1-a 彼と彼女らの朝
優しい声に意識を揺らされ、眼が覚めた。
「起きた?」
眼を開けると、冥が上から覗き込んでいた。
横を向くと、彼女がベッドに膝を載せて登っているのが分かる。
豊かな胸が重力に引かれ、彼女の体を隠していて、膝から足先ぐらいしか見えないけれど。
やっぱり、このベッドは大きすぎる。
自分が数人並んで寝ても余裕かもしれない。
「起きた」
短く答えると、冥は左手で自分の髪を押さえ、俺の額に唇を付けた。
離れる時に彼女の銀髪に光が反射して俺の目を刺す。
眩しいが、痛む程じゃない。
「ありがとう」
「急になによ」
そう答える彼女は唇を尖らせて視線を逸らす。
照れているときの癖、だと思う。俺の分析に気付いたのか、彼女は俺の目を見つめ返した。
「なにか変な夢を見ていたみたいなんだ」
言いながら俺は目を閉じて思い出そうとする。
「どんな夢?」
だが夢の内容は既に忘れてしまったようだ。
確か――
「爺さんと誰かが話している夢、だった気がする。
俺は」
「きっと悪い夢」
冥が俺が思い出すのを遮るように俺の唇に指を当てた。
「もう朝よ」
「ああ。
起こしてくれてありがとう」
彼女が指を俺から離すのを待って俺は言い、彼女は目を閉じて返す。
「いつもの時間よ」
彼女はそう言いながら顔をあげ時計が置いてある方を見た。
「おはよう。
ごはん出来てるわ」
「おはよう。
着替えて行くよ」
俺の返答を聞くと、冥は唇の両端を上げて首を縦に振り、少しだけ後ずさる。
上に伸びた角が俺の上からどかない。
彼女の目を軽く咎めるように見ようと目を向けると、彼女は目を逸らしてすぐにどいた。
彼女の角が俺の真上から引いてから、俺は体を起こした。
薄手の掛け布団――これも大きい――を体の上からどかし、ベッドの上で立ち上がる。
ベッドから降りる前に冥を見ると、ベッドからは既に降り、部屋から出て行く後姿しか見えなかった。
早く着替えて朝ご飯を食べに行こう。
俺はそう思い、ベッドから少しだけ勢いを付けて飛び降りた。
ドアからベッドを挟んで反対側にタンスがある。
俺の着替えが入っているはずだが、開けた記憶がここ半年ない。
タンスの隣にある腰の高さの余り大きくないテーブルの上に着替えが既に用意されているから、自分で選ぶ必要がないからだ。とはいえ、平日は制服だから殆ど選ぶ必要がない。
手早く着替える。知り合いには起きてすぐ歯を磨く人もいるらしいが、家では食事をしてからだ。
ネクタイとブレザーを着るのもそれからだから、ここにはない。
ドアから出ると入り口の脇に文藍が置物のように控えていた。
彼女は12,3の幼い少女に見えるが、年齢など関係のないロボットだ。
文藍自身は自動人形と呼んで欲しいらしいが、俺には違いがよく分からない。
紺色のワンピースに白い綿のエプロン、髪をキャップで纏める姿はメイドのようだ。
家政婦として働いてくれているから、正しいのではあろうが。
「おはよう、文藍」
「おはようございます守人さま」
文藍は腕にシーツを抱えていた。
彼女は毎朝大きなシーツを畳み、洗濯し、俺の部屋に持ってきて交換する。
まったく感謝し通しだ。
「毎朝ありがとう、文藍」
さっき冥にお礼を言ったついでに、文藍にも言っておくことにした。
顔を伏せがちにして俺が出てくるのを待っていた文藍は顔をあげ、俺の顔を見つめながら両目を閉じたり開けたりする。
「急にどうなさったのです?」
「どうしたといわれても、お礼を言いたくなっただけさ」
「そうですか」
文藍がいつもの様に目を伏せがちにすると、肩口でそろえた黒髪が揺れた。
滅多に表情を変えない文藍が動揺を示す事は少ない。
これからはたまに言うことにしよう。
「感謝してるのはホントだよ?
