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第六話  破壊者たちの黒い本

   第六話  破壊者たちの黒い本

    

 荒谷たちは今回のウィルス感染について緊急会議を開いた。参加者は荒谷、大塚、佐々木と大塚の知り合いの相田。ちなみに鶴谷はサーバを監視している。

 相田はコンピュータウィルス専門家だそうだ。過去に大塚や佐々木が作成して今も稼働している「ネットワークレジスタンス」のシステムにも関わったとかいないとか。

「今そちらに過去すべての定義ファイルを送ったよ。確認してほしい。」

 相田の言葉で大塚が定義ファイルを確認している。相田の表情は良くない。これでなんとかなるかと言えばならないのだろう。

「しかし、相手は完全な未知のコンピュータウィルスだ。サーバ内からウィルス自体を取り出すことが難しいとなれば、私には方法が分からないよ。」

 サーバ内に侵入してもすぐに強制ログアウトされる。人間がウィルスをサーバ内から取り出すのは簡単ではない。強制ログアウトさせるプロセスを制御すれば可能か。しかし、そのプロセスはなんなのか。

 何度もシステム侵入と強制ログアウトをする中で人間がその原因を見付け出して無効に出来るか。なんども変わるプロテクトに人間が対応できるのか。ならどうすれば良いだろうか。人間の手では無理、なら人間以外の手なら出来るのか。議論はぐるぐると机上の空論のまま時が進む。

 その時、荒谷は一つの解決策を思いついた。

「人間が無理なら。人工知能にやらせてみましょう。」

 荒谷は告げる。人間がサーバに入れないなら人工知能をサーバ内に送り込めば良い。

 荒谷の発言に集まった一同が驚いている。無理もない。これは研究としても未知の領域だろう。簡単に言えば、人間の手を借りずに人工知能を用いて未知のコンピュータウィルスを駆除するのだから。

「人工知能を用いた学習型ウィルス駆除ソフトウェアか。君の人工知能に関する研究成果と我々が研究してきたウィルス駆除システムを組み合わせれば無理ではないが。」

 大塚は戸惑っている。もちろん誰でも戸惑うだろう。作ることは可能だが、実際に思った通りに動作するかは別問題だ。

「それが出来たらこちらのネットワークレジスタンスにも搭載したいですよ。いちいち人間の手で定義ファイルの設定なんて面倒以外の何者でもない。」

 佐々木も冗談交じりに言う。

「今は無意味な処理で全CPUコアの使用率を高くして相手方のプロセスを出来るだけ実行させないようにしています。もし駆除ソフトを用いてウィルス駆除をするならシングルコアだけ開放しましょう。理由はここからです。」

 荒谷はサーバ上にあったテキストのコピーを配った。

「ちょっと長い文章ですが、後半に九体の刺客と書いてあります。それらが九体の人間を殺すと。ならば、コンピュータウィルスは一体では無く九体だと考えられます。複数同時に駆除ソフトに襲い掛かられてはどんなに処理が早くても勝ち目はないでしょう。ならば、相手方の処理をひとつだけにし続ければ一対一になります。それなら勝ち目はあります。」

 大塚はコピーした紙をまじまじと眺めている。そして、文章の一部を指さした。

「九体の人間を殺す、か。九人は人類全体を指していそうだが何故九人なんだろうか。昔の小説で九人の人間が世界を統べるものがあったと思うが名前はなんだったか……。。」

 荒谷は腕を組み天を仰いだ。大塚の言っている事が分からないので反応しない。

「何にせよ人間が嫌いなことはわかったな。」

 大塚は名前が出ないためか話を切り替えた。

「さて、どうするか。相手方も攻撃してくるだろう。自分の身を守れて相手も攻撃出来る駆除ソフトか。一つのプログラムですべてが出来るだろうか。」

 考えて見れば駆除プログラム一つですべてが行えるだろうか。自分の身を守り、それでいて未知の相手を駆除する。駆除するにしても相手にこちらの手の内を知られては駄目だ。そんなものが一つのプログラムで完結できるのだろうか。いや、無理だろう。それに、分担したほうが効率が良さそうだ。

