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第7話.面白い女ってなんだろう

 社交パーティーを終え、侯爵邸に帰ってからのことだ。


「おかえりロミィ~!」

「チャスシス!?」


 さては誤って伯爵邸に足を運んでしまったのかと動じる私に、チャスシスはぽふんと抱きついてくる。


 チャスシスは私より身長が10センチ近く低いので、顔は自然と胸に埋まる形となる。意図せずともそうなってしまう上目遣いでチャスシスは楽しそうに言った。


「侯爵様が伯爵様に話をしてね、わたしは伯爵邸の使用人から侯爵邸の使用人になることになったんだ~」

「……そういうことか」


 早朝、夜まで待っていてほしいと言っていたのはこのことだったのだろう。

 ――夜になったらチャスシスを連れてくる。それまで待っていてほしい。

 これが『夜まで待っていてほしい』の概要と思われる。


 ……ふぅ。早速夜伽を務めることになるのかと期待した自分が馬鹿みたいだ。

 

 まぁ侯爵様の方から望まれたのなら、応えるのは吝かではないんだけれども。というより、望んでほしいのだけれども。そうなれば、私は侯爵様に想われて嫁ぐことになったのだと証明されるわけだし。


「あ、そういえばロミィって今、侯爵様の奥様なんだよね。気安くロミィって呼んじゃったけど、これからはロミリア様って呼んだほうがいい?」

「いいわよ。ロミィのままで」


 むしろ、いきなりロミリア様なんて他人行儀な呼び方をされたら距離感を覚えて傷ついてしまう。

 私は、チャスシスの頭を撫でて言った。


「チャスシス、今日からあなたは私の専属侍女よ」

「せ、専属侍女……! うん! わたし、いっぱいいっぱいがんばるね!」

「そう気張ることはないわよ。これまで通り友達として過ごしましょう」


 これからは隣にチャスシスがいる。

 そう思った瞬間、ふっと心が軽くなって、私を苛んでいた不安が霧散した。

 友達が側にいる安心感は偉大だ。



 ◇◆◇



 侯爵夫人になってから1週間が経とうとしていた。


「おはようございます、侯爵様、ラムルス」

「おはようロミリア」

「おはようございますロミリア様」


 ダイニングに入ってまず交わす一声がこれで。


「ロミリア、調子はどうだ?」

「好調です。侯爵様は如何ですか?」

「うん。俺も好調だ」


 次に交わすのがこんな社交辞令めいた言葉。


「ご馳走様でした。いくぞラムルス」

「承知いたしました」


 そして、気まずい空気の中で次の話題を探っているうちに侯爵様が颯爽とダイニングを後にする


 そんな日々が1週間、繰り返されていた。

 1日を通して侯爵様と話している時間は10分どころか5分にも満たないだろう。


「……まずいなぁ」


 ため息をつき、私は食事の手を止めて頭を悩ませる。


「た、大変失礼致しました! お口に合わないのであれば残していただいて結構ですので……!」

「え? ……あぁいや、料理のことを言っているわけじゃないわよ。この現状はまずいなぁと思って」


 侯爵様は一度離婚している。

 その理由は、つまらない女だったから。


 今の私は間違いなくつまらない女だろう。


 私と話していても、侯爵様の表情は常に鉄面皮だ。それどころか、日に日に表情が険しくなっている気さえする。最初の頃はかすかに表情が和らぐことがあったけど、最近ではその微細な変化さえも確認できなくなってしまった。


 長年険悪だった妹と対等な立場で話ができて、時間に追われることなくチャスシスと話ができて、使用人たちはみんな私を慕ってくれて。


 侯爵夫人として過ごしている今、私が浸かっているのは至高の日常だ。強いて言えば、侯爵様とイチャイチャできないことが残念だけど、それでも充分過ぎるほどに満たされた毎日を過ごせている。


