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第二十七話  白い世界の中で

   第二十七話  白い世界の中で

    

 鈴花がエレベーターに乗り込むとハルも乗り込んだ。一階に着くと薄暗く誰も居ない。敵が現れたために表示されなくなったのだろう。彼女たちはすぐに外に出る。今は夜なのに何故か明るい。見上げれば白に染まった空が見えた。

「ハル、上空から見たいの。」

 ハルは鈴花を後ろから抱える。彼女たちは高いビルを越えて空高く上った。建物よりも高い位置まで来ると、周囲が良く見渡せた。 遠くからこちらに移動してくる十個の白い物体が見える。それらは彼女を囲むように向かってくる。物体から地上へと何度も細い光線が出されている。何なのかはわからない。しかし、良くないことだけは分かった。

 鈴花は黒い本のページを見た。既にすべきことが表示されていた。問題は二元連立方程式が十問。何時もの通り式と答えを書けという事らしい。一問に二式なので半分にして欲しいぐらいだ。書き込む場所は地面であって床では無い。地面に書くなら書きやすい道路が良い。

「地面に書けって。ハル、すぐに降ろして。」

 鈴花の言葉でハルは地面に降りる。彼女はハルから離れると、チョークを取り出して問題を地面に書き写した。二元連立方程式は解き方として代入法や加減法がある。分数にならない式ならば代入法のほうが計算時間は少ないはずだと彼女は思った。ざらざらした道路の真ん中でチョークが音を立てて削れていく。

「な、なんだこりゃ。鈴花気をつけろ。」

 鈴花がハルの声に周りを見れば建物や地面が真っ白くなっている。白く染まった建物と地面の境界はあいまいでまるで一つの物体のように見えた。そして、その上から現れた敵。丸く白い物体。彼女はそれを見ると今解いている問題を急いで解き終えようとする。本能が囁いているのだ。これまでとは比べものにならないくらい危ないと。

 ハルの声が聞こえたと同時に体を掴まれて別の場所に移動していた。元居た場所を見れば地面が白くなっている。まるで白いペンキを撒いたような状態だ。その中でも一部地面が見えていた。そこは先ほど自分が式と答え書いた場所だ。

 鈴花はすぐに周りを見る。遠くに見えていた丸く白い物体。それらが細い光線を放ちながら彼女たちに向かってくる。よく見れば物体から出る細い光線は当たった場所を白く染めるようだ。

「と、とりあえず逃げないと。」

 鈴花はハルに体を掴まれたまま自分だけ白い物体から遠ざかろうとする。直後、体に衝撃が走った。ハルに掴まってすぐにその場から離れる。よく見れば白く染まった部分に触れていたらしい。

「なんなのこれ。白い部分に触れられないわ。」

 そこで鈴花は思い出す。この白い部分はヴェニスの水と同じものなのかもしれない。だとしたら、かなり厄介なものだ。

「白い部分を避ければいいんだろ。行くぞ。」

 ハルが動くことによって実際に遠ざかることが出来た。敵とほぼ同じ高さまで上昇すると改めて敵を見た。数えてみれば九体で、一体はどこかへ行ってしまったようだ。九体すべてがこちらに向かって近づいてくる。

「こんな沢山の敵が居る中で、どうやって倒せって言うのよ。」

 鈴花はどうしようかと考える。この数の中で地面に降りれば囲まれて自分も白く染められてしまうだろう。染まったらどうなるのだろうか。良いことはなさそうだ。

 鈴花たちは敵を見ずにひたすら突き進む。しばらくして背後を見ると、五体の敵が見える。半分はどこかに行ってしまったようだ。それとも相手は五体だけで済むと思っているのだろうか。

