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第32話.元伯爵令嬢VS伯爵令嬢

 心のどこかで期待していた。

 シクリーは嫌々私を陥れているんじゃないかって。


「どうして侯爵が生きているのかしら」


 だけど、そう訊ねてくるシクリーの声色は冷たく鋭く、面倒臭いなぁとでも言いたげな顔からは温もりを少しも感じられなくて。


「……そんなのってないわよ」


 込み上げる悲しみに奥歯を噛み締め、私は呆然と虚空を見つめる両親に睡眠魔法をかける。ふたりはすぐに寝ついた。


 シクリーがパチパチと拍手を響かせる。


「華麗な魔法ですわね。私が誕生日に贈った指輪はどうしたのかしら?」

「外したわ。あの指輪が私が魔法を使えなくなった元凶だって友達が教えてくれたからね」

「そう」

「そう、じゃないでしょ。……どうしてなのよシクリー」


 お願いだから言い訳してほしい。このままでは、私は貴女を恨むしかなくなってしまう。


 シクリーはふっと笑って告げた。


「シュナイゼ家の悲願を遂げるためよ。そのために、アナタとその妹が邪魔だった。むしろ命を奪わなかっただけ感謝してほしいわ」


 醜悪な笑みだった。やっぱりそこに温情は少しも含まれていなかった。


 私と笑い合っていたシクリーは虚構の存在だったのと証明されてしまった。


 私は手を伸ばして詠唱する。


「【焼き尽くせ(ゲラトーア)】」


 手のひらの前に魔法陣が浮かび上がり、私の頭がすっぽり収まってしまうほどの火の玉が十発ほどシクリーに襲いかかる。


 シクリーは冷静だった。


「【光よ、守護せよ(ルルーフェ)】」


 シクリーのまわりに光の壁が形成される。すれば必然的に、私の魔法と彼女の魔法が衝突することになる。


 昔からシクリーとなにかで競い合って、勝利を収めたことは一度もなかった。いつも私の一歩先にいるのは彼女だった。


 これまではそれで構わなかった。

 だけど今日は、その結果では終われない。


「【燃やし尽くせ(ルル・メテア)】」

「上級魔法!?」


 詠唱に応え、身の丈ほどある火球が一発、シクリーに放たれる。


 複数放った火の玉は、予測していた通り魔法で防がれる。

 しかし火球は魔法の障壁を破壊し、シクリーを背後に吹き飛ばした。


「強力な魔法だな」

「えぇ。信じがたいことですが、今のロミリア様の魔力量は僕の3倍近くありますからね。並大抵の貴族では歯が立ちませんよ。というか、純粋な魔法の一騎打ちでは誰も勝てないのではないでしょうか」


 万一の事態に備えてクロフォードとラムルスに控えてもらっているが、ふたりの出る幕はなさそうだ。

 私は地面に這いつくばるシクリーを見下ろして言った。


「降伏なさい。貴女じゃ私に勝てない」


 シクリーはギリっと歯を噛み締め、そしてやけに涼しい顔をした。


「そうね。純粋な魔力比べでアナタに勝つのは無理そうだわ。幼い頃から片鱗はあったけど、まさかここまで卓越した魔力を保持しているだなんてね。それで、降伏した後は私をどうするつもりなの?」

「罪を償ってもらうわ。そしてもう一度、やり直しましょう」

「やり直す? なにを?」

「私はやっぱり貴女と友達でいたいわ」


 苛立ったり悲しくなったり、様々な感情が去来する中で、最終的に帰着したのはあの頃の関係をもう一度築きたいという想いだった。


 嘘ばかりだったかもしれない。だけど、その中にもほんの少しだけ、本物はあったと思うのだ。ぜんぶがぜんぶ、偽りの笑顔ではなかったはずだ。


 私は屈んでシクリーに手を差し伸べる。

 その手を振り払ってシクリーは哄笑した。


「アナタってほんとうに呆れちゃうくらいお人好しよね。

 ――その程度で覆るほど私の決意がヤワなものだと思われててイラつくわ」


 その直後、シクリーの指輪から黒いモヤがあふれ出した。


「【皆、下僕となれ(フール―・ダンス)】」


 私は後方に飛び退き防御魔法を展開させる。

 黒いモヤは瞬く間に屋敷全体を包み込み、しかしモヤが消失したのちに、目に見える変化はなにも訪れていなかった。


「……なにをしたの?」

「ふふ、アナタがもっとも嫌がることよ?」


 嫣然と微笑み、シクリーがひらりと手のひらを動かす。


 すると、催眠魔法にかかっていたお父様とお母様がむくっと起き上がり、クロフォードとラムルスめがけて攻撃魔法を放った。それにクロフォードは〝祝福殺し〟で、ラムルスは防御魔法で応じる。


「ラムルス、先ほどの魔法は知っているか」

「さぁなんでしょうね。僕が精通しているのは公になっている魔法だけですから。きっと非公認の暗黒魔法の類でしょう。この状況を見ればなんとなく予測はつきますけどね」

「奇遇だな、俺もだ」


 クロフォードが背後を振り返る。

 部屋の入り口には、正気を失った使用人たちが――かつての私の友達が集まっていた。


 私はすぐに浄化魔法の発動を試ようとする。しかし、背後から火球が迫り、その防御で手一杯となり魔法の発動に至れなかった。


「アナタの相手は私よ」

「この卑怯者! 一対一で勝負なさいよ!」

「ははっ、するわけないじゃないそんなこと。さて、私の可愛い臣下ちゃんたちをアナタたちはどう対処するのかしら? 殺す? 殺しちゃう?」

「余さず救うわ」


 操られた膨大な使用人がクロフォードとラムルスに襲い掛かる。


 どうやら身体能力が大きく向上しているようで、使用人たちの多くは魔法こそ使えないが剣を振るったりナイフを投擲する形でクロフォードがラムルスを追い詰めていく。


「厄介だな」

「えぇそうですね」


 ふたりは使用人を殺めないように戦っている。

 そのため、みねうちに留めているが、魔法にかかった使用人たちはみねうちでは動きを止めない。ラムルスが催眠魔法や麻痺魔法をかけても動きを止めない。

 どうやら、主を討つしかなさそうだった。


「シクリー、本気でアナタを討つわ」

「決意が遅いわよ。もう私、万全になっちゃったわよ?」


 指輪から黒いモヤがあふれ出ている。


 あの指輪から膨大な魔力を感じる。きっと魔法を肥大させる魔道具なのだろう。シクリーが使える魔法は中級魔法まで。ここまで強力な魔法は使えなかった。


 私は、一撃で片をつけるために大魔法の発動準備をする。


「ぐぁぁ……!?」


 その最中、ラムルスの悲鳴が聞こえて私は背後に意識を逸らしてしまった。

 一瞬の隙だった。


「【貫きなさい(アトリビュート)】」


 肩に激痛が走った。

 暗黒の矢が私の肩を貫いていた。


「ロミリアっ!」

「ははっ、滑稽だなロミィ」


 あぁどうして、と悲しさが私の感情を沈ませる。


 血の流れる自身の胸元に回復魔法を使っているラムルス。

 その正面で血を滴らせる短いナイフを持つのは、私の使用人仲間のひとり、イレーナだった。

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