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湯あたりシンドローム

「ツバサお兄ちゃん! いいでしょ! ねぇツバサお兄ちゃん! 」


「くっつくな! 早く出ていけ!」


「そう言って一人美少女の身体を堪能しようとしてるんでしょ? いやだぁ、一緒に堪能する! さわさわさせてよ」


「セクハラ目的か! 俺は男だぞ! お前も裸見られるんだぞ!」


「いいよ、別に。どうせ小学3年の頃からとくに成長してないし。まだツバサお兄ちゃんの記憶に残ってるんじゃない?」


「ばっ……変なこと言うな!」


「きゃー! 恥ずかしがっちゃってかわいい!」


「もう、さっさとこの手を離せよ!」


「いやだぁ!!」


風呂の脱衣場からぎゃあぎゃあと騒ぐ二人の少女の声が聞こえる。いや、正確には一人の少女と元男。


晩ご飯を食べていないというのにうちの妹はなぜあんなにも元気なのか。少しはめげろよ。


というか、なぜ元男と普通に風呂に入ると言う発想が出るんだ? 見た目重視かよ。やらしいやつだな。


もう夜も更けて来たので非常に近所迷惑。一応様子を見に行く。そこには下着姿の妹と、服を脱がされまいと必死で押さえているツバサがいた。


「……ちょっとモモ。いい加減やめなさい。あんたたちかなり大きい声で叫んでてうるさいよ」


「あ、お姉ちゃんも一緒に入ろうよ」


「嫌に決まってるでしょ。ツバサも困ってるし、しょうもない目論見は諦めなさい」


「なんでやねん! 男の人っちゅうもんは普通女の子の裸が見とうてしゃあないもんやないん? 自分で言うんもあれやけんど、私ってかわいい方やで? クラスの男子に告白されたことやってあるんや。そういう人らから見ればすごく羨ましいシチュエーションやろ!」


「……う、うざ……あ、あれよ。不純異性交遊ってやつ。健全じゃないよ」


「やれやれ子供だねお姉ちゃんは」


「はぁ!? 誰が子供だ!」


「もういいよ。わかりました。ツバサお兄ちゃんの後に入ります。あーあ、せっかくイチャイチャしようと思ったのに」


「こいつ……」


呆れたようにそそくさと風呂場から出ていくモモ。ツバサはほっとした表情を見せていた。なんだかんだでうぶなのかも。


「……ツバサもツバサだよ。あんなのさっさとひっぺがせばよかったのに。本当はちょっと期待してたりしたんじゃないの?」


「馬鹿言うな! アイツが凄い力で離してくれなかったんだよ。俺、今あまり力ないから……」


「じゃあ私が来なかったら一緒にお風呂入ってたの?」


「そんなの……」


「……ま、いいけど。あの娘暴走すると周りが見えなくなるみたいだから気をつけてよね」


「……わかってるよ」


しょんぼりとした顔のツバサはちょっと可哀相とは思ったけど、女の子になりたいなんてふざけたことを言ってたんだから、いい薬になったような気がする。


それにしてもツバサも女の子の裸にはやっぱり興奮したりするのだろうか。平然と自分からお風呂に向かったのでなんか違和感ある。普通恥ずかしがらないかね。それとも女の子になった喜びが大きいだけか。


ま、どのみち楽しんでそうではあるけど。ツバサの身体だから好きにすればいい。私がとやかく言うことじゃないね。ただし、妹と入るのだけは阻止しないと。





ツバサがお風呂に入って30分が経った。まだ出てこない。男にしては長くないかな?


「ツバサお兄ちゃん、遅いね」


「う、うん」


「は、もしかしてあれやこれややって逆上せているのかも!!」


「ツバサをあんたと一緒にしないでよ」


それにあれやこれやって何よ。考えたくもないけど。


うずうずとしているモモがとても気持ち悪い。口こそ閉じているものの、その顔からは本性がにじみ出ている。


(遅いなぁ、心配だなぁ、一応確認するべきだと思うなぁ。これは仕方なく見に行くんだから問題ないよね、ぐへへへ)


――と、この辺りの発想で間違いないだろう。


「――残り湯、ぐへへへ」


「もっと変態なこと考えてる!?」


「ジュル、な、なんのこと、お姉ちゃん」


「あんたが本当に私の妹か疑いたくなってきたよ」


「サラブレッド過ぎて?」


「ある意味ね。……あんたはここで待ってなさい」


もう私が見に行こう。脱衣場から声をかけるだけなら問題ないでしょ。それにモモに行かせるのは危ない。


けど、予想通りモモは食い付いてきた。そして演技臭く私に言う。


「な、なんでお姉ちゃんが行くの? やめときなよ。好きだった男の子が、可愛い裸体を曝しているのを見たくないでしょ? そんな辛い思いさせるくらいなら――私が代わりに受け止めるよ、その辛い現実。うん、お姉ちゃんはここで待ってて、私が必ず美少女の裸体を拝んでぐへへへっへへ――」


「演技するなら最後までちゃんとしなよ!! もう、あんたは空腹でくたばってなさい」


「そ、そんなぁ……ぐふっ」


これまたわざとらしく床に倒れこむモモを尻目に私はお風呂場へと向かった。


さっそく脱衣場の戸をノックしてみる。


コンコン。返事はない。まさか本当に逆上せたんじゃ……!!