「馬鹿にして。絶対に倒してやる。」

 鈴花ははすぐに地面に降りて、問題と答えを書き始める。ハルは敵を見ていると言って彼女の背後についた。

 焦る気持ちが脳を高速に回転させる。頭が熱くなるのを感じながら二問を解き終えた。我ながらなかなかだと感心する。

「来やがった。離れるぞ。」

 鈴花はハルに背後から掴まれて上空へと上る。彼女が背後を見ればすぐ傍まで白い物体が近づいていた。まだ五体、いや六体に増えている。解いても効果が無いのか。いや、解いて何も無いはずは無い。何かあるはずだ。

 鈴花たちはさらに別の方向へ移動を始めた。すると、目の前に白く染められた地区が現れた。既に敵に染められているらしい。他の方向に行こうにも、同じく染まっていて行くことが出来ない。二人は白く染められた地区の手前で降りた。

「鈴花は書いてろ。俺は逃げ道を探す。」

 ぐるぐると辺りを回るハルを背後に鈴花は地面に問題と答えを書いた。彼女は自分の呼吸が荒くなっている事に気付くが気にしないことにした。気にしたところで何も変わらない。

「来たぞ。書き終えたか。」

 鈴花が最後の一文字を書いた後、敵を見ると六体のうち一体がその場で消滅した。そして、新しく一体出現する。やはり問題を解けば消えていくのだ。減っていないと思ったのは残りの敵が追加されて再び六体になったからだろう。四問解いたのでこれで残り六問。今眼の前に居る敵で全部だ。

 ハルに掴まって上空へあがる。直後、ハルはまだ白く染まっていない部分に突入した。つまり、敵が居る方向だ。

「ちょ、ちょっとどうする気よ。」

 ハルは鈴花の言葉を聞かずに降下する。建物の間に伸びる道を飛んでいく。彼女はその間に次の問題を見た。地面をさがしてからでは時間が勿体無い。頭で解ける分は解こうと思った。

 上空に見える敵。放射される細い光線。白く染まる地面や建物。ハルは無理やり光線を避けながら飛んだ。振り回される鈴花はハルから落ちないようにしっかりと掴まる。ある地点まで行くとハルは速度を落として地面へ降りた。

「嘘だろ。この辺はさっき……。」

 ハルは目の前の状況に驚愕する。それを尻目に鈴花は問題を解く。解けば解くほどこっちが有利になる。いや、解かなければ負けるのだ。

「鈴花速く書くんだ。このままだと俺たち動け無くなるぞ。」

 ハルの言葉が鈴花に襲い掛かる。白で囲まれたらおしまいだ。まるでリバーシのようである。彼女は頭が痛くなるが気にしない。無理してでも終わらせないといけないのだ。

 先ほどの敵たちが現れた。鈴花は敵を見るが早いか、敵から細い光線が放たれた。放たれた先は彼女が数式を書いた部分。光線が到達した部分がゆっくりと液体が染み込むように白くなっていく。彼女は殴り書きで答えを最後まで書き終えた。彼女は逃げるようにその場から離れようとする。しかし、急な吐き気にその場にうずくまった。

 ハルは彼女を背後から掴んで上空に上る。彼女は吐き気で泣きそうになった。なんでこんなことしているんだろうか。

 鈴花は上空に上りながらも先ほど書いた式を見た。一部少し白くなっているところに問題と答えを書いてしまったが、その部分はすぐに白さがなくなり元の色に戻った。六体のうち一体は消えて残り五体になる。あと半分だ。この敵を倒せば帰れるのだろうか。それに値する凶悪さを持ち合わせている。

「残り五問。早く終わらせないと。」

 鈴花はすでに余裕が無かった。落ち着いていたら囲まれる。ハルは彼女を抱えると白く染まっていない部分を選んでまた移動した。しかし、すぐに先に進めないことに気がつく。

「駄目だ。どうしようもない。」

 ハルはひどく落胆している。その場に下りた。

 鈴花はここで書くしかないと思って本の問題を見る。すると、一問増えていた。その式は赤く表示されている。彼女はすぐに地面にその問題と答えを書いた。背後から五体来ているのだ。囲まれるならその前に解きたい。必死に赤く表示された式を解いた。

