憧れって奴は儚い物で
幼馴染が憧れってどうよ?
いつも同じ時間帯にならんで登校するこいつ。ものすごいイケメン。ものすごい天才。そして――
「お、気をつけろよ? 車、危ないから」
と言って引きよせてくれる。内面もイケメン。
私が出会った人生の中で一番パーフェクトな彼は私の幼馴染だった。
そして、こいつの一番近くにいることが、私の誇りだった。
そのぐらい私はこいつにベタ惚れだったのだ。
そう、この日のこの時点までは。
「今日って、なんの授業?」
彼は私に聞く。
「数学。あと、体育かな」
「体育……」
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
一瞬凄い難しそうな顔をした。この時からおかしいと言えばおかしかったんだ。
体育の時間。この日はバレー。奴は高身長を生かし、相手のコートにばばんとスパイクを叩きこんでいた。
私は運動が得意ではないから、そんな彼を女子のコートからぽけーっと眺めているだけだった。
そして、ボールが頭にヒットする始末。レシーブだったからまだよかったんだけどね。
彼は皆に囲まれていた。皆が彼に言うセリフは決まっていつも通り。
「最高、かっこよかったよ」
男子女子問わず皆そう言うのだ。ただ、そんなときの彼の表情はひいき目に見ても笑っているとは言えなかった。
私はそのときは、謙遜しているだけなんだと思っていた。
「ツバサ、一緒に帰るんでしょ?」
放課後、私は彼を誘い、一緒に帰ろうと促す。
「ハル……直帰だよな」
「ちょっき? まっすぐ帰るってこと? 今日は寄りたいとこあったんだけど」
いつもツバサは私の我儘に付き合ってくれる。私はいつも遠慮無しにそのご厚意に預かるのだ。今日もその予定で、一緒にファンシーショップに寄ってもらうつもりだった。
「どこ行くんだよ」
「《りずむ》だけど。なんかかわいいストラップがあるって聞いたから」
「……今日は、気分じゃないや」
意外だった。いつもなら進んで私に似合いそうなアクセサリーを選んでくれるのに。
「行くなら一人で頼む。俺は先帰るよ」
「いや、それなら私も一緒に帰るから」
だって、一緒にいる時間のほうが幸せだから。よく考えたら、私、相当乙女だね。
「そっか」
しかし、ツバサは笑顔は見せるものの、どこか明るくない。いつも一緒だからこそ、なんかその違いが気になった。
帰り道、一緒に歩いてみれば特にいつも通りだった。会話を振ってくるのは上手いし、私自身、ツバサとならなにを話していても楽しかったから、心配なんてもうどこ吹く風になっていた。
先に私の家に着く。いつもなら、ばいばいまた明日ぐらいで別れるんだけど。別れ際に彼は言った。
「……ハルって、可愛いよな」
捨て台詞だった。儚い、哀愁を漂わせながら去っていく。
一体なんだったんだ! こちとら心臓ばくばくになっちゃったよ!
そんな私の気持ちなんかいざ知らず、さっさと歩いていく。……こ、これは脈ありって奴ですかね?
そう思ってしまった私は、このとき決めたのです。彼に告白しようと。
ツバサは誰にでも優しいけど誰かに告白されても頑なに拒否してるから……もしかして、と。
勘違いかも知れない。でも、嫌われてないなら……ちょっとの可能性にだって乗っかかりたいじゃん?
それで私はウキウキドキドキの気分で、明日を迎えると言うわけです。
で、これ。
今に至ります。
目の前には、全裸の少女。厳密に言うとタオルを女巻きはしているんですが……。
ソファーに座ってテレビを見ている所為か、私に気付いていない模様。
とりあえず、肩をぽんぽんと叩いてみる。
「……あ、お帰り。早かったね」
振り向く。この高低さによる、自然に発生した上目遣いに、一瞬きゅんと来てしまう。なんだ、このかわいい小動物は!
「ゴホン。私が帰ってくるまで風呂に入っててって言わなかった?」
「あぁ……恥ずかしかったから……つい」
こいつに恥ずかしいなんて概念があったのか。いや、普段のイケメンさからならわかるけど、今はそんなフィルターはとうに剥がれている。
でも、やっぱり女の子の裸に慣れてないんだ。ちょっと安心した。ひょっとしたら遊んでる奴かもって思ってたから。
「まぁ、それはいいとして。なに? それ」
「ん? なにかな?」
返事の仕方が女口調に戻ってるのが腹立たしいが、ここは続ける。
「タオル! なんで女巻きなんかしてるの!」
「えっ? 腰巻きにしろってこと? ハルはえっちだね」
少女、ツバサは頬を赤らめて言う。
「違う! そういう意味じゃなくて! 男としてそれはどうなのよ!」
「ん? まさか、男らしく全裸になれと……」
「違う! なんか、こう……あるでしょ? 他の服を着ておくとか!」
「ハルがすぐに帰ってくると思って……洗濯物増やすのあれだと思ったから。それに」
「それに?」
もじもじと、一度間を置いてから、躊躇いながらも言った。
「女巻きって、一度してみたかったんだ」
――長年の夢が叶ったんだよ――。
数刻前に彼が言った言葉を反芻する。冗談じゃない? 本気なの? おかしいでしょ、そんなの。だって、あんたはイケメンの紳士で私の――。
「どうしたの、ハル」
声をかけられ、はっとする。甘い声。いや、甘えるような声だ。耳に残ってまとわり付きそうな。子供のような無邪気な声。
少し、寒気がした。
今まで見ていた、ツバサとのギャップに。
「な、なんでもない」
「そう。で、持ってきてくれたのはそれ?」
「あ、うん」
私は左手に持っていた紙袋を差し出す。
ツバサはそれを嬉々として受け取った。まるで、お洋服を買ってもらった女の子のように。
「わあ、一杯入ってる! どれ着ようかな? ねぇ、ハルはどれが似合うと思う?」
床に持ってきた服を広げ、笑顔で言うツバサ。私は自分で一応選んできたのだから、はっきり言ってこれ以上は本人の好きにさせるつもりだった。
でも、聞かれた以上一応答える。パーカー。それと部屋着用のパンツ。下着は適当。
「えぇ? なんか地味。可愛いけどせっかくなんだからこっちのスカートが……」
「これでいいでしょ? 私のなんだからケチケチ言わない」
「え? 妹のじゃないの?」
「残念。あんた見たいな変態に貸せられるわけないでしょ」
「……変態か。ま、いいけど。女の子の服なら誰のだって着る分には関係ないし。サイズは別としてね。……でも、下着はいいの」
「いいわよ、どうせ古い奴だし。たまたま綺麗なのが残ってたから。それ、新品だよ、多分」
「そうか。そりゃよかった」
私のお古じゃ嫌なのかよ。いや、それがまともな人間だけどさ! 変態的には履き古したヤツがいいんじゃないの? よくそういうニュース見るし。干されている下着を取ろうとしていた男性を逮捕――って。
「あ、無地なんだ。小さいリボンが付いてるだけなんだね」
「そう。ちょっと子供っぽいから嫌だったの。でも、今のあんたにはお似合いじゃない?」
「そうだね。うん。似合うといいな」
「いいから、早く履いて。で、さっさと服も着て」
「うん」
私は彼が着替え終わるまで背を向けた。
なんとなく、彼が女の子になるのを見ているのが嫌だったのかもしれない。