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1-b 物語はここからだ

20日に投稿すると言ったが……ありゃ止めた。

公開だ!


 草木も眠るような夜中のことだ。


「よし……」


 白衣を着た初老の男が自分の孫を子守帯で抱っこするように縛り付けた。


 金属質の壁や床で作られたひろびろとした屋内、それも巨大な人形の前である。

 デッサン人形のように簡素で、かろうじて目のような透き通った青いパーツがついていた人形。

 だが、ただの巨大な人形ではない。

 男が仲間、これから裏切ろうとしている仲間と共に作り上げたロボットだ。

 悪魔に対抗するための兵器。


 つまりここは、ロボットの格納庫――これから散歩をするには不釣り合いな場所だ。


 孫を固定した男はポケットにつっこんだメモリーカードを確認し、ロボットの胸元にあるハッチを見上げた。


 据え付けられた鉄板その物のような床のエレベーターに乗る。

 ロボットのハッチ近くに備えられたタラップに登るためのエレベーターだ。


 転落防止用の柵についた手すりを握り、レバーを、


「親父!」


 レバーを握ったところで背後から声を掛け、腕を止める。

 男が後ろを見ると、自分の息子がいた。

 息子も男と同じように白衣を着て、そして男に拳銃を向けている。

 男は体毎後に振り返り、息子と相対した。


 両手で握った拳銃は男の息子の震えを受けて銃口が揺れている。


 男は寝息を立てる孫の頭を撫でた。


「少し声を小さくしろ。

 守人が起きる」


「守人を離せ!」


 男がため息をつき、男の息子は気にせず銃を構え直す。


「正気に戻れよ親父!」


「考え直すんだ。

 今の世の中、悪魔を滅ぼして何になる。

 人類の復興が遅れるだけではないか」


 男はポケットの中を探りながら、通じぬであろう説得を試みた。


「どうかしてる!

 あいつを殺した悪魔共を捨て置けるわけがないだろう!」


 男は息子の心変わりがあり得ないことを思い知る。

 ポケットの中のスイッチ探り当てた男は、スイッチを握り上部についたボタンを押した。


 轟音、爆音、破砕音。


 連続する爆発音に続いて地面が、彼らがいる建物そのものが揺れる。

 一回だけではない。

 けして小さくない揺れが、何度もタイミングを早めながら起こり始めたのだ。


「ッ!」


 男の息子は揺れに足を取られて尻から床に転がり、銃を落とす。


 男はその隙に息子に背を向け、エレベーターのレバーを引き倒した。



*****



 突如として耳をつんざくような激しい音が鳴り響く。

 警報だ。

 敵襲を知らせる警報がこの街、イビルキョートに鳴り響く。


 守人と周囲にいる人々は警報に周囲を見渡し、口々に何があったのかと言い合った。


「や、やっぱり何かあったんだ」


 守人が昇降口の階段に掛けていた足を降ろし、叫ぶ。


「逃げないと!」


「逃げる?

 どこに?

