第35話.再びの魔法式典
シクリーと本当の意味で友達になった3日後。
私はいつかのように、ラムルスとチャスシス、そこにシクリーとイレーナを加えた5人で、改めて催される運びとなったライバル家の魔法式典に参加している。
貴族には最前列で観賞する優待券が用意されている。
しかし、両親と絶縁した手前図々しくその配慮を賜るのは気まずいが過ぎるので、私たちは長蛇の列のちょうど中間あたりを確保して王城の二階を見つめていた。
お父様から前回の式典ではプラリネの体調が優れなかった、とちょっと無理のある説明があった後に、プラリネは魔法陣を展開させ詠唱をはじめる。
私は、手を合わせて強く祈る。
「「どうかうまくいきますように」」
声が重なって隣を見やる。
シクリーがこちらを見つめていた。
ぷふっとどちらともなく頬をほころばせたその時、力強い声が響きわたった。
「【伝統の光】!」
魔法陣が光り輝く。
やにわに楕円を大きくした魔法陣は、やがて薄い光の膜をまとった。そこから上下に光の軌跡ができる。はじめなんとか視認できる程度だったそれは、徐々に色素を強くして誰にでも見える巨大な光の柱となる。
「完璧ね」
文句なしの大魔法だった。
唖然と状況を見守っていた人々が、時間が流れ始めたように色めき立つ。プラリネ伯爵令嬢万歳! プラリネ伯爵万歳! とコールが上がりはじめる。
「えへへ」
プラリネは照れ臭そうに頬をかいている。
うん、さすが私の妹だ。
可愛いし、さすがの魔力の才能だし、可愛いし、可愛い。
やがて、プラリネは手でメガホンをつくって大声で叫んだ。
「お姉様~! 見ててくれた~!?」
……う~ん、困ったぞこれは。
今すぐにでもプラリネの元に飛んでいって褒めてあげたい。だけど、彼女の側にはお父様とお母様がいるし、私は伯爵領のみんなに期待外れの娘として嫌われていることを知っている。
私がどうするべきか思い悩んでいる間も、プラリネは私が応じることに期待して大声を上げている。
「……いないの?」
可愛い妹がしょんぼりとする。
次の瞬間、私は浮遊魔法を使って大きく飛び上がっていた。
「見てたわよ~! すごい綺麗だった!」
大声で報告する。
プラリネは、ぱぁ~と笑顔を輝かせてVサインを突き出した。
「当然! わたしはお姉様の妹だもの!」
妹に愛情をぶつけられてデレデレできたのも束の間、民衆がざわついていることに気づいて途端に私は気まずくなる。
あぁ、水を差しちゃって申し訳ないなぁ。
浮遊魔法を緩めて地上に戻っていると、
「おめでとうロミリア様!」
と、ひとつの祝福の声が耳を突いた。
「ご結婚おめでとうございます!」
「お幸せに!」
「つらくなったらいつでも戻ってきていいんだからな!」
あたたかい声がいくつも浴びせられて私は困惑する。
そんな私に、チャスシスがニコニコ顔で話しかけてきた。
「ロミィは前触れなく侯爵様に嫁ぐことになっちゃったから、みんなお祝いできずに悲しんでたんだよ。こんなにたくさんの人に祝われてロミィは人気者だねっ」
「……私って人気者だったの?」
「んだよ気づいてなかったのかよ。ロミィはす~ぐ手助けするお人好しだからよ、みんな感謝を感じて好いてるんだ。この祝福の声は、ロミィが魔法を使えずとも人を救い続けてきた証だぜ」
「……はは」
チャスシスもイレーナも、知ってるならそうと言ってくれればいいのに。
魔法を使えない私は誰にも愛されていないと思っていた。
だけど、魔法が使えない元伯爵令嬢で使用人の私は、こんなにも大勢の人たちに愛されていたのだ。
「……ありがとうみんな」
ぽつりとつぶやき、私は上空に魔法を打ち上げる。
パッと魔法の花が空色のキャンバスに描かれた。
「みんなのこと、ちゃんと幸せにするからね!」
