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自分らしくを貫いて?

「まず、知ってるとは思うけど、私の妹かなり変わってるから」


「あれだろ? ゲームしながらじゃないと勉強ができないとかいうやつ。前に愚痴ってたじゃないか」


「違う。あんなの序の口。もっと変なの! 例えば……いや、もう実際に見てもらったほうが早いね」


「帰ってきたか――」


私たちは部屋の整理をしていた。といっても使ってないカーペットやちゃぶ台を運んだり、布団をクロゼットに入れておいたぐらいだけど。もう十分暮らせるレベルに準備はできた。それからしばらくこれからについて話し込んでいたんだけど……どうやら妹が帰ってきた。もう、夕方になっていたか。


うちの妹は帰ってきたらすぐにわかる。なぜなら――。


「ただいまああああーーー!」


「……」


大声でただいまを言うからである。いや、それだけなら普通、まだ普通なんだけど……これ、家の外から言ってるんだよね。もちろんツバサもこれくらいは昔からご存知のようで……彼の中の私の妹の常識になってるみたいだ。あまり驚いていない。


「元気な妹だよな」


と苦笑いをするだけだ。しかしあの妹、玄関を開けるのはすごく丁寧で、物音をぜんぜん立てない。実はこれって昔お父さんが教育してたことに関係があるんだよね。


挨拶は大きな声で。ものは大事に扱いなさい。礼儀を重んじなさい。食べ物は残すな……など。彼女はこれらを誇張した表現をしてしまうのだ。


「うちの妹ってさ。基本的に子供っぽいの。私と二つしか変わらないのにね。外ではそんなに言うほどあれじゃないけど、家の中だとわかりやすいよ」


「いや、なんとなく気付いてはいたけど。何度かハルの家に上がったときに見た記憶ではそんなに言うほどでは……」


「今、なにしてると思う?」


「え? そう言えば来ないな……」


「洗面所で手を洗ってるの。あの娘はリビングに入る前に手をきちんと洗う」


「いい子じゃないか」


「……まあね」


これだけなら、元気で素直、マナーのいい妹。だけど、それが行きすぎると逆効果だ。それをツバサはわかっていない。


カチャ、扉が開かれる。妹が丁寧に入ってきたのだ。


「ただいま、お姉ちゃん。今日のご飯なに……」


リビングに入って真っ先に私の顔を見る。そして、すぐにもう一人の存在に気付く。


すると、彼女のとった行動は……。


「はっ! 失礼しました。ようこそいらっしゃいました! 私、この天野ハルの妹であります、天野モモでございます。狭いところではございますが、どうぞごゆっくりくださいませ」


「え?」


思ったとおり、ツバサは唖然としている。そりゃそうだ、いきなり初対面ではないうちの妹が、正座で構え頭を下げながら挨拶をしたのだから。


しかし、妹にとっては今のツバサは初対面も同然。これがこの娘の習慣なのだ。


「あ……モモ、頭あげて。あと話があるからここ座って」


「はい、お姉さん」


ツバサは「いや、さっきまでお姉ちゃんって……」と呟く。あまりの態度の豹変に頭が追い付かないのだろう。ツッコミたいこともあるだろうし。


「失礼します」


そう言うと私のとなりにゆっくりと座る。背筋をピンと伸ばした綺麗な姿勢で。思わず、ツバサも改めまって姿勢を直している。まぁ、いいか。紹介なんだし。


「ゴホン。モモ、この人は今日から新しくこの家に住むことになりました」


「えっ? 左様でございますか。しかし、なぜ突然に?」


「……まぁ、いろいろあってね。で、この人が誰かわかる?」


「存じ上げておりません。初対面にございます」


こんな妹のようすにむず痒そうな顔のツバサ。いや、気持ちはわかるよ、この娘の思う礼儀正しいはおかしい。


「して、この方はどのようなお知り合いで?」


「幼なじみ。名前はツバサ」


「はぁ。ツバサ様でございますか。どうもはじめまして。天野モモでございます」


「いや! 少しぐらい気付けよ!」


と、ツバサは思わずツッコミを入れた。あえて幼なじみと言ったのになんの違和感もなく自己紹介に入るのはさすがとは思うけど……幼なじみでツバサって言ったら気になることぐらいあるだろう。