「嘘だろ。元の建物に戻っていく。」

 見上げればハルの言うとおり周りの建物が白から元の色に戻っていった。鈴花は再度本を見る。赤く表示された式は消えて代わりに残り時間が表示されていた。

「残り時間ってどういうこと。」

 それを聞いたハルはすぐに鈴花を抱えて移動を開始する。彼女が残り時間の上の行を見ると、内容が理解できた。

「五分間だけ正常な世界に戻すって。敵からの攻撃も止めてもらえるらしいわ。」

 鈴花はそこで考えた。五分で五問。敵からも少し離れたから、なんとか解けるんじゃないだろうか。彼女はすぐにハルに言って地面に降ろしてもらった。問題を見て書き始める。既に残り時間が四分近い。この時間に終わらせればこちらの勝ちだ。

 しばらくして彼女は何か気配を感じる。しかし、気にしないで書き続けた。今はそんなことに気を配っていられない。

「さっきの四体が来たぞ。早く答えを書いてくれ。」

 鈴花はハルの声で一瞬見上げる。すると、残り四体が彼女とハルを囲んでいる。追いついてきたのだ。四体も居て大丈夫か。いや、大丈夫じゃない。

「倒す、倒すわよ。絶対倒してやる。」

 鈴花は自分に言い聞かせるように言った。こんな所で終われない。終われないのだ。すべての敵を倒すまで立ち止まれない。宗太のために、自分のために。書かなきゃ終わりだから。すべて終わっちゃうから。

 鈴花は宗太の事を思い出して泣きそうになる。彼は敵に殺されたのだ。これ以上そんな真似はさせない。彼女は濡れた瞳で再び問題を解き始めた。

 鈴花が最後の問題を見たとき、残り三十秒だった。彼女はなんとしても時間内に終わらせるべく問題を解く。体から汗が噴出す感覚を味わいながら片方の変数を出した。

「まずい。元に戻り始めたぞ。」

 鈴花はハルの声を聞きながら残りの答えを求める。その答えを書いているとき、眼前に敵の細い光線が放たれた。光線はこちらに向かってきる。彼女は最後の答えを素早く書くと横に転がりながら避けた。敵を見ると最後の一体がゆっくりと消えていく。

 鈴花は完全に消えたことを確認すると黒い本を見た。敵の表示されたページが現れて赤い文字が表示される。倒したということだ。そこで彼女は一度深呼吸をするとハルを見た。敵を倒したのだ。良かったと思っているだろう。しかし、ハルはうれしそうには見えない。彼が見る先は先ほどと同様に白い世界のままだ。彼女はそれについて発言しようと口を開くが声を発する前に彼の声によって遮られた。

「来たみたいだぞ。最後の敵が。」

 ハルの言った「最後」という単語が気になった。やっと次の敵が最後であると同時に先ほどの敵が最後ではなかったということだ。

 鈴花が黒い本を見れば、ページが自動的にめくれて何時もの通りに敵の情報ページに移動する。そして、敵の絵が表示され始めた。しかし、何か様子が変だ。絵は表示されず、代わりに「Acquisition failure」と出ている。この文についてハルに聞こうとしたとき、彼はある方向を見て驚いた。

「嘘だろ。どうしてお前が。」

 鈴花もすぐにハルと同じ方向を見た。その先に見えたのは宗太だった。

「宗太。無事だったんだね。」

 鈴花はうれしくなり近づこうとする。宗太は生きていたのだ。しかし、それをハルが制止する。彼女は彼の手を振りほどいて、ハルを見た。

「どういうことよ。良いじゃないの。宗太なんだよ。」

 鈴花の言葉に宗太は笑い出す。これまで聞いたことの無い気持ち悪い笑い方だ。その姿に鈴花の体は固まり、動けなくなった。ハルは彼女の手を掴んで自分の隣まで引き戻す。宗太はひとしきり笑うと二人を見た。

