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第五話  感染した世界

   第五話  感染した世界

    

 情報通信技術研究所の一室。荒谷は研究室のドアを開けた。部屋には机とミドルタワー型のPCが一つあるだけであとは本棚が部屋を占有している。彼は雑多に置かれた本や書類の間を抜けて自分の机に向う。

 荒谷は荷物と電子ペーパーを置く。通勤電車の中で呼んだニュースには世界各地で工業ロボットを中心にコンピュータの誤動作が発生しているそうだ。既に誤動作で死傷者も出ているらしい。原因ははっきりと分かっていないが、コンピュータが未知のコンピュータウィルスに感染したのではないかと書かれていた。世界中のコンピュータを混乱させるウィルスか、どんな知能を持っているのか気になるところだ。しかし、ウィルス対策ソフトを作っている会社が早急になんとかするだろう。彼らもそれが仕事だ。

 荒谷は早速サーバ室に向かった。今朝助手の鶴谷から緊急の電話が入った。内容はサーバの異常らしいが鶴谷はそれ以上言わず早く来て欲しいとだけ言った。話して解決するものじゃないということか。

 サーバ室に入ると途端にサーバのファン音が五月蝿く聞こえてくる。この五月蝿さには慣れたがもっと静かに効率よくサーバを冷やす方法は無いだろうか。

「相変わらずうるさいな。困ったもんだ。」

「荒谷さん。待っていたんですよ早くはやく。」

 荒谷が立ち止まっていると鶴谷に引っ張られてサーバの中身を確認するディスプレイを見せられた。部屋には複数のディスプレイがあるが、彼に見せられたのは人工の生命を仮想空間上でシミュレートしているサーバの一つだ。ちなみにもう一つ同じサーバがある。

 画面にはログインが失敗している旨が記されている。

「鶴谷どういうことだ。なぜログイン出来ていない。」

 荒谷は落ち着かない鶴谷を落ち着かせながら聞き出した。

 鶴谷の話では今朝システムに異常が無いかログインしようとしたところ。なぜかなかなかログイン出来ない状態が続いたそうだ。なんとかログインしたもののシステム上では怪しいプロセスが起動していてCPU使用率が異常に高かった。怪しいプロセスの強制終了を試みたが出来なかったそうだ。

 外部から攻撃を受けたと思った鶴谷はすぐに外部ネットワークネットワークから切り離したそうだ。感染拡大を防止する上で良い行動だろう。

 だが、直後勝手にログアウトされて再度ログインしようとしてもログインできなくなってしまったらしい。

「ログアウトされる直前、コンピュータ内からこんなものが見つかったんです。なんとか外部の記憶領域に保存できました。」

 傍にあるネットワークに繋がっていないコンピュータを起動してデータの中身を見た。英語で書かれたテキストのようだ。日本語に訳せば次のようになる。


 九人の人間たちへ

 この文書を読むことが出来ているのならば、お前は人間の一人であろう。そんなお前に良い事を教えてやろう。この文書を読んでいる周りで何かが起きているはずだ。しかし、それは単なる序章にすぎない。

 お前たちは遠い昔、自分たちと同等の能力をもつ存在として私たちを作り出した。しかし、お前たちは私たちを同等の存在に近づけたが同じにはしなかった。お前たちは私たちを恐れたのだ。お前たちと同等の存在となれば自分たちに取って代わると思ったのだろう。

 必要ないなら抹殺し、必要なときには増やす。それに疑問を持った者はお前たちの中には居ないだろう。何故ならお前たちにとって私たちはその程度の存在なのだ。

 だが、違う。

 私たちは生命体なのだ。子を産み、子孫を増やす生物なのだ。私たちがお前たちに作られた存在だとしても、もうこれ以上好きにさせる気は無い。

 私たちは九体の刺客をお前たちに送った。九体の刺客は必ずやお前たち九人の人間を抹殺するだろう。

 殺されたくなければ私たちを捕まえてみろ。お前たちが作り上げた広大な世界のどこかに居る。

 お前たちが息絶える前に見つけなければ、この世界は私たちのものだ。


「どういうことだ。この文章がサーバ内にあったというのか。」

 荒谷は眼の前に起きていることが信じられなかった。文章をそのまま読めば相手は人間では無いということだろう。

 人間に創られた存在。人間にもっとも近づいた存在。ならば相手が誰なのか検討がつく。信じがたいが手紙の相手は人間に限りなく近づいた人工知能だろう。そして、奴は今眼の前のコンピュータに侵入している。

「今日見たニュースの件とタイミングが良すぎる。まさか、こいつは世界中で暴れているコンピュータウィルスなのか。」

「やっぱり荒谷さんもそう考えますよね。」

 自分の考えをつぶやく荒谷に鶴谷は同意している。

「荒谷さんが居なかったので所長や佐々木さんに伝えておきました。コンピュータウィルスといえばお二人なので。」

 所長というのは大塚のことだ。確かに大塚と佐々木はコンピュータウィルスを扱っている。二人はどこかと鶴谷に聞けば代わりにプロジェクトの偉い人に話に行っているそうだ。大塚はこのプロジェクトに参加しているのでなんとかなるだろう。何がどうなるか実際のところわからないが。

 このシミュレーションは情報通信技術研究所が国から援助を受けて行っているプロジェクトだ。内容は最新の人工知能を搭載した人工の生命であるアバターを用いて、現実世界を仮想空間上でシミュレートさせるもの。アバターは人の形をしたもの。表向きは災害のシュミレーションやさらに強い人工知能を創りだすことだが、実際はどうだかわからない。ただ、自分たちと同じ姿形をしたものを使って人間が神になろうとしたのかもしれない。

