第二話 奇襲
第二話 奇襲
流れ星を見た次の日。鈴花は学校で昨日の流れ星についてを京子に伝えた。
「それだけの数なら流星群って言えそうだけど。私は見なかったわ。他に見た人は居ないのかな。」
休み時間を使って他のクラスメイトに聞いても良い返答は得られなかった。鈴花が見たのはなんだったのだろうか。確かに流れ星を見た。
「おーい。授業を始めるぞ。」
数学の先生が教室に入ってくる。休み時間のざわめきは徐々に消えていった。
何時もと変わらない授業。沢山の英数字が数式の中に散りばめられている。
鈴花はため息をついた。彼女は数学が嫌いだ。問題は解き方さえ分かれば解ける、分からなければ解けない。解き方を知っているかどうかで決まってしまうのだ。また、解き方を知っていても計算をしなければならない。その計算がまた面倒である。簡単に答えが出るわけでもなく幾つもの数字を四則演算して真の解答を導きだす。解き方が分かっても計算間違いで正しい答えに導けるとは限らない。
その点他の教科は別である。理科や社会ならほとんどが暗記中心。英語や国語はルールはあるものの答えが必ず一つに決まっているとは限らない。
数学は最初から決まっているのだ。問題と解き方を与えれば必ず決まった答えが返ってくる。決められた答えを求めて四苦八苦するだけだ。
「荒谷。黒板の式を解いてくれないか。」
鈴花は気がつけば先生に指されていた。仕方なく黒板の前に立つ。式を確認して計算を始めた。嫌いでも出来ないとまずいので勉強している。それに受験も近づいているのだ。
鈴花は問題の最後の答えをチョークで黒板に書き込んだ。
「はい、出来ま……。」
先生を見たとき、その歪んだ顔に言葉を失った。彼は何かを見ていた。なにを見ている。
「何あれ、なんなの。」
突然発せられる複数の声。彼女は彼らの視線の先を見る。彼女はその光景に持っていたチョークを床に落としてしまった。
青空と地上の間に見える異様な大きさの丸い円盤。緑色のその物体はコインを立てた姿のまま周りの建物を破壊しながら学校に向かってくる。
他のクラスから悲鳴が聞こえてくる。先生もクラスメイトも突然の事で悲鳴は聞こえるも動き出すものは居ない。鈴花も同様に動けなかった。
緑色の円盤は学校の敷地手前で動きを止める。
「なんか危ないよ。逃げようよ。」
鈴花は京子に思い切り揺さぶられていた。クラスメイトの多くが今だ動けないでいる。
突如廊下に響き渡る非常ベルの音。ベルの音に押されるように鈴花の身体はゆっくりと動き出しその場から後退し始めた。同時に緑色の円盤もゆっくりと動き出す。
次の瞬間。校舎が大きく揺れた。今まで感じたことのない激しい揺れと窓ガラスが割れる音、人々の悲鳴が同時にその場を満たした。
鈴花はその場に倒れながらもなんとか外を見た。そこには校舎に激突した円盤の姿があった。円盤からは無数の黒い手が伸びている。
鈴花の脳が必死に身体を動かそうと叫ぶ。ここから早く逃げろ、なんとしても逃げろと。
鈴花はそばに倒れた京子を立たせると教室の出入口に向かって走った。背後から聞こえる悲鳴。
鈴花が出入口付近で振り返れば緑色の円盤から伸びた黒い手がクラスメイトを絡めとっていた。巻きついたクラスメイトは跡形もなく消えていく。これは悪夢だ。冗談なら早く終わって欲しい。
一本の手が鈴花たちに向かってくる。鈴花は京子に引っ張られながらその場を離れた。
急いで階段を降りた。他のクラスの生徒たちが雪崩のように昇降口に向かっていく。
校庭に出ると走りながら校舎を見た。緑色の円盤は未だ校舎に向かって手を這わせている。ふと、屋上を見れば何人かの生徒の姿が。その姿も黒い手によって消えてしまった。
「何よ。なんなのよ。」
鈴花はおもいっきり叫びながら京子と一緒に逃げた。町中に響き渡るサイレンの音からこの世の終わりを予感した。簡単には理解できないほど恐ろしい事が起きているんだ。
鈴花と京子は学校から程近い自分の家に向かって走った。サイレンの音に驚いて多くの人々が通りに出ている。
「逃げる準備をしましょう。」
二人は途中で別れてそれぞれの家に帰った。鈴花は自分の家に入るとすぐに靴箱から運動用の靴を出した。それとともに母親を呼び寄せる。半分叫び声に近かった。出てきた母親は事態が呑み込めていないらしい。すぐに母親を強引に引っ張り出した。そこから学校の方角を指差す。そこには緑色の円盤が居るはず。しかし、そこには何も見えなかった。変形した校舎がそこにあるだけである。もう、円盤は見えなかった。そこへ京子とその母親が現れる。京子のほうも母親に理解させるために連れだしたらしい。
鈴花と京子は先程までの事を二人の母親に言った。母親たちは、校舎の状態と響き渡るサイレンの音から彼女たちの発言を否定できず、心配そうに学校のほうを見ている。
しばらくしてサイレンは止んだ。鈴花と京子は母親たちと一緒に学校に戻る。
学校の校庭はまるで避難所のような状態だった。そこには逃げ延びた先生と他の生徒や親たち。また、警察の人間が沢山居た。明らかに全校生徒の数より少ない。わが子を必死に探す親の姿、泣き叫ぶ声がそこかしこから聞こえてきた。中にはけが人も居るようだ。そして、この事件を伝えようとする報道記者たち。生徒や保護者たちにコメントを求めている。
鈴花や京子にも何人かクラスメイトの親が話を聞いてきたが、上手く答えられなかった。そういえば、真部宗太は見えない。話があると言っていたけど結局聞けていない。彼も消えてしまったのだろうか。