「先に断っておくが、私は宗太では無い。」

 うつむき上目使いでこちらを見る宗太は明らかに別人に見えた。鈴花は黒い本のページを見る。ハルも同じくページを見ると、宗太を見た。

「奴がnull(ヌル)だ。」

 ヌルと呼ばれた宗太は何度か頷くとこちらを見た。

「正確にはこの宗太という対象に宿る存在を操るのが私であり、この世界そのものなのだ。」

 ヌルは良くわからない事を言いながら両手を広げて空を見ている。人間なら変な人確定だ。それに空は今も気持ち悪いほど真っ白いいままだ。ヌルは手を降ろすとこちらを見た。

「ハルよ。君がこの世界の生存者を気安く仲間に入れた事が仇になったな。お前は知っていたはずだ。こいつが感染者であることを。」

 鈴花がハルを見ると、彼は何も言わずヌルを睨んでいた。彼女はこの状況では「感染者」という言葉について聞くにも聞けないと思った。

「宗太という男は今私の中に囚われているよ。何も出来ずただ私たちを見ているだけだ。それとこの機会に話しておくべきことがあるな。」

 ヌルは肩を微かに揺らして笑う。真っ白い世界に存在する姿のためか、遠くから見ても動きが見えた。

「私はこの世界に侵入してから、世界の混乱の内にこの男を操り始めた。簡単な事さ、仲間に寄生させてそれを介してこいつ自身の行動を制御する。ただそれだけだ。こいつが生き残ったのは何故だか分かるか。こいつが自分の周りに居る人間を全員殺したからだよ。」

 ヌルの予想外の言葉に鈴花は言葉を失う。生まれてくる怒りに身を任せてヌルを睨み付けた。ヌルは彼女の視線を気にせず続ける。

「そういえば、この男は荒谷鈴花という人間を探していると言っていただろう。その女なら、私がこの男を操っている時に殺したよ。すぱっとね首を切ったんだ。綺麗に胴体と首がお別れしたよ。」

 ヌルはその時の状況を身振りで表す。その行為は先ほどの発言に上乗せするように鈴花に衝撃を与えた。しかし、発言しているヌル自身は楽しそうだ。彼にとってはまるで楽しい遊びであるかのように見える。そして、彼は突然笑い出した。

「今私の中で君の知る宗太が暴れているよ。仕方ないだろう。自分が殺した人間を必死に探していたんだからな。」

 ヌルの笑いはなかなか止まらない。気持ち悪い笑いが白い世界に広がっていく。彼はしきりに叫べ泣き叫べと自分に言っている。つまり宗太に言っているのだろう。鈴花は彼の行為に、もう一人の自分の結末に体の中から言葉が溢れ出てきた。

「あんた、最低だよ。なんのためにこの世界の人を殺したのよ。」

 鈴花の口から出てきたのはこれだけだった。まだ他にも言いたいのにもう出てこない。わめき散らしたい衝動を抑え込んだ結果かもしれない。

「君は別の世界の荒谷鈴花だろう。この世界に来てからずっと見ていたよ。私は君と同じように別の世界の人間に創られてここに送り込まれた。この世界を破壊するためにね。」

 ヌルはそこで笑いながら首を横に振る。自分は何をやっているんだということだろうか。笑い終えると、鈴花を見た。

「まあ、話はこれぐらいにして始めようか。」

 ヌルは両手をいっぱいに広げる。すると、先ほどの敵によって白く染められた部分から物体が現れ始めた。それは木々の生長のように伸びだし完全な姿となる。現れたのは様々な兵器だ。

「そして決めよう。どちらが本当の破壊者かを。」

 ヌルの言葉で火器類の銃口が鈴花に向けられる。無数に聞こえる撃鉄を起こす音。

 鈴花が周囲を兵器で囲まれた今。最後の戦いが始まる。

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