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The God Of Death1 〜嚆矢となるもの〜

作者: 空柳夢巳

この話は一話一話短編ものとして楽しんでいただけますが、君菊という死神がいろいろな人とめぐり合っていくというThe God Of Deathシリーズとして書いていこうと思っています。全体としては連載もののようにつながっているような話にしていこうと思うので、よろしくお願いします。

その夜は物静かで静寂につつまれていた。

今思えば嵐の前の静けさ、そのものだったのかもしれない。

突然、けたたましい音をたてながら電話が鳴り響いた。

電話に出た母が私を呼ぶ。

その顔から、ただごとではないことが分かる。

だが、これほどとは思いもしなかった。

琉夏(るか)の彼氏である昂斗(こうと)が交通事故に遭ったというのだ。

琉夏は受話器の声が遠くなるのを感じた。いや、既に聞こえていなかったのかもしれない。

全身の神経が凍りついたかのように何も感じない。

楽しいときも辛いときも隣には昂斗がいて、支えてくれていた。昂斗は琉夏にとって、全てだった。

昂斗も琉夏も互いが互いのことを一番に考え、大切な存在だった。

どちらかがかけるなんて有り得ないこと。

それなのに今、事故の知らせがあった。

琉夏は無事でいてと祈るように願った。

病院へ急ぐ。数十分の道程が何時間にも感じられた。

病院に着くとすぐさま、手術室へ向かう。

そこで待っていたのは息子の容体を心配してやまない、青ざめた顔の両親だった。

今昂斗は一時の猶予も許されないらしい。

長い時間の末、手術は終わった。

しかし正直なところ、助かるかどうか分からないというのだ。

琉夏は胸が押し潰されそうだった。

病室に移動する彼を両親たちと後を追う。

ちらりと見えた昂斗は痛々しいほどの傷があり、事故の悲惨さを物語っていた。

目の前のことがテレビを観ているかのように過ぎていく。

昂斗の両親たちが詳しく容体について聞くため、廊下に出ていった。

琉夏は昂斗の手をとり握った。

その手はまるで死人のように冷たく、体温を感じない。

琉夏は彼のあったかくて綺麗な手が大好きだった。

いつも飛び付くように手を握り、昂斗を驚かせたものだ。

平凡で、でもその平凡な幸せだった日々を思い起こし、涙した。

「昂斗…!目を開けて…」

琉夏の悲痛な叫びだった。

───このまま、昂斗は目を覚まさないかもしれない。───

そんな思いが彼女の心のどこかを過った。

このまま、朝まで傍にいたいと頼んだが昂斗の両親に断られ、仕方なく家に戻った。

眠ろうと試みても、あの昂斗が目に浮かび眠れない。

「お願い…だれか昂斗を助けて……」

琉夏は一晩中祈り続けた。

そして朝になり、再び病院へ向かう。

ただただ、目を開けてと願いながら。

昂斗の手を握りながらずっと祈った。

もう一度、私に笑顔をみせて……!

突然、昂斗の心搏数が低下し始めた。

すぐに医師が来て、彼を診る。

心臓マッサージを繰り返す。

「昂斗…!今度私の誕生日を二人で祝おうって、言ってくれたじゃない!ねぇ昂斗、目を目を開けてよ!!」

けれど、昂斗の目は開かれることはなかった。

「…うそ」

 

 

 

 

もう何もかもどうでも良くなった。

大好きだった。

本当に大好きで大切な人だった。

私の世界だったんだ。

涙が止まらない。

ずっと何日も泣き続けた。

涙が出なくなった時には、目は腫れ、心は悪魔に魂を持っていかれたかのようだった。

笑顔も感情もなくなった。

琉夏はカラッポだった。

「私も一緒に…」

その気持ちだけが強くなっていく。

彼女は何度も何度も自殺を試みた。しかしその度に恐怖にかられ、死ぬことができなかった。

そんな自分を呪った。昂斗のいない世界を捨てることのできない自分を…… 

 

