第5話.社交パーティー
社交パーティーですることは至ってシンプルだ。
参加している貴族とおしゃべりする。それだけでいい。
しかし、事は見かけ通り単純なものではなく……
「聞きました? 獅子王様がプラリネ伯爵令嬢との婚約式で伯爵邸に仕える使用人に求婚したんですって」
「えぇ。私も最初、その話を聞いたときは耳を疑いましたわ。けれどもプラリネ伯爵令嬢が指輪もせず此度の社交バーティーに参加しているお姿を見るに、かの噂は真実なのでしょうね」
「さすが獅子王ですわ。噂に違わぬ奔放ぷりですが、振りまわされたプラリネ伯爵令嬢には同情してしまいます」
どの名家の誰とどの名家の誰が仲睦まじくしているのか。
そこに政治的な意図はあるのか。
そういったことを参加者は意識しており、それゆえ〝壁の花〟となってしまう令嬢が出てくるのも事実だ。
〝壁の花〟とは、文字通り壁でひとりぽつんと佇んでしまう令嬢のことである。
その典型例として恰好となのは――今の私だろう。
「難しいわね……」
思案に耽り、はや3分が経とうとしていた。
ラムルスを通じ、侯爵様から社交パーティーに参加する許可は得ている。私が再婚相手であることも伝えていいと言われている。
まだ侯爵様の妻になってから1日も経っていないのに、マディカから「ちょうど午後から公爵邸で社交パーティーが催されるようなので顔を出しませんか?」と誘われるがままに足を運んだことを私は遅れながらに後悔していた。
くぅ。「可愛い衣装が着られる!」と舞い上がって後先考えずに頷いてしまったのが運の尽きだったなぁ……。
サディエ家がどの事業で突出しているのか。
どの名家との繋がりを重要視しているのか。
可愛い衣装に惑わさなければ、きっと私は冷静に状況分析できたはずだ。まぁ後悔しても時すでに遅しなのだけれど。
なにはともあれ〝壁の花〟となっているこの状況は非常にまずい。
後に私が侯爵夫人であると割れたときに、「あの時〝壁の花〟だったあの方よね?」と噂が立てば、サディエ家の箔に傷がつきかねない。
けど、話した相手がサディエ家と因縁のある相手だったら後々困るし……
「お姉様?」
と、鼓膜を軽やかに揺らしたのは、馴染みのある玲瓏な音階だけれど、私には絶対に掛けられるはずがない呼称という矛盾を孕んだ声色だった。
振り返る。
そこにいるのは、私と同じ明るいピンク色の髪に、私と同じ金色の瞳。
「プラリネ様」
同じ血を分けた妹だった。
朧げに運ばれる令嬢たちの話からこの会場にいることは薄々わかっていたけれど、まさかプラリネの方から声を掛けてくるとは思っていなかった。
「(やばい、お姉様が可愛すぎて死んじゃいそう)」
「え?」
「っ! んんっ、半日ぶりねロミリア」
フワサァと髪を払って、冷徹な瞳を突き刺してくる。
そうよね。これがプラリネよね。一瞬、いや二瞬、私のことを昔みたいに〝お姉様〟と呼んでくれた気がしたけど気のせいだろう。
プラリネは私をひどく嫌っている。私を使用人にするよう両親に提案したのはプラリネだし、専属の侍女がいるのに頻繁に私を呼びつけこきつかってきた。
今だって私が視線を合わせようとするとふいっと視線を逃がしてしまうし……お姉ちゃんっ子の可愛い妹だった幼い頃が嘘のようだ。
「どう? 侯爵夫人として過ごすことには慣れた?」
「いいえ、まだ違和感しかないです。使用人としての癖が抜けないせいか、今もご令嬢たちのお話よりも用意されている料理の減りの方が気に掛かってしまって……」
空になった皿はすぐに厨房に下げ、こんもりと料理が盛られた状態にする。
その作業を如何にシームレスに実行できるかが、主人の顔を立てる鍵になるのだとメイド長から口すっぱく教えられていた。
その癖が抜けきらず、私はこの会場に来てからというもの常に料理を気にかけてしまっていた。視線だけで判断すれば食いしん坊な新参者のご令嬢だ。
「ふぅん。ま、まだ嫁いで1日目だものね。慣れてなくて当然か」
興味なさげな声を出したかと思えば、プラリネはグイっと距離を縮めてくる。端正な顔がすぐ目の前に迫り私はぎょっとする。
