1-c 文藍といっしょ
「律儀に堪えている場合じゃないだろ!?
こんな街中でっ」
足元は街だ。
相手はミサイルを持っている。
動かなくては撃たれ、動いたら街を壊してしまう。
守人はメインストリートですら走りたくはなかった。
『守人様。
動きを止めて足元をご覧下さい』
守人は言われた通りに動きを止め、アルコーンの脚を見ようと体を捻る。
守人の両肩から指先までと、腰から下は金属によって覆われている。
魔法加工された金属による被膜だ。
守人の両腕と下半身を覆う金属を通した魔的神経接続により、アルコーンは搭乗者が自分の手足を動かす彼の如く動かす事が出来るのだ。
守人は首を曲げなんとか椅子の下を覗き込む。
全周囲がモニターに囲まれた球状のコックピット。
モニターにはワイヤーフレームでアルコーンの機体がこの辺まであるよと教えている。
下方はアルコーンの足元を写していた。
アルコーンの仮想足は半透明で表示されており、その足先は円形の光の板を踏んでいた。
「丸い、足場かこれ?」
『魔力障壁の応用です』
相手の巨人機兵が口からミサイルを発射した。
守人は腕をクロスさせて防御する。
ミサイルが腕の前に出現した丸い板状の光にぶつかって爆発した。
『空中に足場を作ることは出来ませんが、アルコーンの移動による街への被害はなくせます。
存分に動いて下さい』
「あ、ああ!」
守人は市街にアルコーンを踏みさせる。
屋根の上に光の板が発生し、アルコーンの重さから家屋を守った。
「よし!」
最初の一歩で家の上に乗れると守人は判断し、歌う巨人機兵に向け走る。
『自由!
平等!
正義!
民主主義!!』
正面の青い巨人が蛇腹の腕をしならせた。
『来ます。
避けて下さい』
『悪魔の巨人に鉄槌を!』
文藍の警告に拳の降りおろしを走るのを止め右に動いて回避。
蛇腹の腕が伸びて届かないと思った場所を拳は振り下ろされ、街に拳型の陥没後とクレーターを作る。
遅れて風切り音と壁を殴るような爆音を守人は聞いた。
『音速を超えたハンマーパンチです。
当たれば障壁保ちません』
蛇腹の腕が元の長さに戻る。
スピーカーからは変わらず激しい曲を荘厳に垂れ流していた。
時折曲のパートに合わせた歌が流れる。
「ダサいカラーリングのくせに!」
『貧弱で細いルーシーに我が祖国が負ける物か!』
守人が体勢を整えながら叫んだ。
守人に反論するかのように敵の巨人機兵がもう片方の腕を正拳突きのように突き出した。
蛇腹の腕がアルコーンを破壊すべく伸びる。
『大きさで相対速度が分かりにくくなっています。
攻撃に注意して下さい』
守人は聞きながら何とか手足を動かして伸び来る敵の鉄腕を回避した。
「ぶ、武器はないのか!?」
敵のリーチに近づきにくい。
守人は文藍にリーチ差を埋める手段を聞く。
避けるのに精一杯でモニターの何処かにいるであろう文藍の顔を探せない。
『あります。
が、敵が近すぎます。
何も考えずに突っ込むので出す暇がありませんでした』
「ぐっ」
容赦の無い文藍のセリフに言葉を詰まらせる守人。
ならばと守人は強引に前に出た。
「だったら!」
伸びきった蛇腹腕が縮むのに合わせ接近する。
敵の巨人機兵はもう片方の腕を振りかぶった。
アルコーンの腕が届く距離になる前に敵が振りかぶった腕を振り下ろす。
守人はその腕を右斜め前に飛び込む事で回避しつつ更なる接近を果たした。
「うぉっりゃあ!」
守人はアルコーンの腕を振りかぶり、そのまま敵の脇腹に殴りつける。
金属同士が打ち鳴らされる音が鳴り響くが、彼我にダメージはない。
『ボーイ……なんだねそれは?』
『避けて下さい』
敵は蛇腹腕を横に振る。
後ろに向けバックステップでそれを避けるアルコーン。
「うわっ」
文藍の声に反応した守人のとっさの行動でアルコーンは破壊を免れる。
だが何度も出来るような回避ではない。
守人はバックステップを何度も繰り返しメインストリートの反対側まて飛び退いた。
『守人様』
「全然聞いて無いじゃないか!」
守人が文句を叫ぶと、文藍は事もなげに説明を始める。
『アルコーンは十五年前に建造されたルーシーを元にしています』
「見た目一緒だしな」
守人は返事をしながらも敵が伸ばしたパンチを左右に動いて避ける。
敵が動けば街を踏み壊す。
アルコーンが完全に敵の攻撃が届かない位置に行けばその分敵も動く。
『改修はされてはいますが魔導エンジンとコックピットとその周辺以外はそのままです。
例えるならガソリンエンジンから魔導エンジンに変えた自動車のようなものです。
性能はルーシーからさほど変わりません』
「それが?」
『博士も専門は魔導関連技術なので改造とかできません。
なので相手からすればアルコーンは十五年前の旧式です』
避けるアルコーンに業を煮やしたのか、敵はメインストリートを越えて接近すべく前進を始めた。
歌はいつの間にか止み、守人の知らない言葉で何かを言っている。
語調からして罵声とは判断出来た。
「つまり」
『弱いです。
このままだと。
魔王様なら豊富で膨大な魔力に任せて勝てますが、現状無理です』
「どうやって勝てっつうんだよ!