鈴花が校舎を見上げれば、今にも崩れてきそうなほど歪んでいた。朝礼台を見れば警察の偉そうな人が登壇していた。
「生徒、保護者のみなさん。どうか、落ち着いて聞いてください。」
警察の話を簡単にまとめればこうだ。
今回の件は本当に原因不明の出来事らしい。逃げ延びた生徒や先生の話では、はじめに校舎に突然巨大な緑色の円盤が激突。次に、円盤から手が伸びて生徒や先生たちを捕まえ始めたというのだ。最後に、生徒や先生たちが逃げ惑う中で円盤は跡形もなく消えてしまったということらしい。残ったのは歪んだ校舎と逃げ延びた生徒と先生だけ。相手は跡形もなく消えてしまったために警察側は探そうにも見当がつかないらしい。
「それではみなさん。この事件が解決するまで自宅で待機するようにしてください。」
生徒及び先生たちはしばらく自宅待機となった。生き延びた者たちはそれぞれの家に戻り始める。鈴花と京子も母親たちと一緒に学校を離れた。校庭から離れない人たちも多い。その姿を出来るだけ見ないようにして学校を出た。
帰宅すると鈴花の母親はすぐに電話をかけた。相手は父親だろう。こんな時でも仕事をしているのだ。仕事といっても研究で新しい技術を創りだすことらしい。あまりよくわからないが、毎月もらえるお小遣いは悪くない。
「なんなのよ。こんな状況なんだから早く帰ってきてよ。」
母親の口調が荒くなっていく。終いには叩きつけるように受話器を置いてしまった。彼女は拳を握ってなんども振り上げている。
「娘が危ない目にあったっていうのにあの人は研究々って。もう知らないわあんな人。」
母親は吐き捨てるように言って居間に向かった。鈴花もこれ以上怒らせないように黙って付いていく。怒った母親はこの世で一番たちが悪い。
鈴花たちは居間に座って大きく息を吐いた。
「とにかく落ち着きましょう。落ち着かないとやっていられないわ。」
鈴花は何度か深呼吸をすると、今回の事について少し話した。しかし、話し始めるとあの時の事を思い出して息が荒くなる。今回の件はこれまで生きてきた中で一番怖かった事件となった。
「鈴花。部屋に戻って好きにしなさい。夕食になったら呼ぶわ。」
それぞれが普段通りの行動パターンに戻ろうとしていた。違うのは鈴花がいつもより早く家に居ることだ。
情報通信技術研究所。ここは情報系、通信系に特化した研究を行っている施設。この研究所に鈴花の父親は勤めている。
荒谷は受話器を置いた。心配そうに大塚が聞いてくる。彼は大丈夫ですと言って作業に戻った。
電話は妻からだった。話は先にニュースで知っていた。娘の鈴花が通っている学校に得体のしれない巨大物体が現れたそうだ。娘が無事なのか心配であったが、無事は確認出来た。大塚にすぐにでも帰れと言われたが気になる事があった。それは研究所に送られてきた意味不明の電子メール。ただのいたずらにも思えたが、メールの受信日時は娘の事件が起きる少し前だった。送られてきたタイミングから、意味不明のメールと娘の事件は無関係とは思えないのだ。このメールは何かを表している。
荒谷は再び送られてきたメールを見た。差出人は不明。よくこういうメールは海外を経由して偽装していることがあるが、今回はそんな単純なことではない。メールのヘッダを調べてもドメインが存在しないのだ。ならば、このメールはどこから来たのだろうか。
メールの本文は意味不明な文字列。文字化けではないかと複数の文字コードに変換してみたがどれも意味を成さない。このメールは暗号化されているのだろうか。暗号化されているのならばこの研究所の誰に当てたものなのだろうか。
「なんなんだこのメールは。誰が何のために送ってきたんだ。」
荒谷は頭を抱えた。その頭に突き抜ける非常ベル音。彼はすぐに通路に面したドアから通路を見た。出入口から何かを破壊する激しい音と他の研究者たちの悲鳴がこだまする。
「どうした。何が起きたんだ。」
荒谷は出入口に向かった。そこには土煙を上げる丸い岩があった。その場に不似合いな丸い岩に彼は一瞬思考が停止する。丸い岩が動き出すとともに辺りが振動した。金縛りが解けるように荒谷は動きだす。
「荒谷さん。早くここから逃げてください。」
岩の背後に後輩研究者が居た。後輩研究者が微笑んだ瞬間、別の丸い岩に押しつぶされた。轢かれた研究者は跡形もなく消えてしまった。どこに消えた、どこに行ったのだ。
心臓の鼓動が早まる中、荒谷は今日の娘の事件を思い出した。被害者の証言から捕まった人間は跡形もなく消えてしまうのだ。今眼の前起きていることも同じではないか。ここから離れなければならない。彼はは丸い岩を避けてそのまま敷地外へ出た。
「誰か、誰か助けてくれ。」
荒谷は力いっぱい叫んだ。しかし、何も反応が無い。門を出たところで辺りを見た。近くの商店街に向かって走る。人も犬も猫も居ない。無音の中、彼の鼓動はさらに早くなる。もう、泣きそうだった。誰か、誰か居ないのか。
「荒谷のおじさん。」
交差点で少年を見つける。確か、彼は娘の友達の……。
荒谷は背後から強い衝撃をうけてその場に倒れた。足に激痛が走る。振り返れば岩が足を押しつぶしていた。彼は激痛に叫びながら目の前にいる少年を見た。助けてくれと手を伸ばす。
少年は不気味な笑みを浮かべた。
「さようなら、荒谷のおじさん。」
断末魔の叫びが空に広がる。