の問題――アルコーンに乗る守人の体は行っているのだが――だ。


 無意味な動作ではない。

 守人の心がリズムを取っているのだ。

 ただのリズムではなく、アルコーンと同化し、文藍と同化した守人の機械に匹敵する正確なリズム。


 呼吸を、鼓動を、世界と同調させ迎え撃つ。

 その予備動作なのだ。


 ワシントンの電撃が一瞬だけ収まったのを文藍が察知した。


『来ます』


 短く言う。


『Baaaaacktoooooo!!』


 守人の目にはゆったりとした動作に見えた。

 ワシントンは振りかぶった腕を少し下げるように更に力を込めてから前に突き出す。


 守人/アルコーンがワシントンの攻撃と同時に矛を下から上に振り上げた。

 ワシントンの攻撃が到達するよりも遥に速く。


 空振り、ではない。


 矛の刃が通った軌跡に三日月状の煌めきが残った。

 瞬間、ワシントンの雷を纏う音速鉄拳が迫る。


 アルコーンに当たる直前、鉄拳は二つに分かれた。


 三日月状の煌めきに触れた箇所から左右に開かれたのだ。


「魔刃閃・残月」


 遅れて音速突破の独特な二重破裂音が響いた。

 ワシントンの蛇腹が通った空間の下にある地面をソニックブームにより抉り、三日月状の煌めきの前で止まり霧散する。


 三日月状の煌めきは密度の濃い魔力の刃だ。

 冥が練った魔力を守人がアルコーンの矛から放出し、固めて作った。

 矛にエンチャントされた魔力と同様の神秘・濃度を持つ存在の格が高い魔法の刃。

 触れれば分かれ、切れぬ物はなし。

 白く明るく煌めくそれは、例えるならば白昼の残月。


 二つに分かれた鉄拳の先が爆発した。

 余剰の魔力が行き場を無くし、装甲のない切断面から内側に内部構造を弾き飛ばしたのだ。


 爆発が蛇腹を先端から伝って爆発する。

 分断は止まらず勢いのまま魔法の刃に触れ続け分かれ続ける鉄拳を、分断の速度以上に伝った爆発はついに分断の根元に迫った。


 爆破により破片となった蛇腹の内部構造がアルコーンを襲う。

 余剰の魔力による指向性のない急激な膨張現象による爆発だ。

 破片は魔力障壁によって容易く弾かれる。

 余波だけがアルコーン・メイオセレスの髪を翻すが、光の繊維である銀髪は汚れを知らない。


『成功ですね。

 おめでとうございます』


 蛇腹が伸びきり、半分以上を分かたれ爆発により残骸を晒した。

 二つの先端から落下し、まだ無事だった市街の家屋を潰していく。


『まだ終わってないんでしょ?』


 守人の意図を知る冥が次を促した。


 守人は/アルコーンは頷く事で返事をする。


「お次は!」


 守人は大きく後に飛び退った。

 続いて上に振り上げたままだった矛の柄を右手だけで長く持ち、アルコーンの体に巻き付けるように大きく左に回す。


「魔刃閃……」


 呟きの後、まだ魔法の刃に触れて空中にあった蛇腹の中程に向け、矛を渾身の勢いで振り払った。


「斬月法!」


 再び魔法の刃が生まれる。

 空中に、地面とは水平の横倒しになった三日月状の光を纏う魔法の刃だ。


 生み出された魔法の刃は前方に飛び、魔刃閃・残月の三日月状光を吸収し、更に大きく成長した。


 融合した魔法の刃は速度を増し、ワシントンの蛇腹腕を上下二つに分断していく。

 二つに分かたれた勢いで下半分は、ソニックブームによって抉れた地面の中央に叩き付けられていき、上半分は高く舞い上がっていった。


 蛇腹を切り進む巨大な魔法の刃は、ワシントンの目前で軌道を変え、フォークボールのように落ちる。


「さあ」


 落下軌道の魔刃は地面に当たる直前で急上昇し、ワシントンの両足に触れ、そのまま通り過ぎて天高く消えていった。


 冥と守人は同時に怒鳴る。


『跪け!!』「跪け!!」


 魔王の娘である冥に憑依されたことにより守人の精神は冥に影響を受けている。それ故の高圧的な大音声。


 だがワシントンは従わざるを得ない。


 ワシントンの両足は魔法の刃により根元近くを斬断されているのだ。

 切断面からゆっくりとずり落ち、イビルキョートの瓦礫になった街に切断された両足の先端から落下した。


『No!