「セキュリティの面でプログラム一つだけで完結させるのは危険です。駆除ソフトはウィルスの解析と駆除に専念させましょう。駆除ソフトを守るプログラムと駆除を補助するプログラム。この三つでそれぞれの役割を分担させるのはどうでしょうか。」

 他の三人は一様に理解を示した。補助するプログラムは名前の通り駆除ソフトを援護するプログラムだ。

「三つに分担することは決まった。次はどうやって作るかだな。人間の手が加えられない以上三つとも人工知能を搭載すべきだ。私は専門ではないが、一から作るのは大変だろう。荒谷君、君のところで使えるものは無いかね。」

 大塚の問に荒谷は次の事を提案した。

 今回使用する人工知能は生半可な代物では駄目。現に最新のアルゴリズムを搭載したアバターがウィルスにやられている。それは仮想空間内に作成した自分のアバターだ。このアバターが先ほど確認したところ存在しなかった。

 荒谷は今新しいアルゴリズムで作っている人工知能がある。それを元に駆除ソフトを作ること。また、同時に駆除ソフトを守るプログラムを作成する。こちらも、同様にウィルスの攻撃を直接受けるだろう。また、駆除を補助するプログラムを守る必要もある。頭が良いプログラムを使わなければ駄目だ。故に、駆除ソフトと同じアルゴリズムで作る。このプログラムは謂わば駆除ソフトの外部インターフェイスの役割となる。そして、駆除ソフトの補助役のプログラム。このプログラムにウィルス駆除の一部を任せることで処理を分割することで二つの意味不明な処理に出来るだろう。簡単な処理を任せるだけだから、このプログラムは最新の人工知能を搭載する必要は無いし新しく作らなくても良いだろう。新しく作るのは二つまでで良い。

 補助役のプログラムはウィルスに感染していないもう一つの実験サーバからアバターを連れてきて使用することにする。連れてくると言っても荒谷自身のアバターは諸事情で居ない。知り合いを使うのは気が引けるし妻は体力的に無理だろう。そうなれば娘の鈴花を使うしか無い。

 以上を参加する他の人間に伝えた。みんなは鈴花のアバターを使う事に乗り気では無いが、荒谷の強い要望で半ば強引に決定した。

 実際にすることとして駆除プログラムと駆除ソフトを守るプログラムの作成。実験サーバから鈴花のアバターを取り出す作業がある。新しく作るプログラムのどちらも人工知能部分は専門の荒谷が担当せざるを得ない。それ以外は大塚、佐々木、相田氏や所内の手の開いている若い研究員を集めて手伝わせることになった。はっきり言ってどのくらいのプログラムになるのか実際に作ってみないと分からない。

「あの、今のままでは一つ問題が発生すると思うんですが。」

 言い出したのは佐々木だった。

 彼の話では、ウィルスは仮想空間内にいるのだから仮想空間内で駆除する必要がある。だとすれば、駆除ソフト、駆除ソフトを守るプログラムと別の鈴花のアバターはその仮想空間に普通に存在するようにしなければ行けないのではないかと。

 佐々木の話では分かりづらいがこう言うことだ。三つのプログラムがアバターなり単体では動かないオブジェクトとして仮想空間に存在し、その世界に居る他のアバターにも認識されなければならないということだ。なぜなら、まだサーバ内にアバターが生き残っている可能性があるためだ。

 佐々木の話で早速それぞれが何であるかを決める事となった。まず、補助をするアバターは別サーバに居る鈴花に決定した。

 次は駆除ソフトだが。処理すべてをウィルス駆除に回すために下手に動作アルゴリズムの無いオブジェクトとした。このオブジェクトの案は複数出た。アバターが居るのだから指輪、腕輪、ペンダントといったものが出たがなかなか決まらなかった。

「駆除ソフトとアバターが処理を分担するんですよね。その処理が計算とか暗号解読であるなら本という形はどうでしょう。」

 佐々木の一言で駆除ソフトの形は決まった。本である。本なら計算式や文字列が記載されていてもなんら不思議ではない。それを見てアバターが何か処理を行えば分担される。あとは調べた敵の情報を本に表示すればアバターにとっても理解しやすいだろう。

