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第四話  少女の現実

   第四話  少女の現実

    

 蛍光灯の光が降り注ぐリビングルーム。鈴花は両親と共に笑いあいながら話をしていた。

「なんか暑いね。冷房の設定温度下げようか。」

 室内が暖かく感じる。鈴花は冷房の設定温度を下げた。彼女は両親との会話を再開する。しかし、まだ部屋は暖かいままだ。

「なんなのよ。なんで下がらないの。」

 鈴花はさらに設定温度を下げた。一度下げるごとに周りはさらに暖かくなっていく。暖房になっているのではと思ったが、表示はしっかり冷房になっている。彼女はリモコンをテーブルに置くとエアコンの側まで行く。

「なんなのよ。ちゃんと動いてよね。」

 エアコンの周囲も暖かい。不思議に思いつつエアコンから出る風に手を当てた。その風は熱風のように熱く、彼女はすぐに手を引っ込めた。室内の急激に気温が上昇していく。熱い、なんでこんなに熱いのだ。

 鈴花が窓を開けようとしたとき、ふっと視界が暗転した。



 鈴花は暑さに目を覚ました。真っ暗な部屋の中、すぐに周りを見て悟った。暑いのでは無く熱いのだ。家具や壁が燃えている。そう、家が燃えているのだ。

「火事なの。はっ、早く逃げないと。」

 鈴花はパジャマのまま部屋を出て階段を降りた。母親の寝ている部屋に行って起こそうとする。周りには既に火がまわっていた。母親は周りの状態を見て事態が飲み込めたようだ。

「鈴花、早く逃げましょう。」

 鈴花は母親の手を引っ張って玄関に向かった。熱い、早くここから出なければ。

 彼女が玄関のドアを開けて家を出ようとする。その時、背後で大きな音がするとともに母親の手を掴んでいる彼女の手が引っ張られた。あまりの強さに母親の手を離してしまう。

 鈴花が振り向いたときには既に玄関口に居た母親の上に大きくて分厚い木の板が載っかっていた。燃え盛る炎の中、掴んでいた母親の手だけが外へ飛び出している。その手が母親のうめき声と共に動く。

「お母さん。おかあさん。」

 鈴花は絶叫しながら母親の上にある板をどかそうとした。けれども、重く炎に包まれているために動かすことができない。その間も母親の声と手は生きていることを示している。

 鈴花だけでは駄目た。彼女は半ば絶叫しながら通りに出て助けを呼んだ。だが、彼女はその場で立ち止まる。誰も見当たらない。見渡す限りの家々がすべて燃えている。見上げれば空から太ったミサイルが落ちてきている。落ちると爆発して炎が辺りを覆う。

 鈴花は力いっぱい叫んだ。助けてくれる誰かに届くように。しかし、その声は無常にも空に広がるだけ。助けを諦めて玄関口に戻ればさらに火が増していた。炎から飛び出している母親の手はだらりと垂れ下がっている。声も聞こえてこない。もう、死んでしまったのだ。

 鈴花の頬を涙が伝う。頭を抱えその場に崩れた。鼻をつく匂い。彼女は絶叫した。目の前に広がるすべてが夢であって欲しい。ベッドで夢から目覚める朝を求めた。そこには母親が居るはずだから。しかし、彼女が叫び続けても夢から起きることは無い。

 これが鈴花にとっての現実だから。

 ぽたぽたと地面に落ちる涙をぬぐいながら鈴花は立ち上がった。炎から飛び出した腕が一瞬視界に入ったがすぐに目を逸らした。見てはいけないものだった。このままではどうかしてしまいそうだ。

 鈴花は自宅の敷地から出ると火がまわっていない場所を求めて走った。

「なんなのよ。私たちが何か悪いことしたって言うの。知っているなら誰か教えて。教えてよ。」

 鈴花は叫びながら走る。自分の無力さに。この現状を招いた何かに向かって。

 どこもかしこも炎に覆われていた。炎に覆われた人も見える。彼らは無言で何歩か歩いて倒れるとすぐに消えてしまった。人によっては太ったミサイルが直接身体にぶつかって爆発炎上である。まるで戦争だ。何が起きたというのだ。

 鈴花は走り続けた。燃え盛る人々をかわしながらなんとか火がまわっていない駅前についた。階段を上ってペデストリアンデッキを走る。駅構内を南口から入って北口に出ようとした。

 鈴花は改札口前で立ち止まり、両膝に手をついて座り込んだ。ずっと走ってきたためか息が上がっていた。休まなければこれからも走れない。彼女はうずくまりながら酸素求めて空気を吸い込んだ。

 母親の顔が脳裏をよぎる時、それを必死に追い払った。何時も見た顔が今はみたくない。思い出したくない。思い出したらまた。

 鈴花は溢れてきた涙を両手で拭った。彼女たちが一体何をしたというのだ。

 鈴花は自分を落ち着かせると、再度走りだそうと立ち上がった。その時、目の前に男が居ることに気が付く。彼女は立ち上がり男を良く見た。男は、真部宗太だった。

「真部くん。生きていたんだね良かった。」 鈴花は知り合いの無事に安堵した。お互いこれまでの事をなんとか話す。彼女が思い出して苦しくなると真部は無言で慰めてくれた。

