第9話.知らない感情
「これから皆様には主に身を委ねていただきます。まずは瞳を閉じてゆっくりと息を吐き出してください」
甘い声に誘われるがままに、瞳を閉じてゆっくりと息を吐き出す。
「主よ、かの迷える者たちに正しき道を示したまえ。……それでは皆様ゆっくりと目を開けてください」
まぶたを持ち上げる。天井のステンドグラスをすり抜けて教会を照らし出す陽射しのまぶしさに目がくらんだ。
「これでお祈りは終了です。また明日、同じ時間にお祈りしますので、主の更なる加護を必要とする方はぜひ教会にいらしてください」
静謐に満ちていた教会が一転、賑やかな声であふれる。
「大司教様、また明日!」
「はい、また明日会いましょう」
「じゃあね、ザクセン様!」
「はい、また明日」
教会は満員で、その男女比は1:9といったところか。
祈りを捧げていたほとんどが年端のいかないお嬢方だった。
信徒が去り、教会に残されるのが私とザクセンだけになる。
ふぅと息をつき、ザクセンは私にやや疲労が滲んだ笑みを向けてきた。
「ごめんね、半ば強引にお祈りに参加させる形になっちゃって」
「気にすることないわ。ザクセンってほんとうに大司教だったのね」
「さては疑ってた?」
「ちょっとだけね。大司教にしてはあまりに若すぎるから」
勝手に大司教はご高齢という先入観を抱いていたけど、どうやら認識を改める必要がありそうだ。
時刻はお昼手前。
お忍びコーデに身を包んだ私は、ザクセンが大司教を務める教会に足を運んでいた。
果たすべき目的はふたつ。
ひとつは、私にかかっているという呪いを解除すること。
そしてもうひとつは、宮廷の誰にも相談できない悩みを相談することだ。
「それで、私はこれからなにをすれば呪いを解けるのかしら?」
「することは至って簡単だよ。週に一度、ロミリアが僕の前で5分間魔法を使う。不発しても、使おうとする意思があれば問題なしだ。その際に僕が浄化魔法をかける。その作業を何度か繰り返せば、晴れて呪いが解けるというわけさ」
「そんなあっさり解けちゃうの?」
「まだ推定段階ではあるけどね」
早速、今日の分の課題に取りかかることにする。
「じゃあ魔法を使ってみて」
「わかったわ」
瞳を閉じ、胸の奥底にあるはずの魔力の核を探す。
「ふぅ~~~~んっ」
手を伸ばし、幼い頃は難なく使えた回復魔法を使おうと試みる。
けれども、やはり魔法が私の呼び声に応じることはなかった。
これでいいのかとザクセンに目をやる。
彼は、瞳を閉じて私に魔法をかけていた。私の胸元が発光している。
やっぱり整った顔立ちだなぁと思う。加えてあの温厚さだ。そりゃ神様そっちの気でザクセンに会いにくる信徒(建前)もあふれてしまうことだろう。
「ロミリア、魔法に集中してる?」
「っ! ふぅ~~~~んっ!」
「うん、いいよロミリア。その調子でよろしく」
それにしても、ザクセンが瞳を閉じて魔法を使ってくれているのは救いだった。
魔法を無理やり発動させようと全身に力を込めている私の顔は、きっと人様には見せられない残念なものになっているだろうから。
◇◆◇
「あぁ~、疲れたぁ~~」
「お疲れ様。よくがんばったね」
ぐで~っと椅子にもたれかかる私に、ザクセンは爽やかな笑顔で水を差しだしてくれる。あぁ相変わらずイケメンがすぎる……と、いけないいけない、邪な考えはほどほどに。
汗水ひとつかいてないけど、ザクセンは5分間ぶっ続けで魔法を使って疲れていないのだろうか。そんなことを思いつつ、水を受け取って喉を潤す。
「ぷはぁ。あ~、生き返る~」
「今日試した感じだと、あと3回くらい通ってくれたら治りそうだね」
「え、ほんと!?」
「うん、ほんと。来週も忘れず教会に来てね」
「絶対来る! ありがとうザクセン!」
昂る気持ちのままに感謝を告げる。
すると、ザクセンはぽかんと口を開けて固まってしまった。
「ザクセン?」
「……あ、ごめんごめん、ちょっとぼーっとしちゃって」