 No!

 Nooooooooo!!』


 斜めに切られた両足はもはや自身の重量も、残った足の重量すらも、支えることは出来ない。


 切断箇所から下は広がるようにぱたりと倒れた。

 ワシントン自身は、前のめりに倒れていく。


 だがジョージ・ワシントンのフロンティアスピリットは潰えていない。

 迸る魔力も雷を伴って放散されており、漲っている。


 ワシントンは倒れまいと損傷した左腕を突き出し、自分を支えた。

 自身の重さにより左腕に多大な力が掛かる。

 魔力が左腕に漲り、支えきった。


 倒れかけた体を支えたワシントンの背後に、大剣を持つスケルトンが立つ。


 大剣スケルトンはワシントンの背を蹴った。

 倒れぬとみるや再度蹴る。

 三度繰り返されワシントンの左腕は耐えきれず蛇腹を突き破って内部構造が露出した。

 露出した内部構造はあっさりと折れ、蛇腹ごと歪み砕ける。


 ワシントンが地に伏した。


 大剣スケルトンと同様に組み上がった盾を持つ剣士スケルトンがワシントンの裂けた右腕を抱え、ワシントンの背を片手で押し、大地に抑え付ける。

 大剣スケルトンは大剣を地面に下ろすと、ワシントンの折れた左腕を抱え、剣士スケルトンと同様にワシントンを抑え付けた。


『では救出を行いましょう』


 文藍が言う。


「言われずとも」


 守人は答えた。


 アルコーンは歩き始める。

 マントを翻し、光の銀髪を棚引かせ、纏う鎧は煌びやか。

 堂々と勝者は私だと身をもって、態度で宣言していた。


 スケルトン二体に抑え付けられたワシントンは腕を動かし力任せに振りほどこうとする。

 成果はない。

 右腕は根元近くまで裂かれ、左腕は砕けている。両足は立たれ寸胴の胴体は起き上がれない。

 例えるなら四肢を裂かれた熊だ。


 だがジョージの魂は折れない。

 魔導炉もまだ生きている。


『Guoooooo!』


 全身からの放電だ。

 ワシントンは雷を自身の体から直接スケルトンに流し込む。


 スケルトンは意に介さない。

 かたかたと顎を鳴らして笑うほどに。


 カルシウムは金属なのだ。

 電気を通し、魔力で動くスケルトンに雷は脅威ではない。


「勝負は既に決した」


『私達の同朋、返して貰うわ』


 アルコーンがワシントンの目前に立つ。


 ワシントンは顔を上げ、カメラ越しにジョージはアルコーンを睨んだ。

 返す返答は短い。


『No』


「何?」


『ノーと言ったんだボーイ!』


 ワシントンの口が上下に大きく開いた。

 既に歯は倒れ、ミサイルの弾頭が露出している。


 直後、矛を脳天から串刺しにされ、地面に縫い付けられた。

 同時に首を剣士スケルトンによって斬られる。


 口は閉じさせられ、行き場を無くした発射直前のミサイルはワシントンの口内で爆発した。

 首を断たれたため頭部から胴体に誘爆が行くことはない。


「言ったぞ。

 勝負は既に決したと」


 アルコーンが矛を引き抜き、軽く振る。

 黒焦げたワシントン頭部の残骸は矛から抜けて破壊された街に転がった。


『四肢の破損と頭部破損。

 確認出来た攻撃手段は全て破壊を確認。

 表示を消します』


 ワシントンに重なるように現れていたオレンジ色のワイヤーフレームが消える。

 ワシントンの状態を口頭で述べた文藍が消したのだ。


『こうなればもう無力化よね。

 さ、速く助けましょう』


 冥が守人に囁く。守人/アルコーンは両手で逆さに矛を持ち、切っ先をワシントンに向ける。


『ボーイ……』


 ワシントンのパイロット、ジョージ・ワシントンが、スピーカー越しに呟いた。


『私の負けだ』


 ジョージの声に落ち込んだ様子はない。

 多少の憔悴は聞こえるが、誇りに満ちていた。


「あ、あぁ。

 そうだ」


 守人はワシントンの様子を疑問に思いながらも、返答をする。

 いつでも攻撃出来るように矛を向けたままに。


『だが、勘違いするな。