 その日々を絶対に手放すわけにはいかなかった。


「ご馳走様でした。今日の料理もすごく美味しかったわ」

「お褒めいただきありがとうございます! 明日はもっと美味しい料理を用意しますね!」

「ありがとう。だけどその、量は増やさない方向で頼めるかしら?」


 ここ最近、料理の完成度に磨きがかかるに伴って量もインフレしているので、ここらで待ったをかけておく。私は食べることは好きだけど、健啖家ではないのだ。


 さて。


 面白い女であると示すことは難しい。けれども、有能であると示すことは侯爵夫人としての働きぶりで示すことができる。


「よし、今日もがんばるぞっ」


 姿見に映る自分を見つめ、そう喝を入れる。

 ……それにしても、私が面白い女だとなにをもって証明できるのだろうか。



 ◇◆◇



 現状、私に割り振られている仕事は大きくふたつ。


 ひとつは、庭園の景観プランと実測観測。

 ひとつは、お茶会と舞踏会のプラン策定。


 前者は急ぎではないので、今は後者の仕事にあたっている。

 ここ数日、取り組んでいるのは、手紙を送るにあたっての相手の情報の下調べだ。


「うぅ、頭が割れそう……」

「無理はなさらないでくださいね。紅茶をお持ちいたしましょうか?」

「えぇ、ありがとうマディカ」


 細かい情報を補足してもらうために、作業中はマディカに付き添ってもらっている。


 私が書類を熟読している傍らでマディカは予算案に目を通し、小さく唸ってはペンをサラサラっと走らせている。

 あの予算案、承認するのは私だから遅かれ早かれ、私もあの山積みの書類に目を通すことになるのよね。うぅ頭が……


「お待たせいたしました」

「ありがとう」


 鼻腔をくすぐる軽やかで上品な香りを堪能し、ティーカップに口をつける。

 ……うん、渋みのない爽やかな味。すごく美味しい。


「チャスシスは音を上げずに座学に取り組んでる?」

「はい、とても向学心が強く好奇心が旺盛な御方なので、みんな彼女を好いていますよ」


 その言葉にほっとする。


 私同様、チャスシスも侯爵邸で使用人として、そして私の侍女として過ごす以上は、この国にまつわる知識が必要となる。朝夜は同じ空間で過ごしているが、日中は別々の場所で活動していることがほとんどだ。


「うまく馴染んでいるようで安心したわ。私の親友だからこれからも仲良くしてあげてね」

「もちろんでございます」


 紅茶を上品にすすり、マディカはふぅと息を漏らす。

 毎度のことながら、所作が私よりお嬢様だなぁと思う。……さてはその通りだったりするのだろうか。


「ねぇマディカ」

「なんですか?」


 ふと思う。仮に元貴族だったとして、没落したことを本人に告げさせるのはどうなのか、と。


 あくまで可能性の域だ。貴族だった時期などなくて、私が勝手にそう思い込んでいるだけかもしれない。

 だけど、もし私の予感が的中していた場合、マディカはつらい過去に意識を連結させることになる。悲しませることになる。


「……答えられたらで構わないんだけど、前まで侯爵様に嫁いでいた方がどんな方だったのか教えてくれる?」


 ふと湧き上がった好奇心は胸の奥底に沈め、私はもともと訊ねる予定だった話題を切り出した。刹那の逡巡だったから、マディカは違和感を覚えていないだろう。


 侯爵様が一度、離婚していることは誰もが知る事実である。しかし、元奥様に関する資料は、この屋敷でいくら探しても見つけることができなかった。


 侯爵様がなにをもってその女性を夫人に選んだのか、知りたい。

 けれども自分で知る術がない以上は、こうして誰かに頼るしかなかった。


 おそらく意図的に情報が隠蔽されている以上、茶を濁されることを覚悟していたのだけど。


「構いませんよ」


 意に反してマディカはあっさりと口を開いた。


「ラーシャ様は麗しく心根の優しい御方でした。それこそロミリア様のように」


 優しい笑みをたたえている。誇張ではなく本心なのだろう。


「そんな御人でも侯爵様はつまらないからという理由で離婚してしまったのよね。……ねぇマディカ、侯爵様はどうすれば私を気に入ってくれると思う?」

「ご安心ください。ロミリア様はすでにご主人様に好かれていますよ」


 間髪容れずに柔らかく言うと、マディカは人差し指を口に添え、茶目っぽく片目を閉じて言った。


「これから話すことは口外厳禁の秘密です。

 ――今から、ご主人様がラーシャ様と離婚した真の理由をお話ししましょう」

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