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完璧な男はすぐ傍に

「後ろなんて向かなくてもよかったのに。着替えてる俺の方が恥ずかしいんだからさ」


しばらく待っていると、ツバサから話しだした。まだ私は背を向けている。


「別に恥ずかしいからとかどうとかじゃないし。別に見てても仕方ないから」


「ふぅーん。じゃ、終わったから見て。似合ってる?」


言われて仕方なく私は振り向いた。そして、唖然とした。なぜなら、超絶に似合っているからである。


あれ? 地味な奴選んだつもりだったんだけどなぁ。


「いざ着てみるとこういうシンプルな服装って悪くないね。動きやすいし、素材の味が出るし」


「自分で言うのかよ……ま、そういうのはとりあえず鏡見てからにしたら?」


「鏡と言えば、お風呂って大きい鏡があるじゃない? あれで自分の裸を見てたらなんか背徳感がすごかったなあ。うん。変な気分になるより恥ずかしかった」


「それが普通でしょ」


「で、どう? 似合ってるの?」


しつこく聞いてくる。言いたくないんだけどな。男にかわいいなんて。ましてや今まで憧れていた幼馴染に。


「さあ。私ファッションとかよくわからないから」


だから、適当にごまかした。


ツバサは納得のいかない様子だ。まあ、当り前か。


「でも、ハルの着る服ってかわいいと思うんだけどな……」


「ばっ!!」


不覚。こういうところに私はやられるんだ。無自覚で人をほめて来る。なんて破壊力だ。


顔が赤くなってないだろうか? 私って褒められる経験が少ないから、こういうのに極度に弱い。


とりあえず、顔を見られないようにまた背を向けた。


「バカ言ってないで自分で確認してきてよ」


「……うん、そうするよ」


そういうとささっと鏡のある洗面台のところまで走って行ってしまった。スキップ気味に見えたのは気のせいだと思いたい。


間も無い内にツバサは帰ってきた。満面の笑顔を見せ私に対面する。


「結構違和感がなかった。ありがとうハル、いいセンスだよ」


さっきまで文句垂れていた口が何を言うか。なんては返さず私は無言でソファに座る。先ほどまでツバサが座っていたから微妙に湿っていた。


「で、どうするの」


「どうするって、なにを?」


「何をじゃないでしょ? いろいろ、全部! 困ることいっぱいあるじゃん。生活、学校、親、友達!」


「そうだね……両親が今いないのは好都合だったかも」


ホントに運がいいやつ。まるで漫画みたいな展開だ。親がいなくて相談する心配が無い。最悪学校にもしばらく休むって言えるから――。


「あ、明日には帰ってくるけどね」


……現実はそう甘くはないようだ。そもそも、いつもとに戻るか、戻れるかすら分からないだろう。私はなんにも知らないけど。


ツバサは私とテレビの間に入り込むようにして正座する。


「で、どうしよう!」


キラキラ眼を輝かせて言った。うれしいのか、この状況が。


「どうするも何も。とりあえずは家にいるしかないんじゃない? それか、病院に行くとか」


「でもでも、こういうのって病院ではわからないってなって、仕方なく成り行きで転校生として学校に通うことになるんじゃない? で、不便だからって女の子の生活について母さんやハルからいろいろ聞いて……」


「漫画の見過ぎ。ってか危機感ないの?」


「危機感? なんで?」


「身体丸ごと変わっちゃったんだよ。大変でしょ普通。鬱になっちゃうぐらい」


「だから、自分が夢見てたことが叶ったんだって。嫌なわけないじゃん。それからの苦労なら甘んじて受け入れるよ」


「男に……」


「ん?」


「いや、その……男の人を好きになったりしちゃうのは嫌じゃない?」


男に戻る気はあるの? とは聞けなかった。たぶん、答えは決まってるんだろう。


それでも、変なことを聞いてしまった。


「あ、え? いや、ちがうんじゃない? 別に、身体が女になったからってそんな、男を好きにならなきゃいけない道理なんてないし」


「そ、そうよね。でも、なったりするかも?」


「いやいや、ない! 絶対ない!」


「嫌なの?」


「そりゃそうだよ! 俺は男だぞ!」


言ってることがめちゃくちゃだ。女の子になったんじゃないのかよ。


いや、漠然と女になったって認識してたけど、そういえばツバサはなんで女の子になりたかったんだろう。普通……男が好きとか? でもそれはちがうみたいだ。ちょっと安心。


じゃあ、スケベな意味? 自分の体で厭らしいことをするとか? あんまり考えたくないけど、これが一番自然な気がするな。


「ねえ、ツバサはなんで女の子になりたかったの?」


「かわいいからだよ」


かわいい?