 

あの日から止まってしまった琉夏を、嘲笑うかのように時間は一時と留まらず、流れていく。

そして、琉夏の18歳の誕生日になった。

二人で祝うはずだった誕生日。

琉夏はもう泣くことはなかった。

自分を呪うという感情以外は、既に消え失せてしまっていたから。 

 

そんな琉夏も学校には行っていた。

それが琉夏の両親と昂斗の両親とのたっての頼みだったからだ。

でも学校へいっても、それは行くだけ。

授業を聞いているわけでもなく、友達と騒ぐわけでもない。

本当のことを言うと学校だけには来たくなかった。

学校には昂斗との思い出がありすぎるから… 

でももう思い出そうとしても思い出せなくなっていた。

しかしそうなっても、そこに昂斗は『いて』『幸せ』だったとう事実は消えず、琉夏の中で強く残っていた。

 

誕生日の日もプログラムされた機械のように学校に行っていた。

その帰り道。

琉夏の前に一人の少女が立っていた。

真っ黒の服を着た少女。その黒さは闇にも似た、本当の“黒”だった。

少女は琉夏と同じくらいの背格好で、表情は一切ないがどことなく悲しみを帯びているようにも見える。

以前の琉夏なら、不審に思っただろう。しかし今の琉夏にとって、そんな少女がいたからといって気になるはずがなかった。

そのまま通り過ぎようとした時、謎の少女が話しかけた。

 

『死ニタイ?』

 

!?

琉夏は、心を射ぬかれたような衝撃をうけた。

「あなた…何」

それを言うのが精一杯だった。

それでもはいた言葉は琉夏にとって精一杯の問いかけだった。しばらくの間、沈黙が続く。

二人の間には秋になりかけた風がまわっている。

「どうして…そんなことを…?」

沈黙を破ったのは琉夏の方だった。

声が少し震えている。 

『……』

「ねぇ!」

問いかけになかなか答えない少女と、状況を把握しきれない自分とに琉夏は苛立ちを感じた。

昂斗を失ってから、なくしてしまっていた《感情》がはじめて現われた。

少女はゆっくりと口を動かした。

『私ハ、死神ダカラ…』 


意表をつかれた答えに唖然とする。

続けて少女は言う。

『アナタハ昂斗サンニ会ウタメニ死ニタイ?』

否定も肯定もしない琉夏にその死神と名乗る少女は更に続けた。

『ナラ、私ト契約ヲシマセンカ?』

「契約…?」

『私ニ、アナタノ命五年分ヲクレルナラ、昂斗サンノ魂ト会ワセテアゲマショウ』

琉夏はその言葉を聞き、強くうなずいた。

私の命五年分で昂斗に会えるのなら、躊躇うはずがない。

「いいわ。契約しましょ」

『契約成立、デスネ』

そう言うと少女は消え去った。

消えた…?

本当に少女は死神だったのか、それとも琉夏が白昼夢を見ていたのか。

契約は成立しかのか不安になった。

さっきの出来事が現実でありますように…!!

琉夏は願った。

 

 

 

その夜、琉夏は公園にいた。

なんとなくそこに居たくなったからだ。

しばらくの間、誰もいない公園で星を眺め、ブランコをこいでいた。 

するといつからそこにいたのか、昼の少女が立っているのに気付いた。

あまりに黒い服が夜の黒に溶け込んでいたので、分からなかったのかもしれない。

『井上琉夏トノ契約…開始』

少女がそう言った瞬間、琉夏の体は光をおびはじめた。

そして光の珠が五つ、分離し、少女の方へ飛んでいった。

それを受けとめ確認をとる。

『アナタの命五年分イタダキマス』

これが契約…?

