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第33話.貴女から教わった魔法

 イレーナの両親は罪人だった。


 罪状は窃盗。懲りることなく盗みを繰り返した両親は幼くして街の地下深くに閉じ込められ、親を失ったイレーナは奴隷承認に買い取られた。


 イレーナは生まれながらに月並み以上の美貌を持っていた。それゆえ欲する客も多くいたが、彼女の親の経歴を聞いて皆引き取ることを断念していた。


 ついに引き取り手が見つからないまま1年が過ぎようとした頃、ひとりの女性が彼女を落札した。経歴を聞いても、彼女はイレーナを見捨てなかった。


「こんにちは。私はシクリー・シュナイゼ。貴女のお名前も教えてくださる?」

「……いれーな」


 ひさしく発声していなかったため、その声はひどく掠れていた。

 しかし、相手にはちゃんと伝わっているようだった。


「イレーナ。素敵なお名前ね。これからよろしくイレーナ」


 手が差し伸べられる。この1年、盗人の娘になんて触れたくないと拒絶されたことは何度もあれども、相手から率先して触れ合いを求めることはなかった。


 そっと手に触れる。

 きゅっと握り返される。


 懐かしい温もりに、じわりと瞳に熱が広がった。


 この時、イレーナは誓ったのである。

 自分はこれからシクリーのために生きていく、と。



 ◇◆◇



 回復魔法を発動するも、肩に空いた穴はなかなか塞がってくれなかった。

 傷口を圧迫しつつ、私は予期していなかった第三の敵に訊ねる。


「貴女は操られてるわけじゃないのよね?」

「あぁそうだよ。あたしは元からシクリー様の侍女だ。ご主人様が苦戦してたら助けに来るのが使用人として当然の務めだろ?」

「……そうね」


 シクリーの侍女というのは初耳だ。


 イレーナは些細な愚痴も共有してくれる友人だった。だけど、いちばん大切なことは隠されていたようだ。


 ……その現実を前に悲しみが肥大する。シクリーに裏切られて、イレーナにも裏切られて。肩に空いた穴よりも、心についた傷のほうが痛かった。


 ラムルスの首に短剣を押し当てたまま、イレーナはクロフォードに目をやる。


「おい獅子王、武器を捨てねぇとこいつを殺すぞ?」

「くっ……」

「僕に構わず剣を振るってくださいクロフォード様!」

「うるせぇな青髪、マジで殺すぞ?」


 ラムルスの首筋から赤があふれ出したその時。


「――させねぇよ」


 どこからか声がした。


 その音の発生源を探してイレーナが首を捻る。その死角にバンダナをつけた男――ロッタンは静かに出現した。

 逆手に持った小刀で首を掻っ切らんとし――


「バレバレだっての」

「なっ!?」


 舌を出してイレーナはロッタンを挑発する。

 けたたましい衝突音が響きわたる。ロッタンの奇襲は防御魔法によって防がれていた。


「どうしてイレーナに魔法が使えるの……?」


 疑問を覚えてまもなく、彼女の首についたチョーカーが発光していること気づいた。

 どうやら彼女もシクリー同様、魔道具によって本来使えないはずの魔法の発動に至っているようだった。


「大した隠密魔法だが、あいつに比べたら全然だな。というかあいつ、約束破ってロミィに告げ口したりしてねぇよな?」


 ブツブツつぶやきつつ、イレーナは風魔法を発動させてロッタンを傷つける。


「ちょちょマジかよ……!」


 見事な剣捌きで風による斬撃をいなすロッタンだが、圧倒的な火力の差を前についに屈し、血だらけになって片膝をついた。瞳から意識は消失していた。


「はい終わりっと。おい武器を捨てろ侯爵。こいつもあいつも殺すぞ」

「わかった」


 クロフォードが〝祝福の剣〟から手を離す。

 背後から大笑いする声が聞こえた。


「名誉貴族のサディエ家もこんなものなの? 待って待って、あまりに貧弱すぎて笑いが止まらないんだけど」

「それはちげぇぜご主人様。あたしらが長い時間かけて集めた魔力があまりに膨大だからこいつらは歯が立たねぇんだ。涙ぐましい努力が掴んだ勝利だよ」

「……魔力を集めたってどういうことよ?」


 苛立ちに任せて魔法を放ちそうになる。けど、今攻撃を仕掛けたところで戦局はより悪化するだけだろう。

 イレーナは得意げに犬歯を見せて、私の質問に応じた。


「直に全部終わるから種明かししてやるよ。あたしとシクリー様の魔道具に蓄積されてる魔力は、魔道具で暴走したやつらの生命エネルギーから生まれたもんなんだよ」

「外道が」


 毒づくクロフォードに、「ハッ、負け獅子の遠吠えか?」とイレーナは余裕の表情で風魔法を放ちクロフォードを傷つける。

 瞳から闘志こそ消えていないものの、クロフォードの顔にはいくつも傷が走り、顔は血で真っ赤に染まっていた。


「クロフォード!」

「平気だ」


 歯噛みして思考を巡らせる。


 どうすれば形勢逆転できる? 

