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1-d はじめては冥と


 街が砕かれ瓦礫や砂になり、地上街の凡そ二割が消滅した。

 全て戦闘の余波でだ。


 敵パイロットの罵声が余計に守人をイラつかせる。

 自分の知らない言語でわめき立てる相手に憎悪すら抱き始めていた。


「文藍!

 武器、武器を出してくれ!」


 疲れてきたのか、攻撃間隔が開いてきたワシントンの攻撃を避けながら守人は叫ぶ。


『今出しても使う前にやられます』


 敵が拳を引き戻すタイミングて一歩前進、次の攻撃に備える守人。

 だがワシントンは大きく腕を横に薙ぎ、守人はアルコーンを下げさせる。

 横薙ぎで巻き起こった風で土煙が舞い、アルコーンとワシントンの足元を隠した。


「くぉ、近づけない!

 文藍、冥を待てって冥が何をするんだ!」


『もう少々お待ちを。

 届きましたので』


「届いた?」



 ****************************



「それで。

 私は何をすれば良いの?」


 発令所に入ってきた真紅は入り口から数歩歩いて聞く。

 後には隠れるように小さく丸まり、耳を垂れさせた月夜がいた。


 元来人見知りで臆病な少女だ。

 月夜は広い部屋で知らない人に見られ、怯えている。


「良く来てくれた。

 あの魔法陣に魔力を流してくれ」


 獅子頭のヴァプラが魔法陣を指で指し示した。


「転送……だけじゃないわね」


 真紅が魔法陣を一目見て内容を類推する。


 吸血鬼は人から悪魔に変化した妖魔という分類の一種族だ。

 真紅は元からの吸血鬼だが、人間が元だからか妖魔達はこういった複雑な魔法技術には理解がある。


「存在の変換式?

 なるほど、そういうことね。

 つまり、私たちはこのために」


「真紅」


 魔法陣の中央に立つ冥が真紅を止めた。


「真紅、私はそれでもやめないわ」


「私ももちろんやめないわ。

 一緒に頑張りましょう。

 月夜も、ね」


 真紅は月夜に微笑みかけ、手のひらを魔法陣に向け、自身の魔力を魔法陣に向け流し込む。


「ね、ねぇ」


 真紅の服を指先で掴んだままの月夜が冥に話しかけた。


「お兄ちゃんのために、なるんだよね?」


 怯えた弱々しい声。

 兄に心配掛けまいとする虚勢は今はない。


 冥は月夜に頷くことで応える。

 月夜は頷き返し、真紅の腕を両手で掴み、自身の魔力を真紅に流し込み始めた。


 人狼、つまり獣人の娘である月夜は魔力操作が不得手だ。

 だから、他人に一旦魔力を渡さないと魔法陣が誤作動する恐れがある。


 月夜はそれを野生の勘で感じ取り、最適の行動を採ったのだ。


 月夜と真紅の魔力を得、魔法陣が空気を揺るがせる。

 赤い光を放っていたのが収まり、代わりに白い虹のような煌めきを放つようになった。

 次第に強くなっていく白虹に辺りは満たされる。


「機動確認。

 コンファインマジック異常なし」


 オペレーターの青年がモニタの数値を確認しながらマイクに話した。

 青年の報告とモニタの数値は電波を介してアルコーンにも届く。


「存在変換式の起動を確認。

 変換先安全性確保。

 ポーティングマジック起動まで4」


「それじゃ、行ってくる」


 オペレーターの声を聞きながら冥が真紅と月夜に言った。


 ヴァプラは自身が持つ端末でモニタリングを続け、自身の魔法で作った仮想キーボードを叩いて魔法陣の起動をサポートする。


「隠してたことも、初めてが冥なのも許してあげる。

 だからしっかりやんなさい」


 真紅は優しく微笑みながら返した。


「もちろんよ」


 冥は真紅の返事に笑顔で応える。


 白光が発令所を見たし、真紅達や柵、デスクなどの影法師を魔法陣を中心とした放射状に伸ばした。


 そして、冥が消える。






「届いた?」


「はい」


 音速の鉄拳を避けた後で守人は文藍に聞いた。

 返ってきたのは期待していた何が、という返答ではなく肯定を示す二音。


 ワシントンは腰に手を当て口を開く。


「何が?!」


 白い歯が倒れるように場所を空ける。


「ミサイルです」


 やはり文藍は何も答えず、状況の報告をした。


 ワシントンの歯の向こうから赤い弾頭のミサイルが複数発射される。

 発射されたミサイルはそれぞれが左右からアルコーンを襲おうと軌道を違えた。


「ミサイルなら障壁でっ」


「駄目です。

 避けてください」


 文藍の警告は遅く、アルコーンの左右からミサイルが襲う。


 ミサイルはアルコーンが展開した薄紫色の魔力障壁に頭から突っ込み、弾頭が拉げ一瞬遅れて爆発する。

 計6の爆発による衝撃波がアルコーンを襲い、機体を揺らし体勢を崩した。


「あっ!」


 ジョージ・ワシントンの狙いと文藍の警告の意味に気付いた守人は思わず声を漏らす。


 爆煙に巻かれる直前、守人は両腕を振りかぶり両の拳を同時に打ち出そうとするワシントンを見たのだ。


 守人は敗北を覚悟した。

 そして負けた後のことを思った。

 ゲート、それを維持している魔王は殺されるだろう。

 魔王は冥の父親であり、守人の恩人だ。

 もし自分に父親がいたら、彼のような存在だと思ったこともある。


 その後は?