なら…

「昂斗、昂斗は!?」

少女が手をかざすと、また違う光の珠が現われた。

『今再ビ、形ヲ形成セヨ』

そう言った直後、その光の珠は昂斗の姿になった。

「…こ…うと…」

「琉夏?」

「昂斗!!」

涙が頬を伝った。

昂斗に飛び付いていきたかった。

でもそれは不可能なことを透けた昂斗の体が知らせていた。

昂斗は死んでこの世にはいないことを改めて実感した…。

「琉夏、ごめんな。本当に」

昂斗の目にも涙が浮かぶ。

「……」

「でもまたこうして会えて良かった」

「…うん」

琉夏は目にいっぱいの涙を溜めて、泣き続けた。

「琉夏…もう泣くな。」

「だって…だって」

「…お願いだから。もう俺は琉夏の肩を、抱いてやることもできないんだ。これからは俺がいなくても、大丈夫なように強くなってくれ。」

「昂斗…!」

「琉夏と出会えて幸せだった。それから、こんな俺だけどスキって言ってくれてありがとう。」

「…いやだよ。そんな言葉、聞きたくない!ずっと一緒にいるって約束っ…!」

琉夏は言葉につまった。

「琉夏、お前にはまだ残りの人生がある。いい人見つけて幸せに暮らすんだ。決して自ら命を絶とうなんてことはするな。琉夏には生きてほしい」

「そんなっ…私、昂斗じゃなきゃいや!」

無理だと分かっている。だけどそう言わずにはいられなかった。

『時間ガ来マス』

少女が口を開いた。

「…お別れだ」

「イヤッ!行かないで!」

昂斗の体が、再び光の珠に戻ろうとしている。

「昂斗!昂斗ぉ!!」

琉夏は必死に昂斗の名を叫んだ。

それに答えるように、昂斗は何も言わず微笑んだ。

「昂斗!私あなたのこと愛してる!ずっと忘れないからね!!大好きだよっ昂斗ぉぉ!!」

「俺も愛………さよなら、琉夏…」

 

少女と光の珠に戻った昂斗の魂は空高く消えていった。

一人残された琉夏は、その場所に泣き崩れた。

 

 

 

『ドウシテ愛シテルト言ワナカッタノデスカ?』

光の珠になった昂斗に少女は聞いた。

魂になった者の声は直接死神の心へ届く。

“……”

『ナルホド。コレカラ琉夏サンガ生キテイク中デ、重荷ニナルカラデスカ。彼女ノ事ガ大切ナノデスネ』

“……”

『……イイノデスカ?』 

“………”

『分かりました。契約成立デス』

 

 

 

 


昨夜、琉夏は昂斗に会った。魂ではあったがまぎれもなく昂斗に会った。

そのことがとても嬉しく、そしてとても辛かった。

昂斗に会ったことでどん底の精神状態から解放されたが、それと同時に凄まじいつらさがあった。

本当にもう会うことができない悲哀、寂寥、哀惜…が琉夏を襲ったのだ。

“もう一度、昂斗に会いたい”

その想いは日ごとに強くなっていく。

まずあの少女に会わなくては。

でもどうやって…?

また現われてくれるには…?