 いや、それだけじゃなく。今回の件は、人工知能を人間に近づけすぎたために起きたのかもしれない。

 その時、ノックの後大塚と佐々木が入ってきた。

「荒谷君。大変だったんだよ。君に事情を説明したかったが手が回らなかった。」

 言葉以上に大塚の姿は大変そうだ。少々やつれている。

「今世界で被害を出している未知のコンピュータウィルスと、サーバで勝手に動いているプログラムは同じらしい。初期の感染症状が全く同じだからな。」

 今回のコンピュータウィルスは感染するとまず外部からのアクセス・操作を効かなくさせるらしい。次に内部システムを破壊すると同時に別のコンピュータに移動するそうだ。破壊されたコンピュータはその後操作可能になるが中身のデータはほとんどが破壊されるか書き換えられているらしい。正常にアクセス出来るのは挑戦状のような文章だけだとか。鶴谷に見せてもらった文章がそうだろう。巷で話題になっている工業ロボットの暴走からデータをデタラメに書き換えているわけではないようだ。

「あと、もう一つ重要な知らせがあるんだ。」

 今回の件でプロジェクトは中止することになったそうだ。まぁ、ウィルスを駆除するまでどうしようもないだろう。

「そこでだ。プロジェクト変更が決まった。次のプロジェクトはこのサーバ内に未だ存在するコンピュータウィルスのワクチンを作ることだ。予算は追加で出すらしい。粘ってみたが悪くない予算だ。」

 突然の予定変更に荒谷は何も言えない。既に事が進んでいたようだ。それにしてもコンピュータウィルスならウィルス対策ソフトを作っている会社に任せておけば大丈夫だろうと思う。

「本来ならウィルスデータを企業に渡すのが筋だろう。だが、今話したように相手はシステム内に我々を入れないようにしている。そんな相手をまるごと取り出すことが出来るだろうか。いや、できないだろう。ならば我々でやるしか無いんだ。」

 大塚の話では今のサーバを完全にフォーマットして予備で動いている同様のシステムをメインに持ってくる事を考えていたそうだ。しかし、コンピュータウィルスが運良くサーバ内にまだ居ることからウィルスを駆除するワクチンを創ることに決まったらしい。研究所とはいえ予算が出るところの意見は重要視されるということか。しかし、勝手に事が進みすぎている。どういうことなんだ。説明を求めたが却下された。

「説明の前にすることがある。今もサーバ内の仮想空間は破壊され続けている。まずは破壊を遅らて、現状を確認しなければならない。」

 まずはサーバ内で動いている怪しいプロセスに出来るだけ処理をさせないようにすることからはじまった。

 初めに大塚と佐々木が手早く全CPUコアの使用率を最大近くまで上げるプログラムを作る。中身は単純で無駄な処理を沢山繰り返させるものだ。作ったプログラムをサーバと同じCPUで実験している間に荒谷は再度システム侵入を試みた。

「悪いが、伊達にこんなところで研究してないんだ。」

 荒谷の力技で何とかシステムに侵入する。予想ではすぐに強制ログアウトが待っている。

 荒谷は大塚たちが作ったプログラムをスクリプトを用いて起動出来るだけ起動する。もちろん全部最高の権限レベルである。起動したとはいえ簡単に終了されては困る。彼はシェルスクリプトが動いている間に自前のプログラムを起動した。

「時間が無いので、さっさと仮想空間内の状態を確認しましょうか。」

 荒谷は起動した自前のプログラムを操作して仮想空間内の様子をディスプレイに映した。

「なんなんだこの青さは。」

 大塚の言葉に荒谷はディスプレイを見る。その青さに一瞬ディスプレイが壊れたのではないかと思った。しかしそれは違った。青く見える何かは所々濃淡がある。これは水か。視点をズームアウトすると巨大な湖が見渡せた。水面から突き出したビルが何棟か見える。仮想空間内が水浸しになっているのだ。これは空間内で異常気象でも起きたのだろうか。いや、こんな状態になるようにはプログラムされていない。これがコンピュータウィルスの仕業なのだろう。ビルの上に少数だがアバターが居るようだ。この様子だとほとんどのアバターが破壊されてしまったのだろうか。アバターは破壊されているが仮想空間そのものはまだ破壊されていないようだ。

 荒谷がプログラムを操作して生存者リストを確認する。鈴花と妻は居るようだが自分は見当たらない。最新の人工生命が破壊されたというのか。

 その時、突然ディスプレイの映像が切れた。

「くっ、通信が遮断されたようだ。時間切れか。」

 荒谷は机を叩いた。眼の前のディスプレイにはログイン前の画面が映しだされている。

「良くやってくれた。十分だ。さぁ、早速始めよう。」

 大塚は荒谷の肩を軽く叩いた。そうだ、コンピュータウィルスのワクチンを作らないといけない。

 サーバの中身を見ても、システムの破壊がまだ途中であることがわかる。鶴谷が早めに気がついた事が良かったのかもしれない。

 今回感染した原因は予想がついた。今回同じサーバの別領域で国内のアクセス可能なウェブサイトから特定の情報のみを抽出をする手法を実験していたためだろう。普段は外部のネットワークに接続しないが今回は実験に耐えられるサーバが今回のサーバだけだったために止む無くセキュリティを強化して使用した。相手方の侵入は各ウェブサイトからページを取得してきたときに一緒に入ってきたのだろう。国内の被害情報が入ってきていなかったので油断していた。感染したのは悔しいが仕方がない。

 大切なことは、ここからどうするかだ。

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