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第十六話  切り刻む光

   第十六話  切り刻む光

    

 タニスの下部から再び光の線が発射される。鈴花は横に避けると走り出した。走りながら黒い本を見る。ページには既に倒し方が表示されていた。そこには数式とその式と答えを書く場所が記されている。

「掲示板。なんで掲示板なのよ。」

 式と答えを書く場所は掲示板。何故かはわからないが、とにかく掲示板に書けということらしい。

 鈴花は道路を渡って近くの駅へ向かう。駅なら掲示板があるはずだ。

 鈴花は駅へ続く階段を上り始めた。橋上駅のためか階段を上った先に駅がある。すると、光の線が目の前にある階段と通路の境目を勢い良く切った。このままでは階段が切り離される。彼女は必死に階段を上った。

 あと少しで階段は終わる。そう思った直後、鈴花の体が降下する感覚を味わった。階段が落下し始めたのだ。彼女はそれを脳で理解すると反射的に目の前にある通路へジャンプした。ハルは彼女の手を引っ張り、通路上へ着地させる。ほぼ同時に背後で大きな音がした。彼女が振り向けば地面に砕けた階段があった。一緒に落ちたら怪我は免れなかっただろう。上空を見ればタニスがこちらに近づいてきている。彼女はすぐに駅に向かって走った。

 鈴花はタニスから放たれる光線を避けながら駅構内に入った。通路の片側は壁になっていて、もう片側はガラス張りになっている。ここには大きな掲示板がある。それにタニスが通路と同じ高さに降りてこなければ何処にいるかはわからないはずだ。掲示板の前に着くと、張られたポスター類を引き剥がす。ポスターの上から書いては掲示板に書いているとは言えない。破く行為に罪悪感を覚えたが、そんなことはみんな後回しだ。

 鈴花は早速ポケットからチョークを取り出し、本のページに書かれた数式とその答えを書いていく。今回は足し算、引き算と掛け算だ。このままだと割り算も出てくるだろう。なぜ計算をさせるのだろうか。

 数式は前回同様十個ある。定数は一桁から三桁。それに加えて足し算、引き算と掛け算が使用されている。掛け算はある数を何倍かするものだ。故に、掛け算の式では足し算や引き算に比べてさらに計算時間がかかると予想される。

 鈴花は二問目を終えて三問目の式を書き始めた。その視界の端、通路の出入り口付近に光の線が見えた。彼女はその方向を見るが、線はすぐに消えてしまった。見間違いだろうか。鈴花は一呼吸の後、再度掲示板を向いて式と答えを書いた。

「書きながら聞け。あいつは俺らごと輪切りにする気だぞ。」

 ハルの声が背後から聞こえてくる。再度光の線が見えた方向を見ると、天井から床に向かって光の線が降りていく。まるで巨大なロールケーキを切り分けるが如く、ゆっくりと通路を切っていく。しかし、二箇所以上を切っても通路は落下しない。構造上切っても落下しないようになっているのかもしれない。

「ふ、ふざけないでよ。」

 鈴花の叫び声が通路に響く。光の線はコンクリートを容易く切る。人間なんて容易く真っ二つだろう。彼女はすぐに残りの式を書き始めた。

 鈴花が五問目を書き終わるころには光の線がすぐ目の前まで来ていた。彼女は答えを書き終えると、近くまで来た光の線をじっと見た。

 鈴花は光の線が床に消えると切れ目を飛び越えて既に切られた方へ移動する。ハルも一緒に移動した。振り返り反対側の通路を見ると、目の前に光の線が降りてくる。単純な行動だが、これで光線を避けることが出来た。よく見ると、光の線が通路を切る速度は遅く、切る間隔は広い。彼女は反対側の通路を未だ輪切りにする光の線を横目に問題を解いていった。

 六問目を書き終え、七問目の式を書き始める頃には光の線は反対側の出入り口に到達していた。

「ハル。タニスの攻撃見といて。」

 鈴花は数式を書きながら言う。相手はさっきの攻撃方法で彼女を倒すことはできなかった。さて、次はどうするのだろうか。

「分かってるよ。俺だって無駄に居るわけじゃないんだ。」

 鈴花は背後から聞こえる声に押されて、数式の解答を早める。七問目は三桁の掛け算。別途計算しなければ解けない。鈴花は素早く空いている部分に計算式を書いていく。

「鈴花。来たぞ。」

 鈴花はハルの声で周りを見た。窓の外に見える大きな物体。タニスだ。その下部が光り始める。彼女はすぐに残りの計算をして答えを書く。早く書き終わらそうとしたためか最後は殴り書きになる。書き終わるとほぼ同時に体が浮く感覚を覚えた。驚き周りを見ると、足元を光の線が通っていく。縦で駄目なら横に切ろうということだろうか。そこで初めてハルが彼女を抱えて飛んでいることに気がついた。