毎朝頑張ってるもんな」
少し屈んで文藍の顔を正面から見る。
人形だからか、とても綺麗に整った少女の顔だ。
肌理の細かい頬を撫でると、緩く押し返すような柔らかさを感じる。
「お戯れを。
冥さんのご飯が冷めますよ」
「おっと、そうだったな」
人造、いや悪魔造?
ともかく文藍は作られた存在であるらしい。
だからか、とても美しく、感情が無い様に見える。
けれど時折見せる思索の表情や感情の表出がとても可愛く感じるのだ。
だから絡んで時間をかけてしまう。
俺が台所に行くために入り口から離れると、文藍は俺の部屋に入っていった。
音を立てずにドアを閉める。所作の一つ一つが丁寧で、精確だ。
台所の入り口から中を覗くと、銀髪の女性がこちらに背を向けて座っていた。
「おはよ、母さん」
挨拶をしながら台所に入る。
「おはよう」
冥と同じ形の角をした彼女は、俺の母親ではない。
「まだ母さんと呼んでくれるのね」
「いいだろ、いつまで呼んでも。
そんなカッコしてるんだからさ」
台所に置かれたテーブルには二人分の朝食が載っていた。
今日はご飯の味噌汁、卵焼き。
俺は母さんの向かい側に座る。
「見た目が大人になっただけなのにね」
彼女は冥だ。
俺が幼い頃からこの姿で子守をしてくれていた。
食事を作ってくれたり、眠れないときに一緒に寝てくれたり。
だから俺はこの大人の姿の時は無意識で母さんと呼んでしまう。
冥は傍らの炊飯器から茶碗にご飯をよそい、俺に差し出した。
俺は茶碗を受け取る。
「私としては、名前で呼んで欲しいんだけどね。
そろそろ実年齢に近づいてきた訳だし」
母さんがさらさらした銀髪からはみ出た自分の耳の先を指で撫でた。
先の尖った耳は珍しくないが、それでも母さんの耳は形が整っている方だと思う。
頬が赤くならないように母さん……冥から目を逸らした。
「じゃあ変身しなければ良いのに」
「元の姿は母親としては幼すぎるもの」
「だったら良いでしょ」
俺がそういうと、「それもそうね」と答え彼女は両手のひらを合わせ、いただきますと言う。
俺も続けていただきますと言い、箸を手に取った。
歯磨きと整髪を終わらせ、新聞を読む。
この新聞はこの街だけでなく、外のニュースも載せられている。
この街は特別だ。
だから外のニュースはあまり入ってこない。
その為、街の人間でも都会に出たがる若い少年少女は親にねだってでも読みたがる。
最初からこの新聞を取っていたからねだらなかったけど、俺も実は都会に憧れる少年の1人。
爺さんが言うには小さい頃は東京にいたらしいが、物心ついたときには既にここで暮らしていた。
両親はいない。
母さんが育ててくれたし、文藍もいたから寂しいと思ったことはないけど、たまに羨ましくなる。
新聞にはあまり大した記事はない。
東京で悪魔バンド「デモンズカムトゥルー」のライブが満員だったとか、北海道でイベントだとか、外の世界は騒がしくも楽しそうだ。
けど、この街のニュースは毎日平穏その物で、あまり興味を引くものはない。
「おまたせ」
冥の声にソファ越しに後を振り向くと、冥が制服に着替えてカバンを持っていた。
元の姿、起こしてくれた時と同じ、俺と同じくらいの年の少女の姿で。