武器、武器どこだ!」
喚きながらも敵の鉄拳に当たらないように動かす。
『ボーイ!
諦めろ!』
「あきらめ……あぁぁああああ!」
敵の頭部を睨んだ思わず守人は叫び、敵を指さした。
『なんだねボーイ。
失礼だろうが』
「お前、どっかで見たと思ったら、教科書で!」
顔だ。
敵の顔を何処で見たのか思い出したのだ。
敵の巨人機兵には岩のような質感と色の顔が付いている。
ミサイルを発射するために開く様切れ目が入っているが、それでも特徴的なその顔は忘れられるような物ではない。
『ふっ、当然だろう』
誇るような敵のパイロット。
事実、誇らしい頭なのだ、この頭は。
なぜならばこの頭部のモデルは――
『合衆国初代大統領、ジョージ・ワシントンである!
そして私は元合衆国海兵隊隊員、今は人類解放軍の巨人機兵ジョージ・ワシントンパイロット、ジョージ・ワシントンである!!』
ジョージ・ワシントンはスピーカー越しに高らかに宣言した。
蛇腹の腕を組み、胸を張る巨人機兵ワシントン。
その姿は威風堂々であり、合衆国の正義と誇りを主張している。
『どうやら機体のモデルも機体の名前もパイロットもジョージ・ワシントンという名称の様です。
自意識過剰ですね』
文藍はスピーカーオフの表示を付けて言い、言い終わったらスピーカーオフの表示を消した。
ご丁寧に敵に聞こえないように言ったのだ。
「わ、ワシントン……合衆国……習ったぞ。
知っているぞ」
『ほう、やはりか。
偉大な――」
「乱暴で世界を暴力で良いようにした国とその最初の大統領だ」
守人はジョージの声を遮って言い切った。
イビルキョートと言えど、その様な歴史は教えていない。
守人が学び、考え、出した答えにも満たない感想が、これなのだ。
だからこそ、守人は許せない。
「お前もそうするのか。
俺達を、俺達の街を暴力で壊すのか?」
例え思い込みであろうと、許せない。
破壊をまき散らす目の前の機械人形が許せない。
『き、……っさまァァ!』
自分の祖国を悪く言われたジョージもやはり、守人の言に怒る。
ジョージ・ワシントンもまた、自分の国を、街を愛した男のなのだ。
『合衆国を、世界の正義を非難するのか!』
「一方的な正義という名の暴力だ!
今の世界がこうなった理由の一端だろ!」
『ボーイ!
悪魔に魂を売ったか!』
「悪魔がどうだとか関係無い!