 次に駆除ソフト及びアバターを守るプログラムだが、動きまわるのでもちろんアバターとなる。

「防御プログラムか。さて、どんな形が良いだろう。人間の形をしているのかそれとも天使か妖精か。」

 防御プログラムはアバターとするが、他のアバターから明らかに違うと認識されなければならないので人間以外を考えた。天使や妖精、動物と出たがどうにも決まらない。

 考えあぐねていると佐々木が紙に何か書き始める。ラフ画だろうか。

「決まらないなら全部一緒に行動する鈴花さんに決めてもらいましょう。まぁ、私が考えたものをですがこれなんかどうですか。」

 佐々木から渡された紙には悪魔のような可愛くない風貌に羽がついている。なんとも言えない姿だが強そうに見えたり、かよわい印象が無い点でよさそうだ。

「さて、基本的な事は決まったな。早速作業を始めたいがその前にそれぞれの名前を決めておこう。荒谷君の鈴花さんは決定として駆除ソフトと防御プログラムの名前が決まっていない。あとは仲間内で通じるプロジェクト名も欲しいな。」

 駆除ソフトについては「本」で決定したが、まずは何色にするかということになった。細かいがアバターには見えるのでちょっと重要だ。本の色については白や青といった色々な色が出てきた。

 そのなかで荒谷が言った黒に決定した。理由は、本はすべての敵を破壊しつつ破壊方法を収集していく。ならば、すべての波長の光を吸収する黒がふさわしいと。また、どこにも属さない或「ルール」に則った中立から黒とか。

 そこで大塚が口を開く。彼は本について特に口出ししていない。

「じゃあ、本の見た目は黒にしよう。次は防御プログラムの名前だが。ガーディアンとかだろうか。」

 ガーディアンは守護者という意味だがなんともひねりのない名前である。

「じゃあ、ハルはどうですかね。あの、かなり昔にハルって人工知能のプログラムが人間をサポートするって映画を見たことがあるんです。このプログラムもアバターをサポートする人工知能ですから合っているんじゃないかと。」

 佐々木がそこで提案する。荒谷も覚えている。かなり昔の映画でここにいる誰も生まれていない時代のものだ。それでも後の人工知能の研究に影響を与えた事で有名だ。彼自身も何度かその映画を観ている。

「そうか。映画の通りになるのは怖いが、サポートをする点で一番合う名前だろうね。」

 防御プログラムはハルという名前になった。ハルという名を付けたプログラムなので荒谷はしっかり作り上げようと心に誓った。

 ここまでくれば最後はプロジェクト名だけである。

 駆除ソフトが黒い本に決まったのでその言葉を使いたいところだ。だが、意外と難航する。難航すべきじゃないと考えながらもなかなか決まらず時間が過ぎた。もうよそうと荒谷が言おうした時、佐々木が口を開いた。

「そうだ。黒い本は敵であるコンピュータウィルスを駆除しますよね。鈴花さんが黒い本と一緒に破壊する。それらを守るハル。この中で重要で実際に活躍するのは鈴花さんと黒い本です。」

 荒谷が頷く。何度も鈴花さんと言われると鈴花がこの世にまだ居るような気がしてくる。そこで彼はその考えをかき消した。大丈夫だ、まだサーバの中にいる。彼の作った世界に。

「なら、『破壊者の黒い本』でどうでしょう。破壊者である鈴花さ……。いえ、アバターが黒い本を扱ってコンピュータウィルスを破壊する。プロジェクトやプログラム名にするならBlack Book for Destroyerでしょうか。」

 『破壊者の黒い本』か。日本語なら良いのものの英語にして略せばBBD。最後のDが気になってしまう。それに破壊者は鈴花だけではない。

「英語にすると最後だけDから始まるんだな。それならBusterでどうだろうか。破壊する人という意味がある。それに、コンピュータウィルスを破壊するのは鈴花だけじゃない。我々も破壊者なんだから。だから、最後に複数のsを付けるべきだ。」