冥は俺より年上だけど、俺と同じ学校、学年に通う。
この街に学校が出来たのが俺の学年から、とは言っていた。
けど、途中入学とかで先輩は普通にいるから、いまいち納得は出来ていない。
新聞を畳んでテーブルに置いて俺は立ち上がる。
「じゃあいこうか」
俺はそう言ってカバンを取り、ソファを回り込んで廊下にでる。
本当は恥ずかしいけど、別々に登校しようと言えば意識しているのが気取られてしまうから言えない。
爺さんに聞いた年が確かなら、俺は冥に15年間面倒を見て貰っているはずだ。
だけど最近の俺は長い間母親代わりになっていた女性に、女の子を感じてしまう。
この感覚が余計に気恥ずかしさを覚えるのだ。
だから、俺は冥の手を取らずにさっさと玄関に行った。
段差に腰を下ろし、靴に足を入れている。隣に冥が座って同じように靴を履いた。
「行ってらっしゃいませ、守人さま、冥さま」
俺が立ち上がると同時にいつの間にか後に文藍が控え、見送りをしてくれた。
俺と冥は文藍に行ってきます、と応え俺が玄関のドアを開ける。
二三歩進んで、空を見上げた。雲一つない快晴で、青い。
写真で見た外の世界の青空より、薄く緑がかっていて時折発光するように瞬いている。
「今日もお父様、頑張っているみたいね」
玄関のドアを閉めて俺の隣に来た冥が呟く。
鍵は掛けない。文藍が留守中の管理や洗濯をしてくれるからだ。
「ああ」
俺は短く返した。
冥は魔王の娘だ。
爺さんが魔王様と懇意で、忙しい爺さんの代わりに冥が世話をしてくれていた。
冥が俺の前まで来て、俺の手を取って顔を見る。
「いこう」
俺は声に出さず首を縦に振って応えた。
手を振りほどく気はしない。
恥ずかしくても、本質的に俺は冥から離れたくないのだろう。
俺の顔が赤くならないうちに冥が前を向いて歩き出す。
冥に手を引かれ、通学路を歩き始めた。
門を出て少し。
最初の角を曲がった辺りで腰を落とし身構える。
冥は俺の動きを察して手を解き少し離れた。
直後背中、腰より少し高い位置に衝突。
後からいつもの少女に突進され、抱きつかれた。
「にいちゃーん!」
腹に回された腕を撫でつつ背中越しに後ろを見ると、彼女の茶色いぼさぼさな髪の毛が左右にせわしなく動いている。
「おはよう月夜」
「おっはよーにいちゃーん、ねいちゃーん」
俺が挨拶をするとは動きを止めて俺に挨拶を返し、俺の背中から横へ顔を出して冥にも挨拶をした。
彼女は月夜。
近所に住む女の子だ。
「おはよう」
冥は月夜の頭を撫でる。
「えへへ」
俺に抱きついたまま月夜は気持ちよさそうにはにかむ。
毛に覆われ三角に尖った耳がピクピクと震え、同じく毛に覆われた尻尾をバタバタと月夜は振る。
狼系の獣人と冥は最初に会ったときに教えてくれた。
親元を離れこの街で暮らしているらしいが、どうやって生活しているのかは分からない。
聞いても応えてくれず、寂しそうに目を逸らして俺に抱きつくのだ。
その時彼女は俺の腹に顔を埋め、暫くそうする。
そうやって寂しさを誤魔化す月夜を見ると、それ以上聞くことは出来なかった。
「よしよし」
だから俺は、たまに寂しさを紛らわせられるよう月夜と遊んでいる。
月夜は俺に抱きついたまま回り込み、腹側に来て俺を見上げた。