 何があったのかも分からないのに?」


「冥?」


 冥の口調は冷ややかだった。

 守人は冥の顔を見る。

 いつもの柔和な微笑みとは違い、寒気すら感じさせる無表情の冥に、守人は困惑した。


 何か硬い物に金属を打ち付けるような硬質の高い音が鳴り響く。

 人々は発生源である東の空を見上げた。だが守人がいる場所からは家屋に阻まれ見えない。


「アレはなんだ?」

「でかい!」

「まさか!?」

「人の……頭!?」


 校庭にいる生徒達が口々に叫んだ。

 校庭からなら見えるのか。


 守人は冥の手を振りほどき、東の空を見上げながら後ろ向きに走る。

 二階建ての住宅の屋根の上、明滅する結界の向こうに青空があった。

 守人が走るに連れ、住宅の屋根の上に金属の塊が見えるようになる。


 守人の歩数にして十八歩。

 守人は襲撃者の頭を見た。

 頭、そう頭だ。

 襲撃者の頭を見た。


 岩を削り出したような頭部に、パーマで固めたような髪を備え、口元に口が開きそうな切れ目がある頭だ。

 守人はその頭に教科書でみたような既視感を覚えた。


「あれは、まさか巨人機兵!?」


 守人が叫ぶ。生徒たちも口々に「巨人機兵だ」「あれ人の顔だよね?」「敵?」「逃げなきゃ」等と叫んだ。


 巨大な人の形をしたロボット兵器。

 それが巨人機兵。


 巨人機兵は鉄のかいなを振り上げ、街を覆う結界に叩き付ける。


 結界は街を襲う襲撃者と放射能を防ぐものだ。

 つまりソレが破られることは街の終わりを意味する。


 ドラゴンが何人も結界から巨人機兵を引きはがそうと攻撃を加えた。

 だが巨大なドラゴンより尚巨大な巨人機兵は煩わしそうに腕を振りドラゴンを叩く。

 それだけでドラゴンは一人、また一人と負傷し巨人機兵からの離脱を余儀なくされていた。


 さしものドラゴンも、自身より巨大で魔力と装甲による防御で身を固めた

 巨人機兵に対抗することは出来ない。


「に、逃げないと」


 守人の口からそんな呟きが漏れた。

 口に出した言葉を守人は認識し、「そうだ、逃げなきゃ」とまた呟く。


「冥!」


 巨人機兵から視線を外し、守人は冥を探した。

 冥は昇降口の前から離れていない。

 守人は冥に走り寄る。


「地下、いやシェルターに逃げないと!」


 周りを見れば生徒達は避難を始めていた。

 昇降口や校門近くにある地下都市部への連絡口に駆け込む生徒でごった返す。

 一部の生徒が列を正し避難誘導を始めているためパニックは起こっていない。


 守人は冥の腕を掴んで走り出そうとして、腕を後に引かれて転びそうになる。


「違うわ守人」


 冥は体勢を崩した守人の体を抱き留め、立たせ、腕を取った。


「あなたはこっちよ」


 冥は指を指す。

 指し示す方向は学校だ。


「学校に行っている場合じゃ!」


「学校の中にあるのが一番早いのよ」


 冥が守人の腕を掴んだまま歩き出す。

 曲がりなりにも魔族である冥の力は強く、ただの人間である守人に対抗する術はない。

 守人は大人しく腕を引かれ、冥の後を付いていくしかないのだ。


「め、冥!