その理不尽が許せないんだ!」
『boy!!』
ジョージの言葉はもう意味を成していない、様に守人には聞こえた。
しかし言葉の端々に知っている単語がある。
イビルキョートでは少しだけ使われている言葉だ。
街の名前にも使われている言葉。
「英語、か。
文藍、翻訳してくれないか?」
『特に意味の無い罵声ですので、必要ないかと』
文藍の返答を聞きながら真正直に頭部を狙ったパンチを避ける。
空振りになった鉄拳は引き戻される時にしなり、ビルにぶち当たって上半分を砕いた。
『魔王城より通信です。
敵の魔力放出量増大を確認との事。
注意してください』
「くっ!」
回避。
巻き上げられた道路の破片がアルコーンに当たって音を立てる。
パンチ、回避。商店街のアーケードが吹き飛ぶ。
ワシントンが大きく振りかぶり、パンチ。
回避。
アルコーンの背後にあった学校が両端を残して瓦礫になる。
メインストリートの抉れたクレーターにフレームの歪んだ学校の椅子やサッカーゴール、他にもいろんなものが転がっていた。
四方に飛ばされた瓦礫か。
守人は耳と目を塞ぎたい気持ちを抑え、相手の動きを見据えた。
『南四丁目エリア損耗率30%。
北三丁目エリア壊滅。
街の損害報告、止めますね』
無機質な数字に吐き気がしてくる。
配慮はありがたいが最初からやらないで欲しい、と言うのを守人は我慢した。
『避けて下さい』
すんでのところで回避を止めそうになる守人を文藍が正気に戻す。
鉄拳がアルコーンの肩を腕を擦り、装甲の塗装が剥がれた。
『被害報告。
損傷は塗装に留まっています。
魔力障壁をほんの少し、抜いていますね』
ワシントンの予備動作がアルコーンを攻撃する度に大きくなっていく。
同時に威力も狙いも正確になり、速度も増す。
回避、回避、回避。
いくら大振りとはいえ、接近する余裕はない。
相手も有効打がない事に焦れているようで、罵倒の語調が強くなる。
『困りました。
武器を出しても取得可能性は低いと思われます』
文藍に告げられたことに、守人は冷水を掛けられたようにハッとする。
自分の住んでいた場所からは離れている。
その事実に、心の何処かで安堵仕掛けていたのだ。
「言い過ぎだって言いたいのか?」
『いいえ。
侵略の拒絶、お見事です。
ですがもう少し学ばれた方がよろしいでしょう』
「勝ってからそうするさ!」
喋りながらも回避を続ける。
アルコーンの操作に慣れたのか、ワシントンの鉄拳に反応する速度は上がっていた。
だがワシントンの鉄拳はアルコーン以上にキレを増していく。
ワシントンの鉄拳はとうに音速を超えており、繰り出す度に音の壁を越えた証である轟音をまき散らしていた。
ゴゴン、ゴゴン、ゴゴン、と大音は守人を追い詰める。
音による焦りだけではない。
腕に衝撃を感じているのだ。
ソニックブーム。
音の壁を越えた物体が発する圧力波。
既にワシントン周囲はもとよりアルコーン周囲の窓ガラスは全て砕かれている。
それだけではない。
巨大な物体は見た目以上に速い。
見た目の感覚的な速度と実際の速度、その差に守人は自身も気付いていない混乱に陥っていた。
「文藍、全力で防御して、耐えられるか?」
『可能です。
ですが止めておきましょう』
文藍は守人が捻出した一発逆転の手を否定する。
『肉を切らせて、と言うは容易いですが、実際には欠片の隙も見いだせずに隙を晒してしまいます』
「じゃあどうしろって!」
『待ちましょう』
文藍は言い切った。
「何を!」
『冥様を』
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魔王城内部。
その部屋は発令所と呼ばれていた。
三方を大型モニタで囲み、中央の一つにはアルコーンとワシントンの戦いがリアルタイムで流されている。
薄暗く、コンソールについたモニタの光が複雑な影を生み出していた。
発令所中央に備え付けられた円形の舞台にも見える一段高くなった場所がある。
手すりを付けられ、床には魔法陣が描かれ、魔法陣の線と文字は赤い光を放つ。
この小さな舞台こそ、発令所で一番重要な場所だった。
舞台の前で二人が口論している。
その片方は、少女の姿の冥。
「システムは動いてる。
プログラムも魔法陣もミスはない。
作動も確認した」
「じゃあなんで動かないの」
冥は守人にはけして見せない表情で怒っていた。
本来の姿である少女の姿で、自身の倍はある体格の男性に怒っている。
甲高く、相手を責める様な声、守人の知らない声色だ。
「足りないんだよ」
メガネを掛け、獅子の頭を持つ悪魔の男性は応える。
「何が」
「魔力だ」
獅子頭の男性は手に持った端末を冥に見せた。
グラフと数値で分かりやすい。
「こっちに来た悪魔は只でさえ魔力を制限されてるんだ。
発令所や魔王城にいるメンツじゃ足りないよ」
自分の胸に手を当て、冥は言う。
「私の」
「おっとそれ以上は駄目だ」
獅子頭の悪魔、ヴァプラは冥の言を遮る。
「お前の魔力を使っては元も子もない」
「それで守人が負ければそれこそ元も子もないわ」
それに、と二人のやりとりを見ていた人間の青年が言う。
「もう手配はしましたよ」
ヘッドセットを付けた青年はオペレーター。
通信士だ。
「二人とも快諾してくれましたよ」
次はいつ投稿しようかな。