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第二十六話  欠けたもの

   第二十六話  欠けたもの

    

 鈴花が目覚めたのは昼過ぎだった。彼女の頬にはまだ涙の跡が残っている。泣きつかれて眠ったあとも泣いていたらしい。ゆっくりと起き上がった。どこかの部屋だ。いや、ここは昨日泊まった新帝都ホテルの部屋か。彼女はベッドから起き上がる。

「起きたか。ずっと泣いているからどうしようかと思ったよ。」

 隣のベッドにハルが居た。ハルは鈴花の傍に来ると肩を軽く叩いた。

「宗太の事は残念だと思う。だが、仕方ない。ここはそういう世界だ。」

「そういう世界だって言ったって。この世界ってなんなのよ。なんで私じゃなきゃいけないのよ。」

 鈴花は力なく反論する。何もかも分からなくなりそうだ。

「戦うのはお前だ。何故私なのなんて思っているだろ。選ばれたんだから仕方ない。俺とこいつは全力でお前を助けるだけだ。」

 ハルは黒い本を取り出して見せた。全てはこの本なのだ。必要な情報も無いままただ何も分からず敵と戦っている。なんのために戦っているのだ。

「深く考えるな。さあ、チェックアウトして街に出よう。東京観光でもしようぜ。」

 鈴花は身支度を済ませてホテルを出た。朝食も済ませた。一人の食事は寂しい。ハルは人間じゃないから数えていない。

「せっかく東京に来たんだ。観光でもしよう。どこか行きたいところはあるか。」

 ハルに連れられて東京駅に戻る。突然観光と言われても鈴花には考えもつかない。それにそんな気持ちじゃない。

 それでもハルはどこかに行こうと言う。どこか、行ってみたいところ。しばし考えた後、鈴花はまっすぐ西へ歩き出した。彼女の後をハルが付いてくる。車も人も居ない広い道路の真ん中を歩く。普段は車や人が沢山居るこの場所も、今は彼女とハルだけ。他に誰も居ないという怖さと居ないがゆえの清々しさが混ざり合う。

 歩き続けると皇居が見えた。

「生まれて二度目だわ。まあ、それだけ。」

 鈴花が再び歩き出そうとしたとき、ハルが彼女を抱えて上昇を始めた。地面が遠のいていく。

「ほれ、しっかり見てみな。」

 地面ばかりを見ていた鈴花は、そこで上空から皇居を見ることが出来た。写真ではなく自らの目で。

 地上にもどると鈴花はまたふらりと歩き出す。どこに行くかとハルに聞かれても答えない。

 東京駅から電車を乗り継いで着いたのは浅草。雷門をくぐれば人だかりの仲見世通り。左右には店が並び、沢山のものが売っている。直進して本堂で祈ると再び仲見世通りに戻った。

 ハルに祈りの内容を聞かれると。

「早くこんな世界から抜け出したいってね。まぁ、既に神様や仏様だってこの世界には居ないかもね。」

 鈴花はせんべい、雷おこしや人形焼を食べながらも、宗太と一緒に食べたかったなと心の中で思った。

「次はどこ行く。何も言わずに行かれるとこっちも困るんだよ。」

 ハルは人形焼を口の中に放り込む。鈴花はハルの大きな口にどんどん食べ物を放り込みたくなった。しかし、放り込むものが無い。

 鈴花はふざけるのを止めて次の目的地を考えた。既に陽は傾き次の場所に着く頃には外は暗くなっているだろう。

「せっかくだから港の赤い塔へ行こうよ。」

 東京にせっかく来たのだから東京タワーに上るのが良いと思う。だって、こんな状況はもうこの先無いだろうから。彼女たちは東京タワーを目指して移動を開始した。

 東京タワーに到着した時には辺りは暗くなりタワーはライトアップされていた。

 鈴花たちはエレベーターで展望台へ入った。せっかくなのでハルが特別展望台も見られるようにしてくれたらしい。それに他の客は表示させず必要な人だけ表示させている。貸切みたいでちょっと贅沢な気分になった。

 鈴花は展望台に入ると、フロアを回って周りの景色を見た。

「ほお、面白いところに立っているな。足元見てみろ。」

 鈴花はハルの声で床を見る。直後彼女の背中に嫌なものが走った。床が透けて真下が見えているのだ。これはどう見ても反則技だろうと思う。底が抜けたら落ちる。

 鈴花はゆっくりと透けている床から離れた。ハルが彼女のそんな姿を見て笑っている。そんなハルを置いて彼女は二階に上がり一階との差を比べ、特別展望台へとさらに上がった。地上を見れば足がすくむほどの高さ。高いところが好きなら良いと思うが、こんなに高いと怖い。この高さから落ちたら命が無いと想像するからだ。外は暗くなり、真っ暗な世界で星だけが光っている。タワーから見えた星は綺麗だった。

「安心して星が見られる世界なんて、何時来るのかしらね。そのために私は……。」

 鈴花はそれ以上言わず踵を返すとエレベーターに向かって歩きだそうとした。背後に居たハルの表情に彼女は歩みを止める。ハルは黒い本を素早く取り出すと彼女に差し出した。

「敵さんが来たぞ。」

 鈴花は本を受け取りゆっくりと開いた。開いたページにゆっくりと絵が表示されていく。ただ白い何かがページを埋めていく。これが今度の敵だろうか。

「おいおい、なんか危なくなってきたぞ。鈴花、外を見ろ。」

 鈴花はハルの声で外に視線を移す。地平線の辺りが白く光りだしている。その白い部分は徐々に大きくなっているように見えた。夜だというのにこの光は何だろうか。彼女が再度本を見ると絵は完全に表示され、情報が表示された。絵はただただ白いもやが描かれているだけだ。

blank(ブランク)だ。」

 鈴花は本から目を離すと地平線に見える敵を見た。先ほどよりも明らかに白い部分が多くなっている。滲み込むように暗い夜の空を白く染めていくその様は世界のすべてを真っ白にしようとしているように思えた。

「白だけで埋め尽くそうって考えなのね。」

 鈴花はエレベーターに向かって走り出した。

 敵は世界を白く染める。出来上がるのは、昼も夜もない世界。

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