 一体どこに」


「いいから付いてきなさい」


 怪訝な目をした女生徒とすれ違う。

 学校の中からは登校を済ませて始業を待っていた生徒が沢山いる。

 彼ら彼女らが靴を履き替えるか上履きのままという差異はあれど、一様に慌て焦り、足をもつれたり誰かにぶつかりながら駆け出てきている。


 そんな生徒達の流れに逆らう冥と守人。

 だが二人の進行を邪魔するほどの混雑は出来ていない。

 悪魔の生徒は既に窓から飛び出して学校からの避難を完了している。

 廊下を走る生徒は人間だけだ。


 冥が歩き、下駄箱の前を通過して段差を上がる。


「靴を」


「履き替える時間はないわ」


 外靴のまま二人は人のいない廊下を歩いた。


「一体どこへ」


 守人の疑問に冥は答えない。

 腕を引いて冥の歩みを止めようとしても止められない。

 単純な腕力の差が、守人は魔族と人間の差を思い知らされるような気がした。


 守人がもう一度聞こうとした時、冥は立ち止まって振り返る。


「ここよ」


 廊下上に掛かった看板には「緊急室」と書いてあった。

 ドアには魔力認証式の鍵を掛けられる事を示す黒い艶やかなのプレートが埋め込んである。


 入学当時、この一階にあるさほど大きくない部屋については少ない説明しかされていない。

 曰く、「緊急時に使います。用のない生徒は近づかないように」とだけだ。


 確かに今は緊急時である。

 だが、この中に収まるようなもので対処出来るとは守人には到底思えなかった。


「ここで、何を?」


 守人は聞くが、冥は答えず黒いプレートに手のひらを押し当てる。

 冥の角が緑色の燐光を放ち、手のひらと黒いプレートから光の粒子のようなものが現れ、二重円の魔法陣を描いた。

 軽い金属質の音が響く。


 黒プレートから冥は手を離し、ドアに手を掛け引き開けた。


 冥は守人の疑問に答えないまま室内に入り、守人も腕を引かれ入る。


 室内はがらんとしていた。


 普通の教室の半分程度の大きさで、床も教室と同じフローリングで、ワックスが薄い気がすると守人は思った。

 モノはある一つを除いて無い。

 窓もカーテンと暗幕が引かれ、外から見えないようになっていた。


「これは?」


 守人は部屋の中央に置かれた鉄の箱に目を奪われながら冥に問う。


 くろがねの箱。

 そう表現するのが一番近い。

 高さは天井近く、幅は守人が両手を広げてもまだ足りない程度に大きい。

 下部を見ると、床にそのまま置かれているのではなく、刳り抜かれた床から生えてきていると表現する者もいるだろう。


「エレベーター。

 直通のね」


「エレベーター!?」


 ボタンはない。回数表示もない。

 ドア、は鉄の箱に切れ目が有ることから、切れ目から開くのだろう。

 だが守人の驚愕は鉄の箱がエレベーターだという事実に対してではない。


「こんな場所に?

 だったら避難にも」


「避難用ではないの」


 守人の疑問に冥は割り込んで制止する。


「直通、格納庫への直通エレベーターよ」


 冥は再び歩みを勧め、鉄の箱の表面に手のひらを押しつける。


「か、格納庫?」


 冥が触れると同時、鉄の箱に付いた切れ目から薄緑色の光が漏れた。


「そう。

 これから行くところ」


 鉄の箱の壁が切れ目から両側にスライドし、エレベーターの内部を晒す。


 冥は守人に振り返り、笑みを浮かべ、エレベーター内部を示した。


「さ、行きましょ。

 戦いに」


 いつもの様な柔和な表情に、守人は何か得体の知れないものを感じたのだ。





 エレベーターの中では二人とも無言だった。


 どこに行くのかという守人の問いを冥が「着けば分かる」とだけ答えたからだ。

 守人は問わず、冥は黙っていた。


 守人は下行きのエレベーターにありがちな浮遊感を味わった後、横方向のベクトルによりよろめく。

 冥は即座に守人を抱き留め、壁にぶつからないよう、転ばないよう抱き留めた。

 その時の「ありがとう」以外、言葉はなかったのだ。


 エレベーターにしては異常に長い時間を経て、止まった。

 チーンというベルの音を鳴らして扉が開く。

 ずっと守人を抱き留めていた冥は守人を解放し、ドアから外に出る。


 エレベーターのドア越しでは天井が見れない。

 寒くはないのに冷気を感じ、守人の肌に鳥肌が立つ。


「何をしてるの?