「大丈夫? 私のせいで疲れちゃった?」
顔を近づけ、額に手を添えてみる。
……うん、魔法熱が発症してるとかではなさそうだ。
「……急に近いな」
「お礼と言ってはなんだけど、この後いっしょにお昼ごはんを食べに行かない?」
「え、僕と?」
「そうよ。ほかに誰がいるの?」
首を傾げる私に、「それもそうか」と応えるザクセンはソワソワしていて、やはりどこか違和感がある。
「体調が優れないなら無理強いはしないけど……」
「いやいやそんなんじゃないよ! 行きたい! ロミリアとご飯食べたい!」
「わっ、急に元気ね。ふふ、そんなに私とお昼を取るのが楽しみなの?」
からかってみる。
「……まぁ包み隠さず言えば」
うなじを撫でながら、ザクセンは視線を明後日にやって言葉を転がす。
その初々しい姿を見て、私はひとつの確信に至った。
「ザクセンって、もしかして女友達いないの?」
「うん、いないよ。女友達どころか男友達もいない」
「交際経験は?」
「めっきり0」
「……ほんとに?」
「うん、本当に」
ほのかに赤らんだ顔と余所余所しい態度をみるに言葉に嘘はないのだろう。
私は、ザクセンの手を両手で包んで言った。
「じゃあ私がはじめてのお友達ってことよね!」
「そ、そうなるね?」
「わ~、なんだかうれしいわ! これから末永くよろしくねザクセン!」
「……僕たちって友達なの?」
「えぇ。あの夜、貴方がデランジェ子爵から私を守ってくれたときからとっくにお友達よ」
「……そっか、お友達か」
そうつぶやくザクセンは、はじめて親に褒められた子どものような笑みをたたえていた。
それから私はザクセンを連れてお昼を摂った。
メインディッシュのパスタを堪能したのちにパフェを注文し、私があ~んしようとすると、ザクセンは顔を真っ赤にしてかぶりついた。
基本的にカッコいいけど可愛いザクセンも素敵だなと思った。
「あのねザクセン、ひとつ相談があるの」
「ん、何に悩んでいるの?」
「えっとね……」
パフェにかぶりついて気持ちを誤魔化した後に気持ちを吐露する。
「その、侯爵様を愛おしく思う気持ちが抑えられなくて口づけしてしまいそうなの」
その悩みに邪魔をされて、私は未だにクロフォード様と話をできずにいた。
婚約はしている。明確な好意もある。だけど、いきなりキスをするのは有りか無しか。恋愛経験の無い私にはわからなかったから。
「どう思う? ろくに話してもいないのにキスしてしまうのは、有り? 無し?」
ザクセンも恋愛経験がないことはわかっている。だけど、意見が欲しかった。私の独断だけでは、行動を起こすために必要な勇気の灯火がともってくれないから。
「……有り、なんじゃないかな」
そう応えるザクセンの声色は、こころなしか沈んでいるように感じられた。
「そ、そっか。……じゃ、じゃあそっちの方向でいこうかな。でねでね、お洋服もせっかくだから自分で可愛いものを選んでみようと思うの。……良かったら選ぶの手伝ってくれる?」
「うん、いいよ。僕で良ければ」
「やったっ」
私のまわりは女の子ばかりだから、異性の視点があるのはとても助かる。ザクセンと友達になれてよかったなと改めて強く思った。
「……ねぇロミリア」
「ん、なぁに?」
「週に一度でいいって言ったけどさ、やっぱり週に二回、教会に足を運んでくれないかな?」
「構わないけど……そうしたら治りが良くなるの?」
「断言はできないけど、その可能性もある。念には念をってやつさ」
ザクセンは、私の帽子のうえにぽんと手を置いて微笑んだ。
「ロミリアの呪いは必ず僕が解いてみせるからね」
「うん! ありがとうザクセン!」
「……なんなんだろうな、これ」
それから服を選ぶときも、ザクセンは頻繁に胸に手を当てては首を傾げていた。
本人は、持病はないし、体調が悪いとかでもないというけど、やはり心配だ。
私はお友達にはいつまでも幸せでいてほしいと思っている。
私にできることなら、そうなるための手伝いを可能な限りしたいと思っている。