 合衆国が負けたのでは無い。

 合衆国は不敗だ』


 この男はどれほど自分の故郷を愛していたのだろうか。

 守人には分からない。

 自信と誇りに満ちた男はどこか満足した声で言ったのだ。


「お前っ!」


 ただ、守人はそう叫ぶしか出来なかった。

 ワシントンの背が弾け飛んだのだ。

 守人/アルコーンは咄嗟に弾け、飛んできたワシントンの背部装甲を矛の柄で払い除ける。


 この行動が決定的な隙になった。


『魔力反応上昇』


 文藍が報告する。


 守人/アルコーンは重い装甲を払い除けた時の衝撃に腕が痺れていた。

 魔力の雷が篭もった重量物を払い除けたためだ。

 エンチャントが施された矛の刃先ならまだしも、柄にはエンチャントの魔力が及んでいない。

 魔力障壁による防御効果はあっても魔力の雷は伝わってしまうのだ。


『あれは、まさか!』


 冥が背部装甲が無くなったことにより内部が露出したワシントンの内部に、あるものを見つけた。

 ガラスと鉄を板状にし、積層した構造体だ。

 イビルキョートには溢れている構造体でもある。

 原理は不明だが、この構造は魔力を溜めることができるのだ。


『術式解析。

 爆発術式です。

 それも大規模な』


 文藍がワシントンの内部で走る術式を解析し、結果を報告をする。

 常の如く、焦る様子はない。


『魔力障壁への魔力供給を増加します』


 文藍が続けて言った。


『ボーイ、ミーは負けたが、情報は渡さない。

 私の身柄も渡さない。

 そして出来れば道連れにもしよう』


「や、やめっ」


 守人は気弱な声を漏らす。

 その声を、ジョージ・ワシントン元合衆国海兵隊員は遮った。


『ボーイ!』


「ひっ!」


 愛国の軍人は、怯えを見せた守人に伝える。


『もし、ユーが耐えきったら、がんばれよ』


 ジョージ・ワシントン最後の言葉であった。


 守人/アルコーンは一切防御行動を取らない。

 いや、取れなかった。


 死を覚悟したジョージ・ワシントンの行動が守人には分からない。

 何故死ねる。


 真っ白な光が球形に膨れる魔力爆発はアルコーンを包み込んだ。

 膨大な量の熱と全方位から襲い来る衝撃波に晒されながらも、アルコーンは身をすっぽり包み込むだけの魔力障壁を展開して身を守る。


 障壁の中で守人は冥と文藍のことを一時的に忘れ、敵であるジョージ・ワシントンについての思考で一杯になっていた。


『第二級戦術魔法と認定』


『ここまで魔法を解析し、術式を組むなんて。

 恐ろしいわね』


 身を捧げたジョージについて悩む守人を余所に、冥と文藍は特に焦った様子もなく言う。

 アルコーンの性能と魔力障壁では、熱と光と衝撃の爆発はさほど脅威ではない。

 質量という確かな物理的事実と相手を屠る意思があったワシントンの音速鉄拳より、数段下がるのだ。

 自爆では、込める意思は途中で霧散する。

 魔力に寄る爆発では質量がない。

 後に続く攻撃もない。

 しっかり防御すればまず耐えきることが可能だ。


 光が収まっても周囲は熱気に包まれている。


「俺が、殺したのか……」


『守人……』


 守人が呟いた。

 戦った相手の突然の自爆だ。

 負けたから、自爆したのだろう。

 だから守人には自分が殺してしまった気がした。

 冥は即座に守人の名を呟くが何も出来ない。


 アルコーンの足元はクレーターが出来ている。

 クレーターそのものは浅いが、とても頑丈で耐熱性もあるはずの地下街上部積層構造体も抉れてクレーターの一部となっていた。

 クレーターの表面は溶けた金属が赤い光を放っている。


 幸い、地下街やシェルターのある深さまでは達してないようだ。


『地下街及び地下一時避難所への被害、有りません』


 文藍が報告をする。

 冥がため息をつき、胸をなで下ろすような気が守人には感じられた。


 冥。

 そう、冥だ。守人は大事な彼女を一時的にも忘れていたことに気付いて、俯く。