 早く来なさい」


 珍しく強い口調の冥に、守人は幼少の頃、悪い事をした時はいつもこの口調で叱られたことを思い出した。


「あ、あぁ」と生返事を返して守人はエレベーターからその場所に出た。

 見計らったかのように守人の背後でエレベーターのドアが閉まる。


 街のアスファルトとは違う質感のアスファルトを踏んで、守人は周囲を見渡した。

 広い。

 野球をやってもまだ余る、と守人は思った。


 周囲を見回して、ようやく気付く。

 何か巨大な物がある。

 二つだ。

 巨大な金属の柱のようなものが、エレベーターとは反対の位置にそびえ立っていた。


 金属柱のような何かを守人は見上る。

 視界が上に行くにつれ、何か見覚えがあるな、上の方で繋がっているな、大きいな、と守人は感じた。

 だがまだ上がある。


 そして首が疲れるぐらい見上げてようやくその全貌を守人は理解した。

 顔だ。

 見上げて首を痛くしてようやく、顔が見えた。


「これは……」


 オーソドックスな人型のデッサン人形のような形をしており、頭部の目に見える様な二つの青い何かが見える。

 俯き加減の頭部は天井の規則正しく並んだライトによって逆光になっているが、目のような部分が光を発しているため分かったのだ。


 この巨大な金属の人形が、格納庫に存在していた。そしてこの灰色の人形のようなものを、守人は知っていた。


 学校で習い、友人と話し、そしてなにより祖父によって教えられ知っていた。


 その名は――


「ルーシー……?」


 ルーシー。

 かつて二度に渡りこの街を襲った巨人機兵を撃退した巨大なロボット。

 守人の祖父、科牙治が作り、魔王が乗り悪魔を排斥しようとする敵から街を救ったヒーロー。


「違うわ。

 昔はルーシーだった。

 けれど今は、アルコーン」


 いつの間にか守人の背後にいた冥が守人を抱き寄せる。

 上を見上げ、後に寄っていた守人は抵抗出来ず背中から冥の胸に倒れ、守人は冥に支えられた。


「アルコーン?」


 守人のオウム返しに冥は答えない。


「はい」


 だが答える者はいた。


 守人が見上げるアルコーン、その緩く膨らんだ胸の部分が、守人からは更に膨らむ様にみえた。

 胸部が丸ごと倒れるように開いたのが、下からは胸が膨らむように見えたのだ。


 顔を隠したアルコーンの胸から飛び出すものがあった。

 落下するにつれ、白黒の何かと分かり、人型だと分かるようになっていく。


「アルコーンです」


 地面に激突する寸前で落下速度を急激に落とし、かつん、と軽い音を立てて着地した。


「ふ、ふら、ん?」


 守人は着地した誰かを見て驚愕する。

 文藍に顔はよく似ているのだ。だが、体が大きい。

 文藍がもし人間で、このまま成長したらこうなるのでは?

  という予測をすれば正に目の前にいる誰かになるだろうか。


「はい。

 文藍です。

 守人様とアルコーンの補助をするため、先ほど新規のボディに換装致しました」


 守人がよく知る文藍とは体が違うことを文藍は述べた。

 ただ守人は体が違うことではなく、別のことに気がつく。


「俺と、アルコーン、ってまさか」


「はい。

 守人様にはアルコーンに乗って戴きます」


 守人は後ずさろうとして足を後に引く。

 だが見上げた時に、冥に背を支えられてから守人は動いていない。

 そのため守人の足は冥の爪先に当たった。


「結界を維持し、ゲートを維持拡大する。

 魔王様の魔力消費は年々増加しています。

 そのため、魔王様はこれ以上魔力を消耗できません」


 文藍が言ったことは魔王がもうルーシーに乗って戦えない理由だ。

 守人はそう察する。


「加えて科牙治様は動かす事は可能ですが、戦闘行動に対応することは出来ません」


 年齢の所為だろう。

 だからといって、守人が乗る理由にはなっていない。


「な」


 なぜ、おれが?


 そう言おうとした守人の口を後から塞ぐ冥。


「言わないで。

 何も言わず、乗って」


 守人の口を塞いだ手を離し、冥は後から抱きしめた。

 腕の位置が高い。

 冥は守人が気付かぬうちに変化魔法で大人になっていた。

 守人の耳元に冥は囁く。


「乗って欲しくない。

 けど、守人じゃないと、嫌なの」


「かあ、……」


 守人はいつもの様に呼ぼうとして、止め、言い直す。


「……冥」


「何?」


 いつもの様に冥は聞き返す。


「泣いてる?」


 冥の顔は濡れていない。

 守人は冥の答えを待たず、続ける。


「冥がなんでそう言うのかは分からない。

 けど、あれに乗れば守れるんだろ?

 冥も、みんなも」


 守人は冥の頭を撫でようとして腕を上げた。


「はい。

 そろそろ結界が破られそうらしいので早く乗って下さい守人様」


「あ、うん」


 守人は頷き、自分の体に回された冥の腕を取る。


「乗るよ、俺」



 ****************************



 空が割れそうなほど激しい音が木霊した。

 発生源は東の空を見上げればすぐ分かる。


 巨人だ。

 メタル色の巨人が拳を結界に叩き付けている。


 薄いクリアグリーンの結界はこの街を守る壁だ。

 街で普通に暮らせるのなら、青空が緑に染まるぐらいどうということはない。


 だからこそ、見上げてようやく分かる巨人に人々は恐怖した。


 顔があって、腕があって、足があって、胴がある。

 普通の人型だ。

 単純にでかいだけ。

 ドラゴンより大きく、ドラゴンに怪我を負わすのも容易い。


 巨人が攻撃した箇所を中心に街が破壊されている。

 まだ巨人は結界を破ってはいない。

 にもかかわらず、街が破壊されている。


 巨人がまた結界を殴りつけた。

 轟音では足りない規模の音が二度続けて発生する。

 殴ったのは一度だ。だが音は二つ。


 音速を超えているのだ。

 巨人の拳が。


 遠目に見ればただ殴っているだけだろう。

 だが余りの巨大さ故、拳の速度は超音速である。

 巨人は音の壁を殴り抜け、実体を帯びた魔力の壁を殴っているのだ。

 音速を超え壁に衝突する拳は砕けない。

 衝突により発生した衝撃波にも近しい音が廃墟と化した結界に近い地区を破壊している。

 音は空気の振動だ。

 強すぎる音は破壊を生む。


 つまり、この巨人は結界に入らずとも街を破壊出来てしまうのだ。

 街を守るドラゴンは歯が立たず、結界すら守るには不足。


 だから、人々は望んだ。

 五年前に守った英雄を、魔王を。


 轟音!


