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第34話.愛を欲する貴女へ

 プラリネが使う回復魔法は私のものよりも優れているようで、あっという間に傷が癒え、疲労感も吹き飛んでしまった。


「ありがとう、もう平気よ」

「ほんとに?」

「うん、ほんとに」

「ほんとにほんと?」

「もう、心配性ね」


 頭をナデナデすると、プラリネは背中を撫でられた猫のように心地よさそうな顔をする。


 魔法式典で大魔法の発動に失敗してから地下牢に閉じ込められていたようだけど、外傷はどこにも見受けられずほっとする。

 大切な妹を救ってくれたザクセンには感謝しかなかった。偶然用があって立ち寄ったと言っていたけど、その偶然がなければ間違いなく私たちは全滅していた。たまには神様も良い仕事をするなぁなんて思った。


 プラリネに癒されるのもほどほどに、私は魔法で拘束された元友達ふたりに厳しい視線をぶつける。


「ぜんぶ話してもらうわよ」

「……話せるわけないじゃない」


 目を逸らし、シクリーはぽつりと言葉を転がす。隣にいるイレーナは俯いたままだんまりを決め込んでいる。魔道具を装備していない今のふたりに物理的に反逆する術はないが、精神的に反逆する余力はまだ残されているようだった。


 さて、どうしたものか。


 ここで情報を聞き出さねば、シクリーは酌量の余地なく制裁を下されてしまう。お父様は血の気が荒く粗野な性格をしている。即刻、死刑宣告もあり得る。


 頭を悩ませる私の肩にぽんと手を置き、クロフォードが前に歩み出た。


「話せ」


 それは、端的でありながらも死刑に等しい効力を持つ言葉だった。


 身動きが取れない状態で、〝祝福殺し〟を携えた獅子王クロフォードに凄まれる。

 その計り知れない恐怖は、いとも容易くシクリーの精神的余裕を殺した。


「……愛されたかったの」


 情感の込められた声色。

 その言葉に、嘘がないことは明白だった。


「お父様とお母様はシュナイゼ家の出世を悲願としているの。だけど、武勲を上げようにもお父様は最小限の魔法しか使えず、ようやく生まれてきたのは娘だったから、そもそも兵役の義務は課されなくて……」


 シクリーが顔をあげて私を見つめる。


「そんな折に、ふたりはライバル家に娘が生まれたことを知った。そこで気づいたの。その娘から根こそぎ魔力を奪って自分の娘が一流の魔法を使えれば、親戚にあたる自分たちの娘に伯爵令嬢の継承権が巡ってくるって。そうしてお父様とお母様は、かつて国を混沌に陥れた呪いの魔道具の開発に励んだの」