私はもう、護られるだけのひ弱な使用人じゃない。
みんなを護れるだけの力を持った侯爵夫人だ。
心の奥底に貼りついていた、私は愛されているのだろうかという怯懦。
それが、完全に剥がれ落ちた気がした。
◇◆◇
子爵邸の地下深くにて。
「……できた。シュナイゼ家が50年余り完成を夢見た魔道具の完成だ……!」
悲願を達成した喜びに、シュナイゼ子爵は拳を震わせる。
傀儡となっていた娘とその侍女は息絶えたのか消息を絶ち、魔道具を与えた駒どもが何者かによって殲滅されはじめた今、シュナイゼ子爵に残された選択は計画を速めて自らが行動を起こす以外になかった。
早速、完成したばかりの指輪型の魔道具を装着する。
その直後、尋常ならざる魔力が身体にみなぎってくる。
「これなら誰にも負ける気がしないな」
今の自分なら、あのにっくき獅子王が相手だろうが容易く倒せてしまうだろう。
「ほう。なら手合わせ願おうか」
妄想が膨らみすぎたのか、ついには侯爵の幻聴まで聞こえてくる。
シュナイゼ子爵は背後を振り返り――金髪を逆立て、紺碧の瞳をギラつかえる戦士を目にした。
がんっと硬質な音が地下室に響きわたる。
反射的に発動した防御魔法が、間一髪でシュナイゼ子爵の首を守っていた。
「し、獅子王クロフォード……! なぜここにいる……!?」
「大司教様が悪の住処を教えてくれたんだ。まさか子爵邸の地下深くにこんなにも大量の魔道具があるなんてな。……このおもちゃでどれだけの人たちの人生を狂わせた?」
ネックレス型の魔道具を握りつぶし、クロフォードが射殺さんばかりの眼光で睨みつけてくる。
「【闇夜の宴】!」
シュナイゼ子爵の詠唱に応じ、地面から数えきれないほど大量の暗黒のいばらが出現する。
「暗黒魔法か」
それらは例外なく、生命の宿したようにクロフォードに襲い掛かる。
さすがにあの獅子王といえどもこれだけの攻撃を回避することはできないだろう。シュナイゼ子爵は勝利を確信し頬をゆるめる。
まもなく、いばらによる蹂躙がはじまる。
その寸前で、クロフォードはようやく剣を構えた。
「舐められたものだな」
クロフォードが剣を振り払う。
たった一閃で、5つのいばらが根絶された。
「……バケモノが」
いばらが彼の四方を取り囲んでいる。絶えず攻撃を畳みかけている。
しかし、一撃も彼を掠めることはできなかった。
「今日までに重ねた罪、その命で詫びてもらうぞ」
クロフォードの標的が自分に定まる。
シュナイゼ子爵は慌てて防御魔法を発動する。最大硬度を誇る魔法だ。
ガンッと音が響く。
ガンガンッと音が響く。
「往生際が悪い奴だ」
獅子が双眸を光らせる。
「死して償え」
〝バリンッ〟
それが、シュナイゼ子爵が最後に目にしたクロフォードの顔だった。
反転した世界に、首から上を失った自分の姿が映っていた。
◇◆◇
「いやぁ恐ろしく強いねぇ」
クロフォードがシュナイゼ子爵を仕留める様子を柱の影から見守っていたザクセンは、その鬼神の如き戦いぶりを前に背中を震わせる。
「単騎のやり合いじゃとても勝てそうにないな。あのよわっちぃ臣下のどっちが側にいるときに畳みかけるしかなさそうか」
うんうん頷き、そう結論づける。
「けど、ロミィは悲しませたくないしなぁ」
クロフォードを殺したい。
だけど、ロミリアを悲しませたくない。
そのふたつの願いを遂げることは難儀を極めるだろう。
クロフォードが無情に魔道具を破壊する姿を見つつ、ザクセンはため息をついた。
これから何を口実にロミィと顔を合わせようか。
彼の脳は、その疑問に対する解を導き出すためだけに機能していた。
暗殺の任務のことなど考えている余裕はなかった。
ザクセンは今日も、無自覚にロミリア・サディエを溺愛している。