「ツバサ!!」


急いで戸を開ける。思った通りそこにツバサはいなかった。まだお風呂の中に――。


ど、どうしよう。やっぱ確認しなきゃいけない……のかな。で、でもモモの言っていたことも一理ある。私、ツバサが女の子の裸をしてるところを見たくはない。


「つ、ツバサ……」


もう一度呼んでみる。返事さえしてくれれば問題ないんだ。お願い――。


でも、そんな願いはむなしく終わる。返事はない。さすがにおかしいのは事実だ。心を決めて入るしかない――。


「あ、開けるよ……」


少しだけ震えてしまっている手で、私はすりガラスの戸を引く。


「つ、ツバサ!」


本当はまたギャグか何かで私をからかおうとしてるのだと思った。そうであって欲しかった。でも現実は違う。そこには浴槽の中でゆでダコみたいになっているツバサがいた。


目を閉じていて、軽くお湯の上に浮いていた。もちろん裸。目を逸らしたくなった。


でも見えてしまった。その細い、頼りない身体。僅かながら膨らみを帯びた胸。そしてその真ん中で少しばかりだが自己主張するピンク色の突起。お湯の中に浸かってはいるが確かにアレがないのもわかる。


そうだ。目の前にいるのはただの女の子――。


気分が悪くなる。浴室に広がる熱気がさらにそれを加速させていく。この場に長くはいたくない。早く出よう。


靴下も脱がず私は中に入る。そしてびしょびしょになっているツバサを服が濡れるのも気にせず引き上げる。水を帯びている身体なのにも関わらずすっと持ち上げることが出来た。あまりにも軽い。お姫様だっこの状態になる。


足元に気を付けながら私は浴室を出る。とりあえず床に寝かせタオルで全身を拭く。なるべくツバサを見ず、手探りでタオルをあてて。


ある程度水気が取れたところであることに気が付いた。脱衣場の籠の中に着替えが入ってなかったのだ。多分ツバサは着替えがなかったため、外に出られなかったのかもしれない。


今から服をとりにいくにもこの場を離れるのは心配だ。だから仕方なく身体にタオルを巻きリビングまで運ぶことにした。


「お姉ちゃん、どうだった……ってうおぅ!?」


さっそくの光景に驚くモモ。さっきまであれだけすちゃらか言ってたものだが、さすがにこの状態のツバサを見ては冗談をいう気にはなれないようだ。


逆上せるどうのこうの言っていたのも冗談のつもりだったのだろう。この狼狽ぶりをみてそう思う。この子はいざってときに頼りにならないのだ。


「えっと、えっと、えっと――」


「モモ、あんたは着替えを取りに行って。私の服でいいから。私はツバサを冷やしてるから」


「あ、うん、わかった」


すぐにモモはリビングを出て行く。そのうちに私はツバサを床に寝かせ、濡れタオルを用意する。そしてツバサの頭にあてゆっくりと冷やしていく。たぶん大事にはいたらないだろうけど目を離すことはできない。


「なんでこんなことに――」


思い返すとだんだん悲しくなってきた。憧れだった幼馴染がいきなり女の子になって、今では私より頼りにならない状態で……私の憧れていたものはどこかに消えてしまって。いるのは目の前のひ弱な女の子。


「う、うう……」


ツバサが意識を取り戻す。目をゆっくりと開き私を見つめてくる。


「あ、れ? 俺……」


「バカ――」


いまいち状況が読めていないツバサに呆れてしまう。心配して損した――なんてことはないが拍子抜けだ。


「あんた、のぼせてたんだよ。お風呂で」


「あ、ああ――着替えなくて、どうしようか悩んでて……一応扉越しに呼んだつもりだったんだけど。返事なかったから、体冷やすのもよくないかと思ってまたお風呂に入ってそのまま――」


「もういいよ、面倒くさい」


「め、面倒くさいって……」


それだけいって私は離れる。冷蔵庫から清涼飲料水を取り出しツバサに渡す。水分は取っておいたほうがいいだろう。


ツバサはそれを両手で受け取っていた。そんな小さな仕草に私はイラッと来ていた。


「お姉ちゃん、着替え……」


モモが帰ってきたみたいだ。手に持っているのは私のジャージと薄いTシャツ、そして下着だ。普通の押さえ気味のセレクトに安心する。


「ありがとうモモ。じゃあ部屋出るよ」


「……うん」


ツバサに着替えを渡し、さっさと出ていくことにした。モモも後ろからちょこちょことついてくる。部屋を出たとこでモモが口を開いた。


「ツバサお兄ちゃん、大丈夫そう?」


「うん、そうね。身体は」


「え?」


言葉の意味を上手く汲み取れなかったモモはただ呆然と立ち尽くしていた。私はそれ以上余計なことは言わなかったので、ずっとモモからの視線を浴びることになった。


気にはなっただろう、だけどモモもこれ以上は聞いてこなかった。ありがたいけど、どうせなら言いたいこと言ってしまいたい気持ちもあった。




ツバサは心の病気だ、って――。








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