 その願いを無碍にするかのように、巨人は音を立て続ける。

 気に入らない何かを殴るように拳を叩き付ける。


 円状に破壊された街の一角が更に粉々になった。

 かなり深い位置にあるためまだ被害はないが、このままなら地下街にも被害が及ぶ。

 そうなれば住民は避難すら出来なくなるだろう。




 音が止んだ。

 鳴り響いていた音の余韻が後を引く。


 巨人は拳を振り抜いていた。

 肘から先は結界の中に入っている。

 ゆっくりと腕を引き、今度は手を広げ結界に触れ――られない。鋼の指が結界をすり抜ける。


 本来、結界は防御用のバリアではない。

 有害物質を通さない為の物だ。

 このまま結界が破られては街の被害は拡大してしまうからだ。


 だから、五年前もこうして巨人機兵を招き入れた。


 巨人機兵は指を引き、脚を上げる。

 巨人を見上げる人々にはとても遅い動作に見えたのことだろう。


 巨大な鉄の塊が今、脚を踏み入れる。


 更地になった街の一角に巨大な脚が降ろされた。

 元は家屋だった瓦礫が砕け、煙が巻き上がる。

 地面が陥没しないのは地盤強化工事の賜物だろう。

 巨人機兵の襲来に備えた、地下街とその上の地盤は多重頑強構造によって盤石。


 巨人が結界外に残した脚を上げる。

 結界内の脚が沈んだ。

 想定を越えた重さに盤石な多重頑強構造も最上層を犠牲にせずにはいられない。


 巨人の脚が瓦礫を踏みつけると同時に結界内に巨人機兵の全身が入った。

 その姿は舞い上がる砂塵により半分以上が隠れる。


 不意に、音が鳴り出した。

 大音量の、音の流れ。

 音楽だ。


 金管楽器の壮大な旋律が小太鼓のリズムに沿って緩やかに広まっていく。

 巨人機兵の腹部を双眼鏡か何かでよく見れば、無数の小さい穴が確認出来るだろう。

 外部スピーカーの穴だ。

 そこから音楽が流れている。


 音楽に合わせ、男の声が入った。

 男の声は、音楽に乗っている。

 男の歌だ。

 啜るような、息を詰まらせるような、涙声の、男の歌だ。


『うっ、あぁ!』


 感極まったのか、泣きながら歌う男が叫ぶ。

 男の声がスピーカーを通じて街中に轟いた。


『ああ!

 ついに、ついにここまできた!』


 若い声ではない。

 年嵩の、低く掠れた声だ。


『祖国の……合衆国の復興を願い二十年!

 ようやく、ようやく……悪魔共を滅ぼすことができるのだ!』


 涙声の歓喜は空気を伝わり街の隅々まで届く。

 聞くものは居ない。

 巨人機兵が街の中に入り街の住民は地下への避難を進めた。


 彼の巨人機兵を見るのは機械の瞳と、聞く耳持たぬ畏れ知らずだけだ。


『嗚呼!

 合衆国万歳!

 さあ悪魔共!

 貴様らの街を開拓してやろう!』


 そういうとまた声は歌い出す。

 高らかに、誇らしく、懐かしむように。

 彼の祖国はもうない。

 あるのは焼かれガラス化した広大な荒れ果てた大地と、彼と彼の仲間の命。

 それと、彼の中で燃える魂、フロンティアスピリット。


 彼の志は巨人のカラーリングにも表れている。

 青い胴体に胸には白い星。

 腕と脚の蛇腹は赤とメタルシルバーが交互に配色され赤白縞模様を構成している。

 そう、この機体こそが、合衆国の新たなるフラッグとなるのだ。


『だが!

