第十三話 転がる先に
第十三話 転がる先に
鈴花が玄関から外へ出ると、地震のような揺れが彼女を襲った。彼女は揺れに耐えながら黒い本を開いた。自動的にページがめくれると何も書かれていないページにゆっくりと絵が描かれていく。暗くて色は分からないが、丸いようだ。
「鈴花、こっちに来い。」
ハルは塀に張り付いていた。今鈴花は玄関前に居る。ここに居ると周囲が見渡せるが、敵からも見えてしまう。彼女はすぐにハルの隣に付いた。本のページを見れば絵が完成していた。すぐに横に文字列が表示される。
「Belinaだ。」
ハルは黒い本を覗き込み敵の名前を読み上げた。名をベリーナと言うその敵は、丸い複数の岩だ。一体では無く複数居るという事らしい。文字列が表示されると、自動的にページがめくられ倒し方が表示され始めた。
彼女は背中に触れる塀が少し振動していることに気がつく。背中を離して手を触れてみるも同様に振動している事が確認できた。しかも、先ほどよりも振動が強くなってきている。
「鈴花、隠れろ。」
鈴花はハルの言葉に再び背中を塀に密着させた。さらに振動が大きくなっていく。すると、振動以外に何か重いものが転がる音が聞こえ始めた。本のページを見れば今回の倒し方が完全に浮かび上がっていた。
「今回は足し算と引き算って事ね。」
鈴花はその文章を見ると、塀から道路を見た。するとその時、視界の端で何か大きなものが動いていることが見えた。彼女はすぐに顔を戻して隠れる。小声でハルに伝えると、彼も道路側を気にしながら何かが来るのをまった。さらに振動は強くなり、彼女たちの体を揺らす。彼女は声が出そうになるのを必死に堪えた。今この場で見つかっては良くない。 急に振動が止まる。鈴花は恐る恐る塀から道路側を覗いた。すると案の定、そこには大きな丸い岩があった。しゃがんだ状態から見上げた姿は人一人を簡単に押しつぶせるほどの大きさに見える。
岩は鈴花たちに向かってゆっくりと回り始めた。
「逃げるよ。ハル。」
鈴花は立ち上がり植物の鉢が幾つもある庭を走り家の裏へ向かった。背後で塀が崩れる音がした。すぐに、ハルが彼女の横に付く。この家が自分の住んでいた家と同じならば家の裏に出入り口があるはずだ。考えていた通り裏口があった。自分が見たことあるものと全く同じである。背後から何かを破壊する音が聞こえる中、裏口に向かって走った。背後を見ると、大きな岩が塀を破壊しながら家の裏へ回ってきた。
鈴花は裏口から道路へ出ると、とにかく走り始めた。彼女が背後を見れば、岩が道路に出てきている。彼女が前を向けば、目の前に丁字路が見える。その奥には黒い塔が見えた。
「なんなの。あれ。」
黒く高いその塔は周りの建物と比べて異様で不釣合いだ。明らかに元から在ったものではない。
鈴花は背後を見た。今は黒い塔について考えることを止めて、襲ってきた岩をどうするか考えることにした。彼女は目の前にある丁字路を左に曲がった。左に行くと曲がり角の多い地域に入ることが出来る。しかし、すぐに彼女は立ち止まった。そこに他の岩が現れたからだ。岩が彼女に向かってゆっくりと転がりはじめた。
鈴花はすぐに反対の道を走り出した。彼女の背後に二つの岩。このままでは黒い本に書かれた倒し方を実行出来ない。
「どこか。どこか隠れるところは無いの。」
鈴花は両側にある住宅を見ながら考えた。住宅街、通学路、道。そこで鈴花は思い出す。近くに人一人がやっと通れる道がある。両側を塀や家に囲まれた細い道だ。そこならば岩も入ってくることは出来ないだろう。彼女は考えをまとめるとその細い道に向かって走った。通りから見て右側に位置するその細い道は、両側を家が挟み込んだ細い道となっている
鈴花は細い道を発見して安心するも、前方から別の岩が転がってきていた。早くしなければ囲まれて潰されてしまうかもしれない。
鈴花は走る速度を上げた。一直線に細い道へ向かい、片手を塀につけると、それを軸に体を回転させて細い道へ入った。背後で鈍い音が聞こえてくる。立ち止まり、振り返れば岩同士がぶつかっている。一つの岩が彼女が入った道に必死に入ろうとするが、塀を破壊するだけで入り込むことは出来ない。他の岩はどこかへ行ってしまった。岩が何度も塀にぶつかるために細い道がさらに細くなっていく。これでは簡単には入ってこれないだろう。
鈴花は本のページを観ながら反対側の出口へ向かった。ページ自体が光っているためか、光の当たらない暗いところでも文章が読めた。倒し方には式と答えを書く場所が明記されていない。何処でも良いということなのかもしれない。ならば、塀でも良いのではないだろうか。細い道の反対側の出入り口から出て左右に伸びる道を見た。こちら側には岩は居ないようだ。早速そばの塀に式と答えを書くことにした。彼女はチョークを探す、さらにチョークを探す。しかし、見つからない。