 その後は、悪魔は殺される。

 人類解放軍については文藍や冥に聞いて知っていた。人類解放軍が悪魔を放置するわけが無い。

 あのワシントンで、この街を壊すだろう。

 きっと、人間ごと。

 冥も、月夜も、真紅も、みんな。


「いやだ!」


 煙に包まれたアルコーンの中で守人は叫んだ。


『Goooby, boooooy!!』


 そんな声が、聞こえた。

 音が聞こえなくなり。

 時間がゆっくりに感じる。

 煙が晴れてきて、鉄拳が伸びてくるのが見えた。

 それでもまだ、機体は動けない。


「うわあああああああ!!」


 鉄拳が。


 おおきく。


 近づいて。


 ぶち当たった。





 守人/アルコーンの目の前に表れた大きく厚い魔力障壁に当たり、その場で停止している。


『お待たせ、守人』


 冥の優しい声が聞こえた。


「冥!?」


 慌てて守人はコックピット内を見渡すが、冥はいない。

 声は聞こえるのに、姿が見えない。


『さ、始めるわ』


「始めるって」


 何を、と聞こうとした守人は、聞けない。

 そのまま視界がホワイトアウトし、意識を飛ばしたからだ。




 ****************************



 ジョージ・ワシントンは驚愕した。

 祖国の力と正義と偉大さを証明しようと、祖国を罵倒する悪ガキを制裁しようと両の鉄拳を叩き付けた。


 と、思ったのに。


 悪ガキが乗るルーシーは鉄拳を防いでいた。

 先ほどまで自分の拳はルーシーの障壁を防いでいたのだ。

 なのに、今目の前のルーシーは防いでいる。

 魔力障壁を正面に出し、真っ向から音速の鉄拳を防いでいた。


「|What's!?(何だ!?)」


 鉄拳は蛇腹が伸びきったまま、そのまま重力に従い落下し、地面に落ちて土煙を立てる。


 爆煙が晴れていく中、無傷のルーシーはそのままでいた。


「ちぃぃぃぃッ,shiiiiiit!!」


 ジョージの思考は英語がベースだ。

 だが日本で暮らし、祖国を案じている20年は長かった。

 だからジョージ・ワシントンの思考は半分が日本語だ。

 彼のちぐはぐな思考で、目の前で起きていることを考えることは、出来ない。




『集え、我の元に!』


 女性の声が破壊されたイビルキョートに響く。

 声の元は、アルコーン。

 声の主は、沙汰那・冥、魔王の娘だ。


『我は魔王の娘。

 皇魔の裔にして新しき悪魔の娘!』


 詠うように、話しかけるように、冥は街中に声を響かせた。

 冥の声に合わせ、アルコーンの足元で光の粒が幾つも発生し、動き、光る軌跡を残している。

 光る軌跡は何か円形の文様になるように動いているようだ。


『magic circle!?』


 ワシントンから驚愕の声が発せられる。

 あからさまな魔法陣に何かしようとしていることだけは分かったのだ。


 ワシントンは急いで垂れ下がった腕を引き戻し制御下に置くと、もう一度振りかぶってアルコーンに伸びる鉄拳で殴りかかる。


『今こそ、我と汝が花と種ではなく、連理であることを始めよう!』


 冥は宣言を止めない。

 防ぐ動作もせずにワシントンの鉄拳はアルコーンの魔力障壁によって阻まれる。


『……宣じる!