「男は――いや、俺はかわいくなかったから。ただそれだけ。でも、俺の願いは関係ないと思うよ。朝起きたらなんの前触れもなく女の子になっていたんだから。それに……そう思ってたの結構前からだし」


「なんの前触れもなく、ね」


「そう。あっ……いやまあ。うん」


「どういう現象なんだろうね、本当に。その……どこまで女の子になってるかなんて知らないけど、少なくとも身体は変わってるんだから、現代科学では説明出来ないなにかがあるのかな」


「うん……どうなんだろうね」


「だいたい……あれだって、その、無くなったわけでしょ? 削ぎ落ちたの?」


「あれって?」


「……男にしか着いてないあれだよ」


「ああ、ち――「言わなくていいから!」


こいつ、女の子になったからには、デリカシーに気を付けてもらいたいな。発言に男臭さを隠せてない。本人は女の子っぽく話してるつもりなんだろうけど。


だからこそ、滑稽だ。


「で、どうなの。痛かったりしたとかない?」


「えっ? な、なんで?」


「身体が作り変わってるんだから、普通痛みを伴わない?」


「さぁ。寝てた間に変わってたからわからないなぁ」


言い方がふてぶてしい。本当にどうでも良いみたいだ。


「で、いつ帰るの?」


「えっ?」


「ずっといるつもり? 今日、学校あるでしょ?」


そうだった。いつも通りこいつが家まで迎えに来なかったから、仕方なく様子を見に行ったら――こうなってたんだった。


玄関前の廊下でワイシャツ一枚の少女を見たときは本当に心臓が止まるかと思った。ツバサは一人っこだったから、一体誰だ! って。


まぁ、ツバサしか知らないこといっぱい知ってたし、それに――なぜだか、雰囲気でわかったんだ。

「学校か、忘れてたなぁ……でも、もうお昼だし、今から行っても仕方ないから」


「だからって、ずっといるの? まさか、泊まるつもり?」


「あ、いや、そこまでは考えてなかったなぁ」


「一応、男と女の関係なんだから、それは不味いよ。だから、お下がり願いたいのですが」


「でも、一人で大丈夫なの?」


「もちろん! 明日も学校休むからそんで両親と話し合うよ」


「ふぅん……ねぇ」


「なに?」


「家にこない?」


「えっ? な、なんで?」


「ほら、家って二人しかいないから寂しいし、それに両親に隠しておけるじゃない」


「いやいやいやいや。さすがに女の子二人に囲まれて暮らすのは……それに、親にはやっぱり言うべきだと思うし」


「ツバサだってもう女の子じゃない。でも、確かに親には言うべき……かな? 実際黙ってた方がいい気がするけど」


「なんで?」


「なんでって……ツバサは一人息子なんだから、女の子になったなんて聞いたら悲しむよ、きっと」


「あっ……そう、かな」


「たぶんね」


「――そうだ。そうだな。ごめん。やっぱりお言葉に甘える」


真剣に考えた結果、みたいた。何度も確認するように頷く。


「とりあえず、合宿かなんかって言っておく」


「部活入ってないのに?」


「借り出されたとか言っておけば大丈夫」


「でも、どうやって伝えるの?」


「それはハルに頼むよ」


「ま、そうなるよね」


「じゃあ、準備するから。先に家に帰っておいてよ」


「荷物があるなら私が手伝うよ。今は非力だろうし」


「大丈夫。小物だから。それより、俺の寝床確保頼むよ」


「そうね、わかった」


「じゃ、頼むよ。ばいばい」


言うなり、足早に自分の部屋へと戻っていった。


私も、自宅に帰ろう。

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