「ロミリア、ふたつアドバイスしてあげるわ。ひとつは今後は誰が相手でも敬語を無くすこと」
ぴんと人差し指が立てられる。
「もうひとつは元使用人であったことは隠して堂々とすること」
続けて中指が立てられる。
「いい?」
上目遣いの切実な声だった。
侯爵様を私に奪われた恨みはないのだろうか。
どうして私の味方をしてくれるのだろうか。
疑問が募り、それはやがて「実はプラリネが実は今も私を好いている」というあまりに都合のいい結論に帰結しようとする。そんなわけがないのに。
ま、考えても仕方ないか。
一旦思考を放棄し、私は深く息をついて力強く言った。
「わかったわ」
「(カッコいい……)」
「え?」
「っ! 絶縁しているとはいえ、元姉がこうして浮いているのはなんだか癪だわ。まだどこのグループに加わるか決まってないんでしょ? 私の輪に加わりなさい」
「え?」
「え、じゃなくて、わかったわ、でしょ」
ムッとして私の手を握りしめる。
「常に堂々としていなさい。慣れるまでは適当に相槌を打ってるだけでいいわ」
そのままぐいぐいと前に進んでいく。
……大きくなったなぁ、なんて、場違いなことを思う。
プラリネは私のことを嫌っているけど、私は昔から変わらずプラリネのことを好いている。
妹とかかわることができるのであれば、私は彼女に雑務を押しつけられる時間でさえも心地良く思えた。どこまでいっても、プラリネは私の可愛くて自慢の妹で、私はこの子の姉、その認識が剥がれ落ちることはないのである。
……プラリネにしてみればいい迷惑だろうけど。
「お待たせ」
そうプラリネが声を掛けたのはふたりのご令嬢だった。
「あら、お戻りになられたのねプラリネ様~。ん、その御方は?」
「クロフォード侯爵の夫人。ロミリア・サディエよ」
「えっ、この御方が例の!?」
「えぇ……」
そんな電光石火で明かすとは聞いてないんだけど……
頬を引き攣らせる私に、プラリネが顎をクイッとしゃくってくる。さっさと自己紹介しろ、ということだろう。
プラリネの声は大きく、図らずも注目を集める形となっている。
……覚悟はできた。
私はシャキッと背筋を伸ばして、目の前にいるふたりの令嬢だけでなく、今、私に注目しているすべての貴族に伝わるよう、笑みを浮かべて明朗に声を発した。
「皆様ごきげんよう。私はロミリア・サディエ。昨日クロフォード侯爵に嫁ぎ、侯爵夫人となった者です。以後お見知りおきを」
両手でスカートの裾を持ち上げ、深々と頭を下げる。
水を打ったように会場が静まり返る。
……これはマズいかも。
内心冷や汗をかく私に、パチパチとひとつの拍手が届けられた。
プラリネが響かせているものだった。
それを皮切りに、ひとつだった拍手が三つに。三つだった拍手が数えきれないほどの拍手が束ねられた膨大な音の波となる。
ほっと肩の荷が下りる。
とりあえずスタートダッシュはうまく切れたようだ。
私は小さな救世主に微笑みかけた。
「ありがとうプラリネ」
「っ! べ、べつに感謝されるほどのことでもないわっ」
腕を組み、ふいっと視線を明後日に投げてしまう。
不意に思う。
もしかしたら、もう一度、プラリネと仲良くなれるのではないだろうか、と。
「(どうしよ、褒められちゃった褒められちゃった……!)」
今の私は、侯爵夫人。
立場は伯爵令嬢であるプラリネよりも上だ。
これまでは私は使用人だから親睦を深めたら迷惑をかけてしまうと気後れしていたけど、その気遣いをする必要はもう無いだろう。
気まぐれかなにかはわからないが、プラリネは私に構ってくれている。この好機に乗じて昔に戻るための可能性の糸を手繰り寄せるとしよう。
「ところで、プラリネ様とロミリア様は髪の色と瞳の色がそっくりですね~?」
「偶然よ。ね、ロミリア?」
「え、えぇそうね」
不自然に動揺する私にプラリネがムッとする。
うん、プラリネと仲良くなるためにも、まずは侯爵夫人としての振る舞いから確立させていく必要がありそうだ。
何事も一歩ずつ着実に。急いては事を仕損じるだろうから。