「あれ?」


 クレーターの中央に黄金色に輝く卵色の何かがあった。

 金属の大きな残骸、恐らくワシントンの残骸の上に鎮座する卵形のコアだ。


『魔導エンジンのコア、のようです』


 文藍が報告を述べた。

 文藍の報告よりも先に、守人は気付いている。

 アルコーンと同化した守人には卵形の物体、魔導エンジンのコア、その正体に気付いた。


 コアは魔力の塊だ。

 悪魔が自分の周囲に魔力を放出し、結晶化した純粋魔力の塊だった。

 堅牢で、外部との接触を断ち自らを守る術・結晶化である。

 イビルキョートより外に出る悪魔は須くこの技術を身につけている。


 巨人機兵とはそんな悪魔の自衛手段を悪用した技術なのだ。


 人間が魔法を使えない理由は明白である。

 魔力がないからだ。

 魔力さえあれば、術式を使って行使することは簡単である。

 事実イビルキョートでもそう言った人間向けの魔導技術は普及しており、魔力を補給することで賃金を得る仕事もあるほどだ。


『悪魔の結晶。

 初めて見た』


 冥も、守人も、平和なイビルキョートで生まれ育った。

 だから、結晶化した誰かを見たことはない。


 コアの中央をよく見れば、人型の影があることに守人は気付いた。

 顔も知らぬ誰かが、この黄金に輝く結晶に囚われている。


「こんな風になるまでに、何をされたんだろう?」


 守人は、結晶を眺めながら呟いた。


『不明です。得てして自衛のための最終手段ですので、口にするのを憚られる事、かもしれません』


 文藍が常識を語る。


『あとで聞いてみる?』


 続けて冥が守人に聞いた。


 守人/アルコーンは首を横に振る。


「止めておく。

 きっと、喋りたくないことかもしれないし」


 気にはなるし、聞いてみたい気持ちもあった。

 けれど守人は聞いてはいけないことだと、好奇心に蓋をする。

 この好奇心は、浮かぶことすら、いけないことなのだろうと、守人は自分の知りたがりな性分が嫌になった。


『懸命です。

 それと、守人様』


 文藍が頷き、守人を呼ぶ。


「何?」


 文藍は守人が返事を言ってからも、少しだけ黙っていた。


 守人が焦れて何事かを聞こうとしたときに文藍は口を開く。


『先ほどの』

『俺が殺したのか……』


 文藍は録音してあった守人の声を再生した。


『という呟きですが……』


 いつもの様な、抑揚のない冷たい声で文藍は続ける。


『勘違いも甚だしいと存じます』


 叱責だ。

 文藍の叱責は、怒鳴らない。

 いつも正しく、冷静に事実を述べる。

 それだけだ。


「なっ!」


『文藍!』


 守人は次の言葉を口に出せない。

 落胆を真っ向から否定する物言いに、頭に血が上る。

 冥も文藍を名を叫んだ。


 だが。


『あれは自爆です』


 結局は、文藍の言ったとおりなのだ。

 守人は殺していない。


「だけど」


『言い換えれば自殺です。

 試算して約二千億、街を直すのに掛かるはた迷惑な自殺で御座います』


 冷たい人間、と人間ならば揶揄される良い分だ。

 だが文藍は自動人形である。

 科学と魔法によって作られた、人造悪魔だ。

 文藍は術式と回路によって理論的に製造され、心と感情よりも先に事実と理論によって思考する。


 故に、嘘も虚飾も言わない。


『ですので、気に病まないで下さい』


 しかし、心はある。

 感情が希薄で、分かりにくいだけなのだ。

 文藍は心から心配して、守人を励ましている。


 守人は沈黙を返し、冥は二人の様子を伺っていた。


 風がクレーターの熱を冷やし、周囲の熱気が少しだけ収まって、守人は口を開く。


「わかった」


 抑えた口調だ。

 守人はそれだけ言って、視線を結晶化した悪魔に戻した。


「今は、考えない」


 守人が選択したのは思考の先延ばしだ。

 自分が原因だという考えと事実がある。

 文藍の言うことは正論だ。