 我が全ては汝に与える!』


 光の粒が軌跡を描き終わる。

 粒はなくなり、軌跡の光が強さを増し、色を万変させた。

 完成したのは魔法陣だ。

 複雑な文字と線が絡まり合い、それらが全て円の中に収まっている。

 アルコーンの足元で魔法陣は更に光り輝いた。

 同時にアルコーンも同種の光に包まれる。


 ワシントンは攻撃を続ける。

 無意味な攻撃を続けるより他ないのだ。


 魔法陣が、浮き上がった。


『我の力は遍く魔を従える。

 我の心は既に与えた。

 体は直に捧げよう』


 それは告白だ。

 自分の愛で何をするか、そういう宣言だ。


 冥は、自分の全てを与える。

 その契約の儀式。


『いまこそ契約しよう』


 魔法陣が浮き上がり、通過したアルコーンの体は光が収まり、灰色だったアルコーンの色が黒く染まっている。

 いや、それだけではない。体型が変わっている。

 膨らんでいた胸部と臀部を中心に、変化をしているのだ。


 アルコーンの体型は、文藍や知る者が見れば冥に似ていると分かるだろう。

 そう、アルコーンは冥になったのだ。

 より正確に言えば、冥が乗り移ったのだ。


 コンファインマジック。

 対象に憑依する魔法で、通常は人にしか憑依できない。

 それを膨大な魔力と複雑な術式で巨人機兵に対して行ったのが、これだ。


 変化は黒くなり、目の部分にあるカメラの色も赤く染まらせただけではない。

 まるで最初からそこにあったかのように、アルコーンの前に銀色の物が出現した。


 アルコーンは足をあげ、銀色の装甲を持つグリーブに足を挿し入れる。

 同じように、銀色の装甲を持つガントレットに手を挿し入れた。


 グリーブとガントレットを身につけると、腰の周りに銀色の金属の板で出来たスカート状の装甲が装着され、胸にも同じように胸と肩を多う銀色の鎧が身につけられる。


『私の全てを、守人にあげる』


 アルコーンは額に手を当て、頭に沿うように後へ腕を払うと、銀色の光が髪の毛状になって広がった。


 輝く銀髪を持つ、銀色の装甲を身に纏った黒いアルコーンの背に裏地の赤い、黒いマントが表れる。

 マントは勝手に、自分の場所はそこだとでも言うように鎧に装着され、アルコーンの背に垂れ下がった。


 最後に、アルコーンが両手を手のひらを上にして前に出す。

 空間からこぼれ落ちるように、金色の槍矛が表れ、アルコーンの両手に収まった。


『これにて、憑依成功』


『おめでとうございます、冥様』


 金の槍矛を右手で持ったアルコーン/冥はワシントンに向き直る。


 そして、守人の意識が浮上する。




「な、なんだ……?」


 目覚めた守人は自分がアルコーンのコックピットにいないことに気付いた。

 周囲は破壊されたミニチュアの街。

 目の前には着ぐるみみたいに自分と同じ大きさになった敵、ワシントン。

 そして、暖かな何かに包まれ、暖かな何かが自分の中にいるという高揚感。


『ビックリした、守人?』


 冥の声。

 慌ててもう一度周りを見るが冥は居ない。

 それどころか、自分より大きいが、やはり小さくなった印象を受ける魔王城が遠くに見えた。


 魔王城以上に驚愕したのは、ワシントンだ。

 ワシントンが攻撃をしてきている。

 その攻撃は全て、自分の前に現れた障壁によって阻まれているが。


『説明が必要でしょうか?

 守人様』


 冥と同じような、どこにも見えない文藍の声が聞こえた。


 守人は即座に首を縦にふる。

 何故か少し、重い。

 銀色の糸の束が舞ったような気がした。


『現在守人様はアルコーンと同化しております。

 つまりアルコーンを自分の体として使う事が出来るのです』


 文藍の説明はよく分からない。

 が、実感は出来た。

 今自分は、巨大なアルコーンであるのだ。

 いつの間にか金色の槍を持っていて、体の色も違うし鎧も着ているが、この体はアルコーンだ。

 それだけではない。


「……冥」


『なあに?

 守人』


 冥も、一緒に居る。

 これほど心強いことはない。


「一緒に、戦おう」


『うん!』


 冥の声は嬉しそうだった。

 自分と共に戦えることがか、それとも自分と一緒にいることがか。

 守人には冥が何故嬉しいのか分からないが、守人は自分が嬉しいことは分かった。


『ねえ守人』


 守人が槍を両手で持ち構え、ワシントンに穂先を向けたところで冥が話しかけてくる。


「何?」


『ずっと教えたかったことがあるの』


 冥の声は優しく、落ち着いている。


「じゃあ、教えて」


 守人はワシントンの音速鉄拳を槍で払い、冥に言った。


『私ね、本当の名前はメイオセレス・サタナエルっていうの。

 もう要らなくなったけど、私の本当の名前』


 日本に来てイビルキョートで暮らす悪魔達は全て日本に帰化している。名前も変え日本に溶け込みやすくするために。


『冥っていう名前が嫌いな訳じゃないの。

 守人には冥って呼ばれたいし。

 ずっとこのままでもいい。

 でも――』


 本当の名前に何も思うところが無いわけではない。


『だから、このアルコーンは私の本当の名前で呼んで』


「分かった」


 守人は即答した。

 冥がそうして欲しい。

 なら拒否する理由はない。


「俺は今、アルコーン・メイオセレス。

 さ、冥、文藍。

 行こう。

 俺達の街を、これ以上破壊させないために!」

タイトル詐欺だ! と言われたい。藤村文幹でございます。

次回から2話。何時投稿するかは決めてません。

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