 今、なにより厄介なのはラムルスが人質に取られてロッタンが気絶していることだ。もしシクリーひとりが相手なら、肩が負傷したこの状態でも私は勝てる。決め手はある。だけど、私がその一手を放つよりも早くイレーナはラムルスを仕留めることができる。ラムルスを見捨てるのは論外だ。


「どうするロミィ?」


 シクリーがニタニタ笑っている。焦る私を嘲笑っている。


 考えろ考えろ。元より機転が私の武器だったはずだ。


 逆転の一手は必ずある。

 探せ。脳をフル回転させろロミリア・サディエ。


「――相手は詰んでる。そう思ってるでしょ君?」


 その声はイレーナの背後で発せられた。

 

 イレーナが振り返る。

 にこやかな顔をしたザクセンがいた。


 そう認識した時にはすでに、イレーナは拘束魔法で無力化されていた。


「イレーナ!」

「お姉様!」


 シクリーの呼び声に、聞き馴染んだ声が被さる。

 ザクセンの背後から、ひょっこりと顔を出したのはプラリネだった。


「誰よアナタ……」

「なに、通りすがりのロミィのお友達の大司教さ。伯爵令嬢様が拘束されて、呪いの魔道具をつけられていたんだけど、これは君の仕業かな?」


 驚愕するシクリーの目の前で、ザクセンは指輪を握りしめて粉砕する。

 ……身体能力向上魔法か。魔法を明確に認知できるようになって改めて実感する。ザクセンは有する魔力の才は別格だ。


 そんなことを思っているうちに、肩からどんどん痛みが引いていく。肩口が緑の光に包まれて、回復魔法が私の傷を癒していた。


「うぅ~~~んっ」


 プラリネが顔を真っ赤にして魔法を使っている。

 私のためにがんばってくれている。


 プラリネは大きく息を吸いこんで叫んだ。


「やっちゃえお姉様!!」

「えぇ。まかせて」


 戦局は覆った。

 私は、手を伸ばして魔法陣を展開させる。


「させるかッ!」


 切迫を孕んだイレーナの声が背中に叩きつけられる。

 しかし、気に掛ける必要はなかった。


「俺の嫁の晴れ舞台だ。邪魔をするな」

「いいところだからちょっと黙っててくれる?」


 頼もしい夫と友人に笑みがこぼれる。

 魔法の発動準備は整った。


「決着の時よ、シクリー」

「負けてたまるかあああぁぁぁ!」


 機先を制してシクリーが魔法を発動する。


闇よ、すべてを奪え(ディザ・ロストラス)!」


 荒れ狂う高潮の如く暗黒の濁流が私に襲い掛かってくる。

 私はふっと笑みを漏らす。


「貴女の綺麗な魔法、好きだったのになぁ」


 シクリーは光魔法を得意としていた。

 優しくあたたかい彼女の魔法が私は好きだった。


『すごいすごい! その魔法はどうやって使うの?』

『ふふ、特別に教えてあげる』


 あの時は、教えてもらってもついに発動に至ることができなかった。

 けど今なら放てる。


 魔法陣を四つ同時に、クローバー型に展開させる。

 私は静かに詠唱した。


「【|光に満ちた未来に続くロード・シャイン


 光と闇が衝突する。


「……そんなはずないわ」


 徐々に光が闇を塗りつぶしていく。


「私がこんな出来損ないに負けるはずがない……!」


 やがて光が闇を完全に呑み込んだ。


 光が消失した後、シクリーは大の字になって気絶していた。


「勝負ありね」


 すべて終わったと思った途端に、強い倦怠感が押し寄せてきた。


 ふらつく私に勢いよく誰かが抱きついてくる。

 プラリネだった。


「大丈夫お姉様!?」

「……はは」


 まさかクロフォードでもザクセンでもなく、真っ先に支えてくれるのがプラリネだなんてなぁ。


「ねぇプラリネ。もしかして貴女、私のことそれほど嫌ってなかったりする?」

「当然じゃないの! わたしはずっとずっとお姉様のことを愛してるわ!」

「……そっか」


 胸があたたかくなる。


 嫌っていると思っていた妹が、実は私のことを好いてくれていた。

 そのひとつの幸福が、ふたりの友人に裏切られたことで傷を負ったこころをあっという間に癒してくれる。


 私を見つめる妹の頬にそっと触れる。

 プラリネは昔のように、無邪気に笑顔を弾けさせた。

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