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気持ち以外も一新して

ツバサは酷く狼狽していた。いつも毅然とした態度で何事にも動じない彼がこんな表情をしているのをはじめて見た。


私がこの悲惨な光景の部屋に入ってからというものの、ツバサはずっと俯いたまま。バケツの中身もひっくり返しちゃったから、仕方なく私が回収することにした。


ツバサにはもう一度風呂に入るように言った。寒さを感じるような季節ではないけれど、ガクガクと震えている身体を落ち着かせるにはそれがちょうどいいと思ったからだ。それに服も変えたほうがいい。


その間に私はこれを片付ける。これらが何なのかも確認してみることにした。


床に広がっているそれの上に仕方なく裸足で踏み入れる。ねっちょりとした感触と音がした。しゃがんで指ですくってみると、少々粘っこく、糸を引いた。


立ち上がり、今度はベッドの上を見る。全体にゼリー状の塊が横たわっていて主にそこから強烈な臭いが発せられている。一見イチゴゼリーのようにも見えるが、現実的に見ると血の塊なのかもしれない。いや、血よりは少々色が薄いか。


意を決してそれに触れてみる。すると案外呆気なく形を変化させる。ボロボロと一部ベッドの下へと崩れてしまった。ひょっとすると時間が経って脆くなっているのかもしれない。


とりあえず、これ以上見てもなにもわからなそうだ。それにどんどんと部屋の外にしみ出しているから、さっさと片付けよう。幸い、敷いているカーペットが幾分か吸収しているみたいだし。


本棚や机とかの家具にはあまり付着してないみたいだから、とりあえず床から掃除しますか……。







時間を掛けること30分。塊のあるものはだいたい片付いてきたころ。ツバサが戻ってきた。私のお下がりのパジャマを身につけて。


「もういいの?」


「あ、あぁ……その……ごめん」


「別に謝ることないよ。感謝はしてほしいけれどね」


冗談で言ったつもりだったけど、ツバサは気まずそうな顔をした。少し悪いことした気分になる。


「えっと……もしかしてさ、私が来る前に一回シャワー浴びてた?」


手を動かしながら私は言う。ツバサの顔は見ない。その方が今はいいと思った。


この惨状のベッドから起き上がっているはずのツバサが、私が最初にみたときに汚れひとつなかったのは一度風呂に入ったからではないだろうか。だけど、違うみたいだ。ツバサは首を横に振った。


「違う……。俺は昨日ワイシャツのまま寝たんだ。だから着替えた状態ではなかった」


「……裸ワイシャツを好きでやってたんじゃなかったの?」


「……」


「でもさ、じゃあおかしいじゃん。なんで服に染みがついてないの?」


「……俺にもよくわからない。いや、順を追って説明する。もう嘘をついても無駄そうだ」


ツバサはとことこと歩き、汚れていない部屋の隅で体育座りをする。そして、私に今朝あったことの真実を話し出す。


「実は、ここにある物体と液体は最初赤褐色ではなかったんだ。……透明だったんだよ。もちろん起きたとき俺はベッドの上。ゼリー状の物体に包まれた状態で目が覚めたのさ」


「……」


「気が付いてからは即座に息苦しさを感じた。急いでベッドから転がり落ちるようにその中から脱出した。そこで自分が妙な物体に包まれていたことに気が付く。恐れながらも全身にまとわりついた透明の液体がなにかを確認した。触れて、臭いをかいだ。この時点ではそこまで臭くはなかった。だけど、もちろんのこと何もわからない。指を見たときいつもより細くなっていることに気が付いた。そう、このとき身体の異変に気が付いたんだ。そして鏡で自分の顔を見た――」


淡々と言うツバサ。だが、聞いている私は理解するのに手を焼く。ありえなさすぎることに私の脳が追いついていかないのだ。もちろん今度は嘘を言っているとは思いたくはないけれど……。