「お前が死んだら困るんだよ。」

 ハルは鈴花を重そうにしているわけではなく、どちらかといえば光の線に気がつかなかった彼女を怒っているように思えた。ハルは光の線が通り過ぎると彼女を床に降ろす。タニスを見れば、再び光の線を出そうと下部を光らせていた。彼女は反対側の出入り口に向かって走り出した。ここにこれ以上居ては不利だ。どこか別のところが無いか考えた。そこで、ふと彼女は思い出す。ここは駅前、だとしたらすぐ近くに大学がある。大学があるなら掲示板もあるはずだ。

「大学に行くわ。」

 鈴花は背後に居るはずのハルに言う。彼女は光の線を避けながら階段を駆け下りた。道路を渡って、正門から大学内に入る。

「あったぞ。掲示板だ。」

 目の前に掲示板があった。しかし、外からみえる場所にあるため、安心して計算できない。

「他、他に無いの。」

 鈴花はそう言いながら素早く周りの建物を見る。しかし、良さそうな掲示板は見当たらない。周りの建物に近づき中を覗いてみるも掲示板らしきものは無い。彼女たちは仕方なく木々が囲む広場を抜けてコンクリートで固められた大きな建物に入った。入った理由は他の建物に比べて窓が少なく、外から見えづらいと思ったからだ。決してこの中に掲示板があると確信したわけではない。ただどこかタニスに見つかりづらいところに入りたかっただけ。中に入ると二階天井部分に天窓が見えた。すぐに振り向き、外を見る。広場の木々のせいか地上近くにタニスは見えない。

「おい、ここに掲示板があるぞ。」

 鈴花はハルの声のする方向へ向かう。すると、複数の掲示板が見つかった。この建物の中にも掲示板があったのだ。しかし、すべてガラスで覆われている。これでは書けない。どうしようかと考えたとき、再び体が宙に浮く。ハルが抱えていることはすぐにわかった。足元を光の線が通っていく。ただの光の線ならば特に何も無く地面に降り立てる。しかし、降りられない。降りられないほどの速度で光の線が移動しているのである。先ほどの光の線の移動がロールケーキの切り分けならば、今回はハムを水平に薄く、しかも高速に切っているようなものだ。彼女はハルに抱えられたまま上昇していく。しかし、天窓がある位置までしかいけない。周りに各階の通路と部屋が見えるが、それさえも光の線は切っている。

 鈴花とハルはついに天窓に到達する。彼女が天窓を叩いてもびくともしない。簡単に割れるような窓では実用面で困る。

「お願い割れて。助けて。」

 下からは光線が建物をスライスしてきている。触れれば彼女やハルも見事スライスされてしまうだろう。通路に入ってさらに階段を上ることが唯一助かる方法。しかし、今からでは階段に到達する前に光の線に触れることは確実だ。

「仕方ないな。突破するぞ。」

 鈴花はハルの声が聞こえた瞬間、体が重力に従って落下する感覚を覚える。落下してはスライスされてしまう。彼女は叫んだ。その体を何か不透明なものが包み込む。直後、体に激痛が走った。

 体の痛みが引くとともに視界が開け、鈴花は建物の一階に倒れている事が分かった。見上げれば光の線がさらに上に向かって建物をスライスしている。再び激痛が走った。すぐに体を見る。しかし、どこか切れたわけでは無いようだ。光の線を突破したのに何故切れていないのだろうか。

「痛みは感じただろうが、怪我はしてないはずだ。」

 鈴花の前にハルが現れる。ハルが守ってくれたのだろうか。まさか、どうやってやったというのだろう。しかし、今はその質問をしている暇は無い。鈴花は掲示板に向かう。光線でガラスもスライスされたためか、何かで軽く叩けば割れそうだ。彼女は周りを見る。すると、金属製のゴミ箱があった。ゴミ箱をひっくり返して中身を出すと、掲示板のガラス目掛けてゴミ箱を振り下ろす。直後、ガラスが粉々に割れる。何度か叩くとガラスの破片が周りに飛散る代わりに掲示板からガラスの部分が除かれていく。残りの数式が書けるぐらいにガラスが割れると、鈴花は黒い本を見て残り問題を書き始めた。頭上では未だ光の線が建物をスライス中だ。