「ね、にーちゃん行ってきます!」
月夜は高校生ではないので学校が違う。
寂しがり屋の月夜は、俺が小学生の頃に出会った。
だが月夜の世話をしている老人によると、月夜は俺と一緒にいたいとわがままを言うようになったらしい。
だから朝はこうやって少し会話してから月夜は学校に向かうようになっていた。
「行ってらっしゃい、月夜」
笑顔で返すと月夜はもう一度俺を抱きしめ、離れる。
手を振って、駆け出す月夜は少し行ったところで振り返り、またこちらに手を振った。
俺は月夜に手を振って通学路をまた進む。
「毎朝ご苦労様」
冥が歩き出す俺の横につき、言った。
「あれぐらいなんでもない」
「月夜は守人のお陰で笑顔になっているのよ」
「あれからもう10年だぞ。
彼女なら俺がいなくても明るくできるよ、きっと」
本心だ。
彼女の可愛い仕草や笑顔、明るい性格、将来はきっと美人になりそうな整った顔立ちなら人気者になることは簡単だろう。
俺がいなくても友達は沢山できるはずだ。
「可愛いからね」
「そう。
でも笑顔になるきっかけは守人が作ったのよ」
前を向いて歩く。
冥に褒められると、照れて顔が赤くなってないか心配になるから、冥に顔を向けないようにするためだ。
「照れてる?」
楽しそうに笑いながら冥は俺の隣を歩く。
「少し」
嘘を吐いた。
本当はとても照れている。
「本当に少しだけ?」
俺の顔を覗き込むように見てくる冥の追求から逃れるために、俺は周りを見て話の種を探した。
そして、見つけ、足を止めて見上げる。
「あ……」
魔王城に取り付けられた街頭モニターに、今人気絶頂のアイドル星野美海が写っていた。
星野美海は下半身が魚だかイルカだかの人魚姫アイドルだ。
ステージに大きな水槽を設置し、泳ぎながらパフォーマンスしつつ歌うステージはとても好評らしい。
俺はあまり興味はないが、友人と話を合わせるために曲だけは何度か聞いていた。
「星野美海?
ああいうのには興味がないと思っていたけど、守人も男の子なのね」
「どういう意味だよ?」
冥の口調にちょっとムッとして聞き返す。
確かに家ではアイドルの趣味を口に出したことはない。
「そりゃ知識程度はあるさ。
でも知ってるだけで好きな訳じゃない」
「でも、少しは気になるんでしょ?
立ち止まって見上げる位だもの」
本当はその通りで、少し気になっていた。
星野美海の歌に聴き惚れたこともあり、芸能人の中では最近一番気にはなっている。
「残念ね。
昨日までなら会わせてあげられたのだけど」
「えっ?」
冥は誇るように腕を組み、俺と向き合った。
「彼女、私の友達だもの」
初耳だ。
冥の交友関係は謎に包まれている。
確かに家事をやってくれるし、母親代わりだけど、時々俺を置いて出かけるのだ。
冥は友達に会いに行くとか、父親に会いに行くとか言っていたが、彼女自身の交友関係を俺は知らない。
「でも彼女、今日からツアーなのよ。
今頃は東京への海路を泳いでいると思うわ」
「泳いで行ける距離……だっけ?」
この街から東京まではかなりの距離があったはずだ。
「セイレーンよ、海魔だもの」
魔族って凄い。
俺は改めてそう思った。