「Black Book for Busters……。略してBBBか。頭文字が揃うときれいに見えるな。BBBはプログラム名の頭に付けても良さそうだ。」

 大塚は一人満足そうだ。荒谷にとっても綺麗にきまった感がある。

 これで基本的な事は決まった。あとはプログラムを作っていく中で決めていくだろう。

 荒谷は紙にボールペンで次の言葉を書き記した。


 破壊者たちの黒い本。

 Black Book for Busters(BBB)。


 荒谷は『黒い本』に丸を付ける。ボールペンの先を紙から離さず何度も何度も円をなぞる。

 この黒い本で必ず破壊してやる。アバターである荒谷を破壊したことを後悔させてやる。



 荒谷たちは所内の手の空いている研究員を集めて、日々朝から晩までシステムを作った。黒い本もハルも簡単なシステムでは無い。ベースがあるとはいえやはり未知の領域なのだ。それは荒谷たちにとってもプログラムにとっても。

 そして、黒い本とハルのプログラムは出来上がった。あとはサーバーに居る鈴花だけである。どうやって移そうか悩んだが、佐々木の提案で物語をつくってそれに沿って移動させてみてはと言われた。極端に環境の違う場所に生物を移動するとストレスで弱ってしまうというのは聞いたことがある。

 物語として、まず一日目に鈴花が学校の一室で黒い本を見つける。二日目に別の仮想空間内の学校で黒い本を見つけて、何時もと違う日常に迷い込むという内容らしい。良い内容なのかは分からないが鈴花を上手く誘導出来れば良い。

「さてと、鈴花を取り出そうか。」

 荒谷はコンピュータウィルスに感染していないもう一つのサーバの仮想空間を少し書き換えて鈴花が反応するように仕向けた。静観していると彼女の友達が一緒に黒い本を見つけてしまったが、記憶を消せばよいので良いだろう。仮想空間内の日付が変ると同時にシステムを止めて鈴花のアバターを取り出す。

 これで黒い本、ハル、鈴花のアバターが揃う。なお、黒い本には彼女のための次の日のシナリオを搭載している。朝起きたときに、これは前日の続きであると鈴花のアバターが認識しなければ最悪自我が崩壊してもおかしくない。アバターはバックアップしているが、失敗して次があるかといえば無いに等しいだろう。相手が頭の悪いプログラムとは到底思えない。

 黒い本などのプログラムをサーバに放ったら最後荒谷たちは操作できない。最悪のシナリオも考えなければならないのだ。

 感染したサーバと荒谷のコンピュータをLANで繋ぐ。また、荒谷のコンピュータから複数のコンピュータをLANで繋いだ。

「さあ、侵入を開始しようか。援護よろしく。」

 荒谷はサーバに繋がったコンピュータのディスプレイを見ながら高速にキーボードを打ち始める。コンピュータがLANでサーバと繋がった今、コンピュータウィルスがサーバのプロテクトを解除して侵入してくる可能性がある。速やかに実行しなければならない。

 若い研究員たちはそれぞれのコンピュータから荒谷が操作しているコンピュータに順番にプログラムを送って行く。この中には黒い本、ハル、鈴花のアバターが含まれている。プログラムを荒谷のコンピュータに置かないのはセキュリティ上の問題だ。

「どれだ、どんなプロテクトがかかっているんだ。」

 荒谷はターミナルに流れていく文字列を必死に見つめながら脳をフル回転させる。若手から送られてきたプログラムを試しているがうまくいかない。

 その時、黒い本が荒谷のコンピュータに送られてくる。これ以上プロテクト解除に使えるプログラムは無いのだ。頭を抱えた。どうしたら良いんだ、どうすれば。

「荒谷さん。ターミナルを見てください。」

 鶴谷の大声で荒谷は我に返る。眼の前のターミナルは高速にログを出力している。

 どういうことだ。何が起きている。

「こんなこともあろうかと黒い本にプロテクト解除の学習アルゴリズムをだね……。」

 部屋の隅に居た大塚が言い出す。だが、それは若手の歓喜にかき消された。

 荒谷はすぐにターミナルを見る。そこに出力されていたのは紛れもない。サーバに侵入が成功した旨が書かれていたのだ。サーバへの道が開いた。

「荒谷、早くしろ。」

 呆然とする荒谷の脳を大塚の声が突き抜ける。すぐに三つのプログラムをサーバに押し込んだ。転送が完了した事を確認すると、すぐに回線を切断してLANケーブルを外す。

 荒谷は深呼吸をすると部屋に居る他の研究員たちを見渡す。

 あとは良い報告を待つだけだ。

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