 その前に!』


 巨人機兵の顔をまっすぐ魔王城に向け、彼の心は凪いでいた。

 偉業はここから始まる。

 そう、始まるのだ。

 始めるために、悪魔の時代を終わらせる。

 一つの終わりを前に彼の心は凪いでいた。


 彼は魔王城の少し上を見つめる。

 そこには、例えるなら真昼の銀河のように光の粒子が渦を巻いてゆっくりと回転している、何かがあった。


 ゲート。

 魔界と地球を繋ぐ、門だ。

 現在では単純に「ゲート」と呼べば大体このゲートを指す。

 ここから魔王が二十年前にやってきて、街を作ったのだ。

 以来、魔王はゲートの維持と拡大を行っている。


 彼の目的がこれだ。


『世界に平和を、地球に人の世を!

 ゲートなど要らん!

 人は人の手で復興し、生きて行くのだ!』


 巨人機兵の頬に切れ込みが入り口が上下に大きく開く。

 白く歯並びのいい歯が露出し、上の歯は上に下の歯は下に倒れた。

 そして赤く塗られた丸いミサイルの頭が、歯が倒れた事で露出した穴に詰まっている。

 その数上下合わせて二十。


『まずは一発!』


 巨人の口内のミサイルベイからミサイルが一発放たれた。

 ロケット噴進で音速を超えて飛翔したミサイルはゲート付近まで飛び、ゲートに当たって爆発する。


『やったか!?』


 炎と爆煙に包まれるゲート。

 巨人の口は閉じられ、ミサイルがそこから飛び出るとは外見からは分からないようになった。

 巨人とゲートを包む煙を繋いでいたミサイルの推進煙が風に吹かれ消える。


 巨人が再び前進を始めた。

 ゆっくりとした動きで関節に負担を掛けていない。

 だが、その実末端では音速に近い速度を出している。

 このゆっくりとした動きは関節だけでなく、装甲にも負担を掛けない。

 戦闘状態ではない巨人機兵には必須の動きだ。


 瓦礫を踏む。

 瓦礫を踏む。

 瓦礫を踏んで、結界と拳との衝突で破壊された街の端に巨人の足先が到達した。


 手足の末端が速くなりすぎないよう円の動きが基本になるはずの関節をまっすぐ、水平に動かす。

 それだけで彼が気の遠くなるような努力と訓練を重ねたことは見て取れる。

 だがそれを見る者はこの街にいない。


 やがて魔王城の直上を覆う煙が晴れてきた。

 ゲートは健在で、光の粒子が仄かな燐光を放っている。


『やはりミサイル程度では駄目か。

 かくなる上は、私自らが鉄槌を下さねばなるまい』


 もう一歩、巨人が脚を前に踏み出した。

 いとも容易く潰れ、押し花のように平らになる家が三軒。

 踏みしめるときの余波でもう七軒。


 前に進み、家十軒破壊。

 合わせて二十。


 更に増えて三十。

 巨人は歩む毎に人が住んでいた家屋を破壊する。

 被害の巨大な足跡に、巨人機兵は意を介さない。

 中の男も同様に気付かない。


 地下にも街があるとは言え、地上の街も街に違いはない。

 人が住んでいて、人の営みがある。

 人の街だ。

 悪魔も住んでいる。

 ただそれだけで、この街は破壊されている。


 巨人機兵のスピーカーから再び男の歌声が流れ出す。

 高らかに歌う誇らしい歌は、国歌だ。

 謳いながらも巨人の歩行速度は変わらない。

 一歩は大きく、ゆっくりと鈍さすら感じさせる速度だ。

 街を踏み破壊する度に地響きと粉塵が歌声を掻き消す。


 歩数にして五,距離にして約五十メートル、巨人が歩いた時、状況は変わる。

 魔王城前方メインストリート前にゲートと同じ光の粒子が渦巻く何かが現れた。


『ぬっ?

 新たなゲートだと?』


 巨人機兵は歌を止め、新たなゲートに顔を向け、口を開け歯を倒す。

 ミサイルの準備だ。

 ゲートからは何が表れるか分からない。


 ゲートが霧散した。ゲートが霧散した後に何かがいる。

 人型の。

 鋼の巨人。


『巨人機兵……その姿はまさか!』


 男が叫んだ。


 新たに表れた巨人機兵はイビルキョートのメインストリートを走り出す。


『ルゥウウウウシィイイイイイ!!

 裏切り者のルーシー!!』


『いいえ、アルコーンです』


 男の叫びに新たな巨人機兵は律儀に堪えた。

騙して悪いがこういう話なんだ。

ついでに本当のタイトルも「人魔の楔」という。

続きは書き上がってるが投稿時期は未定。


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