立ち上がってツバサは言う。


「モモ、俺だよ俺! ツバサ!」


「はい、先ほどお姉さんから聞きましたが」


「違う、そうじゃない。こいつの幼なじみのツバサ!」


「ええ、それも同じく。しかし、あなたのような幼なじみがいらっしゃったとは……」


「あぁ!!」


ついにツバサは発狂した。耐えられなかったのだ! 妹の理解力のなさ、そしてとぼけた態度に。


仕方ない、説明に入ろう。このままでは埒があかない。


「モモ、ツバサだよ。男のツバサ。ほら、隣の家の」


「はい、隣のツバサさんは私も存じ上げております。しかし、この方は……」


「だから、同一人物なの」


「……?」


「彼女は、隣の家の、男の、ツバサ!」


「いや、なにを……」


「ツバサが女の子になったの」


「……なにをいっとん!?」


さすがのモモも苦笑いで私たちをみる。まるで可哀想な人を見ているような目で。そりゃ、いきなりこんなクレイジーなことを言い出せば実の姉とは言え頭おかしくなったんじゃないかと思うだろう。


だけど、事実は事実。しっかり理解させねば。


「いや、なにかの病気なのか超常現象なのか……とにかく朝起きたらこうなってたの」


「朝起きて美少女て、んなん漫画やないんやから、冗談やめてよ」


「……おい、ハル。こいつなんで関西弁なんだ」


「関西弁やないけん! 失礼なやっちゃな!」


「……この子、驚いたりすると色んな言葉が混ざるの。ツバサはあんまり見たことなかったかな。どうやら、漫画やゲームの所為で変な癖がついたみたいでね――」


モモは、自分を作るのがうまい。例えばさっきの妙に改まった感じとか。コロコロと変わる自分を演じるのが好きらしい。


しかも自分が変人とは自覚してるのだ。だからこそ割り切って自分を演じられる、TPOをわきまえて。いや、実際は見当違いも甚だしい判断なんだけど。


だから、突然のことがあったりするとなにを演じればいいかわからなくなり、ごった煮の口調になったりする。


「モモ落ちついて、まずいつもの自分に戻って。相手はツバサ。ほら、いつも通りに……」


「う……本当にツバサ兄ちゃんなの?」


と、モモは言うものの顔はかなり複雑な表情をしている。笑いを堪えているような憂いを帯びているような。口角が吊り上がっていて、もうまともに話を聞く気があまりないように見える。


口調も若干喧嘩腰で、しようがなしに付き合ってあげる感がぷんぷん漂っている。


ツバサもそれを感じたらしく、むすっとしているみたいだ。勢い良く席をたつ。


「お、俺は間違いなくツバサだ。お前のこともよく知ってる……つもりだったがさっきのでよくわからなくなったよ……まぁ、それはどうでもいい。とにかく、しばらくこの家に泊めてもらうことになったんだ。だからお前にも一応状況を伝えようと……」


「ツバサ兄ちゃんなら……」


モモはなにかを言い始めた。


「もちろん、お姉ちゃんの……パンツの匂い、知ってるよね?」


「「はぁっ?」」


と、突然なにを言いだすんだこの小娘は! パンツ? 私の? ツバサが知ってる? 匂い!?