 答えを出すのはさほど難しくはない。

 守人はそう思っている。

 それでも、考えたくない事だった。

 だから、守人は先送りにしたのだ。


「でも、ありがとう。

 お礼は言っておくよ」


 そして冥もまた、守人を励ませず、落ち込ませたままにしてしまった事を悔いている。

 いい言葉は思いつかなかった。


 三人の心が離れ、今のアルコーンはワシントンと対峙していたときのような強さはない。


「それよりも、この誰かを助けないと」


 守人/アルコーンは屈んで黄金色の結晶を拾う。

 手のひらに載せた結晶は微かに放電していた。

 守人はアルコーンの手のひら越しに僅かにぴりぴりとしたものを感じている。


 手のひらの痛みと、結晶の脈動するような光を守人は暫く見ていた。

 文藍も冥も声を出さない。


 文藍は守人に考える時間を与えるために黙っている。

 思考と苦悩は精神を育てる要素だと教えられたからだ。

 だが冥は、掛ける言葉が見つからない。

 何か声を掛けて励ませば良いのか、結晶の中にいる悪魔に対して言えば良いのか、迷っているのだ。

 冥の迷いと守人の感傷が、時間を浪費させている。


「……可哀想に」


 沈黙に耐えきれなくなった守人が、ぽつりと漏らした。

 発言は本心である。

 が、何も言わない文藍と冥に、自分が責められているような気がしたのだ。

 だから、そう口にした。

 してしまったのだ。


 結晶の輝きが真昼の太陽のように強くなる。

 黄金色の光りが溢れ、守人/アルコーンの目を差した。


「があっ!!」


 守人の悲鳴に遅れること一刹那、轟音が轟く。

 轟音は例えるなら雷鳴に似た、いや雷鳴の音その物だ。


 大気を弾けさせ、焼け焦がす雷の音と共に、肌を焼くほどの熱気と湿気がアルコーンを包み込む。


「目がっ!

 見えない!?」


『視界不良。

 激しいフラッシュによる焼き付きです。

 緊急治癒術式展開』


 守人/アルコーンは左手で顔を覆い、右手で矛を前に突き出した。


 感光した画像から焼き付きが直るように視界が回復していく。


『ワタシを』


 誰かの声がイビルキョートに響いた。


『我を』


 また別の誰かの声だ。


『俺』『我輩』『妾』『あたし』『儂』『余』『身ども』――


 大勢の誰かが、自分を示す言葉をそれぞれが言う。

 何回も、何回も、声の大きさもタイミングもバラバラに言った。


 声が守人/アルコーンの全方位から轟く。

 大勢の声が、ごろごろと遠方の雷に似た音に収束していった。


 そして――


『『『『いかづちを』』』』


 声が、一つになった。


『雷を、哀れんだな!』


 守人の眼前に巨大な雷が落ちる。

 巨大な金属の塊であるアルコーンがいるのにその雷はアルコーンのいない、なにもない地面に突き刺さる様に落ちたのだ。

 太く、アルコーンなど塵にしてしまいそうな力を大気の震えから守人は感じた。


『雷に!

 同情をするな!!』


 雷の放電が一瞬ではなく、長く出続けたらそのような質感になるのだろう。

 迸り、撓み、確として空気中に存在しつづける雷が、そこにいた。


 アルコーンの目の前に、雷で作られたような巨大な鳥が表れたのだ。


『サンダー、バード?』


 冥が呟いた。


 ――雷を作り出す魔法の歴史は浅い。

 その正体が電気だと分からなかったからだ。

 だから、雷の魔法の想像はベンジャミン・フランクリンが正体を暴いてから以降になる。


 だが、雷を作り出し、雷を操る者は存在していた。

 古来より神に例えられ、神の御業と伝えられた現象、雷。


 サンダーバードはその使い手の一柱である。


「綺麗だ……」


 守人は素直な感想を抱いた。


『守人っ!』


 そして直ぐに冥の声で矛を構え直す。


 巨大なサンダーバードに、アルコーンは対峙した。

まて次回。

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