「ま、興味があるならあとでディスクあるから聞かせてあげる。
行きましょ」
そう言って冥は俺の手を引いて歩き出す。
足を止めて話し込んでしまった。
少し早足になって冥の横を先行するように抜けて、「少し急ごう」と俺は冥に言う。
「時間に余裕はあるから焦らないの」
冥は俺の手を少しだけ強く引いて俺の歩くスピードを落とさせる。
「焦って事故でも起こしたら事だもの」
進もうとした先の交差点で車がこちらへ曲がって来ていた。
魔王城の周囲を半周囲む道路で、中央商店街からは離れているため車通りはまばらな道だ。
「う、うん」
冥がいなくて走ってたら事故ってたかもしれない。
俺は冥に頼り切りで、こういう時も情けないなと反省する。
少し自立した方がいいのかもしれない。
「さ、いきましょう」
冥は俺に微笑みかけ、再び俺の手を引いて歩き出す。
カバンを持った方の腕の指先で頬を確認すると、少し熱かった。
俺も大概、冥に弱い。
角を曲がって魔王城半周通りに出て反時計回りに歩く。
ここから暫く程度、冥と俺はたわいもない話をするのだ。
大体、最初はその日の夕飯が話題になる。
作るのは大抵が冥だけど、冥が用事があるなら文藍が作るのが我が家だ。俺は食べる人。
「今日は何が良い?」
冥が聞く。
夕飯のことだ。
俺は少し考える。
昨日は確かハンバーグだったか。
何か手間の掛からないものがいいだろう。
「んー、サラダ、かな」
今日はこんな会話から始まって、ニュースやアイドル星野美海について軽く話した。
冥が星野美海の曲でいくつかおすすめを挙げ終えた頃、この街で一番広い道路にさしかかる。
メインストリートの魔王城正面通りだ。
少し視線を動かせば、魔王城の堂々やる姿が見える。
築十九年程度の新しい建物だが、魔界の職人と大工の技は速く正確で安心、それでいてデザインからくる威風を放っていた。
正面通りの脇には地下街との連絡口がある。
その地下市街との連絡口から赤い少女が出てきた。
「あら二人とも。
おはよう」
赤い日傘を差し、赤い改造制服と手袋を着込み、長い金髪を頭の両側で纏めた彼女は、クラスメイトの歩門・真紅。
吸血鬼である彼女が地上の学校に通う理由は分からない。
日光に弱い魔族が多くいるこの街は地上だけでなく地下にも街がある。
人が住み、商い、働く地上と変わらぬ街があるのだ。
「おはよう真紅」
冥が真紅に挨拶を返す。
「おはよう歩門」
俺も冥に倣って返した。
「今日も二人?
お熱いのね」
俺は暑いのは君の格好では?
というセリフを飲み込む。
「そんなんじゃないさ」
まだ、と心の中で付け足した。
横目で冥を見ると、いつもの様に曖昧な微笑みを返していた。
「ふぅん?」
真紅が腰を曲げ下から覗き込むように俺と冥を見比べる。
2,3回左右に真紅の視線が往復すると、彼女は満足したのか姿勢を戻した。
「まぁ良いわ。
一緒に行きません?」
そう言って歩門は俺のカバンをもった方の腕に自分の腕を絡めるように組む。
「あ、歩門!」
「もう十年以上の付き合いなのにまだ名字読み?
そろそろ名前で呼んで欲しいわね」
何を今更とは思ったが、歩きにくい上に胸が腕に当たって感触が良い。
気恥ずかしさで顔が熱くなってしまう。
「分かった!