「お姉ちゃんに黙って嗅いでいたあのときのこと、私に見つかって黙ってろと懇願したあのときの……」


「ツバサ! どういうこと!?」


「いや、違う、これは嘘だ。出鱈目だ! モモは俺たちをからかってる!」


「嘘? 知らないんだ。じゃあやっぱ、偽物か。私は騙せないよ」


「ぐっ……」


もし……もし、仮にその出来事が本当なら、ツバサは言えるのか? 本人証明のために? でも、嘘なら言えない、事実がないから。


「ぐぬぬ……モ、モモ、俺は……」


「なんてね、冗談だよ」


「へ?」


「ツバサお兄ちゃんにはわかったでしょ? からかってるって。でもね、お姉ちゃんは違うの。意外に純真無垢だから真に受ける。ツバサお兄ちゃんの反応を見たかったわけじゃない。お姉ちゃんの反応を見れば……あの焦りよう、どうやら本当にツバサお兄ちゃんみたいだね」


「こいつ……」


なんと、モモはここまで計算高かったか。普段アホなところしか見せないこの娘が瞬時にこんな判別方法を。感心感心。だけど――。


「よくも、からかったな! あと、私が純真無垢ってアホか!」


「そんなことはもういいじゃん。それよりなんでツバサお兄ちゃんが女の子になったか……だけど」


「それは俺にもわからない。考えるだけ無駄だと思う。だから、しばらくは身を隠す。もし戻りそうにないなら……病院なりなんなりに行くさ」


「なるほど、一時避難ってことですね。親にばれたらやっかいだもんね」


それにしても飲み込みが早い。あまり説明は必要なさそうだ。そう言えばモモ勉強は出来るほうの人間だったな。


「……というわけだ。よろしく頼む」


「うん。ツバサお兄ちゃんに言われたら仕方ないね。私の評価はお姉ちゃんの評価だから。お姉ちゃんの評価を落とさないためにも私が断るわけにはいかないね」


「は? どういう意味だよ、それ」


「え? いやいや、もしお姉ちゃんの評価が落ちてツバサさんが――」


「モモ、ちょっと話があるんだけど?」


「へ?」


と、私はモモを引っ張り部屋の外へと連れ出す。余計なことを言い始めたからだ。


「モモ、あんたなにを言おうと思ってた?」


「ふん? そりゃ、お兄ちゃんにお姉ちゃんが嫌われたらかわいそうだと」


「さっきよりストレートだし! なんでそんなこと言おうとするの!」


「いや、お姉ちゃんのためにさ。わかりやすく思いを伝えてあげようと……だめだった?」


「だめに決まってるでしょ! 特に今は」


特に今は……あんな状態のあいつに思いを伝えたって……。


「ふーん。ま、そうだよね。ごめんなさい。無神経だったよ」


「……わかればいいのよ」


「じゃ、とりあえずツバサお兄ちゃんのところに戻っていい?」


「……うん」


モモはそそくさと部屋に戻ろうとする。この娘は考えていることが分かりづらいから扱いが難しい。放っておくと余計なことを言いだす。これからの生活で一番大変なのはツバサより妹のほうかもしれないな。


少し間をおいてから私も部屋へと帰る。そこにはツバサに土下座をしている妹がいた。


「お願いします!」


「やだ。嫌に決まってるだろ!」


どうやらツバサになにか頼み混んでいるようだけど……一体なんだろう。ツバサは嫌がっているみたいだけど。


「ツバサ、どうしたの?」


「こ、こいつが……」


「美少女とお風呂に入るのが夢だったんです! ぜひっお願いします!」


「おい! なに言ってるの!」


――あんな話をした後だというのに、この娘は!! というかこんなこと言いだす奴だったっけ。


あぁ、そうか。超常現象の所為で浮かれているのか。ツバサと同じように。当たり前といえば当たり前だけど、人によればただ驚きおののくしか出来ないと思うけどね。


ま、とりあえず。


「モモ。今日ご飯抜きね」

ここで補足。本文に入れてもよかったんですが……。


最後のご飯抜きはただだらしない妹に体罰を与えているだけではありません。


急なことだったので冷蔵庫の中身がないのです。天野家は二人暮らしの倹約家なので、買いだめ周期があり、ちょうど枯渇していたというわけです。


基本的に二人分のご飯しか用意できないので、今日だけは我慢してね? という姉からのお願いなのです。


もちろん体罰での意味が強いですけどね。なんせ買いに行けば済む話ですから。あえてそれをしないということは、まぁそういうことです。


以上。

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