ISEKAIゾンビ・オブ・ザ・デッド~おっさんゾンビハンター異世界で無双する~
開けた平原を、二人の男女が歩いている。
一人は、白銀の鎧に身を包んだ凛々しい女騎士。
もう一人は、この世界にはおよそ不釣り合いな、ボロボロのチェックの上着に破れかけのジーンズを履いた中年男性だ。
女騎士は堂々と胸を張って進む。
対する男性は、ボコボコに歪んだ鉄製の棒をギュッと抱きしめ、周囲をビクビクとうかがっていた。
「サトウ……いい加減にしろ。そんなに怯える必要はない」
「で、でも、カタリナさん。いきなり襲われるかもしれないし、警戒しないと……」
「この辺の魔物が不意打ちをしてきても、私が負けるはずがないだろう」
おどおどした男性――サトウの言葉に、女騎士カタリナはいら立ちを隠さない。
「貴様も転生者なら、戦う力くらいは持っているのだろう?」
「戦うなんて無理ですよ! だって、相手が死んじゃうじゃないですか」
「戦いとはそういうものだ。まったく、とにかく行くぞ。王都まで急がねばならん」
カタリナが再び歩き出すと、サトウもその後を不安そうについていく。
(まったく……なぜこんなことに)
カタリナは内心で大きなため息をついた。
転生者の反応を確認した国は、カタリナたち騎士団を派遣した。
だが、到着するなり魔物の強襲を受け、カタリナ以外の騎士たちは全滅してしまった。
彼女はたった一人で、このサトウという「無能」に見える転生者を、王都へと護衛しなければならなくなっていた。
「カタリナさん、そろそろ暗くなって来たし休みませんか? ちょうどあそこに、良さそうな空き家もありますし」
しばらく歩いていると、サトウが不意に提案した。
少し遠くに、ボロボロの民家がぽつんと立っているのが見える。
「……はぁ、仕方ないな。早く王都に向かいたいが、街はまだ遠い。今日はここで休むか」
「よかったぁ……。気を使いすぎて疲れ果ててたんですよ。じゃあ行きましょう!」
そう言うなり、サトウは空き家へと駆け出していく。
(……なんなんだ、こいつは)
カタリナはその背中にイラつきながらも、しぶしぶ後を追った。
空き家の中へ足を踏み入れたカタリナは、目の前の奇妙な光景に思わず足を止める。
「……なにをやっているんだ?」
サトウはその辺に転がっていた板を拾い上げ、手際よく窓へと打ち付けていた。
「え? 守りを固めてるんですけど?」
「はぁ……。貴様というやつは臆病が過ぎる。そこまでする必要はないだろう」
「備えあれば憂いなし、ですよ。お酒もあったし、ここはいい拠点になりそうですね」
話しながらもサトウの動きは止まらない。
まるで体に染み付いたルーチンのように、次々と窓を封鎖していく。
(なぜ、こんな男を守らなければならないんだ)
カタリナは呆れ果て、頭を抱えて深い溜め息をついた。
◆
~数時間後~
「カタリナさん、カタリナさん!」
「ん……?」
鎧を身に着けたまま、壁にもたれかかって眠っていたカタリナは、サトウの切迫した声で目を覚ます。
「どうしたんだ?」
「なんか変じゃないですか?」
「変?」
彼女は外の気配をさぐる。
しかし外は静まり返っており、特におかしなところは見当たらない。
「なにも変じゃないだろう。まったく、貴様は心配しすぎだ」
「でも、こんなに静かなのは異常ですよ。動物の声すら聞こえない。これじゃあ、まるで『奴ら』が来る前みたいだ……」
「え?」
もう一度、周囲の気配を意識する。
言われてみれば、確かにおかしい。
夜の静寂というには、あまりに静かすぎた。
虫の音も、獣の遠吠えも、一切が消失している。
「カタリナさん、これは……」
バキンッ!
