表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/30

第二十九話  破壊者たちの言葉

   第二十九話  破壊者たちの言葉

    

 荒谷は大きく深呼吸をして椅子にもたれかかった。

 ディスプレイには先程まで荒谷鈴花というアバターが居た真っ白い世界。彼女の仕事は終わった。今度は荒谷たちの仕事が始まる。

「お疲れさま。佐々木に聞いたが、最近あんまり寝てないんだろ。今日は早く帰って休むと良い。」

 現れたのは大塚だった。いや、さっきからずっと背後に居たそうだ。

 荒谷たちはウィルスの駆除が終わると破壊が進んだサーバから必要なデータを取り出した。この中で荒谷は鈴花のデータを先にもらってすぐに彼女との会話の準備を始めた。大塚の話では残りのデータは佐々木がウィルスの駆除方法を調べるために持っていったようだ。

 荒谷は鈴花との会話を始めると完全に外部の事は認識できなくなっていた。そのため大塚に気が付かなかったらしい。大塚自身も声をかけづらかったようだ。

「いえ、今回の件で今実験サーバが止まっているんです。今日中にアバターデータを書き換えてサーバに戻さないと。」

 画面を切り替えて別のウィンドウを見る。そこには先程の荒谷鈴花が3D空間に浮かんでいた。テレビでたまに出てくる培養槽に浮かんでいるような感じだ。

「サーバから取り出す時に取っておいたバックアップデータをそのまま実験サーバに戻しても良いんですが。今回の件について娘の中に何も残らないのは悲しいと思うんです。だから、せめて何かがあったという痕跡だけは残そうかと。」

 荒谷は独り言のように言いながらキーボードを操作して鈴花の記憶を表示した。

「もうちょっと待ってくれないか。佐々木君がもうすぐ来るから。」

 大塚はそのままどこかに行ってしまった。荒谷は首をひねる。佐々木は今ウィルスの駆除方法を探しているはずだ。ハルや黒い本のデータについてはあとで返してくれれば良いと言ったはずだが。そういえば、今気がついたが鶴谷が居ない。他のことに目もくれなかったためか周りが本当に見えていない。

「まあいい。さっさと終わらせて元に戻してやろう。」

 荒谷は独り言を言いながらキーボードを操作して鈴花の記憶を順に消していく。

 真部宗太に関する記憶も見つけたが他の記憶と複雑に絡まっていて結局消すことにした。

 荒谷の記憶では真部宗太のデータは取り出していないはず。敢えて真部宗太の記憶を消さない場合はアバター自身が混乱しかねない。予期せぬデータに遭遇したときのアバターの反応というのは予測不可能だ。

 荒谷は記憶を消した鈴花のデータを実験サーバに戻そうとした。

 その時、勢い良くドアが開いて鶴谷とともに佐々木が入ってきた。

「荒谷さん。すみません、どいてください。」

 荒谷は鶴谷に追いやられて何が起きているのかさっぱりだ。

「まだ鈴花さんのデータをサーバに戻して起動してませんよね。」

 荒谷は戸惑いながらも返事をした。鶴谷が何か操作している。じっとターミナルを見ると、ファイル名にsoutaの文字が見えた。彼は驚き画面を指さしながら佐々木を見た。佐々木は黙って頷いている。

「まさか真部宗太のデータなのか。いや待て、それよりも何時取り出したんだ。」

「感染していたウィルスを除去したから急いで持ってきたんだ。記憶とかは弄っていないから後はよろしく。俺は解析にもどるよ。」

 驚く荒谷をよそに佐々木は言いたいことだけ言って部屋を出て行った。鶴谷は真部宗太の記憶を操作していた。

「鶴谷。鈴花に関する記憶も全部消してくれ。やり方は分かるよな。」

 鶴谷は驚き、操作を中断して荒谷を見た。荒谷は耐え切れず目を背ける。

「なんでですか。二人の記憶だけを残せば……。」

「もう、鈴花の記憶は消しちまったんだよ。残したくない記憶も真部宗太の記憶も。」

 荒谷は鈴花のテータ内の真部宗太に関する記憶を消した事を話した。もう少し待っていれば二人の記憶だけ残してサーバに戻すことが出来たのだ。急がなくても良かったんだ。大塚が言っていたのは、この事だったのか。

「娘の記憶を消してしまった。消す必要のない大切な記憶を。」

 荒谷は頭を抱えた。父親としてやってはいけない事をした。父親失格かもしれない。本当の鈴花も、今の彼を見たらなんと言うだろう。

 荒谷は見上げた。天井の先に見えるだろう空に向かって。

「なあ、鈴花。お前は……。」

『お前は俺を許せるのか。』

 口から出てくるはずの言葉は空気に溶けこんで消えてしまった。

 荒谷はうなだれた。許されるわけもないんだ。彼は彼女の代わりを創り、こんな結果を招いたのだから。

「なら、せめて真部宗太の中にある鈴花さんとの記憶だけでも残しましょうよ。」

 荒谷はゆっくりと顔を上げた。鶴谷は笑顔だ。それは一瞬だが、すべてを許す神や仏の類に見えた。

 やってしまったことは仕方ない。もう取り返せないんだ。だけど、挽回は利くはずだ。

「鶴谷。宗太のデータ内の鈴花の記憶だけ残しといてくれ。私は別にやることがある。」

 荒谷は急いで佐々木のところに行ってハルの収集データを見せてもらった。そのなかから適当な絵をキャプチャして受け取る。彼はサーバ室に戻って空いている端末を操作し始めた。

 鈴花の記憶は消してしまった。だから現状では彼女と真部宗太の接点は無い。だったら作るんだ。

 荒谷はあの世界の神なのだから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