名前で呼ぶから」
真紅が今日突然言い出した理由は分からない。
が、こうも密着され続けるのも嬉しいけど困るものがある。
心なしか冥が俺の手を握る力が強くなった気がした。
「真紅、腕を離してくれ!」
「いいじゃない減るものではないのだし。
それに貴方も嬉しいのでしょう?」
嬉しいけど。
そうは言いながらも真紅は俺の腕を離してくれた。
「さ、行きますわよ」
真紅は俺から離れ、日傘をくるくる回しながら先へ歩き出す。
表情は日傘に隠れて分からなかった。
「私たちも行きましょう、守人」
「あ、あぁ」
俺は冥に生返事を返しつつ、冥に手を引かれて真紅と冥の後をついていく。
冥と真紅は友人で、よく家に真紅が来たり2人で出かけたりする。
だから、と言うわけではないだろうが、合流してから五分くらい、冥と真紅の会話を聞きながら歩いた。
時々俺に話を振ってくるので聞き流すわけにもいかない。
俺の家から正面通りまでの距離と、正面通りから学校までの距離は大体同じくらい。
半周通りから少し街中に歩いた所に俺達の通う学校はある。
正面通りから学校の方を見上げると、空を飛べる生徒達が数人高いフェンスを越えて登校する姿が見える。
フェンス越しに校内を除くと流鏑馬部のケンタウロス達が弓を持ったり弓を持った生徒を背に乗せていた。
「流鏑馬に興味がおあり?」
いつの間にか立ち止まっていた俺に、真紅が振り返って聞く。
「いや、目に入ったからさ。それに、あそこにいるの、同じクラスの泉都さんじゃない?」
俺は横切るように駆けて的を射った小柄なケンタウロスの少女を指さす。
小柄、といってもケンタウロスの中では、の話。
「あら、本当ね」
俺が指を差した方を見て呟く。
泉都さんは綺麗な金髪と芦毛を持っていて、何度か流鏑馬部の人に誘われていた。
ずっと断っていたけど、OKを出したんだな。
「背中に誰かを乗せなくてもいいと聞いたからよ」
泉都さんを見る俺に真紅が言う。
「流鏑馬部の練習風景見ていると誤解するけど、メインは普通の馬に乗るかケンタウロス1人でやるものだわ。
アレらは彼氏彼女だから背に乗せているの」
真紅が親指を立てた形にした右手を左右に振り、奥の方を指し示す。
その先を目で追うと、奥のほうで乗り手と談笑するケンタウロス達がいた。
俺は真紅の言葉に納得しつつ頷いて、登校を再開させようと冥と真紅に目で示してから三人で歩き出す。
羽持ちの生徒が羽休めに留まって揺れるフェンスを横目で見た。
浮いたり走ったり首を落としたりする生徒達の何人かにクラスメイトを見つけ、挨拶した。
ケット・シーの先生が原付に乗って道路を走っているのを見た。
ラミアの上級生が引き摺る長い胴を邪魔そうにまたぐアラクネ先輩もいた。
そうしながら俺と冥、真紅は残りの道を急いだ。
校門から敷地に入り、フェンスに沿ってグラウンドの外周を歩く。
グラウンドと外周は桜の並木で仕切られており、入学式の時は美しい花を咲かせていた覚えがある。
「それでは教室でね」
「ああ、またあとで」
一般生徒用の昇降口で真紅と別れる。
彼女は吸血鬼なので、日光が入らないようになった出入り口でないと、日傘を畳むときに日光に当たってしまうのだ。
だから彼女達のような日光に当たってはいけない生徒専用の昇降口がある。
真紅が日傘の影で小さく手を振ってきたので、俺は大きく手を振り返えした。
唐突に日光が何かに遮られ暗くなり、またすぐに日向に戻る。
遅れて独特な魔力がうねるさざ波のような音と、まばらな破裂音が耳に届く。
空を見上げると、大きなドラゴンが何人も編隊となって東の空に飛んでいくところだった。
翼によって光の粒子が叩かれ後方に散る。
あの光を噴射し、魔力の密度が高い空間を羽ばたくことであの体型で空を飛んでいるとテレビでやっていた。
全身から魔力光を出している細長いドラゴンもいる。
彼、彼女かな?――はあまり見たことがない。
虹色のひらひらを後方に棚引かせている美ドラゴンもいて、俺は何か物々しい雰囲気を感じた。
「何かあったのかな」
「さあね」
俺の呟きに冥が素っ気なく答える。
「それより早く入りましょう。
学校に」
冥は俺の手を引き、昇降口の階段に足を掛けた。
魔族や人間の友人と、この街で生きる俺の日常は、こうやって始まる。
冥と一緒に生きるこの平和な時間が、俺は溜まらなく好きだ。
次回の更新は7/20の夜8時から9時の間に投稿予定です。
と、おもったけどやめました。
今から投稿作業します。
投稿しました。
コレで合わない人も次の話までは読んで欲しいなあと思ったり思わなかったり。