「痛い。」

 鈴花は勢い余って、未だ取り除いていないガラスの部分に触れて手を切ってしまう。手から血が流れ出すが、それさえも今は気にしていられなかった。ガラスを割った掲示板で書けたのは二問。彼女は残り一問を書くために他の掲示板のガラスを割ろうとした。その体が宙に浮かぶ。再びハルの登場だ。今回はどんな状況かと周りを見れば、彼女の目が大きく開かれる。タニスが天窓を光線でくり貫いているのである。直後一階に落下する天窓。周囲に飛び散るガラスの破片。上空からゆっくりと降りてくるタニス。もう笑いたくなるほどの状態だ。

 ハルは彼女の体を抱えたまま、建物から素早く出た。それを光の線が追いかける。彼は鈴花を抱えたまま広場を抜けて来た道を戻った。そして、見えてきたのは外から見える掲示板。その掲示板にまっすぐ進んでいく。

 鈴花は近くにあったゴミ箱を掴むと、宙に浮かんだままガラスに力いっぱい叩き付けた。ガラスは音を立てて割れる。本を見て式を書こうとしたとき、新しい式がページに浮かび上がった。それは他の式に比べれば凄く簡単な計算式。良くわからないが素早くその式書いて答えを書いた。直後、タニスが現れる。そのタニスの下部が光り始めた。しかし、すぐに光は消えてしまった。まさか、攻撃してこないのだろうか。

「タニス見といて。」

 鈴花はゴミ箱でさらにガラスを割ると最後の問題を解いた。時間がかかったが、邪魔されること無く解くが出来た。彼女はタニスを見る。近くに居るものの。未だ下部は光らない。まるでガス欠のようにも見えた。ガスを使っているとは到底思えないが。

 鈴花は黒い本を見た。すべての数式と答えを書いたのだ。あとは最後の指示があるのなら従うまでだ。しかし、書いた数式のうち一つが光らず、一番下に赤文字で「光の無い式について、再度式と解答を記述せよ」と表示される。つまり答えを間違ったということだ。光っていないのは七番目の式。すぐに計算をしなおす。三桁の掛け算など小学生以降あまりしていない。これ以上間違うと脳が暴走しそうだ。

「これで、おわり……。」

 鈴花が答えを書き終わった直後、ハルが彼女の体を抱えて飛ぶ。タニスを見れば光の線を彼女たちに飛ばしている。今や光の線は縦横無尽に移動している。

 鈴花は飛びながら黒い本を見る。赤い文字は消え、すべての数式が青白く光った。その後、すべてのすべきことが順に光ると最後にすべきことが浮かび上がる。

 それは、本を空に投げろという事だった。

 鈴花は本を閉じると、勢いをつけて空に投げた。黒い本は空中で静止して、黒く丸い塊へ変化する。その後、黒い塊はタニスに向けて黒い何かを飛ばし始めた。黒い何かは柔らかく、タニスの体に次々とくっ付いていく。ただくっ付くだけでは無く、黒い何かはくっ付くとタニスの体に付きながら移動を始めた。まるで意思を持った生物に見える。見ていると気持ち悪い光景だ。ついには光線を出す下部を黒い何かが覆ってしまった。彼女たちは光線が止まったため、地面に降り立つ。しかし、目の前の光景から目が離せない。黒い塊を見れば先ほどよりも小さくなっている。タニスを見れば既に本体の色が見えなくなり、黒い物体と化していた。タニスが暴れているのか激しく動いている。

 すべての黒い塊が黒い何かとしてタニスにくっ付くと、少しずつ黒く覆われたタニスが小さくなっていく。最終的には元の黒い塊に戻り、消えてしまった。

 鈴花の目の前に黒い本が出現する。彼女は本を手に取ると開いた。自動的にページが移動してタニスの絵が描かれているページになる。そして、右側にある文字列の一番下に赤い文字が表示された。つまり、倒したということだ。

「倒せたみたい。危なかったわ。」

 鈴花が黒い本を見れば自動的にページがめくれて何も無いページが表示される。これは敵を倒した後に必ずする事なのかも知れない。

 鈴花は大きく息を吐くとその場に座り込んだ。緊張の糸が切れたのかもしれない。

「この本。一体何なんだろう。」

 黒い本は何も言わない。いや、何も言えないのかもしれない。

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