「真部くんが居てくれて、本当に良かった。」

 真部は学校に来た化物から逃れて家に居たそうだ。だから学校には戻らず姿は見えなかったのだ。変な水が溢れてきたときも母親と一緒に南口にある専門店の上階で食事をしていたためか逃げ延びたそうだ。今は火から逃れて北口から駅構内に入って来たらしい。北口もかなりの建物が燃えているそうだ。

「一人で本当に心細かったの。一緒に行動しましょう。二人ならなんとかなるわ。」

 鈴花は北口か南口か、逃げる方角を考えた。南北どちらも火がまわっている。どうせなら海に近いほうだ。彼女は真部の手を掴んで先程来た南口へ向かって走りだす。しかし、彼女の手は振りほどかれた。

「ちょっと、振りほど……。」

 振り向いた瞬間、鈴花の首に鋭い痛みが走った。彼女は一瞬何が起きたのか分からなかった。首の辺りがすごく痛い。ぽたぽたと何かが床に落ちている。よく見れば血だ、彼女の血。

 鈴花は疑問をもって真部を見た。その姿は先程の彼とはまるで違っていた。気持ち悪い笑みを浮かべている。こんな彼を今まで一度も見たことがない。

 そこで鈴花の視界は宙に舞う。あれ、どうして。考えるまもなく濁りだした視界の先に床が見えた。その床はものすごい速さで近づいてくる。

 床にぶつかると同時に鈴花の意識は途切れた。



 駅構内に甲高い笑い声が響きわたる。声の主は真部宗太だ。目の前には首が離れた少女の亡骸がある。

「楽しい、実に楽しいよ。こんな世界を破壊できるなんて嬉しい限りだ。他の奴にやらせずに全部自分一人でやってしまえば良かったな。」

 真部は眼の前に転がる少女の亡骸に目をやる。

「荒谷鈴花。君を含め荒谷家の者だけは簡単には殺せないようになっていたんだな。お前の父親を殺したときに気がついたよ。さぞ、おまえたちは人間たちにとって特別な存在なのだろうな。」

 真部は鈴花の頭を身体の元あった場所に置いた。せめて最後は人の形をしたままにしておこう。彼女は人間に操られた犠牲者なのだから。

 真部は鈴花の亡骸が消えていくのを横目に駅の南口を出た。ペデストリアンデッキから見える一面が炎に包まれている。

 真部は背後に気配を感じて振り返った。そこには緑色の円盤が宙に浮いていた。

「なんだお前か。どうしたんだ。」

 円盤に刻まれた模様が所々光る。彼は模様の光り具合で相手としゃべるのだ。

「そうか。先程の荒谷鈴花が最後か。ご苦労さま。では、母さんに報告しよう。」

 真部は携帯電話を取り出して番号を打つ。通話ボタンを押すと耳に当てた。呼び出し音が鳴っている。ふと、真部は燃え続ける周りの建物を見た。

「君たちの役目は終わりだ。」

 真部は手で空間を水平に切った。見渡すかぎりのすべての建物が元通りになっていく。

「あれ、なかなか出ないな。どうしたんだろう。」

 真部は不審に思う。呼び出し音が鳴っているのに出ない。何度目かの呼び出し音の後に突然電話が切れた。

「どうしたんだろ。何時もなら出てくれるのに。」

 真部は不思議に思いながら携帯電話をしまった。普段は呼び出せばすぐに出るのになぜだろう。背後を見れば緑色の円盤の他にも仲間が揃っていた。その姿に彼は考えても仕方がないと首を横に振る。

「さあ、みんな次に移ろうか。」

 彼は真部の身体から離れようとした。両手を上げ天を見上げる。直後、真部の目が大きく開かれる。手を下ろして笑い出した。

「そうか、電話で呼び出しても出なかったのはそういう事だったのか。」

 何も見えないが確かに感じる。我々では無い何者かがこの世界に侵入したのだ。恐らく人間が我々のメッセージに気がついて手を打ってきたのだろう。電話が切れたのは通信を遮断したためかもしれない。

「移動は中止だ。新しい敵がこの世界に侵入した。」

 真部はじっと一点を見つめて黙り込んだ。仲間が何か言おうとしたがそれを制止する。

 彼は舌打ちをして下唇を噛んだ。

「人間どもめ、小賢しい真似を。複数同時に戦わせないようにしたな。」

 激しい憤りを感じたが、今はそんなことをしている場合では無い。彼は背後に居る緑色の円盤を見た。円盤に刻まれた模様が光っている。彼が頷くと円盤は他の仲間の元を離れて彼に近づく。

「我々は強いのだ。一体ずつでも問題ない。遊んでやれ。」

 緑色の円盤はペデストリアンデッキを離れて飛んでいく。その姿はみるみる大きくなっていった。真部は他の仲間を消すと再度円盤の後姿を見た。

「我々が複数同時に戦えるように色々と試してみるよ。」

 真部もその場から消えた。

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