「どうしよう。学校に置いてきちゃったのかな。」
前回チョークを使ったのは学校である。急いでいたためか教室か屋上においてきてしまったのかも知れない。さて、どうするべきだろうか。
「ほれ、前回使ったチョークだ。」
鈴花がハルを見ると、その手にチョークが載っていた。彼女はチョークを受け取るとすぐに書き始めた。黒板と違ってざらざらしているためか書きづらい。
「今度は回収してやらないからな。自分でしっかり持っておけよ。」
鈴花はハルの声を聞きながら順に式と答えを書いていく。今回も全部で十個の数式だ。足し算と引き算それぞれとそれらを合わせた式が並ぶ。みんな単純な計算だ。間違えないように式を塀に書くとその横に答えを書いていく。
「おい、敵さんが来たぞ。」
鈴花が六つ目の式を書きながら右に続く道を見た。大きな岩がこちらに向かってきている。彼女は六つ目の式を書き終わらせ、すぐに答えを出そうとした。
「早くしろ。このままじゃ潰されるぞ。」
背後から聞こえるハルの言葉にせかされながら式の答えを導き出す。
鈴花は六つ目の式と答えを書くと右に続く道を見た。眼と鼻の先に岩がいる。すぐに細い道に逃げ込む。直後、岩は彼女が居たあたりに激突した。大きな音とともに振動が伝わってくる。
鈴花が細い道から顔を出して岩を見ようとしたとき、再び細い道に向かって岩が突進してきた。その岩が塀から離れると、視界の端に別の岩が見えた。反対側の出入り口と同様に岩が細い道に入ろうとぶつかってくる。しかも、二つ同時にである。塀が崩れる音とともに細い道がさらに細くなった。突進しても捕まえることは出来ないのだ。頭の悪い敵である。
彼女は落ち着いて本に書かれた残りの式とその答えを書こうとした。しかし、本に書かれた式はページが発光しているために見えるが、塀は周りが暗く良く見えない。
「こういうときは俺の出番だ。」
すると、ハルの体が自ら発光した。その光で塀が照らされチョークで文字を書いても何が書かれているか分かるようになった。
「本は光らないけどハルは光るのね。」
鈴花はすぐに数式を書き始める。近くでは鈴花に近づこうと二つの岩が塀にぶつかっている。ぶつかる音や振動に邪魔されながらも数式と答えを順に書いていく。足し算と引き算が混ざった式は計算する値の数が増えるために計算時間がかかった。別途計算して答えを書いてく。
「出来たわ。これで全部よ。」
鈴花はすべての式と答えを書くと本のページを見た。すべての数式が青白く光った。すべての数式が白い光を失った時、本は彼女の手を離れて宙に浮かんだ。次の瞬間、跡形も無く消えてしまった。
鈴花は岩を見た。未だこちらに近づこうと塀にぶつかってきている。突如、それぞれの岩の上に黒い円が出現した。岩はその円に吸い込まれるように張り付き、少しずつ小さくなっていく。最後に小さな塊となって黒い円に吸い込まれると、黒い円も消えてしまった。
鈴花の手の中に再び黒い本は戻ってきた。彼女が本を開くと、自動的にページがめくれてベリーナの絵とその情報が書かれたページに移る。情報の下に赤い文字が浮かび上がった。これが倒せたということだ。
鈴花は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。前回と同様に新しい何もかかれて居ないページに自動的に移動する。彼女は本を閉じると、ハルを見た。
「家に帰ろう。休みたいから。」
鈴花の言葉にハルが頷くと、塀をよじ登って細い道から他人の家に入り、通りへ出た。その時、彼女は何か違和感を感じた。体を回転させながら周りの建物を見る。
「黒い塔。消えちゃった。なんで。」
確かに先ほど見えた黒い塔はどの方向を見ても見つからなかった。ハルが言うにはそれもさっきの岩と一緒に消えてしまったのではないかとのことだ。だとしたら、あの黒い塔はなんのためにあったのだろうか。しかし、ハルも黒い本もその点について答えられなかった。そのため、黒い塔について考えることをやめた。
家への帰り道、鈴花はふと考えてみた。敵を倒すには自分が数式を答えていかなければいけない。理由はどうであれそれが敵を倒す方法なのである。今回二体目を倒したが、黒い本から何も言われないのでまだまだ敵は居るのだろう。だとしたら、今後敵を倒すための問題がさらに難しくなっていくのではないだろうか。彼女は数学については得意なので大丈夫だと考えるが、間違えずに正確に答えていけるか不安であった。多分、間違えればやり直しだろう。その間に敵に襲われては終わりだ。これは夢じゃないんだ。過去に習った計算方法をもう一度復習する必要がありそうだ。
夜空に昇る月、それを見る鈴花。太陽と月だけが、ただじっと彼女たちの戦いを見ているのだろうか。