「えっと、つまりはゼリー状の物体の中で身体が変化したってこと? それも一晩で」


「たぶんそうだろう」


「で、その物体は時間が経って変化した。腐った?のかもしれないね」


「あぁ」


「それは……理解の範疇を越えるから、どうこう言えないな。だから別に今はいいよ。でもさ、私が今聞きたいのはなぜこの惨状を隠したのかってことなんだけど……」


変な嘘をついて私にいろんな誤解をさせる意味がわからない。困ったことがあるなら正直言ってもらえばなんでも手伝ってあげられるのに。


「……そりゃ、見せたくないだろ。こんなグロい光景をさ」


「本当にそんな理由?」


「……あぁ」


「もう嘘はついてない?」


「……うん」


「じゃあさ、女の子になりたいってのは?」


「本当……だ」


「わけわかんない」


「別にいいだろ……俺の勝手だ」


私は良くない、とは言えない。今この場で言うことではない。もし、ツバサが女の子のままだったら私は――。





「……こんなもんかな」


床が概ね片付いた。臭いと若干の染みが残るものの、触れてもなにも付着しない程度には綺麗になった。


カーペットもゴミ袋に入れて庭にどけておいた。あとはベッドだけだ。大きい塊はすでに取り除いて下水に流した。だから染みの付いた布団をどうするか……。重くてなかなか運ぶのは難しいだろうし。


「ありがとうな、ハル」


沈黙に耐えかねたのか、ツバサが突然に言う。


「いいよ、それにまだ終わってないし」


「大丈夫。カーペットと同じように捨てるから」


「だから、どう持っていくか……」


「俺も持つさ。ゴミ袋に詰めてよ。そしたら汚れないだろ」


「あのね、今のあんたが私よりどれだけ非力かわかってる? なんの手伝いにもならないよ」


「でも、そうするしかないよ。早くこれを片付けないと異臭騒ぎになりかねないし、親が帰ってくると面倒だ」


「……わかったよ。じゃあ手を痛めない程度にね」


言われたように私は布団を丸め、敷き布団、掛け布団を2つわけて袋に詰めた。軽く持ってみたけどかなり重い。へたすりゃ今のツバサ以上?


「じゃひとつずつ外に出すよ」


「うん」


私たちは部屋の掃除を終えた。ゴミは明日回収があるのでとりあえず私の家の庭へ移しておいた。移動中向かいのおばさんにいぶかしげに見られたけど気にしたら負けだ。


ツバサの部屋はとりあえず消臭剤を置いて鍵を閉めた。これで両親が帰ってきてもすぐに異変に気付かれることはないだろう。念のため全部屋に消臭スプレーを噴いておいた。


これにてやっと私の家へと引っ越しが完了したわけだ。ツバサの荷物は本当に少ないもので教科書と筆記用具、それと音楽プレーヤーとなんかの趣味の本だけだった。勉強は一応続けるらしいところはやっぱり生真面目なツバサらしいと思った。


着替えについては以前のものは意味がないので買うか、私の御下がりに頼るらしい。家具、寝具に関してうちにあるものでなんとかなると思う。


「うわ……こんな広い部屋使っていいのか」


掃除したての新しく住む予定の部屋をみてツバサは言った。


「うん。ここはもともと二人部屋だったからちょっと広いんだけど……あんまり落ち着かないかもね。置く物も特にないし」


「あ、オジサンたちの……ごめん。こんなところ使わせてもらって」


「いや、いいよ。家の空きスペースはやっぱりもったいないって思ってたからさ。とりあえず……ま、なんだね、ようこそ我が家へ!」


「別に何度も来てるけどな。じゃあ俺も心を一新するか。……よろしくお願いします」


ちょっと気恥ずかしい感じの挨拶を終える。とりあえず、難しいことは考えないでおこう。まずは目先のことからだ。


今日の最終課題は、妹にどう説明するか、だね――。

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