人は一度しようとしたことは繰り返す。


琉夏は橋の上から、ぼんやりと下を見下ろしていた。

そして欄干に足をかける。

琉夏の見付けた答えは”自殺”だった。

自分が死ねば、必ず死神が魂を迎えにくるはず。

死神は死を司る神だから。

しかしそれはあくまで生きている人間の勝手な想像。

本当はどんな神様なのか、果たして神様といえる存在なのかさえ分からない。

しかし琉夏はそれにかけるしかなかった。

今まさに飛び降りようとしたその時…

『私ナラ此処ニイマス』

あの死神の少女が現われた。

「…出てきてくれたんだ!お願い、も…」

『無理デス』

少女は琉夏の言葉を遮った。

「な、なんで!」

『私タチ死神ト契約ガ出来ルノハ、一度ダケ』 

「そんな…じゃぁ私の命全てでも…」

『出来マセン』

「なら、なぜ現われたりしたの!?」

琉夏の感情は怒りへと変わった。

『コレヲ…』

差し出されたのは、真赤に輝く石だった。

琉夏が受け取ると、それは指輪になった。真赤に輝く石のついた指輪に。

「これは?」

『昂斗サンカラノ最後ノ言葉デス。”死ナナイデ”ト。琉夏サンガ、マタ自殺シヨウトシタ時ニ止メルヨウ言ワレマシタ。ソシテ、ソレヲ渡スヨウニト。』

「昂斗が?」

『…死ヌコトハ、苦シミカラ逃レル為ノモノデハアリマセン。ムシロ、永遠ニ苦シミカラ逃レル事ガ出来ナクナリマス。』

「どういうこと?」

『死神トハ、自分ノ犯シタ罪ヲ償ウ者タチナノデス。ツマリ…自殺シタ者ノ魂ガ死神ニナルノデス。転生ヲ許サレズ、永遠ニ彷徨イ続ケル。自ラノ命ヲ絶ツトイウ事ハ死後ノ世界デモ非常ニ重イ罪トサレテイルノデス。』

「それじゃ、あなたも」

『……』

少女は頷いただけだった。

この少女の持っている悲しみの理由が、分かった気がした。

「どうして、あなたは契約もしていない私を助けようとするの。自分の境遇に似ているから?それだけで…」

『昂斗サント契約ヲシマシタ。』

「えっ?」

『自分ヲ追ッテ、自殺シヨウトシテイル琉夏サンノ命ヲ助ケルトイウ契約ヲ。

彼ノ魂ト引キ換エニ。』

「魂と引き換えに……!?昂斗はどうなるの!?」

『自分ノ魂ヲ死神ニ差シ出ストイウコトハ、自殺ト同ジコト。彼ハ転生ガ出来ナクナリマス。

自分ノ魂ヲ売ッテマデ、アナタヲ助ケタイト言ワレマシタ。彼ノ行為ヲ無駄ニシテハイケマセン。彼ハ自分ノ命ト引キ換エニ、アナタヲ守ロウトシタ事ヲ忘レナイデクダサイ。シカシ、ソノ事ヲ分カッタ上デ死ヌトイウノナラ、止メハシマセン。ソノ時ハ、私ガ迎エニアガリマショウ。ソレデハ…』

そう言うと、死神は消えていった。




死神界に戻った少女に、違う死神が声をかけた。

君菊(きみぎく)。あの琉夏って子に気持ちをいれすぎではありませんか?私たちは死神ですよ。それを忘れることのないように。まぁあなたはもと人間ですから、情けの情があるのも仕方ないですかね』

『私は契約を果たしただけです』

『その契約の仕方があまいと言っているのですよ、では失礼』

『………』

君菊は、人間界を見ることのできる鏡池へ向かった。

水面が揺れて、像が映る。



琉夏はまだ橋にいた。

下を見下ろす。

しかし決心したように歩き出した。その指には昂斗からもらった指輪をはめて。

今はまだ、昂斗のいない世界で生きていく自信はないけど、少しづつ歩んでいこうと思う。

昂斗が守ってくれた命だから、無駄にせず、他人に胸を張って生きていけるように。



その様子を見て、君菊は微笑んだ。

そして次の魂を導くため、その場を後にした。



君菊の過去や死神界の世界観、魂の行方など細かな部分をこれからの話で明らかにしていこうと思うので、引き続き読んでいただけたら、幸いです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。突然死なれた恋人の昂斗さん。琉夏さんの忘れられない想いが溢れているなと感じます。  死神の君菊さん、死神の住む世界を含め、謎めいた部分を続話として読んでみたいと思いました。それで…
[一言] 文章がとてもわかりやすく流暢で、かつきれいな形容表現がすばらしいです。読みやすく最後までちゃんと読めました。死神の成り立ちの所以なども無理なく書かれていて納得できます。ただ、物語中盤で琉夏が…
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