サトウが言いかけたその時、激しい音を立ててドアが打ち破られた。
「ぐぉぉぉぉぉ……」
壊れた隙間から這い入ってきたのは、腐り果てた肉塊――ゾンビだ。
「くっ!」
カタリナは騎士の反射で即座に剣を抜くと、一閃でゾンビを真っ二つにする。
だが、胴体を斬られた死体は、それでもなお這いずり、カタリナの脚を掴もうとした。
本能的な恐怖と不快感に、カタリナの顔が歪む。
「ひっ!? サ、サトウ! 逃げるぞ!」
それでもカタリナは歴戦の騎士だ。
恐怖を気力で抑え込み、建物の外へと飛び出した。
だが――。
「くっ……。こ、これは!」
周囲はすでに、無数のゾンビに包囲されていた。
逃げ道など、どこにも残されていない。
「うぉぉぉぉ……」
その群れの中に、見覚えのある鎧を纏った者の姿があった。
「ロベルト、ベア……。そんな、昨日までは……あんなに楽しそうに笑い合っていたのに……」
カタリナはその光景に絶句する。
彼らは、彼女と共に戦ってきた大切な部下たちだ。
誇り高き騎士だった彼らが今、生ける屍となって自分に牙を剥いている。
その事実は、カタリナを深い絶望の淵へと突き落とした。
「や、やめろ……。やめてくれ……」
剣を構える手は震え、声は裏返る。
かつていくつもの戦場を共にした仲間。その無惨な姿を前に、体は金縛りにあったように動かなくなった。
しかし、騎士のゾンビたちは容赦なく、ゆっくりと間合いを詰めてくる。
「や、やめてくれ……頼む……神よ……」
カタリナは震えながら祈った。
普通の敵であれば、彼女ほどの騎士が怯えることはない。
だが、動く死体は別だ。
神の教えに反したおぞましい存在。この世界の人間にとって、それは本能が拒絶する悪夢だった。
しかも相手が見知った仲間であれば、その恐怖は耐え難いものとなる。
「うがぁぁぁぁぁぁ……!」
「ひっ!」
カタリナはたまらず、強く目をつぶった。
だが、次の瞬間――。
「そらよ!」
「ぐがっ!」
硬い金属が肉を潰す鈍い音とともに、ゾンビの断末魔が響き渡った。
カタリナが恐る恐る目を開くと、そこには鉄の棒をフルスイングし、ゾンビ騎士の頭を粉砕したサトウの姿があった。
「サ、サトウ……?」
「カタリナさん……」
サトウはどこからか取り出したタバコに火をつける。
その瞳に、先ほどまでの怯えの色は微塵もない。
底の見えない深い悲しみと、暗い狂気が宿っていた。
「このマイケル・サトウ様の活躍、しっかり目に焼き付けておけよ!」
タバコの煙がゆらりと立ち昇り、反撃の合図となる。
これより不浄の捕食者たちは、熟練のゾンビハンター……狂気の殺戮者の獲物へと成り下がった!
「へい! ルーシー! 派手にかまそうぜ!」
サトウは愛用のバットに話しかけながら、ゾンビの群れへと特攻する。
「そらよ! ホームランだ!」
SMAAAAASH!!!
ゾンビの頭が弾け飛び、別のゾンビに激突する。
お互いの頭部がぐしゃりと潰れた。
「あはは! どうだ? ツーアウトってな。……っと、あぶねえ!」
左から迫るゾンビの爪。
サトウは最小限の動きでそれをかわすと、そのまま膝に一撃を叩き込む。
さらに転倒したゾンビの頭へ、渾身の一撃を振り下ろした。
「スリーアウト! でも、まだまだチェンジじゃないぜ? なあ、ルーシー。もっとぶちのめしたいだろ?」
殺戮者は、片っ端からゾンビの頭を叩き潰していく。
大地と彼は、どす黒い血で赤黒く染まっていく。
「あはははは! こっちのゾンビは走らねえし、頭さえ潰せば動かなくなるんだから最高だな! こんなゾンビを用意してくれるなんて、神様、愛してるぜ!」
バットを振り回しながら、サトウはゾンビたちを次々とただの肉塊に変えていく。
その一撃は、熟練の処刑人のように精密で、そして無慈悲だった。
だが、敵の数はまだ尽きない。
「おいおいおい、こいつらには『カクテル』が必要だな!」
サトウはバッグから手製の火炎瓶を取り出す。
タバコの火で着火すると、密集した群れに向かって投げつけた。
「ははは! カクテルパーティだ! 燃えるだろう? 好きなだけ飲んでけよ!」
着火、投擲! 着火、投擲!
ありったけの火炎瓶が、次々と炎の華を咲かせる。
「うごぉぉ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
燃え盛る炎の中で、赤い殺戮者はさらにバットを振り回し続ける。 ガランと乾いた音を立ててバットが翻るたび、カタリナを絶望させた死者たちは、ただの炭へと変わっていった。
「これで終わりだ!」
SMAAAAAAASH!!!
最後の一匹の頭をフルスイングで叩き潰したのと同時に、東の空から朝日が昇り始めた。 不浄なる者たちへの凄惨な殺戮ショーは、ここに幕を閉じた。
「ふぅ……。こっちのゾンビは感染しないっぽいから助かるなあ」
サトウはタバコを携帯灰皿に押し込むと、大きく伸びをした。
先ほどまでの狂気は完全に消え去り、元のしょぼくれた中年男性の姿に戻っている。
「あ、カタリナさん。大丈夫ですか?」
血まみれのまま、サトウはいつもの優しそうな笑みを浮かべて声をかける。
「サトウ……いや、サトウ様」
カタリナはよろよろと彼に歩み寄ると、その場に片膝をついて深く頭を下げた。
「カタリナさん!?」
「死者を恐れもせずに葬るそのお姿……感銘を受けました。これまでの無礼な態度、どうかお許しください」
「いやいやいやいや。そんなかっこいいもんじゃないですよ。服もこんな血まみれですし」
「いいえ、それこそがあなたが聖者であるという証です。どうか私を、あなたの守護騎士としてお認めください」
カタリナは真剣な眼差しで懇願した。
「えーと……その件はとりあえず王都に行ってからってことで、すいません!」
サトウは逃げるように走り出す。
「お待ちください! サトウ様!」
カタリナもそれを追って走り出す。
こうして、ゾンビ世界を生き抜いてきた男の第二の人生と、彼に仕える自称・守護騎士の冒険が幕を開けたのだった。
※この作品はフィクションであり、実在する、人物 地名 団体とは一切関係ありません。