 今にも泣き出しそうな顔でシクリーは告白してくれる。


 やはり話を聞いてよかった。

 私は、シクリーの前にかがんで訊ねた。


「貴女は両親に指示された通りに動いたの?」

「……そうよ。そうしなきゃ私は愛してもらえないから」


 似てるなと思った。


 私は魔法を使えないから、両親に愛してもらえなかった。シクリーもまた、両親の期待に応えることでしか愛を注いでもらえなかったのだろう。


 シクリーはぽろぽろと涙を流しながら言った。


「ごめんねロミィ」


 あぁやっとだ。

 やっと、彼女のこころの奥底に触れることができた。


「許されないのはわかってる。私は貴女の人生を狂わせた。貴女を悲しみの海に突き落とした。……だけどね、私ね、ほんとうは貴女と友達になりたかった」

「なりたかったじゃないわ。もう友達よ」


 私は、シクリーを抱き締めた。

 私がつらいときに、シクリーがそうしてくれたように。


「私がどんなシクリーでも愛してあげる。だから好きなように生きよう。ほんとうはこんなことしたくないんでしょ?」

「……でも、私が酷いことを言って、酷いことをした過去はなくならないわよ?」

「あれはシクリーの意思じゃない。だからノーカウント」


 都合のいいことを言っているわけじゃない。こうやってしつこく干渉を続けたのは、対峙した時点でシクリーに洗脳魔術がかかっていることを見抜いていたからだ。


 シクリーが昔、両親からプレゼントしてもらったとうれしそうに話してくれたラリエットにその魔法は刻み込まれていた。シクリーも私と同じ被害者側なのである。


「イレーナはちょっと調子こきすぎてたからお説教するけどね」

「……はぁ。ロミィはほんと甘いな。あたしらは本気で殺そうとしてたんだぞ?」

「憎しみに憎しみで応じても悲劇が連鎖するだけよ。私はもうあの頃の無力な使用人じゃない。だから、手の届く幸せはぜんぶ手に入れるって決めたの」


 私は、シクリーの瞳から流れ落ちる涙を指先で拭って微笑みかけた。


「幸せになりましょう、シクリー」

「……うぅ、ふぇぇ~ん!」


 シクリーが泣きじゃくりながら抱きついてくる。


 これにて一件落着。

 ……とするにはまだ早いだろうけど、今は温もりに浸るとしよう。


「ここまでされて許してしまうだなんて、ロミィは寛容がすぎるなぁ。けど、そこが彼女の魅力か」

「不躾ながらお訊ねしたいのですが、大司教様はロミリアとどういった関係にあるのですか?」

「ん、友達だよ。彼女から相談を受けてこっそり呪いを解いてあげてたんだ」

「……そうですか」

「あ~、信頼されてないとかじゃないので落ち込まないでください。彼女は侯爵様に心配を掛けたくなくて隠していたんです。愛ゆえの秘密ってやつですよ」

「やっぱりそうですよね。ところで大司祭様は、なにゆえ伯爵邸に足を運ばれていたのですか?」

「それは、愛ゆえの秘密ってやつです」

「?」

「絶好の機会だけど……ま、いいか。ロミィを悲しませるのは嫌だし」


 その後、気を失っている使用人たちに回復魔法を使って、ザクセンの記憶操作魔法で一連の事件を彼らの記憶からすっぽり消して、私たちはお暇する準備をした。


「オレら、今回足引っ張っただけじゃね?」

「ロッタンはそうだね。僕は傷を癒す要因として活躍できたけど」

「いやお前も大して活躍してねぇじゃんよ」


 ラムルスとロッタンもすっかり回復したようでなによりだ。


「……ロミリア?」


 部屋を出る寸前、背中にしわがれた声を掛けられた。

 お父様がこちらを見つめていた。


「なにをしに来た?」


 その声には多分な警戒が含まれている。一連の出来事を記憶を持たないお父様にしてみれば、私は危険因子でしかないのだろう。


 クロフォードが険しい面持ちをして剣の柄に触れる。

 そんな彼に待ったをかけ、私は力強く告げた。


「今日はひとつご報告をしに来ました」

「報告?」

「はい。私、ロミリア・サディエは、この瞬間をもって正式にライバル家との血縁関係を絶たせていただきます」

「っ……! ま、待てロミリア! 侯爵夫人のお前がいなくなったら――」

「ご心配いりません。ライバル家にはプラリネがいるので。私、決めたんです。これからは肩書きを見ないでありのままの私を愛してくれる人たちを幸せにすると」

「そんな者がいるわけないだろう!」

「いいえ、いますよ」


 私は背後を見やり、お父様に毅然と言い放った。


「ただのロミリアは、こんなにもたくさんの人に愛されています」


 私に向けて伸ばされていたお父様の手がだらんとぶら下がる。


「か、カッコいい……! めちゃくちゃカッコイイですお姉様♡」


 興奮冷めやらぬ様子でプラリネが褒め言葉を送ってくる。


 血縁関係を絶つとは言ったが、なにもライバル家の支援をやめるわけじゃない。当然だ。プラリネに使用人のみんな、ここにも私の大切なものがたくさんあるのだから。


 血縁関係を絶った。

 プラリネとの姉妹の絆を返してもらった。

 シクリーとイレーナを元からいなかった存在としてサディエの一員とすることにした。


 縋るように私を見つめるお父様の顔を見ていると胸がすく。


 私だって人間だから、そりゃやり返したいって気持ちくらいはあるんです。

 

 今までありがとうございましたお父様。

 そしてもう、二度と私の人生に関わらないでください。

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